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ある日のこと3
死竜と黒竜の兄弟(2)
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家の中を歩いていると、今度はどこからかカリカリと何かをひっかくような小さな音が聞こえてきた。
音の聞こえてくる場所を目指すと、今度は黙々とペンを動かしているルシアを見つけた。ルシアもシャノウの気配を感じたからかふと顔を上げた。
「ん? シャノウのおっさん? 何か用か?」
「何をしている?」
「魔道具作るための練習だよ。魔道具動かすための模様を描く練習してんだ」
「何故人間の真似事をしている?」
「んー、魔道具ってのが面白いからってのもあるけど、魔道具について勉強したら、リーシャの力になってやれることが出てくるかもしれないからな。それに魔道具の話してるとリーシャが楽しそうにしてくれるのが嬉しいんだ」
「貴様もあの娘を番にしようと思っているのか?」
「も?」
ルシアの眉間にしわが寄った。雰囲気もどことなく冷めたような気配がある。
シャノウは直感的に誤解を与えた可能性を読み取った。
「長髪の坊主が言っていた」
「ああ、兄貴か。まぁ、そりゃあな」
番にしようとしている相手がノアだと口にした瞬間、ルシアの雰囲気が元の飄々とした雰囲気に戻った。やはりシャノウがリーシャを番にしようとしていると誤解したようだ。
シャノウには、何故兄弟そろって人間を大切にしようとしているのか全く理解できなかった。
「あの娘の何がいいんだ? たかだか人間の小娘だろ? 人間は俺たち竜族を地の果てに追いやった種族だぞ?」
ルシアは腕を組んで悩み始めた。
「んー、正直言うとそういった話は興味ねぇんだよなぁ。別に俺ら自身が被害受けたわけじゃねぇし」
シャノウはムッとした。
シャノウが眠りについてから数百年の時が過ぎている。その間に価値観はこうも変わるのかと思い、嘆かわしい気持ちが沸き上がっていた。
「兄弟そろって同じことを……お前らには竜としての誇りはないのか?」
呆れたようなシャノウの言い方に、ルシアは何故そんな事を言うのかというような表情をした。けれど、すぐに笑顔を作り飄々とした態度に戻った。
「そんな誇りとか、なくても別に困らねぇしなぁ。まぁ、それを持ってることを否定するつもりはねぇけどさ、俺らがその誇りを持ってたとしてもリーシャと暮らしていくのに邪魔になるだけだし。俺らにとっての誇りつったら、そうだな、リーシャに認めてもらえてるってことだからな」
「……やはりわからんな」
シャノウは自分の頭がおかしくなる前に退散しようと思い、扉の方へトボトボと歩いて行った。
「もう話いいのか?」
「かまわん。ただの暇つぶしだからな」
「ん。わかった」
ルシアの手元から再びカリカリという音が聞こえ始めた。
やはり人の真似事をする竜の子供の考えることは謎しかない。
シャノウが部屋に戻ろうとすると、今まで訪れた部屋とは別の部屋から物音が聞こえ始めた。何かを切るようにトントントントンと、一定のリズムを刻んでいる。
その音はどうやらダイニングの方から響いているようだ。
覗いてみるとエリアルがキッチンに立って何かを作っていた。時間帯的に、夕飯の下ごしらえをしているといったところだろう。
ダイニングテーブルではリーシャがうつ伏せになって眠っていた。
シャノウは料理をするエリアルのへ行き、手元を覗き込んだ。今日の夕飯は凝った肉料理のようだ。
「どうしたの? シャノウのおじちゃん」
特に用という用はない。
けれどこの際だと思い、エリアルにも兄たち2人に聞いたようにリーシャの事を聞いてみることにした。
「貴様はあの娘の事をどう思っているのだ?」
「リーシャねえちゃんのこと? 僕、ねえちゃんだぁい好きだよ! 優しいし強いし!」
兄2人と同じような反応。
既にどういう返事が返ってくるかは予想がついていたけれど、さらに質問をぶつけてみた。
「人間が憎いとは思わんのか?」
「なんで? 人間だっていい人いっぱいいるよ。怖くて嫌いな人もいたりするけど、皆が皆怖かったり、悪い人ってわけでもないし。人間皆を嫌いになるわけないじゃん」
やはり似たような回答だった。これが世代の差なのだろうかと、シャノウは複雑に思った。
エリアルはニコニコしながら続けた。
「ねぇちゃんへの大好きとはちょっと違うけど、シルバーにいちゃんとかフェンリルのにいちゃんとかも好きだよ!」
「? だれだ?」
「シルバーにいちゃんはねえちゃんの友達だよ。フェンリルのにいちゃんは――……」
想定外の長話が始まってしまった。
さすがのシャノウも純粋無垢なエリアルに邪険な態度をとることができず、しぶしぶエリアルの長話に付き合う羽目になった。
言っている事がちぐはぐな事も多く、よくは理解はできなかった。けれど、シャノウは大人しくエリアルの語りをひたすら聞いていた。
「あっ! そう言えば僕ご飯作ってる途中だった! おじちゃん、お話はまた後でね!」
エリアルは自身が夕飯の下準備をしていたことを唐突に思い出し、再びキッチンの方を向いた。食事を作ることが好きなようで鼻歌を歌っている。
シャノウはよくわからない長話が終わった事にほっとした。
自室に戻ろうと振り向くと、未だに眠っているリーシャの存在を思い出した。
(世代というよりも、コイツの影響なのか?)
シャノウが近づくと、気配を察したのかリーシャは目を覚ました。
「ふぁ? シャノウさん? どうしたんですか?」
寝起きとは言え、あまりの間抜けな声。
それはシャノウが思う人間像から大きくかけ離れるものだった。
じっとリーシャを見つめるシャノウの様子に、リーシャは見当違いな事を頭に浮かべたようだった。いきなり、そうだと言いたげに手を叩いた。
「あ、もしかしてお腹すきました? ちょっと待っててくださいね、棚におやつが……って、シャノウさん?」
黒竜の子供たちがリーシャに何故好意を向けているのか、結局そのことについては理解できなかった。とくにリーシャに対して魅力というものを感じることができなかったからだ。
けれど、リーシャが死竜の姿を見て怖がったり嫌がったりしないという点に関してのみは好感を持てる。
思うところがなくなったわけではないけれど、シャノウは自身を死竜に変え、檻に閉じ込めた人間とリーシャを一括りにはすべきではないのかもしれないと密かに感じたのだった。
音の聞こえてくる場所を目指すと、今度は黙々とペンを動かしているルシアを見つけた。ルシアもシャノウの気配を感じたからかふと顔を上げた。
「ん? シャノウのおっさん? 何か用か?」
「何をしている?」
「魔道具作るための練習だよ。魔道具動かすための模様を描く練習してんだ」
「何故人間の真似事をしている?」
「んー、魔道具ってのが面白いからってのもあるけど、魔道具について勉強したら、リーシャの力になってやれることが出てくるかもしれないからな。それに魔道具の話してるとリーシャが楽しそうにしてくれるのが嬉しいんだ」
「貴様もあの娘を番にしようと思っているのか?」
「も?」
ルシアの眉間にしわが寄った。雰囲気もどことなく冷めたような気配がある。
シャノウは直感的に誤解を与えた可能性を読み取った。
「長髪の坊主が言っていた」
「ああ、兄貴か。まぁ、そりゃあな」
番にしようとしている相手がノアだと口にした瞬間、ルシアの雰囲気が元の飄々とした雰囲気に戻った。やはりシャノウがリーシャを番にしようとしていると誤解したようだ。
シャノウには、何故兄弟そろって人間を大切にしようとしているのか全く理解できなかった。
「あの娘の何がいいんだ? たかだか人間の小娘だろ? 人間は俺たち竜族を地の果てに追いやった種族だぞ?」
ルシアは腕を組んで悩み始めた。
「んー、正直言うとそういった話は興味ねぇんだよなぁ。別に俺ら自身が被害受けたわけじゃねぇし」
シャノウはムッとした。
シャノウが眠りについてから数百年の時が過ぎている。その間に価値観はこうも変わるのかと思い、嘆かわしい気持ちが沸き上がっていた。
「兄弟そろって同じことを……お前らには竜としての誇りはないのか?」
呆れたようなシャノウの言い方に、ルシアは何故そんな事を言うのかというような表情をした。けれど、すぐに笑顔を作り飄々とした態度に戻った。
「そんな誇りとか、なくても別に困らねぇしなぁ。まぁ、それを持ってることを否定するつもりはねぇけどさ、俺らがその誇りを持ってたとしてもリーシャと暮らしていくのに邪魔になるだけだし。俺らにとっての誇りつったら、そうだな、リーシャに認めてもらえてるってことだからな」
「……やはりわからんな」
シャノウは自分の頭がおかしくなる前に退散しようと思い、扉の方へトボトボと歩いて行った。
「もう話いいのか?」
「かまわん。ただの暇つぶしだからな」
「ん。わかった」
ルシアの手元から再びカリカリという音が聞こえ始めた。
やはり人の真似事をする竜の子供の考えることは謎しかない。
シャノウが部屋に戻ろうとすると、今まで訪れた部屋とは別の部屋から物音が聞こえ始めた。何かを切るようにトントントントンと、一定のリズムを刻んでいる。
その音はどうやらダイニングの方から響いているようだ。
覗いてみるとエリアルがキッチンに立って何かを作っていた。時間帯的に、夕飯の下ごしらえをしているといったところだろう。
ダイニングテーブルではリーシャがうつ伏せになって眠っていた。
シャノウは料理をするエリアルのへ行き、手元を覗き込んだ。今日の夕飯は凝った肉料理のようだ。
「どうしたの? シャノウのおじちゃん」
特に用という用はない。
けれどこの際だと思い、エリアルにも兄たち2人に聞いたようにリーシャの事を聞いてみることにした。
「貴様はあの娘の事をどう思っているのだ?」
「リーシャねえちゃんのこと? 僕、ねえちゃんだぁい好きだよ! 優しいし強いし!」
兄2人と同じような反応。
既にどういう返事が返ってくるかは予想がついていたけれど、さらに質問をぶつけてみた。
「人間が憎いとは思わんのか?」
「なんで? 人間だっていい人いっぱいいるよ。怖くて嫌いな人もいたりするけど、皆が皆怖かったり、悪い人ってわけでもないし。人間皆を嫌いになるわけないじゃん」
やはり似たような回答だった。これが世代の差なのだろうかと、シャノウは複雑に思った。
エリアルはニコニコしながら続けた。
「ねぇちゃんへの大好きとはちょっと違うけど、シルバーにいちゃんとかフェンリルのにいちゃんとかも好きだよ!」
「? だれだ?」
「シルバーにいちゃんはねえちゃんの友達だよ。フェンリルのにいちゃんは――……」
想定外の長話が始まってしまった。
さすがのシャノウも純粋無垢なエリアルに邪険な態度をとることができず、しぶしぶエリアルの長話に付き合う羽目になった。
言っている事がちぐはぐな事も多く、よくは理解はできなかった。けれど、シャノウは大人しくエリアルの語りをひたすら聞いていた。
「あっ! そう言えば僕ご飯作ってる途中だった! おじちゃん、お話はまた後でね!」
エリアルは自身が夕飯の下準備をしていたことを唐突に思い出し、再びキッチンの方を向いた。食事を作ることが好きなようで鼻歌を歌っている。
シャノウはよくわからない長話が終わった事にほっとした。
自室に戻ろうと振り向くと、未だに眠っているリーシャの存在を思い出した。
(世代というよりも、コイツの影響なのか?)
シャノウが近づくと、気配を察したのかリーシャは目を覚ました。
「ふぁ? シャノウさん? どうしたんですか?」
寝起きとは言え、あまりの間抜けな声。
それはシャノウが思う人間像から大きくかけ離れるものだった。
じっとリーシャを見つめるシャノウの様子に、リーシャは見当違いな事を頭に浮かべたようだった。いきなり、そうだと言いたげに手を叩いた。
「あ、もしかしてお腹すきました? ちょっと待っててくださいね、棚におやつが……って、シャノウさん?」
黒竜の子供たちがリーシャに何故好意を向けているのか、結局そのことについては理解できなかった。とくにリーシャに対して魅力というものを感じることができなかったからだ。
けれど、リーシャが死竜の姿を見て怖がったり嫌がったりしないという点に関してのみは好感を持てる。
思うところがなくなったわけではないけれど、シャノウは自身を死竜に変え、檻に閉じ込めた人間とリーシャを一括りにはすべきではないのかもしれないと密かに感じたのだった。
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