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王都に買い物へ その1
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朝の明るい陽ざしが、窓から入り込む。
そのまぶしさから逃れようとリーシャは寝返りを打ち、光が届かない方へくるりと体の向きを変えた。
すると鼻先に布団ではない、何か温かく硬いものが当たった。寝ぼけていてそれが何なのかよくわからない。
リーシャはそれが何なのか確認しようとペタペタと触ってみた。
ほんのり暖かく、硬めの感触なのは把握できた。けれど、寝ぼけ眼なうえに頭が働いていないため、それが何かまではわからなかった。腕の上に何かが乗っているような重みもある。
(何かに包まれているような。あったかい……これは、何……?)
ぼんやりと考えているうちに、だんだん朝日のまぶしさに耐え切れなくなってきた。リーシャは思わずその温かいものに顔を埋めた。
「ん? 起きたのか?」
頭の少し上あたりから声がした。それはリーシャを驚かせないような、愛おしそうな声だった。
「んー……?」
「まだ眠たいなら寝ときな」
声の主は割れ物でも扱うかのように、そっとリーシャの頭をなでた。まだ半分夢の中にいたリーシャは、ただその手が心地よく、再び夢の中に戻ってしまいそうになっていた。
けれど意識が沈みきる前に、違和感に気づいた。
(んん? 誰の声? この家に人は私しかいないのに……)
眠い目をこすりながら声がした方に顔を向けると整った男性の顔が目の前にあった。しかも上半身に何も着ていない。鼻に当たったのはこの男性の胸板、腕に感じた重みはリーシャを抱きしめている男性の腕の重みだった。
リーシャを見つめる男性はとても穏やかな顔をしていた。
「おはよう。よく眠れたか?」
リーシャは驚き、固まった。
眠る時、ベッドの上は間違いなくリーシャ1人だった。つまりこの男性は寝ている間に潜りこんできたということ。
一瞬思考が停止したものの、すぐに頭が覚醒して昨日の出来事を思い出し、現状を理解した。
「きゃあああああああああああ‼」
リーシャは起き上がると大きく手を振りかぶった。
叫び声にかき消されてしまったけれど、振り下ろされた手は見事にその男性の頬に命中し、バシンという強烈な音を立てていた。
「いってぇぇぇぇ‼」
男性は頬に手を当てうずくまった。手の隙間から見える頬は赤く腫れている。
「な、なんで⁉ なんで私の部屋にいるのよ‼」
「なんではこっちのセリフだよ。いつもの事なのに、なんで思いっきり……いってぇ……」
うずくまっているのはルシアを名乗る男性だった。ちなみに腰にタオルを巻きつけただけというひどい格好だ。
昨日あの出来事を経て、人に擬態したと思われる竜のノア、ルシア、エリアルの3人が、無理やりという形でリーシャの家に居座ることになった。
何故ルシアが腰にタオルを巻きつけただけの状態でいるのかというと答えは簡単。
人間の姿になったばかりの彼らは人間の服など持っていないからだ。1人暮らしのリーシャが男性用の服を持っているわけもない。
だから服を着させようにも、リーシャより圧倒的に体格の良いルシアが着ることのできる服がこの家にはないのだ。同じ理由でこの場にいないノアも同様の姿だ。
廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。叫び声に驚いた者たちがこの部屋へ向かって来ているようだ。
「なになに、どうしたの? って、あー! ルシアにぃちゃん、またねぇちゃんのベッドに潜り込んでる‼ ずるい‼ 僕も‼」
リーシャの服を着たエリアルがベッドへと飛び込んた。幸せそうな顔をして、リーシャの腹部辺りにギュッと抱き着いている。
「へへっ。あったかーい。ねぇねぇ、もうさぁ、みんな一緒のベッドで寝ようよ。そうだ! 今日お買い物に行ったときにおっきいベッド買おーよ!」
エリアルは期待を膨らませ、目を輝かせていた。
けれどリーシャとしてはそれを受け入れるわけにはいかない。
「それは絶対に嫌!」
「えー……なんでぇ……なんで嫌なの?」
「嫌なものは嫌なの‼」
リーシャは全力で否定した。
元が竜であったとしても、今の彼らの姿形は人間の男性なのだ。両サイドを固められてしまっては気になって眠れない。誰か1人だけであっても寝られるわけがない。
そもそも彼らが本当に竜の兄弟たちだという確証を持てずにいる今、そこまで気を許せるわけがない。
ルシアがごね続けるエリアルの頭に手を伸ばし、あやす様に優しく撫でた。
「いいかエリアル。皆で寝たら誰がリーシャの隣で寝るか喧嘩になるだろ? リーシャの隣は2つなのに、俺らは3人なんだぞ」
「あ、そっか。それなら仕方ないね」
「な?」
2人の的外れな会話にリーシャの顔が歪んだ。
「そういうことじゃなくって……」
昨日からこの調子だった。
生まれてそんなに時間が経っていないせいなのか、もともとの性格なのか、ルシアとエリアルとは話がかみ合わないことが多々ある。
そんな2人をまとめるのが、もう一人の居候人の仕事だった。
「ルシア、エリアル。こいつは俺たちと共に寝たら、意識して眠れないから嫌がっているんだ。今は我慢しろ。じき自分から求めて来るようになる」
「ちょっ、ノア‼ 変なこと言わないでよ! 子供じゃないんだから、私が夜中にあなたたちのところに行くわけないじゃない‼」
「フッ……それは残念だ」
逆にノアは達観していて、何を言えばリーシャが恥ずかしがるか、嫌がるのかをよく理解していた。彼は言わなくていいことをわざわざ嫌がるように言い、リーシャの反応を楽しんでいるのだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。今日買ってきてもらう服について言っておきたいことがあるんだが」
「あ、うん。どんな服がいいとかあるの?」
さすがに2人をタオル1枚の姿で生活させるわけにはいかないため、リーシャは今日のうちにエリアルと2人で王都へ彼らの服を買いに行く予定を立てていた。
エリアルはリーシャよりやや身長が低く、体格もあまり変わらない。なので、応急処置としてリーシャの服を着させている。
「俺のは黒をベースにした服にしてくれ。あとは……変な服や気に入らない服を持って帰ってきたら、泣かせる」
「えー……それ結構難題じゃあ……」
「何か文句でもあるのか」
「いえ……」
ノアの圧に負け、リーシャは口を閉じた。ノアは妙に目力があって睨まれると何も言えなくなってしまう。
(昨日告白まがいのことを言われたような気がするんだけど……これって本当に私、好かれてる?)
ノアの言動はルシアたちとは真反対なのだ。
2人はリーシャがいればそれだけで嬉しいというのがあからさまに態度に出ているのに、ノアは気に入っているようなことを言いつつも蔑むような態度をとってくる。
リーシャはどう接していいか未だによくわからなかった。
ふと視界の端にリーシャの顔を覗き込もうとするルシアの顔が見えた。
「俺は動きやすい服なら何でもいいからな。でも、リーシャが俺に似合いそうって思うカッコいいやつを選んでくれると嬉しい」
朝日のキラキラした光を纏う色気のあるルシアの笑みは向けられるだけでドキッさせられて、思わず顔を背けたくなる。
実際、格好も格好だったので、リーシャはルシアから即座に目を逸らした。
「わかったから、朝からそんな顔でこっちに向けないで‼」
「?」
自分の魅力を理解しているのか、していないのかはわからない。
どちらにしても今後このままの態度で接してこられると、男性に免疫のないリーシャの心臓によくないのは間違いなさそうだった。
「じゃあ僕はねー……」
兄たちに続き、エリアルもどんな服が着たいのか考えはじめた。
「エリアルは一緒に行くんだから、自分の好きな服選べばいいじゃない」
「やだよ! 僕もねぇちゃんに選んでほしいの! にぃちゃんたちだけなんてずるいよ! 僕のも選んで! お願いっ!」
エリアルは大きな目で必死にリーシャの事を見つめた。
リーシャは困った。
リーシャはおしゃれより魔法の実験をとってきた人間だ。おしゃれに無頓着で服を選ぶセンスに自信が無い。
だからエリアルにはできれば自分で好きな服を選んでほしかった。
しかし、もし自分で選ぶように言えば、この瞳から大粒の涙が流れてしまうのではないかと思い、エリアルの願いを無下にはできなかった。
「わかった、わかったから。ちゃんと選んであげるから」
「やったぁ! ねぇちゃん大好き!」
「はぁ……」
どうやら人の姿になっても、エリアルは甘え上手のようだ。
(先が思いやられるよ……)
自分の希望が通ったエリアルは、その場で両手を上げて大ジャンプをして喜んでいた。
リーシャとエリアルは王都へやってきた。
王都はいつも通り、行き交う人でにぎわっていた。色とりどりの建物が並び、見渡す限り人、人、人。
「わぁぁ。すごいね、人ってこんなにいっぱいいるんだね!」
初めてたくさんの人間を見たエリアルは興奮気味で、周りをキョロキョロと見まわしていた。
「まぁここは、この辺りでは一番大きくて、いろんな物が集まってくる都市だからね」
「へぇー。ねぇねぇ、服買ってからでいいから、僕いろんなお店行ってみたい! どんなものがあるんだろう」
「ふふっ、いいよ。あんまり遅くまではいられないけど見てまわろっか」
「やったー‼」
エリアルは両手を上げて喜んだ。
ちょっとしたことで子供のようにこんなに喜ぶエリアルの姿に、リーシャは弟ができたみたいで嬉しいような気がし始めていた。
「おや、リーシャちゃんじゃないかい」
エリアルと話をしながら歩いていると、ある人物からすれ違いざまに声をかけられた。相手は50代くらいの女性だ。
「あ、グレイスさん。お久しぶりです」
彼女は、魔道具屋の店主で、リーシャは定期的に彼女の店に買い物へ行っていた。
リーシャが挨拶を返すとグレイスはニコニコしながら話し始めた。
「久しぶりだねぇ。今日は寄ってくのかい?」
「あ、いえ。今日はちょっと……最近同居人が数人できまして、彼らの服を買いに来たんです」
「彼らってことは、男が何人かってこと? ちょっとそれ、大丈夫かい? いくらリーシャちゃんが魔法に長けてる言っても……ねぇ」
1人暮らしの若い女性の家に複数の男性が転がり込んできたとあっては心配するのも無理はない。
リーシャとしても大丈夫ですとは言い難い状態だった。
「正直、私自身も不安しかないんですが……」
番にすると言われたり、可愛がると言われたり。
何をしてくるか予測不能で振り回される未来しか見えてこなかったため、歯切れの悪い言い方になってしまった。
「大丈夫だよ。ねぇちゃんのことは僕たちがちゃんと守ってあげるから」
リーシャの不安の意味をよく分かっていないエリアルは、自信満々で話に混ざった。
「その子が同居人の1人なのかい?」
「はい。3兄弟の末っ子のエリアルです」
エリアルはグレイスのことを真っすぐ見ながら満面の笑みを浮かべていた。
「こんにちは!」
エリアルの無邪気な姿を見て悪い人間ではなさそうだと思ったのか、グレイスはにっこりと微笑んだ。
「可愛い子だね。エリアルくん、リーシャちゃんが嫌がることはしちゃだめよ」
「大丈夫。僕はリーシャねぇちゃんが大好きだから、そんなことは絶対にしないよ」
とは言ってくれているものの、今朝のベッド購入提案の一件もあり、はたしてリーシャの嫌がることを分かってくれるのか、という疑問は残った。
それから数分の間、リーシャはグレイスに近況を伝え、魔法の合成に関する相談をした。その間、エリアルは横でおとなしく話が終わるのを待っていた。じっとグレイスの顔を凝視しながら。
「それじゃあ、リーシャちゃん。今度王都に来るときにはうちの店に寄っていっておくれよ。面白いもの仕入れて待ってるから」
「はい。ぜひ寄らせていただきます!」
「エリアルくんも。またね」
「うん! ばいばい!」
別れてからも少しの間エリアルは黙ってグレイスが立ち去る姿を見つめていた。そして、ふいに口を開いた。
「あのおばちゃんいい人だね。僕、あの人好きだなぁ」
「えっ⁉」
思いもよらぬ言葉を聞いて、リーシャ勢いよくエリアルの方へ振り向いた。
「え? ……あ、そういう意味でじゃないよ? 人としてってことだから。番になりたいと思ってるのは、ねぇちゃんだけだから安心して?」
グレイスに向けたのが人に対するただの好意であることには安心した。けれど、番う約束をしているわけでもないし、自分以外に恋愛としての好意を抱くことに対しては全く心配していない。
そんなことを言うと、また騒ぎ始めるのが目に見えたため、リーシャは言葉を飲み込んだのだった。
そのまぶしさから逃れようとリーシャは寝返りを打ち、光が届かない方へくるりと体の向きを変えた。
すると鼻先に布団ではない、何か温かく硬いものが当たった。寝ぼけていてそれが何なのかよくわからない。
リーシャはそれが何なのか確認しようとペタペタと触ってみた。
ほんのり暖かく、硬めの感触なのは把握できた。けれど、寝ぼけ眼なうえに頭が働いていないため、それが何かまではわからなかった。腕の上に何かが乗っているような重みもある。
(何かに包まれているような。あったかい……これは、何……?)
ぼんやりと考えているうちに、だんだん朝日のまぶしさに耐え切れなくなってきた。リーシャは思わずその温かいものに顔を埋めた。
「ん? 起きたのか?」
頭の少し上あたりから声がした。それはリーシャを驚かせないような、愛おしそうな声だった。
「んー……?」
「まだ眠たいなら寝ときな」
声の主は割れ物でも扱うかのように、そっとリーシャの頭をなでた。まだ半分夢の中にいたリーシャは、ただその手が心地よく、再び夢の中に戻ってしまいそうになっていた。
けれど意識が沈みきる前に、違和感に気づいた。
(んん? 誰の声? この家に人は私しかいないのに……)
眠い目をこすりながら声がした方に顔を向けると整った男性の顔が目の前にあった。しかも上半身に何も着ていない。鼻に当たったのはこの男性の胸板、腕に感じた重みはリーシャを抱きしめている男性の腕の重みだった。
リーシャを見つめる男性はとても穏やかな顔をしていた。
「おはよう。よく眠れたか?」
リーシャは驚き、固まった。
眠る時、ベッドの上は間違いなくリーシャ1人だった。つまりこの男性は寝ている間に潜りこんできたということ。
一瞬思考が停止したものの、すぐに頭が覚醒して昨日の出来事を思い出し、現状を理解した。
「きゃあああああああああああ‼」
リーシャは起き上がると大きく手を振りかぶった。
叫び声にかき消されてしまったけれど、振り下ろされた手は見事にその男性の頬に命中し、バシンという強烈な音を立てていた。
「いってぇぇぇぇ‼」
男性は頬に手を当てうずくまった。手の隙間から見える頬は赤く腫れている。
「な、なんで⁉ なんで私の部屋にいるのよ‼」
「なんではこっちのセリフだよ。いつもの事なのに、なんで思いっきり……いってぇ……」
うずくまっているのはルシアを名乗る男性だった。ちなみに腰にタオルを巻きつけただけというひどい格好だ。
昨日あの出来事を経て、人に擬態したと思われる竜のノア、ルシア、エリアルの3人が、無理やりという形でリーシャの家に居座ることになった。
何故ルシアが腰にタオルを巻きつけただけの状態でいるのかというと答えは簡単。
人間の姿になったばかりの彼らは人間の服など持っていないからだ。1人暮らしのリーシャが男性用の服を持っているわけもない。
だから服を着させようにも、リーシャより圧倒的に体格の良いルシアが着ることのできる服がこの家にはないのだ。同じ理由でこの場にいないノアも同様の姿だ。
廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。叫び声に驚いた者たちがこの部屋へ向かって来ているようだ。
「なになに、どうしたの? って、あー! ルシアにぃちゃん、またねぇちゃんのベッドに潜り込んでる‼ ずるい‼ 僕も‼」
リーシャの服を着たエリアルがベッドへと飛び込んた。幸せそうな顔をして、リーシャの腹部辺りにギュッと抱き着いている。
「へへっ。あったかーい。ねぇねぇ、もうさぁ、みんな一緒のベッドで寝ようよ。そうだ! 今日お買い物に行ったときにおっきいベッド買おーよ!」
エリアルは期待を膨らませ、目を輝かせていた。
けれどリーシャとしてはそれを受け入れるわけにはいかない。
「それは絶対に嫌!」
「えー……なんでぇ……なんで嫌なの?」
「嫌なものは嫌なの‼」
リーシャは全力で否定した。
元が竜であったとしても、今の彼らの姿形は人間の男性なのだ。両サイドを固められてしまっては気になって眠れない。誰か1人だけであっても寝られるわけがない。
そもそも彼らが本当に竜の兄弟たちだという確証を持てずにいる今、そこまで気を許せるわけがない。
ルシアがごね続けるエリアルの頭に手を伸ばし、あやす様に優しく撫でた。
「いいかエリアル。皆で寝たら誰がリーシャの隣で寝るか喧嘩になるだろ? リーシャの隣は2つなのに、俺らは3人なんだぞ」
「あ、そっか。それなら仕方ないね」
「な?」
2人の的外れな会話にリーシャの顔が歪んだ。
「そういうことじゃなくって……」
昨日からこの調子だった。
生まれてそんなに時間が経っていないせいなのか、もともとの性格なのか、ルシアとエリアルとは話がかみ合わないことが多々ある。
そんな2人をまとめるのが、もう一人の居候人の仕事だった。
「ルシア、エリアル。こいつは俺たちと共に寝たら、意識して眠れないから嫌がっているんだ。今は我慢しろ。じき自分から求めて来るようになる」
「ちょっ、ノア‼ 変なこと言わないでよ! 子供じゃないんだから、私が夜中にあなたたちのところに行くわけないじゃない‼」
「フッ……それは残念だ」
逆にノアは達観していて、何を言えばリーシャが恥ずかしがるか、嫌がるのかをよく理解していた。彼は言わなくていいことをわざわざ嫌がるように言い、リーシャの反応を楽しんでいるのだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。今日買ってきてもらう服について言っておきたいことがあるんだが」
「あ、うん。どんな服がいいとかあるの?」
さすがに2人をタオル1枚の姿で生活させるわけにはいかないため、リーシャは今日のうちにエリアルと2人で王都へ彼らの服を買いに行く予定を立てていた。
エリアルはリーシャよりやや身長が低く、体格もあまり変わらない。なので、応急処置としてリーシャの服を着させている。
「俺のは黒をベースにした服にしてくれ。あとは……変な服や気に入らない服を持って帰ってきたら、泣かせる」
「えー……それ結構難題じゃあ……」
「何か文句でもあるのか」
「いえ……」
ノアの圧に負け、リーシャは口を閉じた。ノアは妙に目力があって睨まれると何も言えなくなってしまう。
(昨日告白まがいのことを言われたような気がするんだけど……これって本当に私、好かれてる?)
ノアの言動はルシアたちとは真反対なのだ。
2人はリーシャがいればそれだけで嬉しいというのがあからさまに態度に出ているのに、ノアは気に入っているようなことを言いつつも蔑むような態度をとってくる。
リーシャはどう接していいか未だによくわからなかった。
ふと視界の端にリーシャの顔を覗き込もうとするルシアの顔が見えた。
「俺は動きやすい服なら何でもいいからな。でも、リーシャが俺に似合いそうって思うカッコいいやつを選んでくれると嬉しい」
朝日のキラキラした光を纏う色気のあるルシアの笑みは向けられるだけでドキッさせられて、思わず顔を背けたくなる。
実際、格好も格好だったので、リーシャはルシアから即座に目を逸らした。
「わかったから、朝からそんな顔でこっちに向けないで‼」
「?」
自分の魅力を理解しているのか、していないのかはわからない。
どちらにしても今後このままの態度で接してこられると、男性に免疫のないリーシャの心臓によくないのは間違いなさそうだった。
「じゃあ僕はねー……」
兄たちに続き、エリアルもどんな服が着たいのか考えはじめた。
「エリアルは一緒に行くんだから、自分の好きな服選べばいいじゃない」
「やだよ! 僕もねぇちゃんに選んでほしいの! にぃちゃんたちだけなんてずるいよ! 僕のも選んで! お願いっ!」
エリアルは大きな目で必死にリーシャの事を見つめた。
リーシャは困った。
リーシャはおしゃれより魔法の実験をとってきた人間だ。おしゃれに無頓着で服を選ぶセンスに自信が無い。
だからエリアルにはできれば自分で好きな服を選んでほしかった。
しかし、もし自分で選ぶように言えば、この瞳から大粒の涙が流れてしまうのではないかと思い、エリアルの願いを無下にはできなかった。
「わかった、わかったから。ちゃんと選んであげるから」
「やったぁ! ねぇちゃん大好き!」
「はぁ……」
どうやら人の姿になっても、エリアルは甘え上手のようだ。
(先が思いやられるよ……)
自分の希望が通ったエリアルは、その場で両手を上げて大ジャンプをして喜んでいた。
リーシャとエリアルは王都へやってきた。
王都はいつも通り、行き交う人でにぎわっていた。色とりどりの建物が並び、見渡す限り人、人、人。
「わぁぁ。すごいね、人ってこんなにいっぱいいるんだね!」
初めてたくさんの人間を見たエリアルは興奮気味で、周りをキョロキョロと見まわしていた。
「まぁここは、この辺りでは一番大きくて、いろんな物が集まってくる都市だからね」
「へぇー。ねぇねぇ、服買ってからでいいから、僕いろんなお店行ってみたい! どんなものがあるんだろう」
「ふふっ、いいよ。あんまり遅くまではいられないけど見てまわろっか」
「やったー‼」
エリアルは両手を上げて喜んだ。
ちょっとしたことで子供のようにこんなに喜ぶエリアルの姿に、リーシャは弟ができたみたいで嬉しいような気がし始めていた。
「おや、リーシャちゃんじゃないかい」
エリアルと話をしながら歩いていると、ある人物からすれ違いざまに声をかけられた。相手は50代くらいの女性だ。
「あ、グレイスさん。お久しぶりです」
彼女は、魔道具屋の店主で、リーシャは定期的に彼女の店に買い物へ行っていた。
リーシャが挨拶を返すとグレイスはニコニコしながら話し始めた。
「久しぶりだねぇ。今日は寄ってくのかい?」
「あ、いえ。今日はちょっと……最近同居人が数人できまして、彼らの服を買いに来たんです」
「彼らってことは、男が何人かってこと? ちょっとそれ、大丈夫かい? いくらリーシャちゃんが魔法に長けてる言っても……ねぇ」
1人暮らしの若い女性の家に複数の男性が転がり込んできたとあっては心配するのも無理はない。
リーシャとしても大丈夫ですとは言い難い状態だった。
「正直、私自身も不安しかないんですが……」
番にすると言われたり、可愛がると言われたり。
何をしてくるか予測不能で振り回される未来しか見えてこなかったため、歯切れの悪い言い方になってしまった。
「大丈夫だよ。ねぇちゃんのことは僕たちがちゃんと守ってあげるから」
リーシャの不安の意味をよく分かっていないエリアルは、自信満々で話に混ざった。
「その子が同居人の1人なのかい?」
「はい。3兄弟の末っ子のエリアルです」
エリアルはグレイスのことを真っすぐ見ながら満面の笑みを浮かべていた。
「こんにちは!」
エリアルの無邪気な姿を見て悪い人間ではなさそうだと思ったのか、グレイスはにっこりと微笑んだ。
「可愛い子だね。エリアルくん、リーシャちゃんが嫌がることはしちゃだめよ」
「大丈夫。僕はリーシャねぇちゃんが大好きだから、そんなことは絶対にしないよ」
とは言ってくれているものの、今朝のベッド購入提案の一件もあり、はたしてリーシャの嫌がることを分かってくれるのか、という疑問は残った。
それから数分の間、リーシャはグレイスに近況を伝え、魔法の合成に関する相談をした。その間、エリアルは横でおとなしく話が終わるのを待っていた。じっとグレイスの顔を凝視しながら。
「それじゃあ、リーシャちゃん。今度王都に来るときにはうちの店に寄っていっておくれよ。面白いもの仕入れて待ってるから」
「はい。ぜひ寄らせていただきます!」
「エリアルくんも。またね」
「うん! ばいばい!」
別れてからも少しの間エリアルは黙ってグレイスが立ち去る姿を見つめていた。そして、ふいに口を開いた。
「あのおばちゃんいい人だね。僕、あの人好きだなぁ」
「えっ⁉」
思いもよらぬ言葉を聞いて、リーシャ勢いよくエリアルの方へ振り向いた。
「え? ……あ、そういう意味でじゃないよ? 人としてってことだから。番になりたいと思ってるのは、ねぇちゃんだけだから安心して?」
グレイスに向けたのが人に対するただの好意であることには安心した。けれど、番う約束をしているわけでもないし、自分以外に恋愛としての好意を抱くことに対しては全く心配していない。
そんなことを言うと、また騒ぎ始めるのが目に見えたため、リーシャは言葉を飲み込んだのだった。
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