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ある日のこと2

末っ子の悩み(1)

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 この日リーシャは1人で王都へ出かけていた。家ではノア、ルシア、エリアルの3兄弟が、それぞれ思うように留守番をしている。


 いつも4人で食卓を囲んでいる部屋で、エリアルはつまらなそうな顔をして、テーブルの上に顎を乗せていた。
 そんな恰好でボケェっとしていると、部屋の扉が開いた。

「なぁに不貞腐れた顔してんだよ」

 そう言いながら入ってきたのは、シャワーを浴びた直後でタオルを腰に巻いただけの姿のルシアだった。
 エリアルは椅子に座ったまま、ルシアの方へ体を向けた。

「別に不貞腐れてるんじゃないよ。ただ、僕ってなんにもできないなぁって思ってただけ」
「なんだよ、いきなり。何かあったのか? 兄ちゃんに話してみろよ」

 ルシアは半裸姿のまま、エリアルの向かいの椅子に腰を下ろした。
 エリアルは言おうかどうか迷い、そわそわしていた。けれど、頬杖をついて話が始まるのを黙って待っているルシアを見て、ぼそぼそと話し始めた。

「あのね、ノアにぃちゃんもルシアにぃちゃんもさ、ねぇちゃんの役に立ちたいって思って、魔物を倒す練習をしたり、お勉強をしたりしてるでしょ? それなのに、僕だけねぇちゃんのために何もしてあげられてないなって、思っちゃったの。そしたらなんかモヤモヤして……」

 落ち込むような様子のエリアルから出てきた言葉に、ルシアは目を見開いた。いつも自分の思うままに振る舞っているエリアルでも、そんなことを考えるのかと少し驚いたのだ。
 けれど、ルシアもそのエリアルの思いがわからなくはなかった。似たような事を感じた事があるからだ。
 ルシアが魔道具技師を目指そうと思った理由は、魔道具に興味を持ったという部分が大きい。けれど、魔道具を作れるようになればリーシャの助けになるのではないかと思えたから、実際に行動に移そうと思えたのだ。

「そっかそっか。自分は、って思っちまうとつらいよな。けどさ、別に絶対になんかしないといけないってわけじゃないんだし、お前がいるだけでみんな明るくなれる。だから俺は、エリアルはそのままでもいいと思うんだけどな」

 ルシアは優しい笑みを浮かべた。
 少し前まで、ルシアもノアだけが “戦う”というリーシャと共有できることがあることを面白くないと思っていた。きっとエリアルも少なからずそう思っているはずだ。
 そこへさらに、ルシアが魔道具の勉強を始めたのだ。
 エリアルが自分だけリーシャと共有できる何かがないと疎外感を感じてもおかしくはない。
 けれど、ルシアとしては可愛い弟に無理に何かさせるようなことはしたくなかった。
 たとえ面倒をかけられることが多くても、可愛い弟には今のまま、ただ無邪気にそこにいてくれた方が安心なのだ。

「そういうことじゃないよ、もう……ルシアにぃちゃんは何もわかってないなぁ」

 自分の苦悩が伝わっていないと感じたエリアルは、口をとがらせた。
 けれど、またすぐにしょんぼりとし始めた。

「それにさ、にぃちゃんたちは元の竜の姿に戻れるのに、僕だけ戻れないでしょ? 何かあっても僕はねぇちゃんのこと守ってあげられないじゃん……それどころか、にぃちゃんたちに守られることになっちゃうし。やだよ、そんなの……」
「あー……なるほど。そっちか」

 幼い振る舞いをしてはいるけれど、エリアルも一応は成体の雄なのだ。
 番にしたいと思っている雌に自分の強さや魅力をアピールできないと思い、本能的に焦りを感じているから今のような表情をしているのだろう。
 そこまで悩んでいるというのなら、ルシアは兄としてこのままエリアルを放置しておくようなことはできなかった。

「なら、また練習するか? 今度はうまくいくまで付き合ってやるぞ」
「ほんと⁉」

 エリアルは勢いよく立ち上がった。
 別に練習に付き合ってほしくかったからつまらなさそうな顔をしていたわけではない。けれど、手伝ってくれると手を差し出してくれるのなら、その手を取らないいわれはない。しかも「うまくいくまで」と言ってくれているのだ。喜ばないはずがなかった。
 エリアルが目を輝かせているのを見たルシアはふっと笑った。

「かぁわいい弟のためだ。それでお前の気が晴れるなら安いもんだ」
「やったぁぁぁ‼」

 エリアルは嬉しさのあまり椅子を倒して飛び上がった。


 それと同時刻。
 この家にいるもう1人の人物は、一瞬謎の胸騒ぎを感じていた。

「……あいつら……何か企んでるんじゃないだろうな……」

 そんなことを彼がつぶやいていたなど、ルシアとエリアルが知る由はない。




「と、いうわけで兄貴。エリアルの特訓を手伝ってくれ。」

 ルシアとエリアルは、長男であるノアに助力を求めていた。
 その時ノアは、書斎になっている部屋の椅子に腰かけ、本を読んでいるところだった。ルシアとエリアルが部屋に入ってきた瞬間に、先ほどの妙な胸騒ぎは勘違いではなかったのだと悟った。
 ノアの眉間には、深い皺が刻まれた。

「なにが、というわけで、だ。ルシア、練習に付き合うといったのはお前だろ。何故俺を巻き込む」
「いやぁ、教えるなら俺より兄貴の方がうまいから、いてくれた方が早く成果が出るかなぁ、って思ってさ」
「……」

 正直、ルシアにエリアルの指導ができるかと聞かれれば、否と答えるしかなかった。ルシアは感覚で動くタイプなので、教えるべきことをうまく言葉にできないだろう。
 このまま2人を放っておいた場合、成果が出ないことで日ごとエリアルが不機嫌になっていくのは目に見えている。そんなエリアルの姿が目に浮かぶほどに。
 そして、最終的にはノアが手伝うと言うまで「手伝ってくれ」とやってくるだろう。かといって、ノアが協力したところで上達する保証もない。以前教えて成果が出なかったのだ。
 となると、面倒ごとに巻き込まれないようにするためには、エリアルを諦めさせるしかなかった。
 ノアはエリアルの方に体を向け、真剣な表情をした。

「エリアル、俺は以前、お前はそのままでいいと言わなかったか?」
「言われたけど、やっぱり僕も竜の姿に戻れるようになりたい! そしたら、強い魔物とかが来ても僕も戦えるし、足手まといになることはなくなるでしょ?」

 エリアルはノアをまっすぐに見つめた。これは何を言っても引かない時に見せる目つきだ。
 ノアは竜の姿に戻れるかということと、足手まといにならないということは別の話だと言いたかった。けれどその目を見てしまうと、そんな言葉は言えなかった。
 なんだかんだ言っても、ノアもエリアルには甘いのだ。
 
「ノアにぃちゃん、お願い‼」

 両手を合わせてのエリアルの渾身のお願い攻撃。その攻撃に、結局ノアも撃沈させられるほかになかった。
 ノアは一呼吸おいて溜め息をこぼし、持っていた本を閉じた。

「どうせ断ったところで、俺が首を縦に振るまで食い下がってくるんだろ……」

 ノアは近くの机の上に本を置くと、重い腰を上げた。

「やるからには泣き言は許さないからな」
「! お願いします‼」

 エリアルはやる気に満ち溢れていた。満面の笑みで、ノアに向かって敬礼してみせたのだった。
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