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武闘大会
後日談(2)
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トントン――
ルシアの声をシーツ越しに聞いていると、家の扉を叩く音がうっすらとしたような気がした。
それを肯定するように別の部屋にいたエリアルが大声で叫んだ。
「ルシアにぃちゃーん! 誰か来たよー」
「はいよー、今行くー」
エリアルはおやつを食べている途中で、出る気はないようだ。
ルシアは立ち上がり、玄関へと向かった。
(誰だろう。わざわざこんなところまで)
手紙や荷物は王都のギルドに届くように申請している。よほどの用事がない限り、魔物がうろつく森の中を通ってこんなところまで訪れる人もそうはいない。
扉が開く音がした後、すぐにルシアの驚いた声が聞こえた。
「なんでアンタが来てんだよ!」
何か会話をしているようだけれど、あまり歓迎はしていない様子だ。
けれど家の中へは招き入れたらしい。リーシャの部屋へと向かってくる足音は1人分ではなかった。
「リーシャ、客が来たぞ。勝手に家いれたからな」
ルシアに続いて誰かがリーシャの部屋の中へ入ってきた。
さすがに客人の前でこのままシーツにくるまったままというのは失礼だと思ったリーシャは起き上がろうともぞもぞとし始めた。けれどなかなか踏ん切りがつかず、顔すら出せずにいた。
そんな事をしていると、訪問者が声をかけてきた。
「こんにちは、リーシャちゃん」
リーシャはぴたりと動きを止めた。
その声には聞き覚えがあった。最近この声を聞いたような気がする。
(どこで聞いたんだっけ……そう言えば、あの大会で聞いたような……)
そこまで思い出すと、声の主が誰かがすぐに思い当たった。
「! ラディウス‼」
リーシャはくるまっていたシーツから勢いよく飛び出した。
訪問者の方を見ると、そこに立っていたのは本当にラディウスだった。
身だしなみを整えていないことを思い出したリーシャは、ぼさぼさになった髪を軽く手で梳かした。
こういう事には無頓着とはいえ、さすがに寝起きのような格好を見られるのは恥ずかしくて俯いた。
「その……こんな格好でごめんなさい。腕は……大丈夫?」
「腕? ああ、うん。あの翌日には治ってたし、もう平気さ。ほら」
ラディウスは言葉を証明するように、右腕を動かしてみせた。動きにぎこちなさは微塵もない。
「それならよかった」
本当にきちんと治った様子に、リーシャは胸を撫で下ろした。
(それにしても、なんでわざわざこんなところまで来たんだろう)
ラディウスの住むストレゼウムとはかなり距離がある。王都、クレドニアムに用事があって来たのだとしても、リーシャの家はついでで来るような場所ではない。
そもそもラディウスとリーシャは用事もないのに会うような仲でもない。
どう考えてみても、ラディウスが訪れた理由は分からなかった。
「あの……今日は何か用があって、うちに来たの?」
リーシャは何気なく聞いてみた。
「用があったわけじゃないよ。この辺りに逃げた魔物の討伐クエストで来てたんだ。クエストを終えてから君がクレドニアムのギルド所属なのを思い出して、せっかくだしと思って会いに行ったんだよ」
ラディウスは窓の外に生い茂る森へ視線を向けた。
「けど、まさかこんなところに住んでいるなんてね。しかも大会終わってから一度も顔出してないんでしょ? ギルドの人たち心配してたよ?」
「うん。ちょっと最近調子が良くなくて」
リーシャは無理やり口角を上げた。
そんなリーシャに違和感を持ったのか、ラディウスはじっとリーシャの事を見つめた。
「ラディウス?」
「ねぇ、何が君をここに閉じ込めているんだい?」
「え?」
やつれ気味に笑うリーシャを見たラディウスは、閉じこもる原因は体調の問題ではないと感じ取ってしまったらしい。おそらく誤魔化そうとしても無駄だろう。
リーシャは以前ノアたちに話した、幼いころのトラウマについてラディウスにも話始めた。ラディウスは適度に相槌を打ちながら、リーシャが話しやすいように耳を傾けていた。
そして話が終わると、ラディウスは大したことでもないというような態度で言った。
「へぇ、そんなことがあったんだ。でもさ、知らない相手からなんて思われようと別にいいじゃないか。俺なんてよく知らない相手から脳筋とか女たらしとかイカレ野郎とかいろいろ言われてるけど、全く気にしてないよ?」
「えっと、それはさすがに……」
それ言っているのはラディウスの事を僻んでいる男性たちだろう。
だとしても、あまりの内容の悪口にリーシャの表情は曇った。もし自分がと考えると胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
(ひどい悪口……けど……それを気にしないラディウスは、ほんとに強いな……羨ましい)
ラディウスは、何故憐れみながらも羨むような視線を向けられるのか理解できないといった様子で、首をかしげた。
「だってお互いよく知らない相手だよ? 今後かかわるつもりはないし、言いたいヤツには言わせて、ほっとけばいいって思わない? 俺は仲間から信頼してもらえていればそれでいいと思ってるし」
ラディウスの言うことには、リーシャも一理あった。
けれど、そう思いたくても思えないのだからこうして引きこもりになっているのだ。
リーシャの表情は浮かないままだった。
「でも、あんなことがあったから……今まで仲間だと思ってた人とか街で話をしてた人に怖がられて距離置かれるかもって思っちゃうじゃない?」
一番の不安要素はそこなのだ。
いろんな人から異質なものを見るような目を向けられることが怖かったわけではない。
これまで一緒に戦ってきたギルドの仲間や今まで仲良くしてくれていた街の人たちが恐れて、離れて行ってしまうかもしれないのがリーシャにとって一番怖かったのだ。
そう気がつくと、ラディウスはリーシャに優しく笑いかけた。
「あれ? 俺さっき言わなかった? ギルドの人たち心配してたって。俺に話しかけてきた人たちも同じだった。それに、俺は腕を切り落とされた張本人だけど、君のことを怖がっても嫌ったりもしてないよ。というかむしろ……」
ラディウスはリーシャの両手をとり、握りしめた。
これまでの話で、なぜいきなり手を握られたのかわからないリーシャは混乱した。
「ねぇ、リーシャちゃん」
「はっ、はい……なんでしょう……」
「俺のいるパーティに入らない? ここを引き払って、ストレゼウムに来なよ。あと、よければなんだけど、今後の人生すべてをかけて君を守らせてほしい!」
「⁉ えと、いきなり何⁉」
ラディウスの好意に全く気がついていない状態で、突然そんな事を言われたリーシャは引き気味だった。
そして思った。
(この人……ヤバい人な気がする‼)
ルシアの声をシーツ越しに聞いていると、家の扉を叩く音がうっすらとしたような気がした。
それを肯定するように別の部屋にいたエリアルが大声で叫んだ。
「ルシアにぃちゃーん! 誰か来たよー」
「はいよー、今行くー」
エリアルはおやつを食べている途中で、出る気はないようだ。
ルシアは立ち上がり、玄関へと向かった。
(誰だろう。わざわざこんなところまで)
手紙や荷物は王都のギルドに届くように申請している。よほどの用事がない限り、魔物がうろつく森の中を通ってこんなところまで訪れる人もそうはいない。
扉が開く音がした後、すぐにルシアの驚いた声が聞こえた。
「なんでアンタが来てんだよ!」
何か会話をしているようだけれど、あまり歓迎はしていない様子だ。
けれど家の中へは招き入れたらしい。リーシャの部屋へと向かってくる足音は1人分ではなかった。
「リーシャ、客が来たぞ。勝手に家いれたからな」
ルシアに続いて誰かがリーシャの部屋の中へ入ってきた。
さすがに客人の前でこのままシーツにくるまったままというのは失礼だと思ったリーシャは起き上がろうともぞもぞとし始めた。けれどなかなか踏ん切りがつかず、顔すら出せずにいた。
そんな事をしていると、訪問者が声をかけてきた。
「こんにちは、リーシャちゃん」
リーシャはぴたりと動きを止めた。
その声には聞き覚えがあった。最近この声を聞いたような気がする。
(どこで聞いたんだっけ……そう言えば、あの大会で聞いたような……)
そこまで思い出すと、声の主が誰かがすぐに思い当たった。
「! ラディウス‼」
リーシャはくるまっていたシーツから勢いよく飛び出した。
訪問者の方を見ると、そこに立っていたのは本当にラディウスだった。
身だしなみを整えていないことを思い出したリーシャは、ぼさぼさになった髪を軽く手で梳かした。
こういう事には無頓着とはいえ、さすがに寝起きのような格好を見られるのは恥ずかしくて俯いた。
「その……こんな格好でごめんなさい。腕は……大丈夫?」
「腕? ああ、うん。あの翌日には治ってたし、もう平気さ。ほら」
ラディウスは言葉を証明するように、右腕を動かしてみせた。動きにぎこちなさは微塵もない。
「それならよかった」
本当にきちんと治った様子に、リーシャは胸を撫で下ろした。
(それにしても、なんでわざわざこんなところまで来たんだろう)
ラディウスの住むストレゼウムとはかなり距離がある。王都、クレドニアムに用事があって来たのだとしても、リーシャの家はついでで来るような場所ではない。
そもそもラディウスとリーシャは用事もないのに会うような仲でもない。
どう考えてみても、ラディウスが訪れた理由は分からなかった。
「あの……今日は何か用があって、うちに来たの?」
リーシャは何気なく聞いてみた。
「用があったわけじゃないよ。この辺りに逃げた魔物の討伐クエストで来てたんだ。クエストを終えてから君がクレドニアムのギルド所属なのを思い出して、せっかくだしと思って会いに行ったんだよ」
ラディウスは窓の外に生い茂る森へ視線を向けた。
「けど、まさかこんなところに住んでいるなんてね。しかも大会終わってから一度も顔出してないんでしょ? ギルドの人たち心配してたよ?」
「うん。ちょっと最近調子が良くなくて」
リーシャは無理やり口角を上げた。
そんなリーシャに違和感を持ったのか、ラディウスはじっとリーシャの事を見つめた。
「ラディウス?」
「ねぇ、何が君をここに閉じ込めているんだい?」
「え?」
やつれ気味に笑うリーシャを見たラディウスは、閉じこもる原因は体調の問題ではないと感じ取ってしまったらしい。おそらく誤魔化そうとしても無駄だろう。
リーシャは以前ノアたちに話した、幼いころのトラウマについてラディウスにも話始めた。ラディウスは適度に相槌を打ちながら、リーシャが話しやすいように耳を傾けていた。
そして話が終わると、ラディウスは大したことでもないというような態度で言った。
「へぇ、そんなことがあったんだ。でもさ、知らない相手からなんて思われようと別にいいじゃないか。俺なんてよく知らない相手から脳筋とか女たらしとかイカレ野郎とかいろいろ言われてるけど、全く気にしてないよ?」
「えっと、それはさすがに……」
それ言っているのはラディウスの事を僻んでいる男性たちだろう。
だとしても、あまりの内容の悪口にリーシャの表情は曇った。もし自分がと考えると胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
(ひどい悪口……けど……それを気にしないラディウスは、ほんとに強いな……羨ましい)
ラディウスは、何故憐れみながらも羨むような視線を向けられるのか理解できないといった様子で、首をかしげた。
「だってお互いよく知らない相手だよ? 今後かかわるつもりはないし、言いたいヤツには言わせて、ほっとけばいいって思わない? 俺は仲間から信頼してもらえていればそれでいいと思ってるし」
ラディウスの言うことには、リーシャも一理あった。
けれど、そう思いたくても思えないのだからこうして引きこもりになっているのだ。
リーシャの表情は浮かないままだった。
「でも、あんなことがあったから……今まで仲間だと思ってた人とか街で話をしてた人に怖がられて距離置かれるかもって思っちゃうじゃない?」
一番の不安要素はそこなのだ。
いろんな人から異質なものを見るような目を向けられることが怖かったわけではない。
これまで一緒に戦ってきたギルドの仲間や今まで仲良くしてくれていた街の人たちが恐れて、離れて行ってしまうかもしれないのがリーシャにとって一番怖かったのだ。
そう気がつくと、ラディウスはリーシャに優しく笑いかけた。
「あれ? 俺さっき言わなかった? ギルドの人たち心配してたって。俺に話しかけてきた人たちも同じだった。それに、俺は腕を切り落とされた張本人だけど、君のことを怖がっても嫌ったりもしてないよ。というかむしろ……」
ラディウスはリーシャの両手をとり、握りしめた。
これまでの話で、なぜいきなり手を握られたのかわからないリーシャは混乱した。
「ねぇ、リーシャちゃん」
「はっ、はい……なんでしょう……」
「俺のいるパーティに入らない? ここを引き払って、ストレゼウムに来なよ。あと、よければなんだけど、今後の人生すべてをかけて君を守らせてほしい!」
「⁉ えと、いきなり何⁉」
ラディウスの好意に全く気がついていない状態で、突然そんな事を言われたリーシャは引き気味だった。
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