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第一章異世界に舞い降りたキチガイ

NPCには戻れない1/4

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「で?いい加減自己紹介ぐらいはした方がお互いの人間関係が円滑になると愚考する次第でありますが?」

 俺の言葉を聞くと、彼女は必死の形相で睨みつけている鍋から顔を上げた。
あれから、あの場を立ち去り半日近く歩いた場所で野営をすることになっていた。
いろいろ彼女から話を聞こうとしたのだが、彼女は妙に心がここにない様子でずっと返事がおざなりだった。

しかも、話もどことなく怪しい。
さっきだって、いきなり立ち止まるや否やここで野営をすると宣言し、忌まわしい『曇の魔術-寄』で薪をかき集め火を焚き始めた。

 普段は旅をしているという話から既に嘘くさく、手つきはあやうっかしい。
 今は料理の最中のようだが・・・

「・・・話しかけないでもらえます?」
 「・・・なあ、おれ異世界の料理は初めてだけど、そんな奇妙な色した野草を入れるとは到底思えないんだが!?」

 彼女はやれやれ・・・と首を振った。
そして、見るからに紫色のほうれん草みたいな草をこっちにつきつけながら怒ってきた。

 「異世界云々かんぬんは取り敢えず信じてあげますが、このペッパー草を知らないとか、どんな世界ですか!まったく!」
 「ちなみに、そのままそのスープっぽいのにツッコむつもりか?」

 彼女が面倒見ている鍋はかき回すたびに、異臭が漂うゲル状の謎液になっていた。

 「そ、そうですケド!なんか文句有りますか!」
 「下処理って言葉・・・知ってるか?」
 「、、、しっ知ってますよ!それぐらい!」
 「・・・その、ペッパー草とやらには、下処理しなくていいのか?」
 「い、今しようとしてたんです!」

そして彼女は、鞄から取り出したすり鉢でそれを擦りつぶそうと・・・

「薬でも作るつもりか?」
 「う、、、、すいません、見え張ってました。」

 俺はため息をつくと、曇を使って辺りを『見渡した』

 「『曇の網≪ネット≫』、、、、近くには村もないし、どうします?今日何も食うもんないじゃん。」

 雲を使って辺りを見渡していく魔術である。
 本当に便利だ。
 俺の近くには食べれそうなウサギがいるようだが、捌いたことが無いのでどうしようもない。
てか、マジそんな勇気ないです。しんじゃいます。

 「コレヲタベレバイインジャナイデスカ?」
 「カタカナ表記になってる時点で俺はそれを食うつもりはない!」
 「うるさい、、、、くえ、、、」
 「あっ、、、やめ、、、ああっ!」

この世の地獄を見た


「私の名前はアリア=レイディウス。ステータスにもある通り、私がこの世界で初めての曇の魔術師です。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「後、補助属性に水と光があるので、怪我した時はすぐに言ってください。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「年はあなたと一緒の年齢だと思います。何か質問はありますか?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「ごめんなさい!見え張って、旅慣れしているようなふりしてごめんなさい!後、本当に、変なもの食べさせてしまい申し訳ありませんでした!」
 「・・・・・はあ、もういいよ。」

 腹は種でもまだうごめいているのか?ってぐらい謎の圧迫感があり、舌は妙な痺れが走る。
 不安感から、10分するたびに、厠に行きたくなってしまう。
・・・が、涙目の美少女の言葉だ。
ここらへんで、手打ちにしておくか。
どうせ、最初話しかけても返事おざなりだったのは、ボロを出さない為とかだろうし。
 仲直りだ。

 「俺の名前は如峰月桜。年齢は15。もといた世界では学生だった。」
 「ほ、、、おじゅ、、、んきぃ?変わった名前ですね?サクラが家名ですか?」
 「名前は欧米式かよ・・・テンプレだな。しかも、、、この世界的には如峰月は発音しにくいのか。・・・・・とりま、サクラが俺の名前だ。名字は無いってことで。」
 「サクラ、、、いい名前ですね。女の子っぽいですけど。」
 「まあな、親の趣味だから、しゃあねえよ。それにしても、こまったな・・・名字が通じないか。」
 「でしたら、私に弟子入りしてる件もありますし、レイディウスの家名を名乗っては?」
 「?この世界では、弟子入りした人間は師匠の名字、、、家名を使うのか?」
 「ええ、昔の古い慣習ですけどね。」
 「ふーん、じゃ、そうさせてもらうよ。」

ちょっと気になったので、ステータスを出してみると、今まで空白だった名前の欄に『サクラ=レイディウス』と記されていた

「てか、なんか同じ家名ってのは、結婚した時ぐらいにしかならないもんだから照れるな。」
 「は?」
 「・・・ごめんなさい。テンプレ的に照れる様子とか期待してました。」

アリアがマジで何言ってるか分かんないという顔をしてきたので、ちょっとメンタル的に来た。
まあ、こんなことぐらい、主人公的には大丈夫だ。

 大丈夫だ。

 「くそ、、、腹減った。全部排出しちまったしな。近くに川あるみたいだし、魚でも釣ろうかな。でも、俺の『曇の網≪ネット≫』は水の中では使えないから運任せになるなあ・・・」
 「え?できないんですか?」
 「え?できるの?」

 彼女と共に、川の近くにやって来た。

 「見ててください。『曇の魔術-網』そして『曇の魔術-寄』」
 「おお・・・」

 彼女の妙な形としか言いようがない杖から、勢い良く噴き出す噴き出す白い雲が水の中にグングン沈み込み、川が白く濁っていく。
そしてドドンと大きな雲の塊が飛び出してくると、そこから大量の、、、大量の川魚が飛びだしてくる。
 沢山飛び出してくる・・・
沢山
 沢山
 沢山・・・

「「・・・・・」」

アリアの肩をがっと掴んで揺さぶる。

 「こんなに食えるか!」
 「ごめんなさい!弟子にいいとこみせようと本気出しちゃいました!」

ネチネチネチネチしながら、魚を『曇の網≪ネット≫』で絡めとって、必要な数以外川に戻してあげながら、残った魚は火であぶってやる。
 厭味ったらしく『お師匠さん』と呼んでるうちに、それが定着したのは俺の性格が悪いせいだろうか(笑)

 「お師匠さん、魚は旨いか?」
 「うう、、、塩味が効いてておいしいです・・・」
 「そうか、、、海水魚は、海水と川水が混ざる下流ぐらいにしか生息してないと思うんだが、、、異世界補正かな?どうなんだ?」

ちなみにここからは海なんて見えない。

 「だって、しょうがないじゃないですかああああああっ!」

 彼女は、焼き魚の串をブンッと放り捨てながら、涙目で怒鳴る。

 「確かに、自分の魔力から学んでいけとは言いましたよ!でも、いきなり5つもスキル身に着けるとは思わないじゃないですか!しかも、私が教えたこと一つもない!誰でも、焦りますよ!」
 「ま、落ち着けって。どうやら、水の中や土の中には入れられないとかいろいろ欠点があるみたいだし。お師匠さんの曇魔術見ても、俺の魔力は出来ないとしか反応してくれなかったし。」
 「でも・・・」
 「おそらく、主人公補正みたいなやつだろう。じゃないと、主人公SUGEEEEになんないからな。」
 「サクラの話は良く分かりません・・・」

はあ、、、とため息をつく彼女はジト目でこっちをにら見つけてくる
 ・・・話題逸らさないとなあ。

 「そういや、同じ曇属性の魔術なのに出来ることが違い過ぎない?」
 「ああ、、、一回何でもいいから雲出してもらえますか?」
 「おう、『雲よ!雲よ!曇天よ!』『空に逆らう愚か者が見えるか?あなたは今どこにいる?』『空よ曇れ!そして集え!神の右手は「ちょっと待ったあああああああ!」・・・・どうした?」
 「なにいきなり、詠唱級の大技出そうとしてるんですかっ!地形変わりますよ!?・・・しかも、それも教えてないのに使えてるし・・・」
 「検証の際には最大技みせるのは基本だろうが。テンプレ舐めんな。」
 「だーかーらー、てんぷれ?とかどうでもいいんですよっ!まあ、大分雲が出て、いい感じになってきてるしいいですけど。」

 辺りを見渡してみれば、見間違えようもない黒い雲が周りを渦巻いている。
 彼女はまた杖の排出口から白い雲が現れ始める。
 二つの雲が絡み合い、そして押しあおうとし始めるが、、、黒い雲の方が優勢?

 「密度が濃いから、色が黒いんですよ。そしてこの量・・・魔力も常人の何十倍はあるんじゃないんですか?」
 「密度が濃いから、雲としての完成度が高いのか?」
 「まあ、、、あなたと私は『理想』が違うから、魔力が教えてくれる魔術も雲も異なります。」
 「・・・?どゆこと?」
 「私の理想は『何かも覆い隠す霞や霧のような雲』であるとすれば、あなたの理想は『圧倒的な巨大な嵐の雲』。だからできることが変わってしまうんです。」
 「まあ、、、確かに、、、霞のような雲は主人公っぽくないしな。ああ!霞だから、水に溶け込む感じで水中でも雲を操れるのか!」
 「操作性重視か、圧倒性重視か。あなたのそれも殺さないで無力化したいっていう思いに魔力が応えてその圧倒するだけの膨大な力を出す形になったんじゃないんですか?」
 「おお、、、多分それっぽいかも」
 「なら、、、教えることは基本的に、私が術を見せて出来る技は覚えていく感じにしていきましょう。メインはこの世界の常識を伝える感じで!」

・・・一応聞いておこう

「もし、覚えられない感じだったら?」
 「あなたはスキルをどうやって身に着けましたか?」

 命の危険にさらさせるってか・・・とんでもない師匠だ。
とはいえ、彼女は俺と同じく命の危険にあって魔術を造り出したとか言ってたが、、、
どうやったら理想が『何もかも覆い隠す霧や霞』になるんだろうか?


 「じゃあ、早速、やってみましょう。『曇の魔術-雨』」

 彼女と俺の間に小さな白い雲の塊が浮かび、雨がザーっと降る。
 雲は小さいながらも、雨の勢いは強く、薪の火をすぐに消し去ってしまった。
 凄いのは分かったが、、、何てことしてくれたんだ。

 「ああっ!せっかく火が付いたのに・・・」

 彼女の不器用さは折り紙付きである・・・次は初心者ではあるが俺が起こした方が早いかもと思わせられるぐらいは不器用である。
 彼女は、濡れた薪を物凄くしょぼんとした感じで見つめていたが、キッとこっちを睨みつけながら言った。

 「さ、さあ!次はあなたの番です!さあ!、、、さあ!」

 半ば、やけくそ気味に彼女は俺に促してくる。
・・・いやいやいやいや、アンタが魔法以外何にもできないのは分かったが、俺は『曇の魔術-雨』の使い方の説明一切受けてないからね!
 俺の魔力も『ポカン( ゜Д゜)』としてますからね!
 疲れてきてつい、ため息が出てしまう。
アリアは俺のそんな様子を恨めし気な目で睨んでくる。

 「はあ、、、どういう仕組みなんだ?」
 「・・・なんですか、その目は。どうせ私は社会不適合者ですよ。魔法一筋で、家事も洗濯もできませんよ。」
 「そんな慰めてほしそうな雰囲気出しても、お前の残念さは一匙も薄まらないからな!」

 殴られた。

 「あなたはデリカシーとか、遠慮とかそういったものがないんですか!このセクハラ野郎!・・・気まずい雰囲気を紛らわせてくれたことは感謝しますが(ボソッ)」
 「そうだ、感謝しろ」

 雲で打ち上げられて、落とされた。
そのあと、殴られた。

 「駄目な弟子には体罰を・・・昔の学者は、よく言ったものです。さて!曇の属性の雲は、生み出された核に魔力がまとわりつくことで形成されます。『曇の魔術-雨』は、核にまとわりつかせる魔力の量を減らして、その分空気中の水分をまとわりつかせるんです。そして、それを降らせる。・・・聞いてます?」

 「はい、、、、わかり、、、ました。」

このお師匠さん、何事もなかったかのように説明してやがる。
まあ、、、コメディ小説のヒロインとしては面白いので合格だが。
 『黒曇衣≪コート≫』を纏っているので、痛いぐらいで済んでいる。
コメディ主人公補正の為には、幾らでも魔力の無駄遣いをしよう。
そんなことを考えながら、アリアをニヤニヤして見ていると、俺の魔力から何となくやり方を教えてくれた。

 「お師匠さん、いけるわ。『曇の雨雨≪スコール≫』・・・・あれ?」

ゴゾッと体の中から抜けてく感覚がして、『曇神の審判≪クラウドジャッジ≫』の巨大な手や象の足かってぐらい極太の黒雲が空へ空へと昇っていき、上空で何かを集めるかのようにとぐろを巻き始める。

 「ちょ、、、今の魔力量何ですかっ!?雲がこんなに広がるとか!!サクラ!どうするつもりですか!?」
 「いやあ、、、、俺の魔力が、俺には操作不可とか言ってるんだが。」
 「はあ!?何で、使えるようにしたし!?」

 雲はかなり上空にまで駆け上り、本当の雲と同じ高さまで駆け上がっている。
 雲はそんな高さまで、登っているというのに、ここでも分かるぐらい大きく波打つ。
お師匠さんが、青い顔してパクパク口を動かす。

 「お師匠さん!一応専門家だろ!?どうなんこれ!?」
 「ははは、、、知るか。バカ弟子サクラ。」

アリアは敬語が飛んで、呆然としている。
 顔は真っ青を通り越して真っ白だ。

 「う、『曇の壁≪ウォール≫』tttttttっう!!!!」

 第六感にしたがって(後から考えると、自分の魔力がそうしろと囁いたのかも入れない)、雲の壁をドーム状になるように張った。

 「お師匠さん!」

アリアを抱え上げドームの中に入っていくと、閉じるドームの隙間からとんでもないものが見えた。
おれが生みだした雲から巨大なそれはもう巨大な水の塊がにゅるりと出てくる様子だった。
 閉じたドームの中で思った。
どっしゃーんとどこかで、爆発でも起きたかのような音がした。

あ、死んだ。

 雲の壁が吸いきれなかった水が、雨のように俺とお師匠さんに降り注ぐ。
 暫くして、水が降り注ぐことがなくなったので、ドームを消す。
おおう、、、一面霧だらけで良く分からんが、洪水被害みたいになってるところが
 やばい
地面は水に押し流されたかのように、ドロドロになった地面になっている。
ぐっちょ、ぐちょになった身体は、周りがこんなスコールみたいな状況だと全然乾かない。

やっちまったなあ・・・

「ふっくくくくく、、、、ははははははははは!何で、こんなにびしょ濡れなの!?私に残念とかもう言えないじゃない!ねえ、どんな気持ち!?ねえ、今どんな気持ち!?」

とか、思ってたらアリアがげらげら笑い始めた。
お師匠さんは、雲を使って、うっとおしい霧を払った。
 真っ青な空が広がっており、雲どこに行った?マジで。

 日光が冷えた体をじわじわと温めてくる。
シャワーを浴びた後に外の空気を浴びたかのように、体がさっぱりする。
アリアはそんな中、ずっと笑い続けてる。

 「なにこれ!なにこれ!サクラ!あなたはホントに物語の主人公になれますよ!面白い!本当に面白い!」
 「ふ、ふはっ、ははははははは!さっきまで、こーんな顔して真っ青になって震えてたくせに、偉そうに言うなよ!俺は主人公だって言ってるだろ!元から!」
 「うるさい、バカ弟子!あー!こんなに驚いたのは初めてです!本当にこんなに気分がいいのは久しぶりです!」

ああ、、、アリア、、、俺は、、、ここでなら、、、主人公として認められるのか。

 「・・・うっ」

 彼女を想わずまじまじと見てしまった。そして気づいた。
 雲の壁ですら、吸いきれなかった大量の水が彼女の白銀雲のローブをぐっしょりと湿らせていた。
 綿に水を湿らせるとギュッと縮んでしまうのはこのローブにおいても同じ!
 濡れたローブが描く線はまさに芸術的。
 何より、、、光が照らすことによって、同年代では大きめの胸とか尻とかが露骨に透けて、えっちいです。

えっちいです。

 「・・・てっ!どこ見てるんですかっ!この変態っ!師匠を水浸しにしてその透けた様子を眺めるなんて、このバカ弟子サクラっ!・・・ハッ、まさかセクハラするためにこんな災害を引き起こしたんですかッ!?このヘタレっ!」
 「だ、だれが、そんなことするかっ!朝顔さんに(ry」

 二人で言い争ううちに、霧が段々晴れてきた。
 言い争うことが多い二人ではあったが、すんげえ笑うことも多かった。
この二人はこの先、何度も言い争うし、笑いあう。

そして、彼らは白髪の少女達の命を巡って争うことになるのだが、、、

 少なくとも彼らの間には、この時も、そして、争っている時ですらも、お互いを尊敬する気持ちはあっても、憎悪の感情はなかった。



――――――――――――――――――――――――――
彼らが、災害を引き起こしてそれが国中で問題になっており、まずった事態になったりはしているのだがそれはおいておこう。
・・・と、取り敢えずこの国は、そこから遠くかけ離れた場所にあるためにそのことは知らずに済んだ。

その国の王宮を一人の青年が歩いていた。
 貴族然としたその青年は夕陽の王宮の庭を神妙な顔をして歩いていた。
 眼鏡をかけたその青年は迷う事もなく一つの部屋を目指して歩いていた。
 歩いているその青年は呼び止められて、立ち止まった。

 「シノンかい?ちょうど今、君のもとに向かおうとしてたんだよ。」

シノンと呼ばれたその少女は肩を分かりやすくしぼませて、頭を下に向けていた。

 「ゼノン兄様、、、本当に、、、もう、、、聖女様は、、、」
 「これは、陛下のご決断だ。可愛い妹弟子が悲しんでるのを見るのは辛いけど、今のままじゃ仕方ないね。」
 「仕方ないとか、、、そんな簡単な言葉で片付けられるのは嫌です。」

シノンはそんなことを言いながら、グッと唇を噛みしめた。
ゼノンは仕方ないなあ、、、という笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。

 「取り敢えず、今から勇者が召喚された後の話を正位クラスの官僚全員で話し合うからそれを伝えておこうと思ってね。師匠もそれに参加するから、、、おそらく明日の朝までかかるって話だそうだ。」
 「夜通しですか、、、まあ、いつものことですけどね。お父様は、国にずっと尽くしてこられたから。」

 心ここにあらずといった様子でシノンは庭を見た。
しかし、ゼノンは、、、兄のように彼女と共に過ごしてきたゼノンだからこそ彼女の眼に決意の火が灯っていることに気付いていた。
しかし、、、見なかったことにした。

 「さて、、、ぼくもそろそろその会議に参加しなくちゃならないんで戻るよ。最後の挨拶をしっかり聖女様にしておくんだよ。」

 彼は元々、彼女を最後に一度会うことを目的にしていた。
 見逃すつもりだった、彼女がこれからすることを。
だから、餞別だったのだ。
 『彼女の父親』が今夜動くことが出来ないという情報を確かなものであると伝えたことは

「はい、兄様。」

ゼノンは、じゃあねと言って、もといた方向へと戻って行った。
シノンがそれをある程度の距離まで歩くのを見届けてから、後ろを向いた。

 「シノン」

 声に反応して、体が硬直した。
 彼の声は既に、彼女の兄替わりでなく、陛下に忠誠を誓う一人の人間のこえだった。

 「上手くやるんだよ。もし、君がこの先の人生、、、一度でも僕の前に現れでもしたら、、、その時、僕は容赦しないよ?」

ゾクリ
彼女は後ろを振り返った。
そこには誰もいなかった。

 一度感じた寒気を振り切るために、彼女はその場を立ち去った。
 暫く歩いた先には、彼女とそして『聖女とされている』少女の部屋に辿り着いた。
ゼノンに会うことは予想外だったが、他は計画通り。
 彼女はここに来るまでに一度として、ゼノン以外の誰にも会う事は無かった。
 扉の前の護衛も計画通り眠っていた。

・・・計画通りとはいえ、この醜態はなんだ。
ちょっと、父親譲りの彼女の性格が出そうになったが、取り敢えず堪えた。
ここで仕損じれば、一人の少女の命が消えるからだ。
 一度深呼吸してから、彼女は扉をノックした。

 「はい」

 聖女と言われるだけはある。
 彼女特有の声は聴いた人の心を澄ませる声だ。

 「私です。」
 「入って下さい」

シノンが扉を開くと茶色のフードをきたお忍びの格好をした少女がベッドの縁に腰かけていた。

 「聖女様、、、そのフードを着るのは、王宮を出てからにしてくださいと言ったはずですよね?」

シノンはため息をつくと、来ていた参宮用の女性服を脱ぎ始めた。

 「ごめんなさい、シノン。旅人気分を味わいたくって」

 聖女と呼ばれた少女は緊張のかけらもなくいたずらっぽく笑った。
シノンはそんな彼女をみて、はあ・・・とまた大きくため息をついた。

 「どこでなにを、失敗するか分からないんですから、気を付けてください。さっきもゼノン兄様に会ってヒヤヒヤしたんですから。」
 「ふーん、、、、それっ!」
 「きゃっ!?ちょっと聖女様!?」

 聖女は悪戯っぽく笑うと、下着姿のシノンを後ろから抱きしめてベッドの上に押し倒した。

 「ほらほら、どうしたの?恋話?恋話?そういえば、シノンの初恋の人ってゼノンだったよね?もしかして、ばれた?そして、君なしでは生きていけない!いかないでくれ!とかいわれたの?正直に言いなさい!このこの!」
 「きゃっ、聖女様!そんなとこ触らないで、、、きゃあっ!」

しばらく、キャットプレイが続いたが、マジ切れしたシノンの本気の逃げにより、貞操は守られた。

 「もう、、、聖女様は!時と場合を考えてください!」

シノンはぷりぷりしながら、どこにでもいる冒険者の格好をし始めた。
 部屋に隠してあった皮鎧の胸当てを付け、紅い細剣を腰につける。
そして、彼女は聖女と同じようなフードをかぶり、用意しておいた荷物を担いだ。
 旅の準備を終え、一呼吸置こうとしたら、聖女が声をかけてきた。

 「シノン、後悔しない?」

 聖女は近くの椅子に三角座りしながら、顔を伏せていた。

 「聖女様・・・」

シノンは聖女をぐっと抱きしめた。
それで、、、彼女は救われたのだった。

 「サニア、、、あなたは私が守る。」

 涙目で聖女、、、いや、サニアは顔を上げた

「あら?王宮から出るまではその名前は使わないんじゃなかった?」
 「もう、、、あなたの姉となる覚悟はできてます、、、できてるよ。」
 「姉さま、、、本当にありがとう。」

その日、王都の関所を白い短髪の少女と長髪の少女が出た。
その日、王都から聖女がいなくなったのを確認された。
その日、王国の将軍が責任を取って、職を辞した。
その日、彼女たちは姉妹になった。

 彼女たちと、サクラ=レイディウスが出会うのはまだ先の話。
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