カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

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温泉編

アメノウズメ作戦

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 宴会場『白鷺』に五人が集まると、店長はまず橘を手招いた。

「橘くん、出来るだけ賑やかにしたいから、式神をたくさん呼び出してくれる?」

「分かりました」

「うん、僕も出すから」

 二人は背中合わせになり、それぞれが全く違う呪文のようなものをブツブツと唱えだした。
 様子を見守っていた俺の隣で、十和子さんが息をのむ。
 アレクは「おぉ!」と小さく感嘆の声を上げて周囲を見回した。

 きっとたくさんの式神やら使い魔やら、色んな「賑やかし隊」が召喚されているのだろう。
 俺だけ見えないのが何だか寂しい。

「さ、始めようか……まずは、乾杯だね!」

 店長は料理の並ぶテーブルの前に腰を下ろした。
 俺たち四人も座るが、ジンジャーエールのアレク、お白湯の橘、緑茶の十和子さんとオレンジジュースの俺……。お酒を飲むのは店長一人だが、気にしてる様子は全くない。

 それぞれが飲み物を手にすると、店長がご機嫌で声を上げた。

「かんぱーいっ!」



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 宴会を盛り上げる大変さを、俺は嫌と言うほど思い知らされた。
 社会に出てからも、忘年会などの幹事や盛り上げ役はなるべく御免こうむりたい。

 喉が枯れるほどカラオケを歌い、素面しらふで踊り、俺はへろへろのクタクタで畳に転がった。
 アレクが苦笑しながら近づいて来る。

「お疲れさん」

 アレクからオレンジジュースのコップを受け取り、俺はグビグビと喉を鳴らして飲んだ。
 渇いた喉にオレンジジュースが沁みるぜ!

「なんか……店長の口車にのって温泉旅行を楽しんでるだけな気がする」

「ま、いいんじゃないか? こんな圧巻の光景、なかなか拝めないぞ」

 アレクは楽しそうに広間のあちこちに目線をやっている。声もちょっと興奮気味だ。

「式神たち、そんなに凄いのか?」

「あぁ、今そっちで橘の式神と尾張の使い魔が相撲をとってる。盛り上がってるぞ」

 見たい……。

「それにしても、橘の式神はどれも本当に器量よしだなぁ」

 めちゃくちゃ見たい……!

 十和子さんも、笑顔で手を叩いて応援している。
 俺からすれば何もない空間だが、霊能力者たちから見ればもの凄く豪華なうたげなのだろう。アレクは楽しそうにジンジャーエールのコップを口に運んだ。
 
「パトラッシュも楽しそうに走り回ってるぞ」

 パトラッシュ、お前もちゃっかり楽しんでるのか……。
 一人だけ何も見えない俺は、ちょっぴりやさぐれ気分でオレンジジュースの残りをグイッとあおった。

 その時――……

「いらっしゃいましたっ!」

 十和子さんの声で空気が一変した。
 俺以外の全員が、宴会場の入口の方を見つめている。
 あそこにお座敷様が――…!?

 十和子さんが立ち上がり、ゆっくりとそちらへ近づいていく。
 畳に膝をつき、そっと両手をかざした。

 小さな女の子の目線に合わせて、その手を握っているかのようだ。
 俺は見えない分イマジネーションでカバーするしかない。

 橘もゆっくりとそちらへ近づいた。
 十和子さんの横に座り、優しい瞳で何やら話しかけているように唇が動いている。

「休戦はここまでだね」

 店長の声に驚いて振り返った俺は、目を見開いた。

「店長っ!?」

 すっくと立ち上がった店長は、先ほどまでのご機嫌へべれけが嘘だったかのように、印を結び、何やら護符のようなものを取り出して構えた。

「ちょ、何する気――…ッ、……」

「おやめ下さい、尾張さん! お願いします!」

 俺の言葉を遮るように、橘の声が響いた。
 見ると、橘が十和子さんを庇うように店長の前に立ちふさがっている。

 な、なんだ……これ……っ……嘘だろ!?

「この仕事はボランティアじゃないし、僕たちは正義の味方でもない。これは『仕事』なんだよ……どきなさい、橘くん」

 冷たく命じる店長を、橘は真っ直ぐ見据え、しっかりと迷いのない声で答えた。

「嫌です」

「ほぅ……やる気?」

 うっすらと笑みを浮かべる店長は、見たことがないほど冷たい瞳をしている。

 何でそんなに楽しそうなんだ! あんたはっ!!

 俺は弾かれたように店長へと駆け寄り、左右それぞれの手首をがっちり掴んだ。

「都築くんっ!?」

 拮抗きっこうする力で、店長の動きを何とか止めた。
 ぐぐぐぐ……と、お互い力を込めるもんだから両手がぷるぷる震える。

「こらっ! 放しなさいっ! 邪魔しないの!」

「邪魔してるのは店長でしょーがっ! まさか本気でお座敷様を捕まえる気だったなんて!」

 俺は店長の手首を握り至近距離で睨み合ったまま、背後の橘に叫んだ。
 
「橘っ! 今のうちだ、早くお座敷様を!」

「はいっ!」

 橘が十和子さんの方へ向き直り、印を結ぶ。
 その時、横でおろおろしているアレクに店長はまさかの指示を出した。

「アレク! 都築くんを取り押さえて!」

「えぇ~~~~っ!?」

 俺とアレクの声が被る。
 しかし、アレクはすぐに厳しい表情かおで近づいて来ると、ガシッと俺を背中側から羽交い絞めにした。店長の手首を掴んでいた手が離れてしまう。

「アレク! こんの――…っ、……店長の味方か~っ!?」

「すまん、都築! 俺は尾張の手伝いで来ているわけで……ッ……、……」

 アレクは苦悩の涙を浮かべ、謝りながらもガッチリと俺を捕まえて離さない。
 俺は必死で手足をばたつかせた。

「脳停止するな、バカっ! ちゃんと自分の頭で考えろ!! 本当にそれでいいのかっ!? アレクはお座敷様をまたあの部屋に閉じ込めていいって、本気で思ってるのかっ!?」

 アレクは一瞬、雷に打たれたような衝撃の表情を浮かべた。

「アレク?」

 アレクの腕から、ふっと力が抜ける。
 俺を解放したアレクはすぐに店長の方へと向かった。
 そして今度は、ガシッと店長を羽交い絞めにする。
 店長の手から護符がひらりと畳へ落ちた。

「裏切ったなっ! アレク!!」

 店長の悔し気な声が響く。
 もの凄い手のひら返しだが、上等だアレク!!

「すまん、尾張! 俺は自分の心の声に従う!!」

 葛藤から絞り出すようなアレクの叫び声を背中に、俺は橘と十和子さんの方へと走った。

「たちばなっ! 十和子さん! お座敷様は!?」

「大丈夫、これでお座敷様は自由ですよ」

 微笑む十和子さんは、上空へ向かって見送るように手を振る。
 印を解いた橘も、ホッとしたように体から力を抜いたのが分かった。

「成功か! 良かったーっ!!」

 俺たち三人は大喜びで抱き合った。
 後ろで店長の大きなため息が聞こえる。

「しょうがないな……一対四じゃ流石に分が悪い」

 振り返ると、アレクが店長を解放するところだった。

 料理の方へと戻り、腰を下ろした店長は酒へと手を伸ばす。
 ちょっと拗ねたように口を尖らしている。
 ご機嫌ななめになってしまったが仕方ない。

「でも、店長が本気でお座敷様を捕まえようと思ってたなんて……正直、ちょっとショックだ」

 クールでドライな人だとは思ってたが、さすがに今回ばかりは……複雑な気持ちで呟いた俺に、近づいてきたアレクが首を振った。

「尾張が本気を出せば、俺なんか簡単に動きを封じられてたはずだ。だが尾張はそこまでしなかった。……もしかしたら、尾張も本当は止めて欲しかったのかも知れないぞ」

「…………そうなのか」

 あぁもう、分かりにくい人だなぁ!
 もうちょっと素直になれないのか?

 俺は料理をつついている店長の傍へと近づき、頭を下げた。

「手首、赤くなっちゃいましたね……すみません」

「あぁ、……うん、大丈夫」

 やっぱりまだちょっと拗ねているような表情だが、本気で怒ってるようには見えない。
 店長は気持ちを切り替えるように小さく息を吐いた。

「アレク、車に積んでた例のやつ、出してきてくれる?」

「例の? あぁ、あれか! 分かった……!」

 アレクはすぐに宴会場を出て行った。
 例のやつ??? なんだろう……。

 それまで黙っていた橘が、思い切ったように口を開いた。

「お座敷様を解放してしまったこと、女将に謝罪してきます」

「私も一緒に参ります」

 歩き出す橘に十和子さんが続く。

「俺も行く!」

 追いかけようとした俺の背中に、店長の声が飛んできた。

「ちょっと待った。お座敷様の代わりとして用意しておいた物を、今アレクに取りに行ってもらってるから。それが来てから、僕が女将と話をするよ」

「えっ!? 店長、そんなの用意してたんですか?」

 俺だけじゃなく、橘と十和子さんも驚いて振り向いた。

「当たり前だろ、『仕事』だからね。たとえ依頼に添えなかったとしても、きちんと補填ほてんできるようにしておくものだよ」

 店長は涼しい表情かおで、くいっと日本酒をあおった。

 それならそうと、どうして最初から言っといてくれないんだ!?
 俺はあんぐりと口を開け、バカみたいに目をパチクリさせて店長を見た。

 あぁもう! 本当に!!
 この人には一生かなわないような気がする。
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