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魔法学校

溝(3)

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「まあ、そんな感じの事があってさ」

 リーシャは想定外の事実にほとんどの話を聞き流し、ある1点にばかり気を取られていた。

「闇の魔法……」

 俯くリーシャの顔は青ざめていた。
 あの黒い炎が闇の有属性魔法で、そんな人外の魔法を他人の目があるところでためらうことなく使ってしまっていたと知ったのだ。周りの目を気にするリーシャが後悔にさいなまれないわけがない。
 ルシアは心配そうにリーシャの顔を覗き込んだ。

「どうした? 大丈夫か?」
「えっと、あの黒い炎の魔法、闇の魔法の炎に特徴が似てるなぁとは思ってたんだけど、人間は闇属性の魔法は使えないし、あれは炎属性の魔法だろうなって勝手に納得してたから……だからびっくりしちゃって」

 人間が発動することのできる有属性の魔法は、どんな魔法も火や水、風、雷、土といった有属性の魔力がベースになっている。それらの魔力を一定の割合で合わせることで他の属性の魔法、合成魔法として発動ができる。
 合成魔法は魔力量やセンスの影響を受けるけれど、練習すれどんな魔法使いでも習得する事は可能だ。リーシャが使っているどの魔法も例外ではない。
 そうリーシャは思っていた。だから自分が使っていた魔法の中に人間以外にしか使えない魔法があった事に焦りを感じているのだ。

「ほんとにそれだけか?」

 リーシャの動揺に違和感を持ったルシアが心を探ろうとするように目を細めた。

「うん。なんで?」
「だってさ、驚いただけで普通そこまでの顔になるか? もしかして、座っとくのはまだきついんじゃないか? 俺らに心配させないように無理してんだろ」
「えっ?」

 見当違いの結論にリーシャは間の抜けた声を上げてしまった。
 それでもルシアはリーシャの体調不良を疑い、不意に立ち上がった。

「ほら、つらいなら横になっとけ。俺らに遠慮することなんてねぇんだから」
「ちょ、ちょっと‼ えぇ⁉」

 ルシアはリーシャを無理やり横にさせると、シーツをしっかりと肩までかけた。
 変な勘繰りをされたわけではなく、純粋に体調を心配されていただけだと知ったリーシャは拍子抜けをしていた。そして顔は緩み、面白いものを見たかのように笑いだした。

「ほんとに驚いただけだって」
「ふーん。ならいいけど……」

 ルシアは疑るような目でリーシャのことを見ていた。どうしても驚いただけという理由では納得いかないものがあるようだ。
 けれど疑ったところでルシアではリーシャの本心を見透かす事が出来るわけがない。諦めたルシアは話を元に戻した。

「にしても、なんでリーシャはあんな魔法を使えるんだろうな」

 リーシャは再び起き上がると難しい顔をした。

「さっきも言ったけど、あの魔法は偶然使えるようになっただけだから……普段はとくに感じないんだけど、イライラしたりすると、なんかその闇魔法の魔力が溢れ出してくるっていうか……なんか今使うべき時、みたいな感じで使いたくなっちゃうんだよね。使ったのも今回入れて3回? だったと思う。使って気持ちのいい魔法じゃないから、あんまり使いたくはないんだけど」

 初めて使えるようになったのは、まだリーシャの母親が生きていた頃。
 小さなリーシャが1人で面白い魔法が使えるようにならないかと遊び感覚で魔法を使っていたところ、不意にその闇魔法を発動させ、今回と同じように気を失ってしまっていた。
 気がつくと、泣きそうな母親の顔が目の前にあったことは今でも覚えている。目を覚ました後はモヤモヤとした気分で不快だった。
 それ以来、この魔法、この魔力は使ってはいけないとなんとなく感じ取り、忘れ去ってしまおうと意識の外に追いやっていた。

(使わないようにしてたのにこれじゃあ……この子たちが来てからトラブルに巻き込まれることも増えて、不本意にも悪目立ちし過ぎてるし。この調子じゃ……あの事もバレるのも時間の問題な気がする)

 リーシャは盛大な溜息をついた。
 リーシャが1人であれこれ考えている間、ルシアは小言を言っていたようだ。
 黙り込んだ後の突然の溜め息を聞き、リーシャが小言を全く聞いてなかった事を悟ったらしく、流れ出ていた言葉が急に塞き止められた。
 そして頭の中の余計な考えを追い出そうとするかのように、ルシアは後頭部をかきむしった。

「ったく。ともかくだ! もうあの魔法は使うなよ。いいな? 人の領分じゃねぇ魔法なら、リーシャの体に悪い影響を与えないとも限らないんだぞ」

 まるで子供を心配する母親のようなルシアに、リーシャはためらいがちな笑顔を向けた。これではいつもと立場が逆だ。

「うん。なるべく使わないようにする」
「……なるべく、ね」

 ルシアはリーシャの回答をあきれ顔で復唱した。
 現状でも気を失うような魔法だ。
 よくわかっていない危ない魔法、そもそも人間が使えるはずのない魔法を、「今後は使わない」とはっきり言わない相手に呆れるのは当然の反応だろう。
 けれど、リーシャにもそれに対する言い分はあった。

「死ぬかもしれないっていう瀬戸際にくらいは使わせてよ。どっちにしても危険な時なら、闇の魔法を使えば生き残れるかもしれないじゃない。あの魔法は危険かもしれないけど、窮地を脱せることができるくらいに強力だから」
「……絶対だな。それ以外では絶対に使うなよ。それに、危ないとか以前に、そんな魔法を使えるってバレたらまたリーシャが嫌な思いすんだからな」

 ルシアの言葉の意味が一瞬わからず、リーシャは首を傾げて考えた。

(嫌な思い? あー、たしかに……)

 ルシアは「魔法研究をしている人間の興味を惹いてしまったら、あれこれ面倒な研究に付き合わされるぞ」という事を言っているのだろう。
 昨日の出来事についての話はろくに聞いてはいなかったけれど、自分が気を失っている間にそういう話を教員たちとしていただろうという事はなんとなく察した。
 リーシャは自由に生活したいのだ。そのためにどうすべきなのかは言われるまでもない。

「わかってるよ。私だって実験体になりたないもん。自分で実験するのはいいけど、されるのは面白くないし」
「ほんとにわかってんだか」
「だ、大丈夫だって。わかってるから」

 おちゃらけた態度でごまかしていたけれど、リーシャはまた手を握りしめていた。
 幼い頃のように、再び自分の中を流れるモノを憎く思う日が来るとは思ってもいなかった。
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