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王都で祝祭

食べ過ぎ!(2)

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「お待たせ」
「ああ……」

 合流したノアは項垂れるようにして階段に座っていた。一瞬だけ上げた顔はどことなく血色が悪いように感じた。

「大丈夫?」
「……ああ……」

 リーシャの問いにそれだけ返すと、ノアはそれ以上は口を開かなかった。
 これ以上話しかける雰囲気でもなかったため、リーシャは一番下の段に座り、ぼんやりと人の往来を眺めはじめた。
 その隣にルシアとエリアルも腰を下ろした。
 エリアルは据わるとすぐに先ほど買った串揚げを頬張り始めた。
 リーシャは、エリアルの胃のどこにそんな量が入るのだろうと疑問に思った。

「よくそんなに食べられるよね」

 エリアルの身長はリーシャより低く、体格も細身。いったいどこに食べたものをしまい込んでいるのだろう。
 エリアルは頬張っていた物を飲み込むと、口を開いた。

「おいしいものはいくらでも食べれるよ! リーシャねぇちゃんもこれ食べてみてよ。おいしいから!」
「あっ、ありがと……」

 エリアルに串揚げを差し出され、リーシャは内心困惑していた。すでに分けてもらった結構な量を食べ、腹の限界が近いのだ。

(油物はさすがに……堪えるけど……)

 キラキラしたエリアルの申し出は断りづらい。
 リーシャは串を受け取ろうと手を差し出した。けれどエリアルはすぐにその手を引っ込めた。

「このまま食べて!」
「えっ⁉」

 何を考えたのか突然そんなことを言いだした。
 更なる困惑で身動きが取れなくなっていると、リーシャはある事を思い出した。

「そういえば……」

 リーシャは以前エリアルと手を繋いだ時の事を思い出していた。

(前に手を繋いで歩くカップルを見たときも、似たようなことになったような……)

 もしかしたらどこかで食べさせあっているカップルを目撃したのかもしれない。
 リーシャが黙り込んでいると、エリアルは首を傾げた。

「? どうしたの? 食べてみてよ。おいしーから!」

 エリアルは満面の笑み。こうなったらエリアルは聞く耳を持たない。
 リーシャは髪をかき上げ、エリアルが差し出す串揚げに嚙みついた。
 自分で口に運んだわけではないためうまく噛みつけず、かけられていたソースが口の端にベタリとついた感覚があった。
 リーシャはそれを手で軽く拭った。

「ね? おいしいでしょ?」
「うん、おいしいね……」

 リーシャは無理やり笑顔を作った。

(おいしい……けど、これ以上は、もう無理……)

 そんなことをリーシャが考えていることなどつゆ知らず、エリアルは手元に残った串揚げに噛みついた。

「あっ……」
「ん? 何? ねぇちゃんどうしたの?」
「……ううん。なんでもない」

 まさか自分の食べかけのものをエリアルが迷いもなく口へ運んだことにリーシャは驚いた。
 けれど食べた当の本人は、嫌悪や照れといった感情を特に持ってはいなさそうだったので、あえて触れるのは止めた。
 リーシャは若干の胸やけを感じながら、おいしそうに顔をほころばせるエリアルの顔を眺めていた。


 リーシャはふと1週間もの間悩み続けていた自分を思い出し、再び人の流れの方へ目を向けた。
 ギルドの仲間も、それ以外のこの王都に住んでいる人たちもみんな普通に接してくれている。
 そんな中でもリーシャに対して否定的な考えを持っている人もいるだろう。すべての人に好かれるというのは無理だということはわかっている。
 けれど、大半の人がリーシャに好意的に接してくれたという事実を目の当たりにし、1週間自分がうだうだと考えていたことがばからしく思えるようになっていた。


 そのまましばらくぼんやりと人が歩くさまを見ていると、エリアルの体がコクリコクリと船を漕ぎ始めた。

「ちょっと、エリアル。このまま寝ないでよ」
「……うん……」

 返事はしたものの、エリアルは手にフォークを握りしめたまま、ほんの数秒で寝落ちてしまった。
 意識が夢の中へ落ち、バランスを維持できなくなったエリアルの体が顔面から地面へと倒れそうになった。
 それに気づいたリーシャは慌ててエリアルの体を横から支えた。

「もう! どうするのよ!」
「このまま寝かせてやれ。どうせ起こしたところでうつらうつらして、歩いては帰れないだろう」

 休息をとって体調が回復したノアはエリアルの前に回り、持っていたフォークと焼麺を回収し、空いた袋へしまい込んだ。
 1番祭を楽しんでいたエリアルが寝てしまい、リーシャ自身行きたいところもない。そろそろ頃合いだろう。

「はぁ。仕方ないから帰ろうか。ギルドにも顔みせて用事は済んでるし」

 リーシャがそう言うけれど、賛同の声は得られなかった。
 ノアにいたっては、いつも以上にじとっとした目でリーシャの事を見つめていた。

「え? だめだった? ノアも何か用事があった?」
「グレイスという人間のところには行かなくていいのか?」
「あっ」

 さっきアメリアにグレイスの話を聞いたばかりだったというのに、リーシャはすっかり忘れてしまっていた。
 ノアは呆れた顔をした。

「忘れていたのか……俺たちがエリアルを連れて先に帰るから行ってきたらどうだ?」
「いいの?」
「ああ。日もまだ高いし、せっかく王都に来ているんだ。行ってくればいい」
「うん、ありがとう。じゃあそうする。2人ともエリアルのことお願いね?」
「ああ」

 ノアが返事をした。ルシアからは返事はなく、何か考え事をしているようだった。
 
(それにしても、最近ノアの態度、少しだけど変わってきたような気がする。この前までのノアなら絶対にこんな提案してこなかったよね。意地悪なこと言ってばっかりだったし)

 不思議に思ったリーシャは無言でノアのことを見つめた。
 その視線に気づいたノアは不快そうに眉間にしわを寄せた。

「なんだ」
「……最近ノア優しいよね。なんかあんまり意地悪じゃなくなった感じがする」
「……そうか? なら優しいついでだ」

 ノアはリーシャの頬に顔を近づけた。
 何をされるのかと身構え目を瞑った瞬間、生暖かい湿った何かが口元近くを這うような感覚がした。
 リーシャは驚いてノアから即座に距離をとった。

「なっ、なんで舐めるの⁉」
「ソースが頬について間抜け顔になっていた。それをとってやっただけだが?」

 ノアはどうという事もないような態度で口角を上げていた。

(だからって舐めなくたって! 手で拭ってくれればいいじゃない!)

 リーシャは恥ずかしさと怒りで顔は真っ赤になった。

「それ優しさじゃないでしょ! ただの意地悪!」
「ふん。さて、どうだかな」

 ノアはリーシャの叫びなど気にも留めていないようで、涼しい顔をしていた。
 階段にもたれかかっているエリアルを背負うと、ノアは王都を出入する唯一の門がある方へと歩き出した。

「おい、ルシア帰るぞ」

 ノアはついてこないルシアの方へ振り返った。
 普段であれば大概ノアの言うことを聞くのだが、この時のルシアは言われるままに帰ろうとはしなかった。

「兄貴、おれリーシャについて行ってきてもいいか?」

 ノアは横目でほんの数秒ルシアを見た。意図をうっすらと感じ取ったらしいノアは、ルシアの方へ体を向けた。

「好きにすればいい」
「……いいのか?」

 ルシアは面食らったような顔をした。まるで行かせてもらえないとでも思ったような顔だった。

「? 止める理由がない。魔道具が気になっているんだろう? お前は」
「よくわかったな、兄貴」
「お前たちは単純だからな。態度を見ていたらわかる」

 リーシャもルシアが魔道具に関心を持ったのだろうかということを武闘大会の時に感じ取ってはいた。けれど、たったあれだけのやり取りでは流石にルシアの考えている事には気づけなかった。
 さすがは兄とでもいうべきだろうか。

「動機はどうであれ、やりたいことができたならやればいい。俺も好きにやらせてもらうからな」
「ははっ。兄貴にはお見通しってわけか」

 ルシアが苦笑いしていると、ノアはルシアへ歩み寄り、耳元近くで話しかけた。

「リーシャに好かれるようにせいぜい努力するんだな」
「ああ、わかってる」

 一瞬ルシアの目がギラついたけれど、後ろ姿しか見えていなかったリーシャにはそんな事など知る由もなかった。
 通常モードに戻ったルシアはリーシャの方へニカッと笑いかけた。

「それじゃ行こうぜ、リーシャ」
「う、うん」

 2人はグレイスが営む魔道具屋に店へ向けてと歩き始めた。

(いったい何を話してたんだろう)

 リーシャは先ほどノアとルシアが話していたことが気になっていた。
 その話に少しでも自分がかかわっているとは全く考えていなかったのだった。
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