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武闘大会
心の傷
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フィールドの上ではレインが相手選手と戦いを開始していた。
リーシャは戦う仲間の姿をぼんやりと眺めながら、自分の中でわだかまりになっている出来事について語り始めた。
「私ね、小さい頃に魔法を暴走させちゃったことがあるの。まだ魔法なんて使ったことがない小さい頃。そのとき住んでた島が悪い人に襲われて、どうしたらいいのかわけがわからなくなっちゃって……気づいたら勝手に魔法が発動してた。その頃から私の魔力は多かったみたいで、たくさんの人に大怪我させて……死人が出なかったのが不幸中の幸いだったんだ」
幼い頃、リーシャは王都クレドニアムがある大陸ではなく、もっと東にある小さな島で母親と2人で暮らしていた。
その頃のリーシャは、自分が魔道具なしで魔法を使えるという事を知らずに暮らしていた。いや、知らなかったのはリーシャだけではない。周りの人間全員がリーシャの事を普通の女の子だと思っていたはずだ。
あの日も、リーシャはいつものように母と一緒に買い物に出かけ、穏やかで楽しい時間を過ごしていた。
「ねぇねぇ、おかあさん。きょうのよるごはんはなににするの?」
「そうねぇ。リーシャは何が食べたい?」
「おにく! おにくがいい!」
「リーシャったら。何がいいって聞いたらいっつもお肉って。そんなにお肉ばっかり食べてたら、まん丸になっちゃうわよ」
「いいもん! だからきょうのよるごはんは、おにくにしてね!
そんなありきたりな会話を母親としながら買い物をしていた。
この時間が何よりもかけがえのない時間だと、幼いリーシャの満面の笑みが物語っていた。
しかし、リーシャの心に傷を残す事になる火種は、着実迫っていた。
「きゃーーーー‼」
どこからか悲鳴が上がった。何かが壊されたような大きな音も聞こえてきた。
騒ぎが起こっていると思われる方向からは、人々が何かから逃げるように走ってくる。
人々のただならぬ様子から危険を感じ取った母は、リーシャの手をとった。
「リーシャ、逃げるわよ!」
「う、うん!」
何が起こっているかわからないリーシャは、母に手を引かれるまま、人々と同じ方へと走り出した。
(みんな、なにからにげてるんだろ。おいかけっこ?)
リーシャは振り返った。
視線の先には、先ほどまではいなかった剣や槍を持った男性たちの姿があった。店を荒らし、女性を襲い、好き放題に暴れまわっている。
後から聞いた話になるけれど、その男性たちは島の外から来た者たちで、この小さな島を占領してしまおうと企んでいたらしい。
幼いリーシャはこの男性たちがとにかく怖かった。
恐怖にさいなまれ、次第に意識が走る事から離れていった。
そのせいで足がもつれ、リーシャは地面へと倒れた。擦りむいた膝からは血が滲んでいる。
「ふぇ……いたいよぉ……こわいよぉ……」
「リーシャ!」
母は涙をこぼすリーシャを抱き上げ、逃げようとした。
しかし、逃げられはしなかった。
母がしゃがんだ瞬間、どこからともなく2人の男性が現れた。そのまま母は地面に押さえつけられた。
「なんだよ子連れかぁ」
「けどまぁこんな美人なら俺、全然いけるわ。お前嫌ならこの女俺にくれよ」
小さなリーシャには彼らが何を言っているのか、何をしようとしているのか分からなかった。けれど、母に危険が迫っていることだけは直感で理解した。
目の前には必死に逃げようともがいている母がいる。
(たすけなくっちゃ。でもこわいよ。おかあさん、にげなさいっていってる。どうしたらいいの? わかんないよ!)
そんな事を考えている間も、リーシャたち母娘を避けながら、町の人間は逃げて行く。誰も助けてはくれない。
どうしたらいいの……
どうしたらいいの?
どうしたらいい……
どうしたら……
だれかたすけて‼
パニックに陥ったリーシャの中で何かがプツンと切れた。
次の瞬間、意識がとんだ。
けれど、自分の周りを囲うように風が吹き荒れ、一瞬にして散っていくような感覚だけはあった。感覚だけで何も見えず、何も聞こえはしなかった。
しばらくして意識は戻った。
周りが見えてくると建物は抉られ、侵略に来た男性たちだけでなく周りを走っていただけの人々も地面に伏し、血を流していた。
意識のある人々はリーシャに視線を向けていた。
「おかあ……さん」
母は気を失い、傷だらけの姿で倒れていた。周りの視線からリーシャを守ってはくれない。
状況を理解できないリーシャはどうしていいかわからず、いろんな負の感情のこもった視線にさらされ続けた。
リーシャが住んでいたその島は、小さな島だ。小さいからこそ、島の人間同士の結びつきは強い。
その日を境に、島の人間の態度が変わった。
自分たちとは違うリーシャを、リーシャたち母娘を恐れ、集団から2人をはじき出した。
以来母娘はその島を去るまで、人とすれ違う度に、恐怖や憎悪の視線を向けられ続けた。ときには石を投げられたこともある。
それがリーシャの心に大きな傷を残した出来事だった。
ノアは何も言わず、リーシャの話を真剣に聞いていた。
もしかしたら兄弟を守るために、力を暴走させるような危険な人間といられないと言いだすかもしれない。そうしたらきっと、ノアたちはリーシャの元から離れて行き、また1人での生活にもどってしまうのだろう。
自分以外の何者かとの生活に慣れてしまったせいで、一人置き去りにされるのかと思うと寂しくなった。
嫌な汗が流れた。
(……怖い)
リーシャは震える口で話を続けた。
「そのときの島の人たち、私とお母さんを怯えた目や怖い目で見てきて……長い時間、たくさんの人から注目されててると、ふとその時のことが頭をよぎっちゃうんだ。それに、またいつ魔法が暴走するかわからないから、人がいる所には怖くて住めなくて……王都にあんまり行かないのもそのせい……こんな弱い人間でがっかりしたでしょ?」
あの視線から逃れるために、リーシャは母とともに海を渡ってこの大陸にやってきた。
(本当は、この大会に出たくないのはそれだけじゃないんだけど……こんな大陸で注目されちゃったら……わざわざ名前を偽ってまでいるのに……)
リーシャは次に出てくるノアの言葉が怖くて息をのんだ。
「いや、むしろリーシャにも弱い一面があって安心した」
「……えっ?」
「恐れを知らずに突っ走っていくリーシャも好ましいが、こうして震える姿もいいと思っただけだ」
普段ならそのからかうような口調にムッとしていただろう。
けれど今まで誰にも言えなかった話をし、怖がられ、離れていかれるのではないかと不安に駆られていたリーシャは、その反応に安堵してしまった。
リーシャの心には一筋の光が降り注いだような気がした。
「あの、えーっと……突っ走られるのは心配になるからやめてほしいんじゃないの?」
「半々だな。怪我をしないか心配にはなるが、それがあってのお前だ。怖がってばかりで引きこもられても困る」
「何それ」
リーシャは笑いがこみあげてきた。いつもと変わらないノアの反応に安堵し、肩の力が抜けていた。
そんなリーシャを見たノアも安心したのか、いつもより少し柔らかい顔で言った。
「ここにいる連中は、お前が昔起こしたことを咎めるためにいるわけではないんだ。視線など気にする必要はない。それに、これからリーシャが魔法を向ける相手に、そう簡単にやられてくれるやつなんていないのだろう?」
「そ、うだね」
リーシャは感心していた。
いつも思っている事だけれど、自分の十数分の1ほどしか生きていないはずなのに、よくこういう言葉がスラスラと口から出るものだと。
(弟2人はあんななのに)
そんなことを思っていると、いつの間にかノアの表情から柔らかさは消え、いつもの様子に戻っていた。
「まあ、そもそも大怪我したところで、弱いくせにこんな大会に出しゃばってきたそいつが悪いんだ。一切気にしてやる必要などない」
ノアはフンと思いっきり鼻で笑い、キッパリと言い切った。
どんなに良いことを言っていたとしても、やはりノアはノアだ。
上から目線でそんなことを言うものだから、それが面白くて、笑いがまたこみあげてきた。
「何でそんな上から目線で言えるわけ。そんなこと言ってると、自分が無様さらすことになるかもよ?」
「その時はその時だ」
自分に出番はないと思っているからこうして言えているのだろう。
リーシャもそんな時が来るなんて思っていない。
笑いを落ち着かせるとリーシャは話を戻した。
「まぁ、そうは言ってもね。こういう事はそう簡単に吹っ切れるものじゃないんだよ。吹っ切れる人もいるとは思うけど」
そう言って、リーシャはある人物の方に目をやった。その視線を追って、ノアもその人物を見た。
「ああ。あれはたしかにそういう奴だろうな」
前の方でシルバーがくしゃみをしたのが見えた。噂の効果は覿面のようだ。
ノアはリーシャへと視線を戻した。
「ともかくだ。俺たちはお前がたとえどんな人間だろうが、それで俺たちがどんな目にさらされようが離れるつもりはない。最後までお前の味方だ」
ノアはリーシャの手を取り、騎士がお姫様に忠誠を誓うかのように手の甲に口づけをした。
「ちょ、こっんなところで何するの!」
リーシャは頬を赤らめ、焦って手を引っ込めた。
上目遣いの状態のノアと目が合った。また心臓がバクバクと早鐘を打ち始めたけれど、先ほどまでの嫌な鼓動とは違う感覚だ。
そんなリーシャの様子を見たノアが、いつものように片方の口角を上げて笑った。
「言っただろ? 俺たちはお前を番にすると」
「そっ、それとこれとは話が別です‼」
こんな時なのに反応見て楽しんでいるのは間違いない。
そんなやりとりをしていると、前の席から声をかけられた。
「あのー、お二人とも。愛を確かめ合うのでしたら部屋に戻ってからにしていただけませんか?」
「へっ?」
前を見ると、シアリーが苦笑いをしてこちらを見ていた。
ノアの行動に気を取られ忘れていたけれど、今は試合をしているレインを応援しなければならないときだった。
そして後ろを振り返っていたのはシアリーだけではなかった。シルバーとハンズもこちらを見ている。
ハンズにいたってはリーシャではなく何故かノアに視線がいっていた。というより睨んでいる。
「あ、ごっごめん! ……もしかして……話全部聞いてた?」
考えてみると、一番遠い席に座るハンズでさえ、3m離れているかどうか。
歓声もさほど大きくはないし、よほど集中して試合を見てなければ、聞こえてなかったという事はないだろう。
目の前の席に座るシルバーが残念なものを見るような目で2人を見た。
「この距離で聞こえてない方がおかしいだろ。悪かったな、図太い神経してて」
「いや、そこまで言ってないけど」
それに近いことは言ったような気がしたので、リーシャは視線を逸らした。
「とりあえず、リーシャさんがなぜ人前に出ることを嫌っているのかはわかりました」
シアリーの言葉にリーシャの体がこわばった。
ノアはああ言ってくれたけれど、他の人間が同じように思ってくれるとも限らない。
同じように受け入れてもらえるのか、リーシャは不安にかられた。
そんなリーシャに向かってシアリーは微笑んだ。
「身構えないでください。ノアさんの言う通り、ここにいる人たちはあなたを恐れたような目を向ける人はいませんよ? 私も、リーシャさんのそのような昔の話を聞いたからといって、今更あなたに対する見方を変えようとは思いませんでした。むしろそれがどうしたのです? としか思えませんでしたわ」
「だな。万が一にでも暴走したら止めに行ってやるよ。まぁ止められる保証はないけどな。お前つえーし」
そう言ったシアリーもハンズも優しい視線をリーシャに向けていた。
ノアの言う通りだった。
周りの暖かな反応にリーシャは何も言えず、ただただノアの方を見た。するとノアの視線と絡んだ。
「言っただろ? ここにはお前を咎めようと思う者はいないと」
「う……ん。ほんと、だね」
おかげでこの場で昔の出来事を気にしていたのは自分だけだと気づくことができた。
人の前に立つことに抵抗がなくなったわけではない。けれど、確実に心に余裕が出来ていた。
リーシャは今まで、ノアの言葉にこんなに救われたことはなかった。そのせいか、リーシャはこれまでノアに向けたことのないほどの満面の笑みを無意識に向けていた。
「ありがと、ノア。ちょっと落ち着いた」
「……よかったな」
突然、ノアはリーシャから顔を背けた。
「? どうしたの?」
「なんでもない。お前は試合でも見てろ」
「ほんとどうしたの? なんか変だよ?」
「……黙らないと、後で泣かせる」
リーシャどころか誰も気づいていなかったけれど、悪態をつくノアの耳は真っ赤に染まっていた。
「何の話してるんだい?」
「それがね……」
そんな話をしているうちにレインが控え席に戻ってきていた。どうやら無事に勝利を手にできたようだ。
そこで気づいた。
「ああっ‼」
リーシャの声の大きさに、周りがビクリと体を震わせた。
何が何だかわからないレインは胸に手を当てながらリーシャに尋ねた。
「ど、どうしたんだい? ほんとうに。なにか悪い事でも思いだした?」
リーシャは大きく頭を左右に振った。
「違うの! レインの試合を見逃した!」
「……なんだ。そんなこと」
「そんなことじゃないよ……せっかく……」
いつもは一緒に戦っているため、こうして仲間の戦う姿を外野から見る機会はほぼほぼない。
大会に興味がないとは言ったけれど、仲間の戦う姿をまじまじと見られる滅多にない機会として、リーシャは一応ながら楽しみにしていたのだ。
リーシャはがっくりと肩を落とした。
(……無念)
リーシャは戦う仲間の姿をぼんやりと眺めながら、自分の中でわだかまりになっている出来事について語り始めた。
「私ね、小さい頃に魔法を暴走させちゃったことがあるの。まだ魔法なんて使ったことがない小さい頃。そのとき住んでた島が悪い人に襲われて、どうしたらいいのかわけがわからなくなっちゃって……気づいたら勝手に魔法が発動してた。その頃から私の魔力は多かったみたいで、たくさんの人に大怪我させて……死人が出なかったのが不幸中の幸いだったんだ」
幼い頃、リーシャは王都クレドニアムがある大陸ではなく、もっと東にある小さな島で母親と2人で暮らしていた。
その頃のリーシャは、自分が魔道具なしで魔法を使えるという事を知らずに暮らしていた。いや、知らなかったのはリーシャだけではない。周りの人間全員がリーシャの事を普通の女の子だと思っていたはずだ。
あの日も、リーシャはいつものように母と一緒に買い物に出かけ、穏やかで楽しい時間を過ごしていた。
「ねぇねぇ、おかあさん。きょうのよるごはんはなににするの?」
「そうねぇ。リーシャは何が食べたい?」
「おにく! おにくがいい!」
「リーシャったら。何がいいって聞いたらいっつもお肉って。そんなにお肉ばっかり食べてたら、まん丸になっちゃうわよ」
「いいもん! だからきょうのよるごはんは、おにくにしてね!
そんなありきたりな会話を母親としながら買い物をしていた。
この時間が何よりもかけがえのない時間だと、幼いリーシャの満面の笑みが物語っていた。
しかし、リーシャの心に傷を残す事になる火種は、着実迫っていた。
「きゃーーーー‼」
どこからか悲鳴が上がった。何かが壊されたような大きな音も聞こえてきた。
騒ぎが起こっていると思われる方向からは、人々が何かから逃げるように走ってくる。
人々のただならぬ様子から危険を感じ取った母は、リーシャの手をとった。
「リーシャ、逃げるわよ!」
「う、うん!」
何が起こっているかわからないリーシャは、母に手を引かれるまま、人々と同じ方へと走り出した。
(みんな、なにからにげてるんだろ。おいかけっこ?)
リーシャは振り返った。
視線の先には、先ほどまではいなかった剣や槍を持った男性たちの姿があった。店を荒らし、女性を襲い、好き放題に暴れまわっている。
後から聞いた話になるけれど、その男性たちは島の外から来た者たちで、この小さな島を占領してしまおうと企んでいたらしい。
幼いリーシャはこの男性たちがとにかく怖かった。
恐怖にさいなまれ、次第に意識が走る事から離れていった。
そのせいで足がもつれ、リーシャは地面へと倒れた。擦りむいた膝からは血が滲んでいる。
「ふぇ……いたいよぉ……こわいよぉ……」
「リーシャ!」
母は涙をこぼすリーシャを抱き上げ、逃げようとした。
しかし、逃げられはしなかった。
母がしゃがんだ瞬間、どこからともなく2人の男性が現れた。そのまま母は地面に押さえつけられた。
「なんだよ子連れかぁ」
「けどまぁこんな美人なら俺、全然いけるわ。お前嫌ならこの女俺にくれよ」
小さなリーシャには彼らが何を言っているのか、何をしようとしているのか分からなかった。けれど、母に危険が迫っていることだけは直感で理解した。
目の前には必死に逃げようともがいている母がいる。
(たすけなくっちゃ。でもこわいよ。おかあさん、にげなさいっていってる。どうしたらいいの? わかんないよ!)
そんな事を考えている間も、リーシャたち母娘を避けながら、町の人間は逃げて行く。誰も助けてはくれない。
どうしたらいいの……
どうしたらいいの?
どうしたらいい……
どうしたら……
だれかたすけて‼
パニックに陥ったリーシャの中で何かがプツンと切れた。
次の瞬間、意識がとんだ。
けれど、自分の周りを囲うように風が吹き荒れ、一瞬にして散っていくような感覚だけはあった。感覚だけで何も見えず、何も聞こえはしなかった。
しばらくして意識は戻った。
周りが見えてくると建物は抉られ、侵略に来た男性たちだけでなく周りを走っていただけの人々も地面に伏し、血を流していた。
意識のある人々はリーシャに視線を向けていた。
「おかあ……さん」
母は気を失い、傷だらけの姿で倒れていた。周りの視線からリーシャを守ってはくれない。
状況を理解できないリーシャはどうしていいかわからず、いろんな負の感情のこもった視線にさらされ続けた。
リーシャが住んでいたその島は、小さな島だ。小さいからこそ、島の人間同士の結びつきは強い。
その日を境に、島の人間の態度が変わった。
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以来母娘はその島を去るまで、人とすれ違う度に、恐怖や憎悪の視線を向けられ続けた。ときには石を投げられたこともある。
それがリーシャの心に大きな傷を残した出来事だった。
ノアは何も言わず、リーシャの話を真剣に聞いていた。
もしかしたら兄弟を守るために、力を暴走させるような危険な人間といられないと言いだすかもしれない。そうしたらきっと、ノアたちはリーシャの元から離れて行き、また1人での生活にもどってしまうのだろう。
自分以外の何者かとの生活に慣れてしまったせいで、一人置き去りにされるのかと思うと寂しくなった。
嫌な汗が流れた。
(……怖い)
リーシャは震える口で話を続けた。
「そのときの島の人たち、私とお母さんを怯えた目や怖い目で見てきて……長い時間、たくさんの人から注目されててると、ふとその時のことが頭をよぎっちゃうんだ。それに、またいつ魔法が暴走するかわからないから、人がいる所には怖くて住めなくて……王都にあんまり行かないのもそのせい……こんな弱い人間でがっかりしたでしょ?」
あの視線から逃れるために、リーシャは母とともに海を渡ってこの大陸にやってきた。
(本当は、この大会に出たくないのはそれだけじゃないんだけど……こんな大陸で注目されちゃったら……わざわざ名前を偽ってまでいるのに……)
リーシャは次に出てくるノアの言葉が怖くて息をのんだ。
「いや、むしろリーシャにも弱い一面があって安心した」
「……えっ?」
「恐れを知らずに突っ走っていくリーシャも好ましいが、こうして震える姿もいいと思っただけだ」
普段ならそのからかうような口調にムッとしていただろう。
けれど今まで誰にも言えなかった話をし、怖がられ、離れていかれるのではないかと不安に駆られていたリーシャは、その反応に安堵してしまった。
リーシャの心には一筋の光が降り注いだような気がした。
「あの、えーっと……突っ走られるのは心配になるからやめてほしいんじゃないの?」
「半々だな。怪我をしないか心配にはなるが、それがあってのお前だ。怖がってばかりで引きこもられても困る」
「何それ」
リーシャは笑いがこみあげてきた。いつもと変わらないノアの反応に安堵し、肩の力が抜けていた。
そんなリーシャを見たノアも安心したのか、いつもより少し柔らかい顔で言った。
「ここにいる連中は、お前が昔起こしたことを咎めるためにいるわけではないんだ。視線など気にする必要はない。それに、これからリーシャが魔法を向ける相手に、そう簡単にやられてくれるやつなんていないのだろう?」
「そ、うだね」
リーシャは感心していた。
いつも思っている事だけれど、自分の十数分の1ほどしか生きていないはずなのに、よくこういう言葉がスラスラと口から出るものだと。
(弟2人はあんななのに)
そんなことを思っていると、いつの間にかノアの表情から柔らかさは消え、いつもの様子に戻っていた。
「まあ、そもそも大怪我したところで、弱いくせにこんな大会に出しゃばってきたそいつが悪いんだ。一切気にしてやる必要などない」
ノアはフンと思いっきり鼻で笑い、キッパリと言い切った。
どんなに良いことを言っていたとしても、やはりノアはノアだ。
上から目線でそんなことを言うものだから、それが面白くて、笑いがまたこみあげてきた。
「何でそんな上から目線で言えるわけ。そんなこと言ってると、自分が無様さらすことになるかもよ?」
「その時はその時だ」
自分に出番はないと思っているからこうして言えているのだろう。
リーシャもそんな時が来るなんて思っていない。
笑いを落ち着かせるとリーシャは話を戻した。
「まぁ、そうは言ってもね。こういう事はそう簡単に吹っ切れるものじゃないんだよ。吹っ切れる人もいるとは思うけど」
そう言って、リーシャはある人物の方に目をやった。その視線を追って、ノアもその人物を見た。
「ああ。あれはたしかにそういう奴だろうな」
前の方でシルバーがくしゃみをしたのが見えた。噂の効果は覿面のようだ。
ノアはリーシャへと視線を戻した。
「ともかくだ。俺たちはお前がたとえどんな人間だろうが、それで俺たちがどんな目にさらされようが離れるつもりはない。最後までお前の味方だ」
ノアはリーシャの手を取り、騎士がお姫様に忠誠を誓うかのように手の甲に口づけをした。
「ちょ、こっんなところで何するの!」
リーシャは頬を赤らめ、焦って手を引っ込めた。
上目遣いの状態のノアと目が合った。また心臓がバクバクと早鐘を打ち始めたけれど、先ほどまでの嫌な鼓動とは違う感覚だ。
そんなリーシャの様子を見たノアが、いつものように片方の口角を上げて笑った。
「言っただろ? 俺たちはお前を番にすると」
「そっ、それとこれとは話が別です‼」
こんな時なのに反応見て楽しんでいるのは間違いない。
そんなやりとりをしていると、前の席から声をかけられた。
「あのー、お二人とも。愛を確かめ合うのでしたら部屋に戻ってからにしていただけませんか?」
「へっ?」
前を見ると、シアリーが苦笑いをしてこちらを見ていた。
ノアの行動に気を取られ忘れていたけれど、今は試合をしているレインを応援しなければならないときだった。
そして後ろを振り返っていたのはシアリーだけではなかった。シルバーとハンズもこちらを見ている。
ハンズにいたってはリーシャではなく何故かノアに視線がいっていた。というより睨んでいる。
「あ、ごっごめん! ……もしかして……話全部聞いてた?」
考えてみると、一番遠い席に座るハンズでさえ、3m離れているかどうか。
歓声もさほど大きくはないし、よほど集中して試合を見てなければ、聞こえてなかったという事はないだろう。
目の前の席に座るシルバーが残念なものを見るような目で2人を見た。
「この距離で聞こえてない方がおかしいだろ。悪かったな、図太い神経してて」
「いや、そこまで言ってないけど」
それに近いことは言ったような気がしたので、リーシャは視線を逸らした。
「とりあえず、リーシャさんがなぜ人前に出ることを嫌っているのかはわかりました」
シアリーの言葉にリーシャの体がこわばった。
ノアはああ言ってくれたけれど、他の人間が同じように思ってくれるとも限らない。
同じように受け入れてもらえるのか、リーシャは不安にかられた。
そんなリーシャに向かってシアリーは微笑んだ。
「身構えないでください。ノアさんの言う通り、ここにいる人たちはあなたを恐れたような目を向ける人はいませんよ? 私も、リーシャさんのそのような昔の話を聞いたからといって、今更あなたに対する見方を変えようとは思いませんでした。むしろそれがどうしたのです? としか思えませんでしたわ」
「だな。万が一にでも暴走したら止めに行ってやるよ。まぁ止められる保証はないけどな。お前つえーし」
そう言ったシアリーもハンズも優しい視線をリーシャに向けていた。
ノアの言う通りだった。
周りの暖かな反応にリーシャは何も言えず、ただただノアの方を見た。するとノアの視線と絡んだ。
「言っただろ? ここにはお前を咎めようと思う者はいないと」
「う……ん。ほんと、だね」
おかげでこの場で昔の出来事を気にしていたのは自分だけだと気づくことができた。
人の前に立つことに抵抗がなくなったわけではない。けれど、確実に心に余裕が出来ていた。
リーシャは今まで、ノアの言葉にこんなに救われたことはなかった。そのせいか、リーシャはこれまでノアに向けたことのないほどの満面の笑みを無意識に向けていた。
「ありがと、ノア。ちょっと落ち着いた」
「……よかったな」
突然、ノアはリーシャから顔を背けた。
「? どうしたの?」
「なんでもない。お前は試合でも見てろ」
「ほんとどうしたの? なんか変だよ?」
「……黙らないと、後で泣かせる」
リーシャどころか誰も気づいていなかったけれど、悪態をつくノアの耳は真っ赤に染まっていた。
「何の話してるんだい?」
「それがね……」
そんな話をしているうちにレインが控え席に戻ってきていた。どうやら無事に勝利を手にできたようだ。
そこで気づいた。
「ああっ‼」
リーシャの声の大きさに、周りがビクリと体を震わせた。
何が何だかわからないレインは胸に手を当てながらリーシャに尋ねた。
「ど、どうしたんだい? ほんとうに。なにか悪い事でも思いだした?」
リーシャは大きく頭を左右に振った。
「違うの! レインの試合を見逃した!」
「……なんだ。そんなこと」
「そんなことじゃないよ……せっかく……」
いつもは一緒に戦っているため、こうして仲間の戦う姿を外野から見る機会はほぼほぼない。
大会に興味がないとは言ったけれど、仲間の戦う姿をまじまじと見られる滅多にない機会として、リーシャは一応ながら楽しみにしていたのだ。
リーシャはがっくりと肩を落とした。
(……無念)
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