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ネクロノーム家

記憶(1)

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 リーシャの前にぼんやりと浮かび上がる映像の中には、懐かしい家と家の前に佇む1人の女性が映っていた。
 その女性の懐かしいような気配。
 顔はすりガラスがかかっているようにぼやけているけれど、リーシャはその人が自分の母親だという事はすぐにわかった。
 母親はリーシャの事を愛しそうに見つめていた。
 リーシャは理解した。
 今彼女が見つめているのは幼い自分。
 幼いリーシャは、母が作ったと思われる横に平たい水の塊の中で水遊びをしているところだった。
 肌に当たる風や水の感覚はあるけれど、体は思うようには動かせはしなかった。
 そしてもう1つ理解した。
 ここは夢の中であり、この映像はリーシャの幼い頃の記憶だという事を。
 

「リーシャ。今日お出かけした時、本当のお名前言いそうになったでしょ? いい? いつも言ってるけど、絶対に自分の本当の名前は言っちゃダメ。名前を聞かれたら、リーシャですって答えるの」

 幼いリーシャは遊んでいた手を止め、きょとんとした顔で母親の方を向いた。

「うーん、ねぇ、なんで? なんでおなまえおしえちゃダメなの?」
「それはね、教えてしまったらコワーい人がやってきて、リーシャを知らないところへ連れて行ってしまうかもしれないからよ」
「どこにつれていかれるの?」
「そうね……そこは……自由のない場所かしら」
「? よくわかんない」

 リーシャの無垢な表情に母親は困った顔をした。
 きっとこの時の母親はどう説明していいか悩んだのだろう。
 小さな子供に魔法貴族、主にネクロノーム家の裏の顔を教えたところで到底理解できるわけもないのだ。
 それでも母親はリーシャにわかるようにかいつまんだ説明を考えた。

「そうねぇ……その場所に連れていかれるとね、リーシャはやりたくないお勉強をいっぱいさせられるし、大きくなってからやりたくないお仕事をいっぱいさせられる。こうやって遊ぶこともできなくなっちゃう場所なの」

 幼いリーシャは慌てた様子で首を横に振った。

「やだ! そんなところいきたくない!」
「そうでしょ? だから絶対に本当の名前は教えちゃダメよ?」
「わかった! ぜったいおしえない」


 突然映像が歪み始めた。
 目が覚めるのかと思いきや、歪んだ景色は新たな景色を映し出した。
 そこに映る母親は、背が小さくなったような気がした。けれどすぐに母親の背が縮んだわけではではないとわかった。リーシャ自身が成長していたのだ。
 映し出されている場所はリーシャの母校、セントノーグ魔法学校に隣接された関係者専用の住宅。リーシャと母親が間借りしていた1室だった。
 リーシャは母親と向き合う形で立っていた。

「リーシャ、あなたに話しておきたいことがあるの」
「何?」

 この頃のリーシャは自分の事が嫌で嫌で仕方なかった。今思い出すと本当に黒歴史以外の何物でもない時期だ。
 そう思ってもやはり体も口も自分の意志では動かせず、淡々とただ映像が流れるように進んでいく。

「お母さんの実家、ネクロノーム家の事よ」
「うん」

 セントノーグ魔法学校に入学してすぐ、リーシャは母親がネクロノーム家の人間であることを教えられていた。そして、ネクロノーム家がどんな家だったのかも簡単に説明はされていた。
 母親はソファに腰を下ろすと、リーシャも座るように自身の横を叩いた。
 リーシャは大人しく母親の横に腰かけた。

「お母さんね、実はネクロノームの跡継ぎ第1候補だったの」
「……そうなんだ」
「お母さん、あの家の人間だっていうのが昔から本当に嫌だったの」
「なんで? お金いっぱいあったんでしょ?」
「お金はね。けど自由はなかった。魔法貴族は一族の栄華のために、他人を傷つけるような事を平気でする人が多いのは知ってるでしょ?」
「うん」
「お母さんの実家はとくにそうだった。一族から求められる事をすれば人が傷つく。それが嫌でどうにか変えられないかって考えてた時期もあったんだけど、分家とかそういった人たちの発言力が強くて。お母さんの実力じゃあ変える事はできそうになかった」
「うん」

 リーシャは母親がネクロノームの家系に似合わず、心穏やかな優しい女性だった事は覚えている。
 リーシャも母親に似ていたため、ネクロノーム家の人間とは相容れられそうにないと話を聞いた時からずっと思っていた。
 けれど、リーシャがネクロノーム家を特に嫌う1番の理由はそこではない。間違っていなければ、この後の話を聞いてからネクロノームへの嫌悪感が湧き上がってきたはずだ。
 リーシャは母親の雰囲気が少し張り詰めたように感じた。
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