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穏やかな夜(1)
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「ただいまぁ」
返事が返ってくるはずのない家の中に、リーシャの声が響いた。
もうこの家に戻ってこられないかもしれないと半ばあきらめていたため、こうして「ただいま」と言って戻ってくることができたことに、リーシャは心からほっとしていた。
数か月前の1人でただなんとなく暮らしていた頃のリーシャはこの家の事は、「住めなくなるならまた探せばいいか」程度にしか思っていなかった。魔法を暴走させ、吹き飛ばしてしまう可能性も頭に入れ、受け入れていた。
けれど、ノアやルシア、エリアルと生活するようになり、これまでなんとも思っていなかった物に少しずつ執着心が芽生え、今では失うことなど考えられなくなっていた。
こんな事態になって、その変化にやっと気が付いたのだった。
リーシャは帰るや否や食卓の椅子にドサッと腰を下ろした。
「疲れたぁぁぁぁ! ……で、3人とも。結果的にはいい方に転んだだから良かったけど、何で来たの? 隠れててって言ったのに」
リーシャは机に頬を張り付け、3兄弟の事を見ながら言った。
力の抜けたリーシャの反対側にある椅子に座ろうとしていたノアが当然のように言葉を返した。
「いつまで隠れていろとは言われていなかったが」
「いや、まぁ、言ってなかったけどさぁ……見つかったらまずいって話してたんだから……そこは……」
「俺たちの育ての親は無鉄砲な奴だ。そんな親に育てられた俺たちがそれを察したとして、素直に聞くと思うか?」
「それは……」
おそらくノアは日ごろの愚痴を込みで言っている。
心当たりがありすぎ、言い返しようのないリーシャは口を閉じた。
言い返せないことが悔しくてリーシャが眉間に皺を寄せていると、目の前のテーブルの上にお茶の入ったカップが置かれた。ルシアが4つのカップにお茶を注ぎ、それぞれの前に置いているところだった。
そしてリーシャの正面の椅子に座ると、上機嫌で口を開いた。
「でもさ、よかったじゃねぇか。これで安心して、堂々と王都に出入りできるんだ。まあ、今までも堂々と出入りしてたけど。けど、今度は何にも隠したりする必要もないし、今までより気持ち楽じゃね?」
リーシャは首を横へ振った。現状はそう簡単なものではないのだ。
「まだ安心はできないよ。国王様に認められたとはいっても、王都の人たちが受け入れてくれるかどうかっていうのとはまた別問題だから。いきなり襲われるなんてことは無いと思うけど、大半の人に距離置かれるのは間違いないと思う。それって嫌じゃない? 私は嫌なんだけど……」
リーシャは周りから拒絶されたり腫れ物に触るような扱いをされたりする事を恐れている。
嫌だとは思っていても、ノアたちだけではなく自分までその対象にされる可能性は非常に高い。
おそらくその辺りも、あの抜かりのないフェンリルがうまく手を回してくれるのだろうけれど、負の感情はそう簡単に消えてくれるものではない。目の当たりにしたことのあるリーシャは、十分にそれを理解していた。
そんなリーシャの苦悩をよくわかっていないエリアルは、自分なりにリーシャを励まそうと精一杯に言った。
「大丈夫だよ! リーシャねぇちゃんとも、すぐにこうやってお話できるようになれたんだから! きっと他の人ともすぐに仲良くなれるよ!」
「うーん。すぐには無理かなぁ」
「えー、なんで?」
「たとえば……エリアルはこの前の竜と戦った後、別の竜が仲よくしようよっていきなり言ってきたら仲良くできる?」
エリアルは何故その話が出てきたのだろうと言いたげに、きょとんとしていた。そして、その思わぬ質問に真剣に考え始めた。
「んー……どうだろ。その竜も、ねぇちゃんのこといじめてくるんじゃないかって思っちゃうかも。すぐに仲良しは難しいかなぁ」
「でしょ? 王都の人たちも、ずっと竜は怖い生き物って思ってたんだから、エリアルたちが悪いことしてなくても怖いって思っちゃうんだよ」
「そっかぁ……」
エリアルは俯いた。
もし犬のように耳と尻尾が生えていれば、耳は下を向き、尻尾も垂れ下がっていただろう。
落ち着いた様子でカップに口をつけていたノアがエリアルへと視線を映した。
「すぐには無理だろうが、何とかなるだろう」
「ねぇちゃんとはすぐ仲良しになれたのにね」
「リーシャが早々に俺たちを受け入れられたのは、こいつが変わり者だった。それだけだ」
思わぬ悪口にリーシャは慌てて反論した。
「何それ⁉ ひどくない⁉ っていうか信じてくれって必死だったから信じてあげたのに‼」
リーシャには自分が変わり者だという自覚は一応ある。自覚はあれども、自分以外から指摘されるのは不快なのだ。
そんな荒ぶるリーシャの気を逸らそうと、ルシアが話に割って入った。
「まぁまぁ、落ち着けよ。それよりさぁ、俺、腹減ってきんだけど。夕飯にしねえ?」
「僕、今日はもう動きたくないよ。今から作るのめんどくさい」
エリアルは机の上に伏せて、立ち上がることを拒否した。
空はすでに暗闇が覆っている。いつもならもうすでに夕食は済ませている時間だ。
リーシャは空腹を自覚すると、いつも料理を担当しているエリアルの代わりに腰を上げた。
「じゃあ、私が簡単に作る。エリアルみたいには作れないけど、それでいい?」
「ん。じゃ、俺も手伝う」
リーシャが準備し始めると、ルシアが横に並んで手伝い始めた。
調理の手伝いをほとんどした事のないルシアにどこまで任せてよいかわからなかったため、リーシャはとりあえず火の番を任せることにした。
しかし焼くという事すら慣れない作業だったのか、ルシアは火の加減を見事に間違え、出来上がったものは炭。結果、夕食はさらに遅い時間になってしまった。
返事が返ってくるはずのない家の中に、リーシャの声が響いた。
もうこの家に戻ってこられないかもしれないと半ばあきらめていたため、こうして「ただいま」と言って戻ってくることができたことに、リーシャは心からほっとしていた。
数か月前の1人でただなんとなく暮らしていた頃のリーシャはこの家の事は、「住めなくなるならまた探せばいいか」程度にしか思っていなかった。魔法を暴走させ、吹き飛ばしてしまう可能性も頭に入れ、受け入れていた。
けれど、ノアやルシア、エリアルと生活するようになり、これまでなんとも思っていなかった物に少しずつ執着心が芽生え、今では失うことなど考えられなくなっていた。
こんな事態になって、その変化にやっと気が付いたのだった。
リーシャは帰るや否や食卓の椅子にドサッと腰を下ろした。
「疲れたぁぁぁぁ! ……で、3人とも。結果的にはいい方に転んだだから良かったけど、何で来たの? 隠れててって言ったのに」
リーシャは机に頬を張り付け、3兄弟の事を見ながら言った。
力の抜けたリーシャの反対側にある椅子に座ろうとしていたノアが当然のように言葉を返した。
「いつまで隠れていろとは言われていなかったが」
「いや、まぁ、言ってなかったけどさぁ……見つかったらまずいって話してたんだから……そこは……」
「俺たちの育ての親は無鉄砲な奴だ。そんな親に育てられた俺たちがそれを察したとして、素直に聞くと思うか?」
「それは……」
おそらくノアは日ごろの愚痴を込みで言っている。
心当たりがありすぎ、言い返しようのないリーシャは口を閉じた。
言い返せないことが悔しくてリーシャが眉間に皺を寄せていると、目の前のテーブルの上にお茶の入ったカップが置かれた。ルシアが4つのカップにお茶を注ぎ、それぞれの前に置いているところだった。
そしてリーシャの正面の椅子に座ると、上機嫌で口を開いた。
「でもさ、よかったじゃねぇか。これで安心して、堂々と王都に出入りできるんだ。まあ、今までも堂々と出入りしてたけど。けど、今度は何にも隠したりする必要もないし、今までより気持ち楽じゃね?」
リーシャは首を横へ振った。現状はそう簡単なものではないのだ。
「まだ安心はできないよ。国王様に認められたとはいっても、王都の人たちが受け入れてくれるかどうかっていうのとはまた別問題だから。いきなり襲われるなんてことは無いと思うけど、大半の人に距離置かれるのは間違いないと思う。それって嫌じゃない? 私は嫌なんだけど……」
リーシャは周りから拒絶されたり腫れ物に触るような扱いをされたりする事を恐れている。
嫌だとは思っていても、ノアたちだけではなく自分までその対象にされる可能性は非常に高い。
おそらくその辺りも、あの抜かりのないフェンリルがうまく手を回してくれるのだろうけれど、負の感情はそう簡単に消えてくれるものではない。目の当たりにしたことのあるリーシャは、十分にそれを理解していた。
そんなリーシャの苦悩をよくわかっていないエリアルは、自分なりにリーシャを励まそうと精一杯に言った。
「大丈夫だよ! リーシャねぇちゃんとも、すぐにこうやってお話できるようになれたんだから! きっと他の人ともすぐに仲良くなれるよ!」
「うーん。すぐには無理かなぁ」
「えー、なんで?」
「たとえば……エリアルはこの前の竜と戦った後、別の竜が仲よくしようよっていきなり言ってきたら仲良くできる?」
エリアルは何故その話が出てきたのだろうと言いたげに、きょとんとしていた。そして、その思わぬ質問に真剣に考え始めた。
「んー……どうだろ。その竜も、ねぇちゃんのこといじめてくるんじゃないかって思っちゃうかも。すぐに仲良しは難しいかなぁ」
「でしょ? 王都の人たちも、ずっと竜は怖い生き物って思ってたんだから、エリアルたちが悪いことしてなくても怖いって思っちゃうんだよ」
「そっかぁ……」
エリアルは俯いた。
もし犬のように耳と尻尾が生えていれば、耳は下を向き、尻尾も垂れ下がっていただろう。
落ち着いた様子でカップに口をつけていたノアがエリアルへと視線を映した。
「すぐには無理だろうが、何とかなるだろう」
「ねぇちゃんとはすぐ仲良しになれたのにね」
「リーシャが早々に俺たちを受け入れられたのは、こいつが変わり者だった。それだけだ」
思わぬ悪口にリーシャは慌てて反論した。
「何それ⁉ ひどくない⁉ っていうか信じてくれって必死だったから信じてあげたのに‼」
リーシャには自分が変わり者だという自覚は一応ある。自覚はあれども、自分以外から指摘されるのは不快なのだ。
そんな荒ぶるリーシャの気を逸らそうと、ルシアが話に割って入った。
「まぁまぁ、落ち着けよ。それよりさぁ、俺、腹減ってきんだけど。夕飯にしねえ?」
「僕、今日はもう動きたくないよ。今から作るのめんどくさい」
エリアルは机の上に伏せて、立ち上がることを拒否した。
空はすでに暗闇が覆っている。いつもならもうすでに夕食は済ませている時間だ。
リーシャは空腹を自覚すると、いつも料理を担当しているエリアルの代わりに腰を上げた。
「じゃあ、私が簡単に作る。エリアルみたいには作れないけど、それでいい?」
「ん。じゃ、俺も手伝う」
リーシャが準備し始めると、ルシアが横に並んで手伝い始めた。
調理の手伝いをほとんどした事のないルシアにどこまで任せてよいかわからなかったため、リーシャはとりあえず火の番を任せることにした。
しかし焼くという事すら慣れない作業だったのか、ルシアは火の加減を見事に間違え、出来上がったものは炭。結果、夕食はさらに遅い時間になってしまった。
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