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彷徨い竜
新たな竜の兆し
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リーシャとルシアは家周辺の森の中で狩りをしていた。
この狩りの成果で今日の夕飯の内容が決まる。動物を狩ることが出来なければ、夕飯は山菜を中心としたヘルシー料理に決定だ。
ルシアは銃を構えていた。銃口を向けている先には、ゆっくりと食事をしているイノシシがいる。まだリーシャたちの気配は気づかれていない。
「ルシア。しっかり狙って」
リーシャはイノシシに存在を気取られないように、銃を構えているルシアに小さな声で言った。
「オーケー……」
ルシアはかけられた声に対して反応は返したけれど、集中を切らすことはなかった。
(声をかける必要はなかったかな)
リーシャがそんなことを考えていると、ルシアの指が引き金に置かれる気配があった。リーシャは慌てて両手で耳をふさいだ。
普段銃をほとんど使わないリーシャにとって、慣れない銃声は不快な騒音でしかない。
直後、イノシシに向かって引き金が引かれた。
バーン‼
弾は狙い通りイノシシを貫き、辺りに火薬のにおいを漂わせた。
しかし当たり所が悪かった。
仕留めることができなかったイノシシは怒り、2人のいる場所に向かって猛スピードで走ってきた。
けれど、これは想定内のこと。
ルシアは慌てることなく再び狙いを定め、引き金を引いた。
バーン‼
音がしたとほぼ同時にイノシシの額から血があふれ出した。ほんの数秒後にはその巨体は地面にバタンと倒れ、砂埃を立てた。
リーシャは嬉しそうにルシアを見た。
「上手くなったね! さすがルシア!」
「だろ? だいぶコツつかめてきたからな」
ルシアはうまくイノシシを仕留められただけでも嬉しかったのに、大好きなリーシャに褒められて余計に嬉しくなり、得意げに胸を張っていた。
ルシアは人の姿になった今も、リーシャが狩りに行く時には必ずついて来ている。最近は別々に狩りができるように、銃の練習も兼ねた狩りをしている。
銃の扱いに慣れないうちのルシアは、引き金を引いた時の大きな音に驚いてひっくり返るという事が何度もあった。
何事もスマートにこなしてしまうイメージが強かったため、ルシアのそんな間の抜けた姿を見るのは少し面白かった。
けれどそんな事があったのは始めの1日だけ。
技術の吸収が早かったルシアはすぐに銃の扱いに慣れ、今ではリーシャが手を貸さなくとも獲物を仕留めることができるようになった。
リーシャはルシアのその成長を嬉しく思う一方、もう少しの間あんなかっこ悪い姿を見ていたかったなと、少し残念にも思っていた。
「これなら安心して狩りを任せられるよ。これからもお手伝いよろしくね」
「おう、まかせろ」
リーシャに頼られルシアは図に乗ったようで、悪戯な笑みを浮かべた。
「なあ、リーシャ」
「ん? なぁに?」
ルシアは自分の頬を突いた。
「ご褒美にキスしてくれてもいいんだぜ?」
「はぁ⁉」
リーシャは赤面し、絶句した。
ルシアは期待しているような顔をしている。
本気で言っているのか、してくれたらいいなくらいの感覚で言っているのはわからないけれど、どちらにしてもリーシャの答えは1つだった。
「すっ、するわけないでしょ!」
「ちぇっ……してくれたら今の倍で頑張るぜ?」
「い、今のままで十分です!」
ルシアはいろいろ手伝ってくれるけれど、こういう言動をするから困ってしまう。
あしらい方を知らないリーシャは、あたふたすることしかできなかった。
最近ではそんな言動がさらにヒートアップしている気もしていた。
(ルシアだけじゃなくて、ノアとエリアルもそれぞれ遠慮がさらになくなってきたような……)
リーシャが赤い顔をしてむくれていると、ルシアは嬉しそうに優しく笑った。
すると突然、ルシアは何も言わずリーシャの頭を引き寄せると、その額にキスをした。
(⁉ 油断した‼)
リーシャは慌てて口づけられたところを手で押さえた。さらに顔に熱が集まっているような気がした。
「かーわいーなぁ。リーシャは」
ルシアは、普段はキリッとしている眉を垂らして笑っていた。
不覚にもリーシャは、その顔を可愛いと思ってしまった。
「もっ、もおぉぉぉぉぉ!」
こんなことやめてほしいと思う一方、最近こういうことが前ほど嫌ではなくなってきているような気がして不思議で仕方なかった。
リーシャたちは狩ったイノシシを持ち帰るため、処理をし始めた。
2人共手慣れた手つきで淡々と処理をする。
作業を進めていると、それほど遠くない距離で人の声がし始めた。音からして、人数は10人程度といったところだろう。
リーシャは声のする方に視線を向け、じっと見つめた。
すると、木と木の間から武装した人間がどこかへ歩いていく姿が見えた。
その集団の中に見知った顔があった。
「シルバー!」
それは先日ノアに剣の指導をしてくれた、シルバー・ミストレストだった。
シルバーは自分の名前を呼ばれた声に気づいたようで足を止めた。
「シルバ―! こっちこっち!」
もう一度呼ばれ、ようやくリーシャの姿を捉えたようだった。
一緒に来ていたメンバーに待ってほしいと言っているような動きをした後、リーシャの方へやってきた。
「こんなとこで何してんだよ。いつものやつか?」
「うん、そうだよ。さっき1匹仕留めたとこ」
「ふーん。そりゃあ、まぁ良かったな」
「うん。これで今日の夕飯は安泰だよ」
シルバーはリーシャが森で食料を自身で調達していることを知っている。
はじめてそのことを教えたときは、金があるのにわざわざ面倒なことをする意味が分からないとあきれられていた。
けれど今はそれがリーシャの生き方なのだと理解してくれている。
「それで? シルバーこそ、こんな所で何してるの?」
パーティメンバーは思った通り10人。みんな名前が知られているような腕の立つ人物達だ。
シルバーがそんなメンバーを揃えて移動しているという事は、かなり危ないクエストに臨んでいる可能性が高いと予測はできた。
「シャンベルト方面の小さい村が、何者かに焼き尽くされたらしくてな。それの調査に向かってんだよ。単なる噂でしかねぇけど、どうも火竜が絡んでるらしい」
「えっ? また竜?」
「ああ。なんだろうなぁ。この前の黒竜といい……ここ数百年起きてなかった竜の被害が一気に……」
話の途中でシルバーは何かに気付いたらしく、辺りを見回した。
「そういえば、今日はノアと一緒じゃないのか?」
「今は一緒じゃないけど、なんで?」
シルバーの中では、リーシャはいつもノアと行動していることにでもなっているのだろうか。
シルバーは、逆に何故疑問を返されたのかがわからないというような顔をしていた。
「いや、だってよ。お前、最近ギルドに来る時絶対にノアを連れてるじゃねぇか」
「あー……」
確かに最近はノアと共に頻繁にギルドへ顔を出していた。
けれどそれはノアがクエストに挑戦したがるからであって、常に傍に置いているわけではない。
食材集めはノアの活動範疇外で、ノアがリーシャと一緒にいるタイミングではないのだ。
「食料探しにはノアがついてきたことはないかなぁ。今一緒に来てるのはルシアっていう子。ルシアー」
リーシャは手招きをして1人処理を続けていたルシアを呼び寄せた。
「この子がルシア。3兄弟の真ん中」
「どーも。あんたがシルバーさんか。話は兄貴から聞いてるぜ?」
ノアの正体がシルバーにバレた日、帰ってからルシアとエリアルに事のあらましは伝えていた。
ルシアは相手が例のシルバーだとわかると、彼の肩に腕を置き、リーシャに聞かれないようにこっそりと話しかけた。
「まぁ、大丈夫だと思うけどさ。リーシャに手ぇ出したりするなよ?」
シルバーはルシアの言葉に、始めは目を丸くしていたけれど、何かを悟るといきなり大笑いし始めた。
「っぷ、アッハッハ‼ リーシャ、ノアだけじゃなくこいつにも好かれてんのな! よかったな、人生初のモテ期じゃねぇか! しかも……好かれた相手が……ククク……」
ルシアの言葉が聞こえていないリーシャは、何の前触れもなくいきなりそんなことを言われ、さらには笑われた事に固まった。
そして、時間が経つにつれムカムカとした感情が沸き上がってきた。
リーシャは、シルバー含め、仲の良い男性から自分が女性としてみていないことはわかっていた。
その理由がリーシャは王都で最強の魔法使いと言われるほど強く、守ってやりたいと思えないからという事も、不本意にも聞いてしまったため知っている。もしかしたら見た目が若干幼いのも原因かもしれない。
そんなリーシャが、人ではない生き物からモテモテなのがさぞかし面白いのだろう。悔しいけれど、それは認めざるを得なかった。
文句を言いたくても、シルバーの失礼行為に返す言葉が思いつかず、リーシャは今できる精一杯の悪態をついた。
「うるさいなぁ! ほっといてよ!」
けれどシルバーはリーシャの言葉などは一切気にしておらず、まだヒーヒー言っている。
そしてシルバーはルシアに向かって言った。
「だ、大丈夫だ。リーシャのことは仲間としては最高の相手だとは思ってるけど、そういうのは一切ねぇからよ。ククク……」
シルバーはルシアの肩をポンポンと叩き返した。
「……ならいいんだ」
ルシアはシルバーが敵ではないという事がわかった事は安心したようだけれど、リーシャが笑われたことへの不快が入り混じり、とても複雑そうな顔をしていた。
「はぁー笑った笑った」
「笑いすぎでしょ」
「わるい。ついな」
ムスッとしたリーシャを見てもシルバーはまったく悪びれた様子はなかった。
これ以上言ってもしょうがないと思ったリーシャは文句を言うのを諦め、溜め息をついた。
「ははっ。あー、そうだ。リーシャ」
「なに?」
「お前のことだから大丈夫だと思うが、その焼かれた村ってのが山2つ先にある村で、そこまでここと距離がねぇから気をつけとけよ」
「うん。わかった」
シルバーはリーシャに向かってニッと笑いかけた。
「じゃ、あんまり道草食ってると、あっという間に夜になっちまうからな。俺らはいくぜ」
「うん。頑張ってね」
「おうよ!」
そう言い残すと、シルバーはパーティメンバーと合流して調査へと向かって行った。
リーシャはそんなパーティの後姿を見送りつつ、これからどうするかを考えていた。
(かなり近いところでの被害みたいだしなぁ。火竜と出くわす可能性、もしくは家が襲われる可能性……なくはないな)
そう思ったリーシャは、今日は帰ったほうが良いだろうと判断した。
「ルシア。もう帰ろっか」
「今日はイノシシ2頭狩るのが目標だったんじゃなかったか? まだ1頭だけど」
「火竜が襲った村、ここからあんまり離れてないって言ってたでしょ? 万が一ってこともあるし、4人一緒にいたほうが安心だから」
「たしかに、そう言われると兄貴たちが心配だな。わかった」
ルシアは納得すると、狩ったイノシシのところへ行き、それを軽々と肩に担いだ。
リーシャも木の実などを入れていた籠に手を伸ばした。けれど横から手が伸びてきて、籠は持って行かれてしまった。
「あっ」
「イノシシ一頭で、こっちの手空いてるから、俺が持つよ」
「えっ、いいよ。それ全然重くないから」
リーシャは籠に手を伸ばしたけれど、それを持っていた手を上にあげられてしまい、奪うことはできなかった。
そしてルシアは頭を横に振った。
「かっこつけさせてくれよ。俺頭良くないし、こういう力仕事の時くらいしか、いい雄アピールできないんだからさ」
リーシャは優しげに笑うルシアを見て、どうすればいいか悩んでいた。
(うーん。そこまでしてくれなくてもいいんだけどなぁ……)
ここまでしてもらわなくても、普通に食料集めを手伝って貰えるだけでリーシャには十分に嬉しかった。
ルシアはこういったちょっとした気遣いができるし、見た目も良い。時々抜けているのが玉に瑕ではあるけれど。
リーシャはそんなルシアが何故自分に対して過剰に尽くそうとしてくれるのかがよくわからなかった。
好かれているのはわかっているつもりだけれど、そこまでしてもらえるほどの魅力が自分にあるとは思えない。
ルシアは人間として生まれ、王都で生活していればきっと女性からはモテモテだったはずだ。色気の「い」の字もないリーシャのことなど見向きもしなかったのではないかと常々思っていた。
そんなことを考えていると突然、胸がぎゅっとしまったような感じがした。その感覚はとても不快なものだった。
リーシャはそんな嫌な感覚を振り払おうと頭を振った。
「ど、どうしたいきなり⁉」
「なんでもない。じゃあ、お願いするね」
「おう! まかせろ」
ルシアは満足そうに、歯を見せて笑った。
リーシャはとりあえず今は難しいことを考えるのはやめようと思い、ルシアと他愛のない会話をしながらノアとエリアルの待つ家へと歩き出したのだった。
この狩りの成果で今日の夕飯の内容が決まる。動物を狩ることが出来なければ、夕飯は山菜を中心としたヘルシー料理に決定だ。
ルシアは銃を構えていた。銃口を向けている先には、ゆっくりと食事をしているイノシシがいる。まだリーシャたちの気配は気づかれていない。
「ルシア。しっかり狙って」
リーシャはイノシシに存在を気取られないように、銃を構えているルシアに小さな声で言った。
「オーケー……」
ルシアはかけられた声に対して反応は返したけれど、集中を切らすことはなかった。
(声をかける必要はなかったかな)
リーシャがそんなことを考えていると、ルシアの指が引き金に置かれる気配があった。リーシャは慌てて両手で耳をふさいだ。
普段銃をほとんど使わないリーシャにとって、慣れない銃声は不快な騒音でしかない。
直後、イノシシに向かって引き金が引かれた。
バーン‼
弾は狙い通りイノシシを貫き、辺りに火薬のにおいを漂わせた。
しかし当たり所が悪かった。
仕留めることができなかったイノシシは怒り、2人のいる場所に向かって猛スピードで走ってきた。
けれど、これは想定内のこと。
ルシアは慌てることなく再び狙いを定め、引き金を引いた。
バーン‼
音がしたとほぼ同時にイノシシの額から血があふれ出した。ほんの数秒後にはその巨体は地面にバタンと倒れ、砂埃を立てた。
リーシャは嬉しそうにルシアを見た。
「上手くなったね! さすがルシア!」
「だろ? だいぶコツつかめてきたからな」
ルシアはうまくイノシシを仕留められただけでも嬉しかったのに、大好きなリーシャに褒められて余計に嬉しくなり、得意げに胸を張っていた。
ルシアは人の姿になった今も、リーシャが狩りに行く時には必ずついて来ている。最近は別々に狩りができるように、銃の練習も兼ねた狩りをしている。
銃の扱いに慣れないうちのルシアは、引き金を引いた時の大きな音に驚いてひっくり返るという事が何度もあった。
何事もスマートにこなしてしまうイメージが強かったため、ルシアのそんな間の抜けた姿を見るのは少し面白かった。
けれどそんな事があったのは始めの1日だけ。
技術の吸収が早かったルシアはすぐに銃の扱いに慣れ、今ではリーシャが手を貸さなくとも獲物を仕留めることができるようになった。
リーシャはルシアのその成長を嬉しく思う一方、もう少しの間あんなかっこ悪い姿を見ていたかったなと、少し残念にも思っていた。
「これなら安心して狩りを任せられるよ。これからもお手伝いよろしくね」
「おう、まかせろ」
リーシャに頼られルシアは図に乗ったようで、悪戯な笑みを浮かべた。
「なあ、リーシャ」
「ん? なぁに?」
ルシアは自分の頬を突いた。
「ご褒美にキスしてくれてもいいんだぜ?」
「はぁ⁉」
リーシャは赤面し、絶句した。
ルシアは期待しているような顔をしている。
本気で言っているのか、してくれたらいいなくらいの感覚で言っているのはわからないけれど、どちらにしてもリーシャの答えは1つだった。
「すっ、するわけないでしょ!」
「ちぇっ……してくれたら今の倍で頑張るぜ?」
「い、今のままで十分です!」
ルシアはいろいろ手伝ってくれるけれど、こういう言動をするから困ってしまう。
あしらい方を知らないリーシャは、あたふたすることしかできなかった。
最近ではそんな言動がさらにヒートアップしている気もしていた。
(ルシアだけじゃなくて、ノアとエリアルもそれぞれ遠慮がさらになくなってきたような……)
リーシャが赤い顔をしてむくれていると、ルシアは嬉しそうに優しく笑った。
すると突然、ルシアは何も言わずリーシャの頭を引き寄せると、その額にキスをした。
(⁉ 油断した‼)
リーシャは慌てて口づけられたところを手で押さえた。さらに顔に熱が集まっているような気がした。
「かーわいーなぁ。リーシャは」
ルシアは、普段はキリッとしている眉を垂らして笑っていた。
不覚にもリーシャは、その顔を可愛いと思ってしまった。
「もっ、もおぉぉぉぉぉ!」
こんなことやめてほしいと思う一方、最近こういうことが前ほど嫌ではなくなってきているような気がして不思議で仕方なかった。
リーシャたちは狩ったイノシシを持ち帰るため、処理をし始めた。
2人共手慣れた手つきで淡々と処理をする。
作業を進めていると、それほど遠くない距離で人の声がし始めた。音からして、人数は10人程度といったところだろう。
リーシャは声のする方に視線を向け、じっと見つめた。
すると、木と木の間から武装した人間がどこかへ歩いていく姿が見えた。
その集団の中に見知った顔があった。
「シルバー!」
それは先日ノアに剣の指導をしてくれた、シルバー・ミストレストだった。
シルバーは自分の名前を呼ばれた声に気づいたようで足を止めた。
「シルバ―! こっちこっち!」
もう一度呼ばれ、ようやくリーシャの姿を捉えたようだった。
一緒に来ていたメンバーに待ってほしいと言っているような動きをした後、リーシャの方へやってきた。
「こんなとこで何してんだよ。いつものやつか?」
「うん、そうだよ。さっき1匹仕留めたとこ」
「ふーん。そりゃあ、まぁ良かったな」
「うん。これで今日の夕飯は安泰だよ」
シルバーはリーシャが森で食料を自身で調達していることを知っている。
はじめてそのことを教えたときは、金があるのにわざわざ面倒なことをする意味が分からないとあきれられていた。
けれど今はそれがリーシャの生き方なのだと理解してくれている。
「それで? シルバーこそ、こんな所で何してるの?」
パーティメンバーは思った通り10人。みんな名前が知られているような腕の立つ人物達だ。
シルバーがそんなメンバーを揃えて移動しているという事は、かなり危ないクエストに臨んでいる可能性が高いと予測はできた。
「シャンベルト方面の小さい村が、何者かに焼き尽くされたらしくてな。それの調査に向かってんだよ。単なる噂でしかねぇけど、どうも火竜が絡んでるらしい」
「えっ? また竜?」
「ああ。なんだろうなぁ。この前の黒竜といい……ここ数百年起きてなかった竜の被害が一気に……」
話の途中でシルバーは何かに気付いたらしく、辺りを見回した。
「そういえば、今日はノアと一緒じゃないのか?」
「今は一緒じゃないけど、なんで?」
シルバーの中では、リーシャはいつもノアと行動していることにでもなっているのだろうか。
シルバーは、逆に何故疑問を返されたのかがわからないというような顔をしていた。
「いや、だってよ。お前、最近ギルドに来る時絶対にノアを連れてるじゃねぇか」
「あー……」
確かに最近はノアと共に頻繁にギルドへ顔を出していた。
けれどそれはノアがクエストに挑戦したがるからであって、常に傍に置いているわけではない。
食材集めはノアの活動範疇外で、ノアがリーシャと一緒にいるタイミングではないのだ。
「食料探しにはノアがついてきたことはないかなぁ。今一緒に来てるのはルシアっていう子。ルシアー」
リーシャは手招きをして1人処理を続けていたルシアを呼び寄せた。
「この子がルシア。3兄弟の真ん中」
「どーも。あんたがシルバーさんか。話は兄貴から聞いてるぜ?」
ノアの正体がシルバーにバレた日、帰ってからルシアとエリアルに事のあらましは伝えていた。
ルシアは相手が例のシルバーだとわかると、彼の肩に腕を置き、リーシャに聞かれないようにこっそりと話しかけた。
「まぁ、大丈夫だと思うけどさ。リーシャに手ぇ出したりするなよ?」
シルバーはルシアの言葉に、始めは目を丸くしていたけれど、何かを悟るといきなり大笑いし始めた。
「っぷ、アッハッハ‼ リーシャ、ノアだけじゃなくこいつにも好かれてんのな! よかったな、人生初のモテ期じゃねぇか! しかも……好かれた相手が……ククク……」
ルシアの言葉が聞こえていないリーシャは、何の前触れもなくいきなりそんなことを言われ、さらには笑われた事に固まった。
そして、時間が経つにつれムカムカとした感情が沸き上がってきた。
リーシャは、シルバー含め、仲の良い男性から自分が女性としてみていないことはわかっていた。
その理由がリーシャは王都で最強の魔法使いと言われるほど強く、守ってやりたいと思えないからという事も、不本意にも聞いてしまったため知っている。もしかしたら見た目が若干幼いのも原因かもしれない。
そんなリーシャが、人ではない生き物からモテモテなのがさぞかし面白いのだろう。悔しいけれど、それは認めざるを得なかった。
文句を言いたくても、シルバーの失礼行為に返す言葉が思いつかず、リーシャは今できる精一杯の悪態をついた。
「うるさいなぁ! ほっといてよ!」
けれどシルバーはリーシャの言葉などは一切気にしておらず、まだヒーヒー言っている。
そしてシルバーはルシアに向かって言った。
「だ、大丈夫だ。リーシャのことは仲間としては最高の相手だとは思ってるけど、そういうのは一切ねぇからよ。ククク……」
シルバーはルシアの肩をポンポンと叩き返した。
「……ならいいんだ」
ルシアはシルバーが敵ではないという事がわかった事は安心したようだけれど、リーシャが笑われたことへの不快が入り混じり、とても複雑そうな顔をしていた。
「はぁー笑った笑った」
「笑いすぎでしょ」
「わるい。ついな」
ムスッとしたリーシャを見てもシルバーはまったく悪びれた様子はなかった。
これ以上言ってもしょうがないと思ったリーシャは文句を言うのを諦め、溜め息をついた。
「ははっ。あー、そうだ。リーシャ」
「なに?」
「お前のことだから大丈夫だと思うが、その焼かれた村ってのが山2つ先にある村で、そこまでここと距離がねぇから気をつけとけよ」
「うん。わかった」
シルバーはリーシャに向かってニッと笑いかけた。
「じゃ、あんまり道草食ってると、あっという間に夜になっちまうからな。俺らはいくぜ」
「うん。頑張ってね」
「おうよ!」
そう言い残すと、シルバーはパーティメンバーと合流して調査へと向かって行った。
リーシャはそんなパーティの後姿を見送りつつ、これからどうするかを考えていた。
(かなり近いところでの被害みたいだしなぁ。火竜と出くわす可能性、もしくは家が襲われる可能性……なくはないな)
そう思ったリーシャは、今日は帰ったほうが良いだろうと判断した。
「ルシア。もう帰ろっか」
「今日はイノシシ2頭狩るのが目標だったんじゃなかったか? まだ1頭だけど」
「火竜が襲った村、ここからあんまり離れてないって言ってたでしょ? 万が一ってこともあるし、4人一緒にいたほうが安心だから」
「たしかに、そう言われると兄貴たちが心配だな。わかった」
ルシアは納得すると、狩ったイノシシのところへ行き、それを軽々と肩に担いだ。
リーシャも木の実などを入れていた籠に手を伸ばした。けれど横から手が伸びてきて、籠は持って行かれてしまった。
「あっ」
「イノシシ一頭で、こっちの手空いてるから、俺が持つよ」
「えっ、いいよ。それ全然重くないから」
リーシャは籠に手を伸ばしたけれど、それを持っていた手を上にあげられてしまい、奪うことはできなかった。
そしてルシアは頭を横に振った。
「かっこつけさせてくれよ。俺頭良くないし、こういう力仕事の時くらいしか、いい雄アピールできないんだからさ」
リーシャは優しげに笑うルシアを見て、どうすればいいか悩んでいた。
(うーん。そこまでしてくれなくてもいいんだけどなぁ……)
ここまでしてもらわなくても、普通に食料集めを手伝って貰えるだけでリーシャには十分に嬉しかった。
ルシアはこういったちょっとした気遣いができるし、見た目も良い。時々抜けているのが玉に瑕ではあるけれど。
リーシャはそんなルシアが何故自分に対して過剰に尽くそうとしてくれるのかがよくわからなかった。
好かれているのはわかっているつもりだけれど、そこまでしてもらえるほどの魅力が自分にあるとは思えない。
ルシアは人間として生まれ、王都で生活していればきっと女性からはモテモテだったはずだ。色気の「い」の字もないリーシャのことなど見向きもしなかったのではないかと常々思っていた。
そんなことを考えていると突然、胸がぎゅっとしまったような感じがした。その感覚はとても不快なものだった。
リーシャはそんな嫌な感覚を振り払おうと頭を振った。
「ど、どうしたいきなり⁉」
「なんでもない。じゃあ、お願いするね」
「おう! まかせろ」
ルシアは満足そうに、歯を見せて笑った。
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