上 下
31 / 419
武闘大会

後日談(2)

しおりを挟む
 トントン――

 ルシアの声をシーツ越しに聞いていると、家の扉を叩く音がうっすらとしたような気がした。
 それを肯定するように別の部屋にいたエリアルが大声で叫んだ。

「ルシアにぃちゃーん! 誰か来たよー」
「はいよー、今行くー」

 エリアルはおやつを食べている途中で、出る気はないようだ。
 ルシアは立ち上がり、玄関へと向かった。

(誰だろう。わざわざこんなところまで)

 手紙や荷物は王都のギルドに届くように申請している。よほどの用事がない限り、魔物がうろつく森の中を通ってこんなところまで訪れる人もそうはいない。
 扉が開く音がした後、すぐにルシアの驚いた声が聞こえた。

「なんでアンタが来てんだよ!」

 何か会話をしているようだけれど、あまり歓迎はしていない様子だ。
 けれど家の中へは招き入れたらしい。リーシャの部屋へと向かってくる足音は1人分ではなかった。

「リーシャ、客が来たぞ。勝手に家いれたからな」

 ルシアに続いて誰かがリーシャの部屋の中へ入ってきた。
 さすがに客人の前でこのままシーツにくるまったままというのは失礼だと思ったリーシャは起き上がろうともぞもぞとし始めた。けれどなかなか踏ん切りがつかず、顔すら出せずにいた。
 そんな事をしていると、訪問者が声をかけてきた。

「こんにちは、リーシャちゃん」

 リーシャはぴたりと動きを止めた。
 その声には聞き覚えがあった。最近この声を聞いたような気がする。

(どこで聞いたんだっけ……そう言えば、あの大会で聞いたような……)

 そこまで思い出すと、声の主が誰かがすぐに思い当たった。

「! ラディウス‼」

 リーシャはくるまっていたシーツから勢いよく飛び出した。
 訪問者の方を見ると、そこに立っていたのは本当にラディウスだった。
 身だしなみを整えていないことを思い出したリーシャは、ぼさぼさになった髪を軽く手で梳かした。
 こういう事には無頓着とはいえ、さすがに寝起きのような格好を見られるのは恥ずかしくて俯いた。

「その……こんな格好でごめんなさい。腕は……大丈夫?」
「腕? ああ、うん。あの翌日には治ってたし、もう平気さ。ほら」

 ラディウスは言葉を証明するように、右腕を動かしてみせた。動きにぎこちなさは微塵もない。

「それならよかった」

 本当にきちんと治った様子に、リーシャは胸を撫で下ろした。

(それにしても、なんでわざわざこんなところまで来たんだろう)

 ラディウスの住むストレゼウムとはかなり距離がある。王都、クレドニアムに用事があって来たのだとしても、リーシャの家はついでで来るような場所ではない。
 そもそもラディウスとリーシャは用事もないのに会うような仲でもない。
 どう考えてみても、ラディウスが訪れた理由は分からなかった。

「あの……今日は何か用があって、うちに来たの?」

 リーシャは何気なく聞いてみた。

「用があったわけじゃないよ。この辺りに逃げた魔物の討伐クエストで来てたんだ。クエストを終えてから君がクレドニアムのギルド所属なのを思い出して、せっかくだしと思って会いに行ったんだよ」

 ラディウスは窓の外に生い茂る森へ視線を向けた。

「けど、まさかこんなところに住んでいるなんてね。しかも大会終わってから一度も顔出してないんでしょ? ギルドの人たち心配してたよ?」
「うん。ちょっと最近調子が良くなくて」

 リーシャは無理やり口角を上げた。
 そんなリーシャに違和感を持ったのか、ラディウスはじっとリーシャの事を見つめた。

「ラディウス?」
「ねぇ、何が君をここに閉じ込めているんだい?」
「え?」

 やつれ気味に笑うリーシャを見たラディウスは、閉じこもる原因は体調の問題ではないと感じ取ってしまったらしい。おそらく誤魔化そうとしても無駄だろう。
 リーシャは以前ノアたちに話した、幼いころのトラウマについてラディウスにも話始めた。ラディウスは適度に相槌を打ちながら、リーシャが話しやすいように耳を傾けていた。
 そして話が終わると、ラディウスは大したことでもないというような態度で言った。

「へぇ、そんなことがあったんだ。でもさ、知らない相手からなんて思われようと別にいいじゃないか。俺なんてよく知らない相手から脳筋とか女たらしとかイカレ野郎とかいろいろ言われてるけど、全く気にしてないよ?」
「えっと、それはさすがに……」

 それ言っているのはラディウスの事を僻んでいる男性たちだろう。
 だとしても、あまりの内容の悪口にリーシャの表情は曇った。もし自分がと考えると胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

(ひどい悪口……けど……それを気にしないラディウスは、ほんとに強いな……羨ましい)

 ラディウスは、何故憐れみながらも羨むような視線を向けられるのか理解できないといった様子で、首をかしげた。

「だってお互いよく知らない相手だよ? 今後かかわるつもりはないし、言いたいヤツには言わせて、ほっとけばいいって思わない? 俺は仲間から信頼してもらえていればそれでいいと思ってるし」

 ラディウスの言うことには、リーシャも一理あった。
 けれど、そう思いたくても思えないのだからこうして引きこもりになっているのだ。
 リーシャの表情は浮かないままだった。

「でも、あんなことがあったから……今まで仲間だと思ってた人とか街で話をしてた人に怖がられて距離置かれるかもって思っちゃうじゃない?」

 一番の不安要素はそこなのだ。
 いろんな人から異質なものを見るような目を向けられることが怖かったわけではない。
 これまで一緒に戦ってきたギルドの仲間や今まで仲良くしてくれていた街の人たちが恐れて、離れて行ってしまうかもしれないのがリーシャにとって一番怖かったのだ。
 そう気がつくと、ラディウスはリーシャに優しく笑いかけた。

「あれ? 俺さっき言わなかった? ギルドの人たち心配してたって。俺に話しかけてきた人たちも同じだった。それに、俺は腕を切り落とされた張本人だけど、君のことを怖がっても嫌ったりもしてないよ。というかむしろ……」

 ラディウスはリーシャの両手をとり、握りしめた。
 これまでの話で、なぜいきなり手を握られたのかわからないリーシャは混乱した。

「ねぇ、リーシャちゃん」
「はっ、はい……なんでしょう……」
「俺のいるパーティに入らない? ここを引き払って、ストレゼウムに来なよ。あと、よければなんだけど、今後の人生すべてをかけて君を守らせてほしい!」
「⁉ えと、いきなり何⁉」

 ラディウスの好意に全く気がついていない状態で、突然そんな事を言われたリーシャは引き気味だった。
 そして思った。

(この人……ヤバい人な気がする‼)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...