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ある日のこと3
死竜と黒竜の兄弟(1)
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死竜という住竜が増えたため、リーシャは魔法を駆使して家の増築を行った。
新たに造られた1室丸々が死竜専用のスペースだ。リーシャと関わらないようにしているのか、死竜は日がな1日その部屋で眠って過ごしている。
死竜はルシアとエリアルによって不本意ながらもシャノウという名前を与えられた。名前というものにこだわりがあるわけではなかったようで、シャノウはその名前を一応受け入れている様子だ。
「グァァァァフ……」
シャノウがリーシャたちの住む家に居ついて数日後の事。寝るのに飽きてきたシャノウは大きなあくびをすると、ノソノソと部屋の外へと歩み出た。人間の話し声は聞こえてはこないけれど、いくつかの物音がしている。
シャノウは暇つぶしがてら、散策の続きをするかと廊下を歩き始めた。
シャノウが暗黒竜だった頃、住処にしていた場所があった。ただそれはただの洞穴であり、人間の住処のような入り組んだ造りの住処で過ごしたことはない。だからシャノウにとって、この家を見て回るのは密かな楽しみになっていた。
収納スペースらしき場所を漁ればよくわからないものが出て来るし、触れば勝手に動き出すものまである。興味を惹かないわけがなかった。
けれどそんなことを口に出してしまえば騒がしいあの黒竜の兄弟たちに絡まれる可能性がある。なのでそんなことは口が裂けても言えなかった。
シャノウは近くの部屋にいる何者かの気配を感じた。
気配のする部屋を探り当てると中を覗き込んだ。
そこではノアが読書をしていた。
「おい、小僧」
「何か用か?」
ノアは振り返ることをせず、本に視線を落としたままシャノウの呼びかけに応えた。
自分より短い時間しか生きていない相手にそんなぞんざいな態度を取られ、プライドの高いシャノウが苛立たないわけがなかった。
「貴様、目上の相手に向かってその態度はなんだ」
同じくノアも比較的プライドの高い竜だ。
自分の立場がシャノウよりも劣っているとは一切思っていないようで、見下すような視線だけシャノウに向けた。
「そっちこそ、どの口がそんなことを言っている。ここは俺たちの縄張りだ。居候の分際で偉そうにするな」
力はシャノウの方が上ではあるけれど、今はリーシャの支配下にあるようなもの。
リーシャの計らいで指輪に引き戻されず、外の世界で生活していられるような状態だ。
そして人の姿をまねている黒竜の子供たちはシャノウの主人の特別な存在。そして友との約束もあり、苛立ったからという理由だけでノアに手を出すわけにはいかなかった。
「ちっ」
「わかればいい」
「あいつからの言いつけさえなければ貴様らなどねじ伏せることができるというのに」
「残念だったな。で、俺に何か用か?」
退屈しのぎに声をかけただけだった。
とくに用があったわけではないけれど、馬鹿正直にそれを言えばノアがまた見下すような視線を向けてくるのは目に見えていた。シャノウならば間違いなくそうするからだ。
なのでシャノウはこの際だと、ずっと引っかかっていた違和感について聞いてみることにした。
「何故貴様らは人間の娘などにかしずいている? 憎いとは思わんのか?」
「憎い? 何故?」
ノアは言っている意味が全く分からないという表情をしていた。まるで人間に対してそんな感情を持ったことはないと言っているようだ。
逆にシャノウにとっては、今の質問でノアにそんな表情をされた意味がわからなかった。
「人間は我ら竜族を最果てに追いやった種族だそ? 己らの欲のために我らの縄張りを荒らし、住む地を奪った。憎くて当然だろう」
「ああ、そういう事か」
ノアの難しいことでも考えるように寄っていた眉間の皺が伸ばされた。目からウロコだったというところなのだろう。
しかしノアは、理解はしたけれどその考えが理解しがたいといった様子で続けた。
「別に俺たちはお前たちとは違って人間を憎いなどとは思っていない。というよりそんなことに興味も無い。そもそも縄張り争いなんて竜同士でもやっている事だろう。相手が竜ではなく人間だったからというだけで人間全般を恨むのはお門違いというものだ。竜族だって人間やら他の魔族やらの縄張りを奪って自身の縄張りを増やしてきたんじゃないのか?」
「だが我らは1度、それで全滅寸前まで追いやられた」
「そんな事俺が知ったことではない。そもそも俺たちは親以外の竜に仲間扱いされたことが無いんでな。弟たちにいたっては親すらも覚えていないだろう」
シャノウはあまりにも自身と考え方の違うノアに対し、本当にこいつは同胞なのかという感情が湧いてきた。
そして、人間を恨む気持ちが無いことも理解できないが、もう1つ余計に理解できないこともあった。
「では何故甲斐甲斐しくあの娘の世話をしている? わざわざ別種族の世話をしている意味がわからん」
「愚問だな。リーシャは俺たちの番になる、守るべき存在だからだ」
「……冗談だろう?」
「いや? 本気だが何か問題でもあるか?」
ノアのさも当然のような態度に、ますますシャノウは意味がわからなくなった。
挙句の果てには、ノアのあまりの堂々とした態度にシャノウの方がおかしなことを言っているのかと思えてくる始末だ。
シャノウは頭を左右に振った。
「わからんな。たかだか人間の小娘にそのように思入れがあるなど」
「別にあんたにわかってもらう必要はないし、わかってほしいとも思っていないから安心しろ」
ノアは再び本と向き合い始めた。
「生意気なガキだな」
「それはどうも。他に用が無いなら出て行け。読書の邪魔だ」
「ちっ」
気に食わないガキだと感じながらシャノウはノアの元を後にした。
新たに造られた1室丸々が死竜専用のスペースだ。リーシャと関わらないようにしているのか、死竜は日がな1日その部屋で眠って過ごしている。
死竜はルシアとエリアルによって不本意ながらもシャノウという名前を与えられた。名前というものにこだわりがあるわけではなかったようで、シャノウはその名前を一応受け入れている様子だ。
「グァァァァフ……」
シャノウがリーシャたちの住む家に居ついて数日後の事。寝るのに飽きてきたシャノウは大きなあくびをすると、ノソノソと部屋の外へと歩み出た。人間の話し声は聞こえてはこないけれど、いくつかの物音がしている。
シャノウは暇つぶしがてら、散策の続きをするかと廊下を歩き始めた。
シャノウが暗黒竜だった頃、住処にしていた場所があった。ただそれはただの洞穴であり、人間の住処のような入り組んだ造りの住処で過ごしたことはない。だからシャノウにとって、この家を見て回るのは密かな楽しみになっていた。
収納スペースらしき場所を漁ればよくわからないものが出て来るし、触れば勝手に動き出すものまである。興味を惹かないわけがなかった。
けれどそんなことを口に出してしまえば騒がしいあの黒竜の兄弟たちに絡まれる可能性がある。なのでそんなことは口が裂けても言えなかった。
シャノウは近くの部屋にいる何者かの気配を感じた。
気配のする部屋を探り当てると中を覗き込んだ。
そこではノアが読書をしていた。
「おい、小僧」
「何か用か?」
ノアは振り返ることをせず、本に視線を落としたままシャノウの呼びかけに応えた。
自分より短い時間しか生きていない相手にそんなぞんざいな態度を取られ、プライドの高いシャノウが苛立たないわけがなかった。
「貴様、目上の相手に向かってその態度はなんだ」
同じくノアも比較的プライドの高い竜だ。
自分の立場がシャノウよりも劣っているとは一切思っていないようで、見下すような視線だけシャノウに向けた。
「そっちこそ、どの口がそんなことを言っている。ここは俺たちの縄張りだ。居候の分際で偉そうにするな」
力はシャノウの方が上ではあるけれど、今はリーシャの支配下にあるようなもの。
リーシャの計らいで指輪に引き戻されず、外の世界で生活していられるような状態だ。
そして人の姿をまねている黒竜の子供たちはシャノウの主人の特別な存在。そして友との約束もあり、苛立ったからという理由だけでノアに手を出すわけにはいかなかった。
「ちっ」
「わかればいい」
「あいつからの言いつけさえなければ貴様らなどねじ伏せることができるというのに」
「残念だったな。で、俺に何か用か?」
退屈しのぎに声をかけただけだった。
とくに用があったわけではないけれど、馬鹿正直にそれを言えばノアがまた見下すような視線を向けてくるのは目に見えていた。シャノウならば間違いなくそうするからだ。
なのでシャノウはこの際だと、ずっと引っかかっていた違和感について聞いてみることにした。
「何故貴様らは人間の娘などにかしずいている? 憎いとは思わんのか?」
「憎い? 何故?」
ノアは言っている意味が全く分からないという表情をしていた。まるで人間に対してそんな感情を持ったことはないと言っているようだ。
逆にシャノウにとっては、今の質問でノアにそんな表情をされた意味がわからなかった。
「人間は我ら竜族を最果てに追いやった種族だそ? 己らの欲のために我らの縄張りを荒らし、住む地を奪った。憎くて当然だろう」
「ああ、そういう事か」
ノアの難しいことでも考えるように寄っていた眉間の皺が伸ばされた。目からウロコだったというところなのだろう。
しかしノアは、理解はしたけれどその考えが理解しがたいといった様子で続けた。
「別に俺たちはお前たちとは違って人間を憎いなどとは思っていない。というよりそんなことに興味も無い。そもそも縄張り争いなんて竜同士でもやっている事だろう。相手が竜ではなく人間だったからというだけで人間全般を恨むのはお門違いというものだ。竜族だって人間やら他の魔族やらの縄張りを奪って自身の縄張りを増やしてきたんじゃないのか?」
「だが我らは1度、それで全滅寸前まで追いやられた」
「そんな事俺が知ったことではない。そもそも俺たちは親以外の竜に仲間扱いされたことが無いんでな。弟たちにいたっては親すらも覚えていないだろう」
シャノウはあまりにも自身と考え方の違うノアに対し、本当にこいつは同胞なのかという感情が湧いてきた。
そして、人間を恨む気持ちが無いことも理解できないが、もう1つ余計に理解できないこともあった。
「では何故甲斐甲斐しくあの娘の世話をしている? わざわざ別種族の世話をしている意味がわからん」
「愚問だな。リーシャは俺たちの番になる、守るべき存在だからだ」
「……冗談だろう?」
「いや? 本気だが何か問題でもあるか?」
ノアのさも当然のような態度に、ますますシャノウは意味がわからなくなった。
挙句の果てには、ノアのあまりの堂々とした態度にシャノウの方がおかしなことを言っているのかと思えてくる始末だ。
シャノウは頭を左右に振った。
「わからんな。たかだか人間の小娘にそのように思入れがあるなど」
「別にあんたにわかってもらう必要はないし、わかってほしいとも思っていないから安心しろ」
ノアは再び本と向き合い始めた。
「生意気なガキだな」
「それはどうも。他に用が無いなら出て行け。読書の邪魔だ」
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