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始まりの予兆

竜の被害(1)

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 ノアたちのデータ採取は滞りなく進められた。その様子をリーシャは同じ部屋の端で見学していた。
 ただ血液採取をする際、エリアルが向けられた針を嫌がり、竜の姿に戻って暴れるというアクシデントが起こってしまった。
 暴れたエリアルがいくらかの機材を破壊してしまい、それにはリーシャもひゅんとした。
 けれど、アルベルトが修理費は王都が持つと言ってくれたので胸を撫で下ろした。さすがのリーシャもこんな特殊な物を弁償できる自信はない。
 機器からピーッという音がすると、グリードがエリアルの頭に付けられた器具を取り外した。

「今日お願いしたかった事は以上です。お疲れさまでした」
「やったぁ! 終わったぁぁぁぁ!」

 エリアルは両手を目一杯伸ばしながら喜んだ。
 データをとっている間、エリアルはずっと緊張して固まっていた。その緊張感から解放され、今のエリアルの顔は緩みきっている。

「エリアル、お疲れ様」
「ねぇちゃん!」

 エリアルは近寄ったリーシャの胸元めがけて飛び込んだ。そのまま背中に手を回し、ギュッとリーシャの事を抱きしめる。
 周りには所長や2人の王子たちもいて全員がリーシャとエリアルの事を見ていた。

「ちょっ、ちょっと! こんなところで、やめてよ」
「いーやーだー! いっぱい我慢したんだから、もうちょっとこのままでいさせてよぉぉ!」

 恥ずかしくなったリーシャは引き離そうとするけれど、逆に離れまいとするエリアルの腕には力がこもり、余計に抜け出せなくなってしまった。
 そんな攻防戦を続けていると、エリアルの襟に向かって腕が伸びてきた。それはノアの腕だった。

「リーシャ、力を抜け」
「う、うん」

 言われた通りに力を抜くと、エリアルの抱きしめる力も弱くなった。
 と、同時にノアが掴んでいたエリアルの襟を持ち上げた。見事にエリアルはリーシャから引き剝がされ、吊り下げられているような状態になった。

「いつも言っているだろう。こういう事は家でやれと」
「うぅ……でもぉ」
「話が進まないだろう」
「ごめんなさい……」

 ノアに強めの口調で諭され、エリアルはシュンとなった。床に下ろされ、不満そうにはするものの大人しくノアの横で直立していた。
 話に決着がつくと、書類を確認していたグリードが口を開いた。

「先ほどノアさんから依頼された件ですが、結果が出ましたよ。やはり以前運ばれてきた黒竜はノアさんたちの母親とみて間違いないでしょう」
「……そうか」

 平静を装っているようだけれど、明らかに声に張りがなかった。わずかに残る母親の思い出を辿っているのかもしれない。
 結果的にノアたちの母竜を手に掛けてしまったリーシャには、かける言葉は見つからなかった。
 ノアはいったん目を閉じ、再び開いた。その瞳からは不思議なことに悲しみや戸惑いは消えていた。

「ありがとうございました。これでリーシャと天秤にかけられるようなものは無くなりました」
「ほんとにいいの? 私がノアたちのお母さん……」

 耐えきれず心の内を言葉にしようとしたリーシャの口を、ノアは人差し指で抑えた。そして、口元が柔らかい弧を描いた。

「気持ちの整理はついていると言っただろう?」

 そう言って指を放すと、リーシャの頭を優しく撫でた。こんなことをされてはノアの言葉を信じるしかない。
 リーシャは大人しくノアの思いを受け入れたのだった。

「おーい。そっちの話は済んだかぁ? 俺らも用事あんの忘れんなよ?」

 退屈そうな声が部屋に響いた。
 ノアの事で頭がいっぱいになっていて、リーシャはフェンリルとアルベルトの事をすっかりと忘れていた。

「ごめん。で、フェンリルたちの用事って?」
「あーっと、ここじゃちょっとな」

 フェンリルはグリードに向けて口を開いた。

「モンハメルド。悪いけど部屋を1つかしてもらえないか? 人払いも頼む」
「わかりました。第3応接室が近くにありますのでそちらへ。この階への立ち入り自体を封鎖しておきます」
「わるいな。助かる。おい、行くぞ」

 返事を待たず移動を始めたフェンリルを追って、リーシャたちも部屋を後にした。
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