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彷徨い竜

人と竜

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 愛した相手が人間で、人に擬態できる竜。
 今のノアたちが置かれている状況と酷似していた。

「その娘は私が焼き払った村の人間でな。長いこと周りに気づかれないよう、隠れて私に会いに来ていたのさ。だが、数日前にそれが村人にばれてしまった。娘は村の人間から化け物だとあらぬ疑いをかけられ、殺された。私の目の前で、だ」

 語っている竜はどこか虚ろな目をしていた。
 その瞳から、この竜が本当に心からその人を愛していたのだと伝わってきた。
 そんな火竜を、何故かルシアは睨みつけた。

「惚れてたんなら、なんで守ってやんなかったんだよ! あんたならそいつの事、守ってやれたんじゃないのかよ! 姿見せて威嚇しただけでも十分効果はあっただろ!」

 ルシアは同じ竜であり、同じように人間を慕っていた火竜を自分と重ね合わせ、何故助けなかったのだと苛立っていた。
 たしかにルシアの言う通りなのだ。
 竜の姿は村人をその場から追い払うのに最適な姿だ。威嚇せずとも姿を見せただけでも効果は絶大。
 本当にその女性を大切に思っていたなら、命を奪わせる前にいくらでもやりようがあったはずだ。
 火竜は自嘲するような笑みをうかべて言った。

「その時、私の姿はすでに人間の形をしていた。彼女が殺される数日前に私はこの能力を得たのだ。だが、元の姿への戻り方まではわからなかった。そして人間の姿で共にいるところを……な」

 今でこそルシアもノアも自在に体を変化させることができているけれど、少し前まではこの火竜と同じように、竜の姿への戻り方などわからずにいた。
 そしてそんな状態で生活しているうちに、ルシアは何の武器を持たない人間は無力だと思うようになっていた。竜とは違い、切り裂く爪も、噛みつく牙も、空を飛ぶ翼ない。魔法も魔道具という媒介が無ければ使えない人間が大半だ。
 襲い来る村人を前に、惚れた相手が殺される瞬間に何もできなかった火竜はどれだけ悔やんだだろう。
 それに気づいたルシアはバツが悪そうな顔をした。

「わるい……」
「かまわんさ。事情を知らないお前が憤るのも無理はない」

 火竜の話を聞いていたリーシャは、彼のルシアたちと似たような境遇に、ふとある事が気になった。

「あの。もしかして、その人が殺された時、あなたも感情のコントロールを失ってたんじゃ? それでその時に竜の姿に戻れるようになったとか……」

 ノアもリーシャが怪我を負った時に怒り狂い、部分的にではあったけれど竜の姿を取り戻した。
 もしもそこも同じというのなら、ある仮説が立てられるのではとリーシャは思っていた。
 リーシャは火竜の回答を待った。

「なるほど、そこも類似していたというわけか」

 どうやら思った通りのようだ。けれど仮説を正しいというには事例が少なすぎる。
 リーシャは更なる質問を投げかけた。

「竜はもともと他の生き物に擬態できる生き物なの?」

 火竜は答えようか迷ったのか、目を閉じ沈黙した。
 その沈黙の長さに、リーシャは答えてはくれないだろうと少し諦め気味になった。
 けれど火竜は予想に反し、口を開いた。

「いや、本来私たちは別の生物に擬態することなどできない。この力を使えるのは私とそこのと竜王様くらいのはずだ」
「竜王?」
「竜の国を統べる最古の竜だ」
「えっ?」

 竜は集団で暮らす生き物ではなかったはずだ。
 縄張り意識が強く、縄張りを守るために竜同士で戦いあうと何かの文献で読んだことがある。

「竜の国なんてあるの?」

 火竜は首を縦に振った。

「土地を追われた多くのモノは、個々で縄張りを持つことを諦めた。そして私たちは群れをつくり、人間や魔物の辿り着けぬ地に腰を据え、そこを全ての竜で守ることを選んだのだ」
「そうなんだ。そこに竜はいっぱい住んでるの?」
「ああ。昔に比べ、土地が手狭に感じるくらいには増えた」

 種の危機を感じ、暮らしを変えその危機を乗り越えることができるあたり、やはり竜は知力の高い生き物なのだとリーシャは思った。
 それがわかると、また新たな疑問が浮かんでくる。

「けど、そんな場所があるなら、ルシアのお母さんはなんで森の中で1匹、子育てをしてたんだろ。他にもいろんな地を飛び回る竜が目撃されてるし、その竜たちは何故その国に住まないの?」

 リーシャには火竜の瞳が揺れたような気がした。

「……住まないのではなく、住めないのだ。まれに私のように国を追われるモノがいる。同族殺しに危険な異端分子。理由はいろいろとあるが、そいつの親も国を追われたモノの血族なのだろう」
「そうなんだ……」

 竜の世界も人間の世界と似たようなものらしい。周りとは違い、自分を抑えることができなければ、それは排除の対象になる。
 リーシャの表情に影が落ちた。

(ダメダメ! こんな事考えてちゃ!)

 リーシャは不安を吹き飛ばすように頭を左右に大きく振った。

(そんな事よりこの火竜、最初は教えるのを嫌がっていたわりには、いろいろと教えてくれるようになったよね)

 リーシャはこの調子なら先ほど答えてくれなかったことも答えてくれるかもしれないと思い、しれっともう1度聞いてみることにした。
 予想が正しければ、この竜もリーシャと同じ仮説を立てているはずだ。

「……さっき自問自答をしていたこと、やっぱり教えてくれない?」
「それについては推測の状態で確証がない事柄だ。教えたくはないし、教える義理もない」

 よくわからないけれど、はっきりしないことは安易に広めないというポリシーでもあるのだろうか。
 火竜はツーンとした態度で、頑なに教えようとはしてくれなかった。

「じゃあ、いつかわかったら教えてくれる?」
「いつか……な。お前も面白い雌だな。今更だが人間のくせに私に対して恐怖も憎悪もないのだな」
「慣れてますから」

 リーシャはニコッと笑うと、ルシアの方を見た。
 何故見られているのかわからないルシアは、「何で俺?」のような顔をしていた。

「なるほどな」

 ルシアの戸惑う姿が面白かったのか、火竜は少しだけ笑ったような気がした。
 こうやって話せるのなら、もしかしたら竜と人は手を取り合って生きていくことができるのではないかと、リーシャは淡い期待を抱いた。
 けれど、その思いは火竜の言葉に打ち消された。

「だが、私含め土地を追われた竜の一族は人間を憎んでいる。古い世代は人間を憎んではいるが、お前たち人間にかかわるつもりはない。だが、若い世代は人間や魔物を一掃してしまおうという考えを持っているものが多い。気をつけることだな」

 それはいつか人と竜の間で戦争でも起こるというのだろうか。
 リーシャが意味深な言葉に首をかしげていると、火竜は突然思い出したかのように、再びリーシャへ話しかけた。

「あともう一つ、お前に忠告してやる。竜の執着は並々のものではない。お前の行動ひとつで、あの村のように滅びることもあるという事を心にとめておけ」

 そんな火竜の物騒な言葉に、不思議とリーシャは恐怖を感じなかった。
 むしろ気に掛けてもらえているような気がして、ふっと笑みがこぼれた。

「嫌いな人間にわざわざ忠告なんてしてくれるって。あなたは優しいんだね」

 火竜はそんなこと言われるとは思っていなかったのだろう。
 目を見開き、苦笑したようだった。

「ふっ……あいつと関わりすぎてしまったのかもしれないな。それと、初対面とはいえ、同胞が悲しむような事はあってほしくはない」

 火竜は、傷つけないようルシアの頭に爪を乗せ、優しく撫でた。
 そしてルシアに語りかけた。

「今のお前たちの関係は人間からも竜からも受け入れられる関係ではない。しっかりと隠し通すことだな」

 これはルシアだけではなくリーシャにも言えること。
 もしルシアたちが竜である事と、そんな彼らと共に暮らしている事が国にばれてしまえばリーシャは投獄、3人は討伐対象となってしまうかもしれない。
 リーシャが本気を出せば、捕らえに来た者たちを退けることはできるだろう。
 けれど、リーシャとしてはそんな状況なんて作りたくはなかった。
 ルシアはそんなことなど全く心配していない様子で火竜の事を見た。

「ああ、わかってる。けど、もし俺たちの事が周りにバレちまっても、そんで誰からも祝福されなくたって平気だ。何があっても、俺たちはリーシャを必ず守り通す」
「たち?」
「オレの兄弟たちだ」
「そうか……そこの人間はずいぶんな竜誑しのようだな。私もしゃべりすぎてしまった」

 火竜の人間を真似た声は優しげだった。
 彼がリーシャたちにいろんなことを教えたのは、すでに危険な立場に置かれているルシアを心配してのことなのかもしれない。
 リーシャと共にあるという事は、竜と戦争になった時に同じ種属と対立しなければならなくなること。
 火竜は人間との共存の困難さを、ルシアに教えたかったのだろう。
 これはリーシャのただの想像でしかないけれど。
 リーシャは火竜に向かって微笑んだ。

「心配してくれてありがとう」
「ふん。そんな事、欠片も思っていない。やはりおかしな雌だ」

 竜の姿の彼の表情はよくわからない。けれどたぶん、困ったように笑っているような気がした。


 突然火竜が大きな翼を広げた。

「お前たちが私たちの二の舞にならないことを祈っている。ではな」

 そう言うと火竜は空へ舞い上がり、体が地面にいたときの何倍もの大きさになった。そして焼けた落ちた村とは反対の方向に向かって飛び去って行った。
 リーシャとルシアはその姿が遥かかなたの空へ、見えなくなるまで見つめていた。
 姿が見えなくなると、ルシアが先に口を開いた。

「逃がしてもよかったのか?」
「よくはないかな。けど、あの竜は今後、むやみに人の村や町を襲わないだろうなって思ったから」
「そっか。まぁ、リーシャがそう言うんならそうだろうな」

 根拠はなく、ただそんな気がしたからという理由でリーシャは火竜を見送った。

(私も、ルシアたちと一緒にいすぎて竜に絆されちゃったかな)

 そう思った。
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