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武闘大会

憂鬱な1日目

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 大会1日目——

 数多く参加していたギルドはトーナメント戦によりどんどんふるいにかけられ、数を減らしていった。
 この武闘大会は決勝戦が行われるメイン闘技場と、それよりもやや小さめの第2闘技場の2つの会場で、数日かけて行われる。
 会場を2つに分けて行われてはいるものの、参加ギルドの数が数だけに決勝戦へ至るまで1週間以上かかることもあるそうだ。 
 今リーシャたちがいるのは第2闘技場だ。
 試合は当初予想されていた進行状況よりも早いペースで、2回戦へ進出するギルドが決まっていた。どうやら実力差の大きいギルド同士が1回戦で当たっているようだ。
 この調子ならばリーシャたちも早ければ今日中に1回戦を迎えることになるだろう。


 観客席から試合を観戦するリーシャの心臓はいつもより早く大きく鼓動を打っていた。ただ緊張しているから、というような感じではないような気がしていた。
 なんとなく嫌な感覚がまとわりつき、額からは汗がうっすらと浮かんでいるような。そんな感じだ。
 リーシャは強敵と戦う時でさえこんな風に感じたことはなかった。


 日が傾き始める前、リーシャたちの1つ前の試合に出る選手たちが、フィールドの中央へと並んだ。
 今の大会の進行状況は、この会場で行われる予定の1回戦の半分弱の決着がついたあたり。
 並んでいたギルドたちの1試合目が始まると、シルバーが立ち上がった。

「そろそろ行くか」
「そうだな」

 シルバーに続き、ハンズが。そしてレイン、シアリーも立ち上がり、移動を始めた。
 リーシャも続いて立ち上がり、ルシアとエリアルの事を見た。

「じゃあルシア。私たち、下の控え席に移動しないといけないから、行くね」

 試合をぼんやりと見ていたルシアが、視線をリーシャへと移した。

「えっ? 俺らは?」

 きょとんとしたルシアを見て、リーシャは伝え忘れがあった事にやっと気がついた。

「あっ、そっか。そういえば言ってなかったね。あのね、選手以外は控え席には行けないの」
「そうなのか? 兄貴は補欠とか言ってたけど……ってことは、ここに残るの俺とエリアルだけ?」
「うん。だからエリアルのことお願いね」
「りょーかい。まぁこの試合では出番はねぇとは思うけど一応、頑張れよ」
「……うん、ありがと」

 リーシャは少し困った笑みを浮かべた。
 できれば決勝でもあのフィールドには立ちたくはない。気遣ってくれるのは嬉しいけれど、その言葉をかけられるのは複雑な気持ちだった。
 そんなリーシャの反応を見たルシアが何も思わないはずはないと思い、即座に続けた。

「じゃあ、今度こそ行ってきます」
「あ、ああ」

 リーシャは探られる前にと笑顔を向け、2人を残して控え席へ移動した。



 リーシャたちは人の少ない通路を通り、控室へと向かっていた。
 するとリーシャが足を止めた。

(……? そういえば)

 ふとある事を不思議に思い、リーシャは来た道を振り返った。
 リーシャの様子に気がついたノアも振り向いた。

「どうかしたのか?」
「どうしたってほどのことじゃないんだけど、エリアルが妙に大人しかったなと思って」

 先ほどの状況は、いつもなら付いていくと駄々をこねそうな状況だった。それなのにエリアルは駄々をこねるどころか、全く何の反応も示さなかった。

「それはおそらく、お前がいなくなったことに気づいてなかっただけだろ。試合を夢中で見ていたようだったからな」
「あー、言われてみればそうかも」

 ノアの言葉で思い返すと、声をかけてリーシャの方を向いたのはルシアだけだったように思えた。
 するとそのノアの答えを肯定するように、控え席へと続くこの人気ひとけのない廊下を、リーシャたちめがけて走っているような2つの足音と声が聞こえはじめた。
 
「こら、待て! 俺らはあの席で待ってろって言われてんだぞ!」
「やだぁ! 僕もねぇちゃんと一緒に行くー!」

 リーシャがいないことに気づいたエリアルが追いかけ、さらにその後をルシアが追いかけている。そして小柄ですばしっこいエリアルにルシアはなかなか追いつくことができない。そんなところだろう。
 結局エリアルは2人追いつき、リーシャの腕にしがみついた。離してなるものかというような力だ。

「ぜぇったい僕も行く!」
「ったく、わがまま言うんじゃねぇ。ちょっとの間……我慢しろ!」

 聞き分けのないエリアルの脇腹を、ルシアは思いっきりくすぐり始めた。これでしがみついている腕を緩めようと試みたようだ。

「ちょ! ルシアにぃ……それ……ずるい! アハハ、やめ……やめてよ!」
「今だ」
「ああっ!」

 腕が緩んだ隙をついて、ルシアはエリアルを後ろから羽交い絞めにしたのだった。
 リーシャからはがされたエリアルはルシアの腕から抜け出そうと手をバタつかせている。

「リーシャ、エリアルは俺に任せて行ってくれ。相手してたら試合始まっちまうだろ? って、いてっ、いてぇって!」
「だったら、放してよ!」

 暴れるエリアルの手足がルシアの頭や脛にバシバシと当たっていた。

(さ、さすがは兄……体を張ってまで止めてくれて……)

 リーシャは苦笑するしかなかった。
 時間にそこまで余裕があるというわけでもないため、リーシャはルシアの言葉に甘えようと思った。

「う、うん。お願い。エリアル、いい子にしててね」
「やだ! リーシャねぇちゃんと一緒がいい‼」

 ルシアが止めていてくれるというのはありがたいけれど、エリアルは様子だ。
 このままの状態で放置しておくと後々いじけて手が付けられなくなりそうだとリーシャは感じた。
 そこでうまくいくかはわからないけれど、ある作戦を決行してみることにした。

「それなら、大会終わるまでいい子にできたら、また一緒に食べ歩きしよっか」

 リーシャが考えたのは“食べ物をチラつかせて大人しくさせよう作戦“だ。

「行く! 僕、良い子で待ってる!」

 エリアルは勢いよくリーシャの方に顔を向けた。

 ゴツン!

 それと同時に鈍い音が辺りに響いた。
 途端にルシアの羽交い絞めが緩み、エリアルは地面へと降り立った。
 鈍い音はエリアルの後頭部がルシアの顔に直撃した音だった。ルシアは痛みのせいで地面にうずくまっていた。
 当てた方はというとまるで何事もなかったようにケロッとしていた。

「約束だよ? さっきの席でいい子にしてるから、絶対一緒に食べ歩きしようね!」
「う、うん……」

 エリアルはそう言い残すと、手を振りながら来た道を駆けて行った。

「あの、ルシア……大丈夫?」
「……いてぇ……」

 攻撃を顔面に受けたルシアは、無情にもエリアルに置き去りにされたのだった。




 リーシャたちが控え席に着いたとき、前の試合の3戦目が行われていた。
 一方のギルドが2勝し、この3戦目もそのギルドが優位。
 試合の決着はすぐについた。
 勝敗が決まった2つのギルドは、フィールド上で挨拶を交わすと次に試合を控えているリーシャたち、王都クレドニアムのギルドとその相手に場所を明け渡した。
 リーシャたちはフィールドの中心に、敵チームと対峙する形で1列に並んだ。

「いよいよか……」

 シルバーがそうつぶやくのが聞こえ、リーシャは逃げ出したくなった。けれどその衝動を必死にこらえた。
 そして、その後すぐに司会者の声が響き始めた。

「さぁさぁ次の試合に参りましょう! まずはこちら、向かって私の右側に並ぶ選手たち。彼らは大陸の西の端に位置しますアルヘイズのギルドの選手たちだぁぁぁ!」

 司会者がこれまでの試合と同様のギルド紹介をすると、観客席からドッと歓声が上がった。
 そしてリーシャたちの方に紹介の手が向けられた。

「対する相手はついにやってきました、優勝候補のギルドが一つ、王都クレドニアムの選手たちだぁぁぁぁ! なななんと今年はシルバー選手に変わり別の人物が大将戦に⁉ 果たしてこの1回戦で我々はその実力を目にすることはできるのかぁぁぁぁ⁉」

 リーシャの耳には司会者の言葉は届かず、心臓は大舞台で人の視線にさらされ、バクバクと早鐘を打っていた。どことなく呼吸がしにくいような気もしてきた。

(早く控え席に下がりたい……控え席は観客席の真下に位置してる。逃げ込めばある程度視線から逃れることができる)

 そんなことを考えていると、隣に並んでいたハンズが声をかけてきた。

「リーシャ、大丈夫か? 行くぞ」
「あ……うん」

 気が付かないうちに紹介は終わっていたようだった。
 無心で控え席まで戻り、席に着くと気持ちを落ち着かせるためにリーシャは深呼吸をした。
 するとシアリーが心配そうにリーシャの顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか、リーシャさん?」
「うん……なんとか」

 大丈夫ではないけれど、これ以上心配をかけたくないので無理やり笑顔を作った。
 けれど、そんな笑顔でごまかされてくれる仲間たちではない。
 とくに1番付き合いの長いシルバーには、今のリーシャの状態の異常さが1番伝わったようだ。

「目立つのが嫌いって……こりゃあ嫌いのレベルじゃねぇだろ……」

 リーシャ自身、他人の視線にここまで体が反応するとは思っていなかった。
 大勢のギルドメンバーとパーティを組む時は、それぞれが戦いに集中し、リーシャに意識が向いている人間はほとんどいないと感覚的にわかっているため周りの視線は気にはならない。
 けれどこのような観客を集めて行われる試合では、周りに人間がいればその視線はほぼ必ず戦っている選手に向かう。
 リーシャは今、試合に出なければならない時が来たら観客たちの視線が自分に集まってしまうと意識し、それを怖いと感じていた。
 顔色の悪いリーシャを皆心配していた。
 けれど、このままずっとリーシャを心配し続けるというわけにもいかないため、シルバーはレインに指示を出した。

「……とりあえずレイン、行ってこい。一番手頼んだぞ」
「わかった」

 レインがフィールドへ向かう姿を見た後、シルバーは地面に膝をついてリーシャと視線を合わせた。

「リーシャ、わるかったな。まさかお前がこんなに体調崩すほど人前に出るのが苦手だったとは……」
「あはは……正直、私もびっくりしてる……」

 リーシャは血の気の引いた顔でシルバーの事を見た。
 もともと面倒ごとが嫌で、なるべく大勢の注目を一斉に集めないようにしていたため、普段の生活でこんな症状が出たことはない。
 王都最強の魔法使いとして多少噂されたり、チラチラと見られたりすることはあるけれど、それくらいはあまり気にしないようにしていたし、居心地が悪いと思えばすぐにその場から離れるようにしていた。
 そうやって逃げ続けてきたせいもあったのだろう。
 一向に調子を取り戻せないリーシャに向かって、シルバーは話を続けた。

「……お前の番まで回るようなことがあったら……棄権するしかねぇかもな」
「それは駄目!」

 リーシャはとっさに答えていた。
 試合の順番がやってくるという事は、他のメンバー全員が全力を出しきった後ということ。リーシャの勝敗によってチーム全体の勝敗が決定するという大事な場面だ。

(私だけ何もせずに棄権するなんて……そんなことは許されるわけが……誰も納得できるわけない!)

 リーシャの全力の否定に、シルバーは困った顔をした。

「けどよ、こういう状態は気合でどうにかなるもんじゃねぇだろ?」
「それでも! どうにかするから!」

 リーシャは力強い目でシルバーに訴えかけた。
 控え席には数秒の沈黙が流れた。

「……はぁ……お前はこうと決めたらそうそう考え変えねぇし、今どうこう言っても無駄か」

 口を開いたのはシルバーだった。
 シルバーは立ち上がり、リーシャの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょっと! やめてよ。髪が乱れちゃう!」
「お前はそんなこと気にするタマじゃねぇだろ。とりあえず、今はお前を出す方向で考えとく。が、お前の番が回って来た時、そん時にまだヤバそうな顔してたらマジで止めるからな。だから落ち着かせる方法でも考え解け」
「うん……」

 正直、今のところではどうにかできるとは思えなかった。けれどどうにかしなければ、もしリーシャにまで試合が回って来た時、4人の努力を無駄にしてしまう。
 心配して集まっていたメンバーは、リーシャに無理はしないでと言い残し、それぞれの席に戻った。

(とりあえずいったん落ち着こう……)

 リーシャは再び大きく深呼吸をした。

「……昔何かあったのか?」
「え?」

 今まで隣で黙って座っていたノアがリーシャに問いかけた。

「精神が不安定になるときは、だいたい由来する何かがあると本にあった」

 ノアはいつもと変わらない表情でリーシャを見ていた。けれど、わざわざそんな事を言うのは、かなり心配しているからだろう。
 リーシャは今まで誰にも言わなかった、言う必要はないと思っていた事を言うべきか悩んだ。
 この沈黙を、ノアはリーシャが言いたくないと拒絶していると捉えたようだ。

「言いたくないなら言わなくてもいい」

 いつもは自分勝手で意地悪だけど、リーシャが苦しんでいる時は本当の家族のように手を差し伸べてくれる。
 そんな相手に“あの出来事”を隠しておくべきではないのかもしれないと感じた。
 そうは思うけれど、どう切り出せばいいのかがわからない。だからリーシャは、ふと頭の中に浮かんだことを口にした。

「ノアって、ほんとお兄ちゃんって感じだよね。意地悪だけど」

 リーシャは困ったように笑った。
 対するノアはお兄ちゃんという言葉にひっかかったようで、ほんの少しだけ顔を歪めた。
 その顔のおかげで、リーシャは過去を話す事に少しだけ抵抗がなくなった気がした。

「ふふっ。じゃあ、ちょっとだけ聞いてもらおうかな」
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