カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

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クリスマス編

偶然を操る力

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「と、とにかく、落ち着こうアレク! 次の交差点で左折して、いったん脇道入って車を停めよう!」

 たくさんの車が行き交う幹線道路で停車するわけにはいかない。俺はなんとか交通量の少ない方へと誘導し、車は左折した。
 そのまま少し進み、人通りもほとんどない裏通りのような場所で車は停まった。

「はぁ~……」

 アレクは大きく息を吐き、運転席のシートに体を預けた。

「アレク、いったん深呼吸しよう!」

 俺とアレクは二人息を合わせ、スーッフーッスーッフーッと大きく吸ったり吐いたりした。
 大事故にならなくて良かった!
 俺はいつの間にか拳をギュッと握りしめていた。手の平は汗びっしょりだ。

 ふと、車窓から見える景色がゆっくり動いているのに気づく。

「アレク、車が動いてないか?」

「え? あ、ギアがっ!」

 慌てたアレクの声と共に――…

 ガシャンッ!!

 車が揺れ、嫌な音がした。マズい! ぶつかった!!
 俺とアレクは慌てて車から降りた。

 三人の男性が駆け寄ってくる。怒声が響いた。

「おい! 何やってんだ! ぶつかったじゃないかっ!!」

 見れば、その男性たちの車の後ろ部分にアレクの車が突っ込んだ状態だった。
 停まっている車にぶつかってしまったのだ。

「すっ、すみませんっ!!」

「申し訳ない!」

 俺とアレクは慌てて謝った。

「どうしてくれるんだっ!」

 ガラの悪い男性たちが詰め寄って来る。運悪く、怖い人たちの車だったようだ。しかし悪いのは全面的にこっちだ。怒鳴られても仕方ない。

「今、警察呼んで事故の処理してもらいますね」

 俺がポケットから取り出したスマホを、一人の男性に叩き落される。
 道路に転がり落ちたスマホに、俺は目を見開いた。
 
 な、なんでっ!?

「警察なんか呼ばれてたまるかっ!」

「え――…?」

 グイッと強くアレクに腕を引っ張られ、顔を上げると信じられないものが視界に飛び込んで来た。
 建物の間の細い隙間……路地の奥に人が倒れている。小さく苦し気な呻き声が聞こえた。大怪我のようだが……まさか、この人たちがやったのか!?

「おい、さっさと回収しろ!」

「はい!」

 一人の男が指示を出すと、すぐに別の男が路地奥の人に走り寄った。倒れている人の回りに散らばっている『何か』を拾っている。
 見れば、白い粉の入った小さな袋――…。

 あぁ~っ!! これは、目撃したらダメなやつだ!!
 怖い人たちが怖い事をしている現場に、遭遇してしまった!!

 ようやく状況を理解した瞬間、後頭部に……ガンッ! という重い衝撃を受け、俺は意識を失った。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「う゛……、っ……」

 ゆっくりと意識が戻る。体に感じる振動から、車に乗せられているのが分かった。
 体は全く動かせない。うっすら目を開くと、案の定がっちり縛り上げられている。猿ぐつわが顔に食い込んで痛い。視線だけ動かして周りの様子を伺うと、アレクも同じように縛られている。

 俺は青ざめた。これはどう考えても、口封じで始末される流れだ。

 何故か急に道に迷い、たまたま入った路地で、たまたま車の操作を誤り、たまたま怖い人たちの車にぶつかり、そしてたまたまマズい現場を見てしまった……これが、店長の言っていた『偶然を操る力』なのか?

「お、気が付いたか? もうすぐ着くから大人しくしとけよ……つっても、どんだけ大騒ぎしても、こんな山ん中じゃ誰にも気づいてもらえないけどな」

 男の一人が俺の顔を覗き込み、ナイフの刃でぺたぺたと頬を叩く。
 アブナイです、やめて下さい……。

 窓の外へ目をやると、もうすっかり陽が陰って暗くなっている。流れる景色はただ木々のみ。
 あぁ~、これ……殺して山に捨てるつもりだ。

「う~~~っ、……うぅ~~~……」

 猿ぐつわのせいで唸り声を漏らすのが精一杯だ。パトラッシュに助けを求めたいが、まともに言葉も発することができない。
 俺の欲望も考えも読めないんだよな……パトラッシュ。

 恐怖で涙目になり弱々しく首を振る俺を見て、何が楽しいのかナイフ男はニヤニヤ笑う。

「着いたぞ、降りろ!」

 車が停まる。アレクと俺は乱暴に車から引きずり降ろされた。

「もうちょい奥に行かないとな……ほら、歩け!」

 ナイフを突きつけられ、恐怖で震える足を叱責して歩き出す。
 俺はそこでようやく気付いた。隣を歩くアレクの額から血が伝い流れている。頭を殴られた時の傷だろう。アレクの足が心なしかふらついている。俺は鼻の奥がツンと痛くなった。

 このまま、人も来ない山奥へと連れて行かれて殺されてしまうのか。

 山道は足元も悪く、すぐ横は木々が生い茂る急斜面だ。
 殺されたら、こういうとこに投げ捨てられるんだろうか……父さん、母さん、先に死んでゴメン! ばぁちゃん、ひ孫の顔見せてやれなくてゴメン!!

 涙で視界が歪む――…その時、隣のアレクが急に動いた。

「…――っ!?」

 今の今まで、暴れたり抵抗することなく言われるまま歩いていたアレクに、男たちは完全に油断していたようだ。
 そしてそれは俺も同じだった。なんの心の準備もないままアレクの体当たりをまともに受けた俺は、見事にふっ飛び、さっきチラッと覗き込んだ急斜面をアレクと共に転がり落ちた。

「んん゛~~~~~~っ!!!!」

 猿ぐつわがなければ、『ぎゃ~~~っ!』と情けない悲鳴を上げていただろう。俺はアレクと団子状態のまま斜面を転がり落ちる。木の幹にぶつかり、大小の石だの枝だので体中あちこち打ちまくり、視界はぐるぐる回転する。

「逃げたぞっ!」

「バカっ! 何やってんだ! 探せっ!!」

 男たちの声が遠ざかる。しかし「助かった」なんて安堵の余裕はない。
 縛られているため手で頭を庇うことも出来ず、俺はまたしても頭をぶつけて意識を失ったのだった。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 生きてる……?

 ゆっくりと意識が戻って来る。体中傷だらけのはずなのに不思議と痛みを感じない。
 ただ、下半身がやけに冷たい。まるで自分の体じゃないように感覚がない。

 朦朧もうろうとする頭で、なんとか目を開くも視界がぼやけてよく見えない。
 小さな水音……?
 あぁ、そうか……転がり落ちたとこに川があったんだな。やけに体が冷たいのは、濡れて体温が奪われているからか。

 ぼんやり考えていた俺の体が、急にずるっと動いた。

「???」

 アレクが俺の服の背中側を咥え、ズルズルと引きずって川から引き上げようとしていた。
 猿ぐつわは外れたようだが体は縛られたまま、それでもアレクは何とか俺の体を川岸に移動させてくれる。自分で動きたいのに、俺は指一本動かすことができない。頭も体もまだちゃんと覚醒してないような、変な感じだ。
 俺の猿ぐつわもいつの間にか外れているのに、声が出ない。というより、口が動かない。

 俺を引き上げたアレクは苦し気な息を漏らした。
 アレクだって酷い怪我をしてるはずなのに……。

「そんなに怒るなって……」

 アレクの掠れた声が聞こえる。

「お前の大事な飼い主をこんなめに合わせたこと、本当に悪かったと思ってる。すまない――…」

 パトラッシュと話してるのか?
 何か言いたいのに、俺の唇はわずかに震えただけだった。

「俺は式神も使い魔も持ってない……だからお前しか頼れないんだ、パトラッシュ。尾張を呼んできてくれ、お前だってこのまま都築を死なせたくないだろ?」

 アレクはいったん言葉を切り、苦しそうに大きく息を吐いた。

「俺は犬神の契約に関して何も知らない。飼い主である都築以外の頼みを聞いてもらうには……どうしたらいいのかも分からない。……もし、俺の魂で事足ことたりるならお前にやる……だから、頼む。尾張を――……、……」

 言葉は小さく途切れた。

 胸の奥が痛い、熱い、苦しい――…体の痛みよりずっと、アレクの優しさが苦しい。
 俺は歯を食いしばった。涙が溢れる。

 橘もアレクも……皆、みんな……自分の命をなんだと思ってんだ!
 アレクの魂を代償に助かって、俺が喜ぶと本気で思ってるのか!?

 能力者なんてバカばっかりだ!!!!

 なんとか首を動かしてアレクの方を見た。暗くてよく分からないが、完全に意識を失ったのかピクリとも動かない。
 頬が熱い。俺の涙がぼたぼたと地面に落ちる。
 ようやく絞り出した俺の声は小さく掠れ、呟きにもならなかった。

「アレクの……っ……、……ば、か…………」
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