カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

文字の大きさ
上 下
97 / 110
番外編 お花見

事故

しおりを挟む
 子供の霊の記憶は、想像以上にあやふやだった。
 俺と万里は何度も同じ道を行き来し、いったん引き返したり全くの逆方向に行ってみたりと、ずいぶん長く歩き回った。

 いつもは飽きやすく、すぐに「疲れた」と駄々をこねる万里だが、今日に限っては辛抱強く何度も霊の言葉に耳を傾け、歩き続ける。
 何とかして母親に会わせてやりたいという万里の気持ちに、チクリと俺の胸が痛んだ。

「ここみたい……」

 足を止めた万里が見つめる先には、小さな一軒家があった。

「え……ここ? 間違いないのか?」

 一目見て分かる。空き家だ。
 表札には「三井」とある。
 子供の霊の名字だろうか……。
 古ぼけた外観は大きな地震でも来たら倒壊してしまいそうなほど頼りない。
 軒下には蜘蛛の巣が張っている。

 隣近所と違って、この一軒だけが異様な雰囲気を纏っていた。

「入ってみる」

 玄関ドアへと近づく万里の腕を、俺は慌てて掴んだ。

「待てって! いくら空き家とはいえ勝手に入るのはマズい」

「え~っ!?」

 俺たちが揉めているように見えたのだろう、通りかかった中年男性に声をかけられた。

「どうかしましたか?」

「あ……」

 見れば、スーツ姿の会社員ぽいオジサンだ。帰宅途中だろう。
 喧嘩や揉め事じゃないのをアピールすべく、俺は万里の手をパッと放してオジサンに笑顔を向けた。

「うるさくして、すみません! ご近所の方ですか?」

 オジサンは俺と万里を見比べてから、すぐ隣の家を指さした。

「うちは隣です。その家だったら、もうずっと空き家ですよ」

「えっと……どこかに引っ越されたんですかね?」

 俺の問いに、一瞬でオジサンの顔が曇る。
 聞いちゃマズいような事でもあったのか……?

「一年前の事故の後、引っ越しされました」

「事故……?」

 俺は聞き返したが、オジサンはあまり詳しく話したくないのだろう、軽く頭を下げて隣の家へと入っていってしまった。
 もう少し詳しく聞きたかったんだが……。
 万里が俺の服の裾をくいっと引き、「どうするの?」とでも言いたげに見上げて来る。

「調べてみるか……」

 もし報道されたような事故なら、ネットで調べれば出て来るはずだ。俺はスマホを取り出して一年前、地名、名前の「三井」……それから、もしかしたらその事故で子供が亡くなってるかも……思いつく単語をいくつか入れて検索してみる。

「あった」

 万里がスマホを覗き込んで来たので、見やすいように少し傾けてやる。
 スマホの画面には、昨年の事故の記事が表示されていた。

「三井悠くんって男の子が亡くなってる、五歳だったのか……。えーっと……あ! さっきの公園……あそこの駐車場にお母さんが車を停めてて、悠くんは車内で熱中症になったらしい……」

 たまにニュースで見かける事故だ。
 ほんの少しだけと思って親が車から離れてしまい、車内がすごい高温になって中の子供が亡くなってしまう。
 悠くん、熱くて苦しかっただろうな……。

「万里、その子供の霊って『悠くん』って名前か……確認できるか?」

「聞いてみる」

 万里はくるっと後ろを向いてしゃがみ込み、何やらボソボソと話しだした。
 その間に、俺は他にも情報がないか検索を続けてみる。

 母子家庭だったようだ。
 寝てしまった悠くんを車内に残して、母親はパチンコ……。最初は買い物だと言ってたが、後からパチンコをしていたと分かったらしい……それも、三時間っ!?

「都築……?」

 万里が立ち上がる。
 スマホの画面を見られないよう、俺は反射的にポケットに突っ込んだ。
 誤魔化すように万里に問いかける。

「名前は? 悠くんで間違いなかったか?」

「うん、……忘れてたみたいだけど、この家を見て少しずつ思い出してきたみたい」

「そっか……」

 万里の黒く大きな瞳が不思議そうに見上げてくる。
 このまま母親を探して、その姿を見せたら……悠くんは辛いことを思い出したりしないだろうか。本当にこのまま進んでしまっていいのか?
 俺は複雑な気分で万里に何と言ったものかと考える。

「都築……引っ越し先、分かった?」

「いや、ネットでそこまで調べるのは無理だ」

 諦めようか……と、俺が言葉にするより早く万里が玄関ドアへと近づいた。
 万里がドアノブに手をかけると同時に、ガチャッと鍵の開く音がした。能力者に鍵が意味ないのは分かってるが、こういうのは罪悪感が大きい。しかも今回は全くの他人の家だ。

「万里、やっぱり勝手に入るのはマズいって……」

「悠くんがいいって言ってるもん」

「そ、れは……」

 元住人に許可を貰ってることになるのか? いや、でも――……。
 俺が言葉に詰まっているうちに、万里はドアを開けて中へと入って行く。
 後ろめたい気持ちに蓋をして、俺は万里に続いた。

 再びスマホを取り出し、ライトを点けて家の中を照らす。

 空き家になって一年とは思えないほど、家の中もずいぶん荒れていた。
 埃っぽさとカビ臭さと、何かが腐ったような臭いに俺は眉を寄せる。万里は靴も脱がずに玄関を上がり、奥へと向かっていく。
 その足取りは迷いなく、まるで何度も来たことがある家のようだ。

「万里?」

「悠くんが、こっちって言ってる」

 案内してくれてるのか……。

 万里が廊下の手前のドアを開く。
 スマホのライトで照らすと、そこは小さなダイニングキッチンだった。
 何かが腐ったような臭いが一気に強くなる。
 お菓子やパンの袋、カップ麺の容器などのゴミが散らかっている。引っ越しの時に掃除もしなかったのか? 『立つ鳥跡を濁さず』って言うじゃないか。

 万里が隣の和室へと足を踏み入れた。
 こちらもゴミが散らかっているが、日用品や家具類はない。

「引っ越し先の手がかり、見つかりそうにないな……」

 俺が声をかけると、万里は何やら少し考え、ポケットから小さな水筒を取り出した。保温タイプのステンレスミニボトルだ。それに入っているのは、もちろんお茶じゃない。

「万里、管狐で何するんだ?」

 水筒の蓋をキュッと開きながら、万里はこちらを見ることなく答える。

「しばらくここに住んでたなら、『存在の痕跡』は残ってる……それを頼りに、今いる場所を探させる」

「はい???」

 初めて聞く単語だ。『存在の痕跡』だと???
 能力者たちの口から未知の単語が飛び出すのには慣れっこだが、それにしても便利というか何というか……。

 万里は何やら呪文のようなものを唱え、口の開いた水筒を掲げた。
 俺には見えないが、管狐たちが飛び出してきているのだろうか……。
 ちょっと擽ったそうに万里が首を竦めると、黒髪がくるんと揺れた。

「みんな、お願い……悠くんの『お母さん』を探して――……」

 人の臭いを辿って行方を捜す警察犬みたいな感じかな……。
 万里は瞑想するように目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。集中している様子の万里を邪魔しないよう、俺はそっと離れて廊下へ出る。他の部屋も見て回ってみよう。

 スマホのライトを頼りに、家の奥へと進む。
 洗面所と風呂があるようだ。水が腐ったような臭いに顔をしかめる。
 いつも店の掃除を任されている俺としては、ガーッと大掃除してしまいたい衝動に駆られてしまう。
 落ち着け、俺! 他人の空き家を大掃除なんかしたら、本当におかしな奴だぞ。

 廊下へ戻り、二階への階段を上る。
 二階には部屋が二つ並んでいた。
 一つめの扉を開ける。がらんと何もない空間――……。
 二つ目の扉を開ける。

「……う、わ……、……」

 思わず声が出た。
 そこは、子供部屋と呼ぶには……あまりに酷かった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

やめてよ、お姉ちゃん!

日和崎よしな
キャラ文芸
―あらすじ― 姉・染紅華絵は才色兼備で誰からも憧憬の的の女子高生。 だが実は、弟にだけはとんでもない傍若無人を働く怪物的存在だった。 彼女がキレる頭脳を駆使して弟に非道の限りを尽くす!? そんな日常を描いた物語。 ―作品について― 全32話、約12万字。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...