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魔法学校

厄介な相手(2)

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「ノア? どうしたの?」
「俺が行く。リーシャは全員の避難が終わるまでここに残って流れ弾を防いでくれ」
「えー……」
「頼む」

 正直なところ、リーシャにはノア1人でメガレットロンバーに勝てるとは思っていなかった。
 とはいっても、簡単に戦闘不能に追い込まれるとも思ってはいない。リーシャが援護すればおそらく勝てるだろう。
 けれど、相手も場所も魔法の練習には好条件なのだ。そう簡単に譲りたくはなかった。
 躊躇っていると、ノアはリーシャの顔を覗き込むように自身の顔を近づけた。

「リーシャ? 俺の頼みを聞いてはくれないのか?」
「っ‼」

 普段見せないような、少しだけ眉を下げた柔らかい表情に、感情が乗ったような声にリーシャの胸がざわついた。

(ずるいよ! こんな、甘えるような言い方されたら譲ってあげるしかないじゃない‼)

 リーシャは残念そうに溜め息をついた。

「わかった、いいよ」
「すまないな」

 思い通りになった途端、ノアの声はいつものようなけだるげな声音に戻った。
 ノアの策略に見事にはまってしまった事に気がつき悔しかったけれど、今更覆そうとするのも格好が悪い。

「効果があるかわからないけど、身体強化の魔法をかけるよ。それでノアはあの魔物の足を狙って攻撃して。巨体の割にかなり早いから、まずは動きを止めるの」
「わかった」

 ノアはメガレットロンバーに鋭い視線を向けた。リーシャを落とせたノアは、早くも戦闘モードへと気持ちを切りかえている。
 リーシャは腰の袋から、入るはずのない質量の剣を取り出し、ノアに差し出した。ノアが普段使用している剣だ。

「持ってくるんじゃなかったかな。ノア、これがあるの知ってたでしょ」
「ああ。出る前に常時置いているところから消えているのを確認したからな。まあ、持って来ていなかったとしても他に戦いようはある」

 ノアが剣を受け取ると、リーシャはすぐに身体強化の魔法を施した。

「よし、行っていいよ」

 その言葉を聞いたノアは無言ですぐに飛び出し、一直線でメガレットロンバーに向かって駆けて行った。
 メガレットロンバーへと近づくその人影が見えた教員たちは何事かと、魔法を放つ手を止めた。

「なんだ⁉」

 人並見外れた速さに、全員がノアへ視線を向けた。

(お願い、効いて!)

 リーシャは願うように見守った。
 ノアの剣がメガレットロンバーの足にめがけて振り抜かれ、鈍い音が響いた。普通のシャレットロンバーだったなら、間違いなくこの一撃で倒せている威力だ。

「……っ‼」

 ノアの表情が痛みをこらえるように歪んだ。剣は力が抜けた手から地面へと落ちた。
 剣が触れたメガレットロンバーの足からは、血の一滴も流れてはいなかった。想像以上の硬度だったのだ。
 メガレットロンバーは剣を拾わせる暇も与えず、ノアへ襲い掛かった。ノアも落とした剣を見向きもせず、大きく飛んで後方へと下がる。
 その結果、運悪く落とした剣はメガレットロンバーの真下に転がることとなった。
 ノアは一旦リーシャの横まで下がった。

「あの時の毛皮の魔物と比べると、比ではないほどに硬いな……」
「だから言ったでしょ。厄介だって。でも、今ので足の毛を切り落としてくれたから、私の攻撃が効きやすくなった」

 メガレットロンバーに魔法が効きにくいのはあの毛のせいなのだ。そしてその毛は、厚い皮膚ほどではないけれど切れにくく、並大抵の人間ではその毛を狩ることはできない。
 そんな毛をノアは両断することに成功した。
 あの魔物を知らない人間にとってはたかだかその程度と思うかもしれないけれど、十分にノアは活躍してくれた。

(小さいけど攻撃魔法が通る隙間ができた。これなら確実に勝てる!)

 リーシャはメガレットロンバーへ手を向けた。

「待ってくれ」

 ノアがリーシャの手を再び掴んだ。

「どうしたの、ノア?」
「まだやれる」
「え? いやでも、ノアの攻撃全然効いてなかったじゃない。剣もあの魔物の下だし」

 突然ノアから不穏な気配が漂い始めた。
 リーシャは自分が余計なことを言った事にすぐに気がついた。

(しまった! 攻撃が効いてないっていうのは地雷だった、かも……)

 怒りの矛先が向けられると一瞬覚悟したけれど、その気配はすうっと引いていった。

「リーシャ」
「なっ、なんでしょう?」
「手足だけでいい。竜の力を使ってもいいか?」
「手足だけ? 全身じゃなくて?」

 完全な竜体に戻ったほうが力をフルに発揮できるのではないかと思ったリーシャは不思議そうな顔をした。

「完全に戻れば攻撃の力と守りはより上がるだろうが、鱗の重さで速さだけは下がる。お前も言っていただろう。あれは素早いと」
「そうかもしれないけど」

 リーシャにはあの小さな急所さえあれば確実に倒せる自信がある。それなのに他人の命の危機があるこの状況下で、勝てるかどうか不確かなノアにこのまま戦いを任せ続けてよいものか頭を悩ませた。
 それと、ここは教員たちの目がある。彼らがノアたちのことを知っていいたとしても、竜の姿を見せてもいいのかも悩ましい。
 リーシャは、できれば不用意にノアの竜の力を不用意に見せびらかすようなことはしたくはなかった。
 けれど、ノアの目は語っていた。その目の意味をリーシャは理解した。

(何を言われても引く気は無いって思ってるなぁ、これは)

 リーシャはとことん彼らのお願いには弱いなと、苦笑の笑みを浮かべた。

「わかった。危ないと思った魔法攻撃に対しては私が相殺して援護するから、ノアは好きなように動いていいよ」
「ああ、頼む」

 ノアはメガレットロンバーの方へ向き直った。
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