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武闘大会
vs王者
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「ついに大会も大詰め! 泣いても笑ってもこの戦いで勝敗が決まってしまうぞぉぉ! さあ、まずはこちら! この大会に出場してから負けなしのラディウス・フォルテ―ヌ選手!」
観客席からは大きな歓声が上がった。とくに女性たちのラディウスの名を叫ぶ声が目立って聞こえてくる。
「対するは、今回初出場にしてこの大将戦に大抜擢されたリーシャ……あれ? これ、リーシャとしか書いてないけど……書き忘れ?」
司会者はこれまでずっと選手の名前をフルネームを叫んでいたため、リーシャとしか書かれていないリストに調子を崩され、近くにいる人に声をかけていた。
(すみません。どうしても書きたくなかったんです……)
リーシャは大会へ出場する事には一応覚悟は決めた。
けれど、どうしても本名だけは他人に知られたくなかったため、ギルドマスターに頼み込み、出場選手登録用紙にはリーシャとだけ記入してもらったのだ。
「まぁいいか。えーっと、初出場のリーシャ選手! 1度も手の内をさらすことなくこの舞台に立つことになりましたぁ! いったいどんな戦いを見せてくれるのかぁぁぁぁ!」
司会者がリーシャを紹介すると、ラディウスの時ほど大きくはなかったけれど、それなりに大きな歓声が上がった。
リーシャなら勝てる、戦うのを見るのを楽しみにしていた、本気を見せてやれ、というような声が聞こえてくる。
リーシャはこんなにも応援をしてくれる声が聞こえてくるとは思ってはいなかった。
(わざわざ王都から足を運んでくれている人たちがこんなにいたんだ)
それはプレッシャーでもあったけれど、嬉しくもあった。
1回戦から抱えていた感情が軽くなったように感じた。
始まりの鐘が鳴らされた。
鐘の音が消える前に、ラディウスがすぐさま飛び出した。
身体強化などしていないはずなのに、想像以上の速さだ。
ラディウスの動きに集中しなければ、数分もかからないうちに負けてしまうのは明白だった。
(周りの視線なんて気にしてる場合じゃない! 今はとにかく彼の動きについていけるようにならないと!)
まず初めに自分が何をすべきか、リーシャは考えていた。
身体強化の魔法の発動。
この魔法が無ければ魔法以外に秀でている事のないリーシャは即敗北してしまう。
リーシャは何のそぶりも見せず、ほんのコンマ数秒という神業で魔法を発動させ、何とかラディウスの攻撃を避けきることができた。
(間に合った!)
と思った直後、ラディウスはすぐにリーシャの動きに反応し、さらなる攻撃をすぐに繰り出す。
それもリーシャはどうにか見切り、紙一重でかわした。
(危なかった! 魔法使ってなかったら即終了だったよ!)
リーシャは何と言う事は無い表情をしているけれど、背筋が凍るような思いをしていた。
リーシャのそんな俊敏な動きを魔法によるものとは思っていなかったラディウスは、歓喜に満ちた表情をした。
「いい動きだ。見かけによらず鍛え上げているんだね。安心したよ。この試合を楽しめそうで!」
どうやらリーシャのことを体術使いだと勘違いしているようだ。
その言葉を皮切りに、ラディウスの攻撃は激しさを増していった。
リーシャはその攻撃を間一髪と言っていいようなギリギリで次々とかわしていく。
しかし、かわすだけで攻撃に転じられずにいた。
(近距離戦は分が悪いなぁ……)
一旦ラディウスとの距離をとろうと、リーシャは大きく地面を蹴った。その開いた距離を、ラディウスはすぐに詰めてくる。
追いつかれる直前、リーシャは瞬時に地面へ両手をついた。
指の数センチ先の地面から突然現れたモノに、ラディウスは目を見開いた。
「⁉」
リーシャとラディウスの間に巨大な土の壁が現れたのだ。
壁は複数の固い土の槍を作り出し、標的を狙ってそれらを放ち始めた。
想定外の攻撃にラディウスは一瞬対応が遅れた。大抵の人間であればここで決着はついていたはずだ。
けれどラディウスはほぼすべての攻撃をはじききった。
(この展開は一応想定内だけど……)
傷一つ負わせることができず、攻撃に充てていた土の槍もきれいに破壊されてしまったのが悔しく、リーシャは顔をしかめた。
「やっぱり、これくらいの攻撃じゃだめか」
リーシャの放った突然の魔法に、会場は騒めいていた。
観客たちもリーシャのことを体術使いだと勘違いしていたのだろう。武器を持たず、本来魔法を発動するために必要な魔道具の杖すらも持っていなかったのだから、当然と言えば当然だ。
そんな騒めき中リーシャは耳を澄まし、土壁の向こうから聞こえるはずの、自分に近づく音を探した。
(次はどこから……)
足音は聞こえない。
代わりに一瞬だけ、ある方向から風を切る音が聞こえた。
「上‼」
見上げると、壁を飛び越え、リーシャに剣先を向けて降ってくるラディウスの姿があった。
リーシャは手を空に向かって突き上げた。
「風よ‼」
そう叫ぶ声が響くと、強風が上空に向かって吹き荒れた。
その風の力でラディウスは上へと押し返され、地面に到達するまでのラグが生じた。
その間にリーシャは、今立っている場所からすぐに離れた。
(土壁邪魔!)
リーシャが壁に沿って手を横に振ると、途端に壁は形維持できなくなり、砂へと変わった。
地面へと降り立ったラディウスは、嬉しそうにリーシャの方を向いた。
「魔道具なしで魔法が使える人間か。存在は知ってたけど初めて会ったよ。それに発動速度も威力も普通の数倍……素敵だ……そうだ! きっと俺は君のような女性を探していたんだよ!」
「……はい?」
話の筋道が見えず、リーシャは茫然とした。
「あ、あの……」
リーシャはどういう意味でそれを言っているのか尋ねたかった。
けれどリーシャが思っていた言葉を口に出すより先に、彼は嬉しそうに再び剣を向けて距離を詰めてきた。
「⁉ 早っ‼」
先ほどよりもスピードが増していた。
地面に手を付けて再び土の壁を生成するけれど、今度はその壁をぶち抜き、ラディウスは向かってくる。
「嘘でしょ⁉」
土とはいえ、魔法で硬度をかなり上げて生成した土壁だ。
もはや彼の身体能力は人間のものとは思えない。
リーシャは慌てて次の一手を打った。
「風よ!」
今度はラディウスではなく自身に向けて風を吹き上げた。するとリーシャの体が宙に舞った。
ラディウスはリーシャが下りてきた瞬間を狙うつもりなのだろう。剣を構えた。
しかし、その瞬間はなかなか訪れない。
「まさか、そんなことまでできるなんて。君の魔力は底知らずなのかな?」
「底はあると思うけど」
リーシャは風魔法で浮遊していた。
浮遊するためには常時魔法を発動し続けなければならず、魔力の消耗が激しい。そのため、他の魔法使いではこう長くは持たない。
これは魔力量の多いリーシャならではの戦法だ。
形勢逆転を確信したリーシャは、ラディウスに向けて両手を伸ばした。
「じゃあ、今度は私の番」
地上に足をつければラディウスの攻撃から逃げるのが精一杯になってしまう。故に、ここから狙い撃ちにするのが一番だとリーシャは考えた。
(使う属性は水……だと決定打に欠ける。それなら……)
リーシャは、手の前にバチバチと音を立て、白い光を放つ球体を瞬時に作り出した。その球をラディウスに向けて一直線で放つ。これを連続で何度も繰り返した。
(大怪我をさせずに戦闘不能に追い込むなら、雷の魔法を使って痺れさせてしまえばいい)
けれどこの攻撃も素早いラディウスには通用せず、見事なまでにかわされてしまった。標的を捉えることができなかった電気の球は地面に衝突し、地面を抉っていく。
たった数十秒の間に、フィールド上には大量の穴が出来上がっていた。
「まずいなぁ」
リーシャの表情に焦りが見え始めた。
ラディウスの動きが鈍る気配がないのだ。
こうかわされ続けると、リーシャの魔力量が他の人間よりは多いとはいえ、いつまで攻撃を続けられるかわからない。
他の攻撃を考えなければ。
リーシャは攻撃の手を緩めることなく、思考を巡らせた。
今問題なのはラディウスに攻撃が当たらない事。対象に攻撃が届くまでの速度。これ以上速くは飛ばせないから、このまま同じように飛ばし続けてたら、たぶんこっちの魔力が先に尽きる。かといって身体強化の魔法を使ったところで彼相手にどうにかなるとは思えないし……
そんな考えを巡らしていたせいで、気がつけばリーシャはラディウスを見失っていた。
地面を見回すけれど、どこにもいない。
「えっ⁉ うそっ⁉」
攻撃の手を止め、ラディウスを探しているとふと視界の端に何かが映ったような気がした。
慌ててそちらへと顔を向けると、ラディウスが宙へと跳び上がりリーシャに向けて剣を振りかぶっていた。
「ええっ⁉ か、風……あっ」
押し返すために風の魔法を使おうと手を伸ばした。
けれど、その手から魔法が発動されることはなかった。
風の魔法で飛んでいる状態でさらに風の魔法を使うと、風同士が変に作用して落ちてしまう可能性があったからだ。
リーシャはすぐに打つ手を変えた。
大きく息を吸い込むと、息と共に吐きだそうとしている魔力に属性を与え、一気に吐き出した。
「くっ!」
リーシャの口からは息、ではなく滝のような勢いの水が噴射され、ラディウスを飲み込み押し流した。
(攻撃は防げたし、一応の攻撃は当たった。けど……この激流だけじゃ彼は倒せない。水だけじゃあ……? そっか! 水が直撃してる今なら!)
水の特性を活かすことを思いついたリーシャは、吹き出る水の側面に手をかざした。そして別の属性の魔力を手に集める。
すると、はじける光の線が激流の周りを走った。
(これなら体がしびれて動きを止めるはず!)
リーシャはそのまま数十秒間、全力で激流を作り出し続けた。
ラディウスの様子がわからないため、止めるタイミングを計りかねていたという事もある。
けれどリーシャも人間。吐き出す息にも限界があり、水の勢いは徐々に弱まっていった。
(も、もうムリ! 息が続かない!)
水の勢いが弱まる度、次の瞬間にもラディウスからの反撃に合わないかという不安に、じわじわと襲われた。
(さすがにここまですればさすがに雷の魔法で麻痺状態になってる……はず)
ラディウスが動けなくなっているうちに、土の魔法で刃物モドキを作り出し、彼の首元にあてる。
それで勝ちだ、リーシャはそう考えた。
けれど、水流が半分以下になったところで、不安の方が現実のものとなった。
中からラディウスが飛び出し、リーシャに向かって剣を振るってきたのだ。
「……っ!」
どうにか後方へ避け、直撃はまぬかれた。
けれど、突如として頬に痛みが走り、液体が流れるような感触が顎の方へと伝った。
雷の魔法を食らったはずのラディウスが想定外にも平然と立ちはだかっている。
「これくらいの魔法じゃ、俺は倒せないよ。君、意図的か無意識かはわからないけど、手加減してない?」
「それは……」
たしかにリーシャは、全力の魔法は発動させていなかった。
他の選手とは違い、リーシャの攻撃は魔道具によって制御されず、一歩間違えたらラディウスを死なせてしまう。
けれど、そこまで生ぬるい攻撃をしていたつもりもない。
リーシャは悟った。
(この人を相手にするには、人間相手だと考えたらダメだ!)
リーシャは地上へ降りると、高速で電気や火を生成し、攻撃しはじめた。足からも魔力を地面へと流し、土の矢を放ち、時には口から炎や風の息吹も放った。
リーシャの瞳には、Sランク以上の魔物を目の前にした時と似た光が宿っている。
そんな猛攻を続けるものの、どうにかラディウスの体に軽い切り傷や火傷を負わせることはできたけれど、戦闘不能にまでは追い込められずにいる。その気配すらもない。それどころかラディウスは余裕表情だ。
余裕、というよりも心からこの戦いを楽しんでいるようにすら見える。
「すごいよ! 魔の者でもここまで魔力を操れる者はそうはいない。それなのに、人間の君がこんなにも……あぁ、もっと君の戦う素敵な姿を見ていたいよ……けど、そろそろ決着をつけないといけないね」
ラディウスの纏う雰囲気が変わった。
観客席からは大きな歓声が上がった。とくに女性たちのラディウスの名を叫ぶ声が目立って聞こえてくる。
「対するは、今回初出場にしてこの大将戦に大抜擢されたリーシャ……あれ? これ、リーシャとしか書いてないけど……書き忘れ?」
司会者はこれまでずっと選手の名前をフルネームを叫んでいたため、リーシャとしか書かれていないリストに調子を崩され、近くにいる人に声をかけていた。
(すみません。どうしても書きたくなかったんです……)
リーシャは大会へ出場する事には一応覚悟は決めた。
けれど、どうしても本名だけは他人に知られたくなかったため、ギルドマスターに頼み込み、出場選手登録用紙にはリーシャとだけ記入してもらったのだ。
「まぁいいか。えーっと、初出場のリーシャ選手! 1度も手の内をさらすことなくこの舞台に立つことになりましたぁ! いったいどんな戦いを見せてくれるのかぁぁぁぁ!」
司会者がリーシャを紹介すると、ラディウスの時ほど大きくはなかったけれど、それなりに大きな歓声が上がった。
リーシャなら勝てる、戦うのを見るのを楽しみにしていた、本気を見せてやれ、というような声が聞こえてくる。
リーシャはこんなにも応援をしてくれる声が聞こえてくるとは思ってはいなかった。
(わざわざ王都から足を運んでくれている人たちがこんなにいたんだ)
それはプレッシャーでもあったけれど、嬉しくもあった。
1回戦から抱えていた感情が軽くなったように感じた。
始まりの鐘が鳴らされた。
鐘の音が消える前に、ラディウスがすぐさま飛び出した。
身体強化などしていないはずなのに、想像以上の速さだ。
ラディウスの動きに集中しなければ、数分もかからないうちに負けてしまうのは明白だった。
(周りの視線なんて気にしてる場合じゃない! 今はとにかく彼の動きについていけるようにならないと!)
まず初めに自分が何をすべきか、リーシャは考えていた。
身体強化の魔法の発動。
この魔法が無ければ魔法以外に秀でている事のないリーシャは即敗北してしまう。
リーシャは何のそぶりも見せず、ほんのコンマ数秒という神業で魔法を発動させ、何とかラディウスの攻撃を避けきることができた。
(間に合った!)
と思った直後、ラディウスはすぐにリーシャの動きに反応し、さらなる攻撃をすぐに繰り出す。
それもリーシャはどうにか見切り、紙一重でかわした。
(危なかった! 魔法使ってなかったら即終了だったよ!)
リーシャは何と言う事は無い表情をしているけれど、背筋が凍るような思いをしていた。
リーシャのそんな俊敏な動きを魔法によるものとは思っていなかったラディウスは、歓喜に満ちた表情をした。
「いい動きだ。見かけによらず鍛え上げているんだね。安心したよ。この試合を楽しめそうで!」
どうやらリーシャのことを体術使いだと勘違いしているようだ。
その言葉を皮切りに、ラディウスの攻撃は激しさを増していった。
リーシャはその攻撃を間一髪と言っていいようなギリギリで次々とかわしていく。
しかし、かわすだけで攻撃に転じられずにいた。
(近距離戦は分が悪いなぁ……)
一旦ラディウスとの距離をとろうと、リーシャは大きく地面を蹴った。その開いた距離を、ラディウスはすぐに詰めてくる。
追いつかれる直前、リーシャは瞬時に地面へ両手をついた。
指の数センチ先の地面から突然現れたモノに、ラディウスは目を見開いた。
「⁉」
リーシャとラディウスの間に巨大な土の壁が現れたのだ。
壁は複数の固い土の槍を作り出し、標的を狙ってそれらを放ち始めた。
想定外の攻撃にラディウスは一瞬対応が遅れた。大抵の人間であればここで決着はついていたはずだ。
けれどラディウスはほぼすべての攻撃をはじききった。
(この展開は一応想定内だけど……)
傷一つ負わせることができず、攻撃に充てていた土の槍もきれいに破壊されてしまったのが悔しく、リーシャは顔をしかめた。
「やっぱり、これくらいの攻撃じゃだめか」
リーシャの放った突然の魔法に、会場は騒めいていた。
観客たちもリーシャのことを体術使いだと勘違いしていたのだろう。武器を持たず、本来魔法を発動するために必要な魔道具の杖すらも持っていなかったのだから、当然と言えば当然だ。
そんな騒めき中リーシャは耳を澄まし、土壁の向こうから聞こえるはずの、自分に近づく音を探した。
(次はどこから……)
足音は聞こえない。
代わりに一瞬だけ、ある方向から風を切る音が聞こえた。
「上‼」
見上げると、壁を飛び越え、リーシャに剣先を向けて降ってくるラディウスの姿があった。
リーシャは手を空に向かって突き上げた。
「風よ‼」
そう叫ぶ声が響くと、強風が上空に向かって吹き荒れた。
その風の力でラディウスは上へと押し返され、地面に到達するまでのラグが生じた。
その間にリーシャは、今立っている場所からすぐに離れた。
(土壁邪魔!)
リーシャが壁に沿って手を横に振ると、途端に壁は形維持できなくなり、砂へと変わった。
地面へと降り立ったラディウスは、嬉しそうにリーシャの方を向いた。
「魔道具なしで魔法が使える人間か。存在は知ってたけど初めて会ったよ。それに発動速度も威力も普通の数倍……素敵だ……そうだ! きっと俺は君のような女性を探していたんだよ!」
「……はい?」
話の筋道が見えず、リーシャは茫然とした。
「あ、あの……」
リーシャはどういう意味でそれを言っているのか尋ねたかった。
けれどリーシャが思っていた言葉を口に出すより先に、彼は嬉しそうに再び剣を向けて距離を詰めてきた。
「⁉ 早っ‼」
先ほどよりもスピードが増していた。
地面に手を付けて再び土の壁を生成するけれど、今度はその壁をぶち抜き、ラディウスは向かってくる。
「嘘でしょ⁉」
土とはいえ、魔法で硬度をかなり上げて生成した土壁だ。
もはや彼の身体能力は人間のものとは思えない。
リーシャは慌てて次の一手を打った。
「風よ!」
今度はラディウスではなく自身に向けて風を吹き上げた。するとリーシャの体が宙に舞った。
ラディウスはリーシャが下りてきた瞬間を狙うつもりなのだろう。剣を構えた。
しかし、その瞬間はなかなか訪れない。
「まさか、そんなことまでできるなんて。君の魔力は底知らずなのかな?」
「底はあると思うけど」
リーシャは風魔法で浮遊していた。
浮遊するためには常時魔法を発動し続けなければならず、魔力の消耗が激しい。そのため、他の魔法使いではこう長くは持たない。
これは魔力量の多いリーシャならではの戦法だ。
形勢逆転を確信したリーシャは、ラディウスに向けて両手を伸ばした。
「じゃあ、今度は私の番」
地上に足をつければラディウスの攻撃から逃げるのが精一杯になってしまう。故に、ここから狙い撃ちにするのが一番だとリーシャは考えた。
(使う属性は水……だと決定打に欠ける。それなら……)
リーシャは、手の前にバチバチと音を立て、白い光を放つ球体を瞬時に作り出した。その球をラディウスに向けて一直線で放つ。これを連続で何度も繰り返した。
(大怪我をさせずに戦闘不能に追い込むなら、雷の魔法を使って痺れさせてしまえばいい)
けれどこの攻撃も素早いラディウスには通用せず、見事なまでにかわされてしまった。標的を捉えることができなかった電気の球は地面に衝突し、地面を抉っていく。
たった数十秒の間に、フィールド上には大量の穴が出来上がっていた。
「まずいなぁ」
リーシャの表情に焦りが見え始めた。
ラディウスの動きが鈍る気配がないのだ。
こうかわされ続けると、リーシャの魔力量が他の人間よりは多いとはいえ、いつまで攻撃を続けられるかわからない。
他の攻撃を考えなければ。
リーシャは攻撃の手を緩めることなく、思考を巡らせた。
今問題なのはラディウスに攻撃が当たらない事。対象に攻撃が届くまでの速度。これ以上速くは飛ばせないから、このまま同じように飛ばし続けてたら、たぶんこっちの魔力が先に尽きる。かといって身体強化の魔法を使ったところで彼相手にどうにかなるとは思えないし……
そんな考えを巡らしていたせいで、気がつけばリーシャはラディウスを見失っていた。
地面を見回すけれど、どこにもいない。
「えっ⁉ うそっ⁉」
攻撃の手を止め、ラディウスを探しているとふと視界の端に何かが映ったような気がした。
慌ててそちらへと顔を向けると、ラディウスが宙へと跳び上がりリーシャに向けて剣を振りかぶっていた。
「ええっ⁉ か、風……あっ」
押し返すために風の魔法を使おうと手を伸ばした。
けれど、その手から魔法が発動されることはなかった。
風の魔法で飛んでいる状態でさらに風の魔法を使うと、風同士が変に作用して落ちてしまう可能性があったからだ。
リーシャはすぐに打つ手を変えた。
大きく息を吸い込むと、息と共に吐きだそうとしている魔力に属性を与え、一気に吐き出した。
「くっ!」
リーシャの口からは息、ではなく滝のような勢いの水が噴射され、ラディウスを飲み込み押し流した。
(攻撃は防げたし、一応の攻撃は当たった。けど……この激流だけじゃ彼は倒せない。水だけじゃあ……? そっか! 水が直撃してる今なら!)
水の特性を活かすことを思いついたリーシャは、吹き出る水の側面に手をかざした。そして別の属性の魔力を手に集める。
すると、はじける光の線が激流の周りを走った。
(これなら体がしびれて動きを止めるはず!)
リーシャはそのまま数十秒間、全力で激流を作り出し続けた。
ラディウスの様子がわからないため、止めるタイミングを計りかねていたという事もある。
けれどリーシャも人間。吐き出す息にも限界があり、水の勢いは徐々に弱まっていった。
(も、もうムリ! 息が続かない!)
水の勢いが弱まる度、次の瞬間にもラディウスからの反撃に合わないかという不安に、じわじわと襲われた。
(さすがにここまですればさすがに雷の魔法で麻痺状態になってる……はず)
ラディウスが動けなくなっているうちに、土の魔法で刃物モドキを作り出し、彼の首元にあてる。
それで勝ちだ、リーシャはそう考えた。
けれど、水流が半分以下になったところで、不安の方が現実のものとなった。
中からラディウスが飛び出し、リーシャに向かって剣を振るってきたのだ。
「……っ!」
どうにか後方へ避け、直撃はまぬかれた。
けれど、突如として頬に痛みが走り、液体が流れるような感触が顎の方へと伝った。
雷の魔法を食らったはずのラディウスが想定外にも平然と立ちはだかっている。
「これくらいの魔法じゃ、俺は倒せないよ。君、意図的か無意識かはわからないけど、手加減してない?」
「それは……」
たしかにリーシャは、全力の魔法は発動させていなかった。
他の選手とは違い、リーシャの攻撃は魔道具によって制御されず、一歩間違えたらラディウスを死なせてしまう。
けれど、そこまで生ぬるい攻撃をしていたつもりもない。
リーシャは悟った。
(この人を相手にするには、人間相手だと考えたらダメだ!)
リーシャは地上へ降りると、高速で電気や火を生成し、攻撃しはじめた。足からも魔力を地面へと流し、土の矢を放ち、時には口から炎や風の息吹も放った。
リーシャの瞳には、Sランク以上の魔物を目の前にした時と似た光が宿っている。
そんな猛攻を続けるものの、どうにかラディウスの体に軽い切り傷や火傷を負わせることはできたけれど、戦闘不能にまでは追い込められずにいる。その気配すらもない。それどころかラディウスは余裕表情だ。
余裕、というよりも心からこの戦いを楽しんでいるようにすら見える。
「すごいよ! 魔の者でもここまで魔力を操れる者はそうはいない。それなのに、人間の君がこんなにも……あぁ、もっと君の戦う素敵な姿を見ていたいよ……けど、そろそろ決着をつけないといけないね」
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