カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

文字の大きさ
上 下
92 / 110
式神編

双子

しおりを挟む
 俺の悲痛な訴えにも店長は顔色一つ変えない……。
 お互い一歩も譲る気はない俺たちを見かねたように、橘が口を挟んでくる。

「尾張さん、何とかなりませんか……?」

 さっきは兄弟ゲンカしてたけど、橘だってむやみに弟を死なせたくはないだろう。

 依頼主である橘からの相談は、さすがにムゲに出来ないようだ。
 店長は軽く腕を組み、何やら考えるように天井を見上げる。

「問題は二つ。一つめは、うちのアシスタントがごねてる。この子……一回ヘソ曲げたら、かなり面倒なんだよねぇ……根に持つタイプだし」

 店長め、よく分かってるじゃないか!!

「そして二つめ、こっちはかなり深刻だ。橘くん、自分で分かってないと思うけど、橘くんと万里くん……二人は力を共有してる」

「え……共有、ですか?」

 問い返す橘だけでなく、万里も顔を上げて店長を見た。

「おかしいと思ってたんだよね。二人とも尋常じゃないほどの力を持ってる。コントロールが難しいほどに……。でも、こうして二人を見て分かったんだ。君たちは力を共有してるから、一人で二人分の力を使えるってこと。まぁ片方がガチで使い過ぎたら、もう片方はエネルギー不足で何もできなくなるだろうけど……」

 橘と万里の二人は目を見合わせた。
 店長は説明を続ける。

「二人が同じタイミングでフルパワー使うことなんて今までなかっただろうし、別々に暮らしてたんだ……気づかなくても仕方ないと思うよ。それにしても、双子って面白いね……本当に興味深いな」

 そういえば橘を初めて見た時、店長は「ご隠居以上」だとか「まるで先祖返り」だと、その力に驚いてたな。
 ということは、つまり……

「万里くんが死んだら、橘くんの力は一人分に……今までの半分になっちゃうってこと」

「えぇ~っ!?」

 橘だけでなく、俺を取り押さえていたオジサン達からも驚愕の声があがった。
 一人だけ冷静な店長は続ける。

「いきなり力が半分になったら感覚も変わるし……しばらくは、まともに術を使えないだろうね……。そもそも力の総量が変わるから、今まで普通に使えてた術も使えなくなる可能性がある。橘家当主として、まともに仕事できなくなるのはマズいよねぇ……」

 橘は目を見開いて青ざめ、口をパクパクさせている。
 そうとうショックみたいだ……。
 さらに、店長の容赦ない言葉が続く。

「橘家としては大損害だよね」

 混乱しまくりの橘……、見ててちょっと可哀そうになる。

「で、でも……このまま禁忌の式神を野放しにするわけには……」

「他の祓い屋の手前、きちんと対処しないと、身内に甘いだのルール無視だの色々言われるだろうね。対外的な問題だけじゃなく、橘家の身内からも疑問の声があがるだろう」

「…………」

 橘は黙り込んでしまった。
 八方塞がりじゃないか……。
 俺としては、万里を死なせるわけにいかないってのは大賛成だ。
 でも、式神を解放してもしなくても、どっちにしろ橘は大ピンチってことだよな……。

 訪れる沈黙……。
 橘、俺、万里、そしてオジサン達……ゆっくりと全員を見渡し、店長は小さくふふっと笑った。

「そこで、ムーンサイドからの提案なんだけど……式神は解放して、万里くんは今ここで粛清しよう。表向きには、ね」

「……え? て、店長っ? どういう意味ですか?」

「だから、今ここに居る全員が口裏を合わせるんだ。万里くんは今日ここで死んだことにしちゃう。こっそり生き延びて、式神と楽しく暮らせばいい。まぁ、これからは目立つような悪さはできないけど、それは我慢してもらうしかない」

 軽く首を傾げて綺麗に微笑む店長……あぁ、悪だくみしてる時の表情かおだ。
 言われてみれば名案だが、……本当にそれでいいのか?

「そ、そんなの……っ、……大丈夫なんですか?」

「バレなきゃいいんだよ」

「………………」

 綺麗で妖しい店長の悪戯っぽい微笑みに、橘もオジサン達も……そして俺も万里も、その場にいた誰も反論できなかった。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「と言っても、さすがにこの家で一人で野放しにしておくことは出来ない。目立った悪さをしないようにお目付け役も必要だし、見つかりそうになった時のためにかくまう場所も要る」

 オジサン達から解放された俺と万里は、店長と橘と一緒に座って話していた。オジサン達は壁際に並んで成り行きを見守っている。
 店長の提案という名の「隠蔽いんぺい工作こうさく」を、全員が神妙な面持ちで聞いている。

 ゼミ旅行で京都に行った時から俺は感じていた。橘の身の回りの世話をしたり仕事を手伝ったりする、このオジサン陰陽師集団は信頼できる。
 橘を心配しつつ、しっかりと支えている……優しい人達だ。
 きっと、今回の口裏合わせにも協力してくれるだろう。

「それで、お目付け役と隠れる場所として……」

 店長が言おうとしていることを察した俺は、ちらりと万里を見た。
 素直にOKしてくれよ……。

「万里くんの身柄はムーンサイドが預かる」

 万里は驚いたように顔を上げ、店長を見た。

「俺が……ムーンサイドに?」

「まだ高校生だから店の手伝いはさせられないけど、祓いの方は手伝ってもらう。好奇心旺盛で研究熱心な万里くんのことだ、うちに来れば色々と楽しいと思うよ。この世界には、万里くんが知らない術式や理論がまだまだ山ほどある。興味、あるだろ?」

「……一馬も、連れてって……いいの?」

 おずおずと問う万里に、店長は優しく微笑んだ。

「もちろん。ただし、条件が三つある」

「条件……?」

「一つめ、ちゃんと高校に通って卒業すること。二つめは、アシスタントの都築くんを泣かせないこと……これは難易度高いよ。けっこう簡単に泣くから気をつけて」

「人を泣き虫みたく言わないで下さいっ!」

 ムキッと怒った俺を、店長はどこ吹く風でスルーした。

「それから三つめ、僕に向かって管狐を放たないこと。次また、あんなことしたら……お仕置きするからね」

 店長は万里の額を指先でツンと突いた。「お仕置き」……この人が使うと、やたらと怖い言葉に聞こえる。

「分かった……」

 万里が素直に頷く。
 そこで店長は、あ……と何やら思い出して付け加える。

「これは条件じゃないけど、目立つような悪さも当然禁止だ。もう式神に浮遊霊を喰わせてまわったりはしないように……そもそも戦闘用じゃなさそうだし、これ以上強くする必要ないと思うけど」

 万里は軽く項垂うなだれた。

「強くなったら……しゃべるように、なるかと思って……」

「あぁ、なるほど……そういうことか。式神と話をしたいなら、もっと簡単な方法があるよ」

「えっ? ほんと!?」

 弾かれたように顔を上げる万里。
 今日一番の食いつきの良さだ。

「ちゃんといい子にしてたら、教えてあげる」

 ふふっと微笑む店長に、万里はこくんと頷いた。

「わ、分かった……!」

 万里はもうすっかり店長の提案にのるつもりのようだ。

「よし! じゃあ、話は決まり……橘くん、ご隠居には僕から説明しに行くから」

「……分かりました」

 橘はちょっと複雑そうだ。
 店長は部屋にいる全員を見渡した。

「それじゃ、これで一件落着……かな。どうかした? 橘くん」

「すみません……あの、僕……万里に謝らないといけないことが……」

 橘は万里の前に座り直した。膝同士がくっつきそうな距離で、橘は万里の顔を見つめる。

「万里、さっきはごめん。ついカッとなって、万里のこと……好きなことしてて気楽だとか、白石家から管狐を奪ったとか……その、酷いこと……いっぱい言っちゃった」

 万里は不思議そうに目を瞬かせて橘の話を聞いていた。
 その言葉を反芻はんすうするように、しばらく黙ってから、万里は口を開く。

「俺、京一のこと……自分の意思なんかない、大人の言いなりの『いい子ちゃん人形』だと思ってた。でも、俺がイジワル言ったら、ちゃんと怒った。……さっき、初めて京一とちゃんと話した気がした」

 お、これはアレじゃないか? 雨降って地固まるってやつ!

 そうだよな、今までずっと離れて暮らしてて、まともに話す機会もなかったに違いない。兄弟ゲンカが出来るくらい、距離が近づいたってことだ。

 ふと見れば、壁際のオジサン達も瞳を潤ませたり、微笑んだりして二人を見守っている。
 俺は確信した。

 この『隠蔽計画』は、きっと上手くいく。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 帰りの車には、店長と万里、俺と橘という組み合わせで乗せてもらった。
 
 車の後部座席に並んで座った俺と橘はしばらく無言だった。
 橘はぼんやりと、流れる景色を眺めている。

「橘? 疲れたか? 大丈夫か?」

 遠慮がちに声をかけると、橘は物思いから浮上してくるように俺を見た。

「すみません……僕は今まで、万里がどんな風に暮らしてるかなんて考えたこともなかったから……本当に、酷いこと言ってしまって……お恥ずかしいです」

 ずいぶん落ち込んで反省してるようだ……。
 俺は少し迷ってから、口を開いた。

「俺、初めて橘に会った時さ……大人しくて、責任感が強くて、色んなこと我慢して、ひたすら頑張る優等生ってイメージだった。でも、最近……ちょっと変わってきた気がする。責任感は強いままだけど、ちゃんと言いたいこと言ってるように見えるし、自分なりに一生懸命考えて、行動してる。俺は、今の橘の方が……ずっといいと思う」

「都築さん……」

 涙ぐむ橘に、俺はニッと笑ってみせた。

「橘はもっと自分に自信もっていいんじゃないか? 失敗しても、間違えてもいいじゃん。悪かったって思ったら、さっきみたいにちゃんと謝ればいいんだからさ」

 ふとバックミラー越しに、運転手のオジサン陰陽師が、力強く頷きながら涙を流しているのが見えた。
 オジサン、ちゃんと前見て運転してくれよ……。

 俺たちの乗った車は、ゆっくりとムーンサイドへ戻って行った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

やめてよ、お姉ちゃん!

日和崎よしな
キャラ文芸
―あらすじ― 姉・染紅華絵は才色兼備で誰からも憧憬の的の女子高生。 だが実は、弟にだけはとんでもない傍若無人を働く怪物的存在だった。 彼女がキレる頭脳を駆使して弟に非道の限りを尽くす!? そんな日常を描いた物語。 ―作品について― 全32話、約12万字。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...