カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

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病院編

手術室

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 俺はドキッとした。
 万里のことをドッペルゲンガー呼ばわりなんて、俺の方がよっぽど失礼だった。
 偉そうに説教垂れてる場合じゃない。

「ごめん……」

 万里は橘のコピーでも予備でも……ドッペルゲンガーでもない。
 ちゃんとした一人の人間なんだ。
 俺はモーレツに反省して謝ったが、万里は特に怒ってる風でも気にしてる風でもない。
 もう一口、ココアを飲んでから、万里は遠くへ視線をやった。

「京一が死んだら俺の人生は橘家に回収されるわけだから……今のうちに好きにしときたいってのも、あるんだよなぁ……」

 ぽつりと呟く万里に、俺はなんと返せばいいのか分からない。

 話題を変えよう!
 人間の霊を式神にするより、もっと前向きで建設的なことに興味を持てばいいんだ。

「そうだ、万里は部活とか入ってないのか?」

「ぶかつぅ~? なんでわざわざ先輩たちに気を遣って、しんどい思いしなきゃいけないわけ? あーゆーの大嫌い」

 万里はあからさまに顔をしかめた。
 確かに気ままで自由人ぽい万里には、部活なんて性格的に向いてないかも知れない……。

「それなら、趣味とか……なんか楽しいって思えること、ないのか? 式神の研究以外で」

「そうだなぁ……」

 うーーーん、と万里は考え込み、小さく「あ!」と声を上げた。

「京一に意地悪するのは好き、すごく楽しい!」

「……はい???」

 あまりに唐突な答えに、俺は思わず聞き返した。思考が本当に「子供」すぎる。

「夏休み、橘家に内緒で京都に遊びに行ったんだけどさ……ちょっと困らせてやろうと思って、京都守護魔方陣を壊してみたんだよね……」

「――…っ!?」

「いっぱい怪奇現象やら心霊現象が起きてさ、京一ってば、すっごく大変そうで面白かったーっ!」

 イタズラ大成功! とばかりにアッケラカンと笑う万里に、俺の手から缶コーヒーが滑り落ちた。

 お前が犯人かーーーーーーっ!!!!

 俺は顎が外れそうなほど口を開け、ぷるぷる震える手で万里を指さした。

「お、お、おまえっ……、……それ、橘がどんだけ大変だったと思っ…………」

「あーでも、いつの間にか結界張り直しされてたし……別に大丈夫だったんじゃない?」

「…………」

 言葉が出ない。
 力を持っている「子供」がこんなに厄介だなんて……!!
 万里の無邪気な笑顔に、俺は軽い頭痛に襲われ……責めることも叱ることも出来なかった。





☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「人間の霊を式神に? 橘くんの弟が?」

 店長は不思議そうに聞き返しながら、ホットミルクに角砂糖を二つ入れたウサギ柄のマグカップをカウンターに置いた。
 甘いホットミルクはもちろん俺のじゃない。お座敷様のだ。

 今日のバータイムも客はゼロ。
 お座敷様でもムーンサイドの夜営業を繁盛させることはできないのか……もう何か呪詛的なものすら感じるぞ。

「万里です、ちゃんと名前で呼んでやって下さい」

 俺がムッとしたのを感じたらしく、店長は軽く肩を竦めた。

「それにしても不思議だね……動物霊の方がずっと使役しやすいし、それに強い。わざわざ人間の霊を式神にする意味が分からないな……」

 もし人間の霊の方が強くて使役しやすかったら、そっちを使うみたいな言い方だ。この人はこの人で突っ込みどころが多すぎる。

「万里は『研究』って言ってましたけど、とにかく好奇心旺盛な奴みたいで……」

「ふぅん……研究ねぇ」

 何やら物思いに耽るように店長は軽く目を伏せて呟く。そして思い出したように俺を見た。

「都築くん、僕『万里くんには関わるな』って言ったよね?」

「あ……」

 俺の顔が引きつる。

「え……いや、その……っ、……別に、関わったわけじゃ……」

 しどろもどろの俺に、店長は容赦なく突っ込んでくる。

「飲み物買ってあげて、一緒に飲んで、彼の話を聞いて、さらに自分の特異体質までべらべらしゃべったんだよね?」

「は、はい。…………、……すみません」

 思いっきり責めるような店長の大きなため息に、俺はしょぼんと項垂うなだれれた。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 数日後――…
 俺は、アレクの病室のドアを開いて驚いた。

「あれ? いない」

 検査にでも行ってるのか……ベッドにアレクの姿がない。
 サイドテーブルに店長からの差し入れの紙袋を置き、見舞客用の椅子に腰かけて少し待ってみることにした。

 が、…………戻って来ない。

 時間のかかる検査かもしれない。俺は病室を出てぶらぶらと廊下を歩き出した。

 夏に京都の守護魔方陣を壊した犯人が万里だということ……俺は店長にも橘にも言えずにいた。もう終わった事件なのだから、今さら蒸し返す必要を感じなかったし、万里本人が軽いイタズラ感覚というのも大きかった。

 橘とはまた違う種類の「危うさ」を、俺は万里に感じていた。

 エレベーターの前で足を止める。
 そうだ、一佳ちゃんのお母さんのお見舞いに行ってみよう。
 ガラス越しに回復を祈ることくらいしか俺には出来ないが……。
 エレベーターに乗り込み、手術室や集中治療室がある四階のボタンを押した。



 集中治療室の前に車椅子に座るアレクの姿を見つけ、俺は足早に近づいた。

「アレクも一佳ちゃんのお母さんのお見舞い、来てたのか」

 声をかけるが、アレクは黙ったままこちらを見もしない。

「アレク?」

 不思議に思いながらアレクの視線の先……集中治療室の中へと目をやる。
 あれ? 一佳ちゃんのお母さんが寝かされていたベッドが空だ。
 鼓動が跳ねる。

「一佳ちゃんのお母さんは?」

 なるべく声が震えないように、俺は精一杯平静を保って問いかけた。
 アレクは低い声で小さく答える。

「今、手術室だ。意識が戻らないまま、帝王切開で赤ちゃんを取り出すことになったらしい……」

 恥ずかしながら、俺は出産関係の知識が全くない。
 帝王切開といえば、普通に産むことが難しい場合に、外科手術のような形で赤ちゃんを取り出す方法だったとあやふやな知識を引っ張り出した。
 なんにしろ、良かった。無事なんだな……。

「都築、すまない……手術室へ行きたいんだが……」

「分かった……!」

 そうだよな、空のベッドを眺めてても仕方ない。
 俺たちに出来ることなんてないけど、少しでも近くで母子の無事を祈りたいじゃないか!

 俺は車椅子を押して手術室へと向かった。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「一佳ちゃん……」

 手術室の前には家族らしい人の姿もなく、廊下は静まり返っていた。
 小さく呟くアレクの声は、呼びかけというにはあまりに弱々しかった。

「アレク?」

「手術室の中に、一佳ちゃんもいる。お母さんの霊体が体から離れようとしてるのを、そばで見守っている……」

「それ、って…………」

 母体が危険な状態ってことか? とは、さすがに聞けなかった。

 もしお母さんが亡くなってしまったら、一佳ちゃんはお母さんと一緒に天国へ行けるんだろうか――…でも、残された赤ちゃんは……。

 俺は唇を噛んで俯いた。

「都築、すまない……俺の病室から、聖書とロザリオを取ってきてくれないか……もし、一佳ちゃんが強引に母親を連れて行こうとしたら……俺は、あの子を除霊しなくてはならない」

「――……っ!」

 アレクの言葉にハッと顔を上げる。
 視界が歪んで、涙が溢れそうになっていた事に気づいた。

「分かっ、……た……」

 一佳ちゃんはまだ幼稚園児なんだ。
 お母さんと一緒にいたいって思って、何がいけない?
 一佳ちゃんは何も悪くない。

 そんなこと俺に言われなくたって、アレクはちゃんと分かってる。
 それでも……それでも、アレクは一佳ちゃんを――…。

 俺は足早にアレクの病室へと戻った。





~~あとがき~~

【前出メモ】

◆京都守護魔方陣を壊した犯人について
「京都編 呪詛がえし」にて
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