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ネクロノーム家

苛立ち(1)

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「どうどう、落ち着いて」

 マークレンは今にも怒りが噴き出しそうなリーシャの正面に立ち、宥めようと声をかけた。
 そう言われたところで、この怒りを飲み込めるはずはなかった。
 自分の意思に反してこの別邸へ連れて来られ、さらには連れ去った本人はというと、姿を見せたかと思えば連れ去った事への釈明もろくにせずにすぐ立ち去った。リーシャの怒りは頂点に来ていた。
 リーシャは毛を逆立てる猫のようにシリウスが消えていった扉を睨みつけた。

「もー‼ なんなんですか! あの人はぁぁ‼」
「うーん、悪い子ではないんだ。ただ、甘やかして育てちゃったからか、ちょっと世間ズレしてるだけで……」

 リーシャはお門違いとわかりつつも、マークレンを睨みつけた。

「ちょっとじゃないです‼ ちょっと世間ズレしてるくらいで嬉々として人を誘拐しようとはしない思います‼ 見ましたか、あの態度! 絶対に、まったく悪いと思ってませんよ! おかしいでしょ、あの人‼」
「……やっぱり、そうだったのか」
「え? なにがやっぱり何ですか?」

 マークレンが目を見開いたかと思ったと次の瞬間には、その表情は苦悩の表情に変わっていた。リーシャの方も何故そんな顔をするのかわからず、困惑してしまった。
 そしてふと昼にこの話をした時の、メリッサの曇った表情が頭をよぎった。

「君のところに縁談の話がいっていただろ?」
「はい……」
「そして君はずっと断り続けてきていた。なのに昨日、シリウスが意気揚々と私のところに現れて、『近々婚約しようと思う』って突然報告してきたんだよ。だから、もしかしたら君の意思に反してるんじゃないかとは思ってたんだけど……」
「じゃあ、私が連れて来られたのって……」
「十中八九シリウスの独断だよ。父上はそんな指示出してないと思うよ」
「なんでそう思うんですか? 今の当主ってマークレン様たちのお父様ですよね?」

 当主の指示もなしに、次期当主が家の名を地に落とすような事を勝手にするとは思えず、リーシャは眉をしかめた。
 するとマークレンは困った表情を浮かべた。

「そうだよ。まあ、父上も強引に物事を進める人ではあるけど。ただ、家の利にならないとか、割に合わないことはしないからね」
「は、はあ……でも、私を誘拐したくらいでたいした面倒ごとなんて起きないと思うんですけど。私、王都外で暮らすただの一般人ですよ?」
「うーん、君は自分を過小評価し過ぎだね。リーシャ、君はクレドニアムの第2王子のフェンリル王子と親しいんでしょ?」
「まあ、それなりには。けど、なんでそんな話になるんです?」
「ほら、第2王子が指揮してる騎士団って貴族が多いだろ? 貴族の間で噂になってるんだよ。君は第2王子のお気に入りだって。だから父上は強引には動けない。下手に手出ししたら後が面倒だからね。多分父上はシリウスが君の意思に反して攫ってきたなんて思ってないだろうし、シリウスもあの様子じゃ、この件に関しては父上へはろくに報告してないだろうね。だいぶ君の事を気に入ってるみたいだから」

 メリッサの目にもマークレンの目にも、シリウスのリーシャへの好感度は高く映っているようだ。なのでそれは確実なのだろう。
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