カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

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深淵編

脱出

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 俺は震える手でアレクの服を掴み、自分たちを取り囲む村人達を睨みつけた。
 
 涙が溢れる。悔しい、泣きたくない!
 今は恐怖より怒りの方が大きかった。

「あんた達、どうかしてるっ! 悪魔なんか……っ、悪魔なんかクソッくらえだっ!!!!」

 怒りに任せて叫ぶ。…――と同時に、村人達は急にバタバタと倒れた。
 まるで糸が切れた操り人形のようだ。
 意識を失った? 全員一度に?

 橘と店長の結界が完成したのか……。

「アレク! アレク! 頼むから死ぬな! アレクっ!!」

 俺はぼろぼろ零れる涙も気にせず、必死でアレクの名を呼んだ。
 救急車! そうだ救急車を呼ばないと!!
 スマホを引っ張り出すが…――、あぁ! ここは圏外なんだった!
 俺の手からスマホが滑り落ちた。

 どうしよう、どうしたらいいんだ!?

 ほとんどパニック状態でおろおろするだけの自分が腹立たしい。
 俺はまともな応急処置も何も知らない。
 自分の不甲斐なさに、鼻の奥がツンと痛む。

 ふいに、アレクの手が動いた。

「――…?」

 見ると、アレクは自ら腹に刺さっているナイフを引き抜き、地面に捨ててしまう。

「ちょ、それ抜いたらすごい出血とかがががががが」

 日本語がおかしいのは、目の前の光景を頭が理解できないからだ。
 アレクは服の下……内ポケットから聖書を取り出した。
 聖書の革表紙にはナイフが刺さった痕が、深い傷になっている。
 つまり――…。

「すまん、都築……俺は刺されてない」

 ものすごーくバツの悪そうなアレクの声。
 謝るな! バカ!!!!
 俺がハズカシイだろ!!

「都築さん! アレクさん!」

 橘と店長が駆け寄って来た。

「アレク? 怪我したのか?」

 店長の問いかけに、アレクと俺は激しくブンブン首を振った。

「何でもないっ! 大丈夫だっ! 大丈夫っ!! それより結界は? 村の人達が急に倒れたんだけど、結界が張れたってことだよな?」

「はい! もう悪魔はこの土地に寄り付くこともできません。あの人達も目覚めたら、どうしてこんなに夜宴サバトにのめり込んでいたのかって不思議に思うはずです」

「そうなのか……」

 俺達は倒れている村の人達をその場に残し、山道を下った。
 正直めちゃくちゃ疲れていたが、一刻も早くここから離れたかった。

 村を抜け、けもの道を通ってバス停まで誰も言葉を交わすことなく、ただひたすら歩いた。
 バス停に着くと同時に橘が地面にへたり込む。

「す、すみません……ちょっと足がもつれて……」

「あれだけの結界を作ったんだ。限界だね」

 店長の言葉を聞き、俺は橘をバス停のベンチに座らせてやる。
 
 これ以上橘に無理させるわけにはいかない。
 下山することは諦め、俺達はバス停で朝まで過ごすことにした。
 念のため交代で見張りながら、二人ずつバス停のベンチで休もうという店長の提案に、誰も異論はなかった。

「何かあったら、すぐに起こして下さいよ?」

「分かってるって。ほら、都築くんも体力限界だろ? さっさと休んだ方がいい」

 店長に促され、俺と橘はベンチに寝転がった。
 しばらくして橘の寝息が聞こえ始める。

 怖い思いして、力も使いまくって……こいつが一番大変だったよな。
 俺も疲れているはずだが、変に目が冴えて眠れない。



 バス停には灯りもなかったが、月明りのおかげで周囲の様子は分かる。
 遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声はフクロウだろうか。
 ようやく俺はうとうとしかけた。

 その時、ふいに店長が動く気配。

 横になったまま視線だけ向けると、店長がポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けるのが見えた。
 前に禁煙したって言ってたのに……。

「いるか?」

「いや、いい……」

 店長の問いにアレクは首を振った。
 ゆっくりと煙を吐き出した店長は、もう一度ポケットを探って何かを取り出し、アレクへ投げてよこす。

肋骨あばら、折れてるだろ。鎮痛剤だ、飲んどけ」

「都築と橘には言うなよ」

 アレクは受け取ったそれを口に放り込み、ガリガリと噛み潰した。

「別に隠す必要ないと思うけど……」

「かっこいいだろ?」

 ニヤリと笑うアレクの横顔……、俺は目を閉じた。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 明日、橘が京都へ帰るということで、カフェバー「ムーンサイド」は貸切で送別会が行われていた。

 カウンターに所狭しと並ぶ店長の自慢の手料理を、俺とアレクはもりもり食べる。
 橘は店舗奥のソファセットで、千代ちゃんと十和子さんに挟まれて質問攻めにあっていた。

「やっぱ陰陽師の人気って、別格なんだなぁ」

 橘たちを眺めつつ、俺は唐揚げを頬張った。
 うっま! ……皮はパリサクで、旨みたっぷりの肉汁が口の中に溢れる。

「そりゃそうだ」

 アレクはジンジャーエールのグラスを口に運んだ。
 店長が厨房からペットボトルをいくつか抱えてくる。

「飲み物のお代わりは大丈夫?」

「カウンターにペットボトル並べとけば皆勝手に注ぎますって! ほら、店長も一緒に食べましょう!」

「ま、身内ばっかりだし……それもいいかな」

 店長が俺の隣に座る。

 こうして店長の美味しい料理を食べられるのも、生きて帰ってこれたからだ。
 俺はしみじみと村でのことを思い出していた。

「それにしても大変でしたね……でも、村の人全員が全員……悪魔を信仰しちゃうなんて、……」

「んー、元々は廃村状態だったとこに、悪魔信仰の人達が儀式のために集まってたんじゃないかな……あのままだったら、どこかでまた子供が行方不明になってたと思う」

 店長は取り皿にサラダを取り分けながら軽く首を傾げ、物騒な事を口にする。

「でも、なんでわざわざあんな田舎で?」

「村人全員が共犯なんだから、何をしても外部に漏れることはないだろ? 都心の繁華街に行けば家出してきた中高生なんかいくらでも手に入る。そしてあの村に連れてくれば生贄の片付けも簡単だ。日本って国は遺体さえ見つからなければただの行方不明。『事件』にはならないからね」

「…………」

 橘が空になったコップを手に、カウンターの俺達の方へ来た。
 お代わりを注ぐとか何とかいって、千代ちゃん達のところから逃げ出してきたのか。

「昨日、花山さんから連絡がありました……あの絵画、暗い森の絵から綺麗な山の風景に変わったって。……花山さんのお父様も、まだ入院中ですが回復に向かってるそうです。僕の『お仕事』も無事完了です。本当にありがとうございました」

「そうか……あの絵が。目くらましがとれて本来の姿に戻ったってことだね」

 店長は軽く頷き、生ハムサラダを口に運ぶ。

「結局、あの絵は何だったんでしょう? どうして同じものを何枚も描いてたのかな……」

 俺の疑問に、それまで黙っていたアレクが口を開いた。

「あの村には近づくな、という警告。もしくは俺達みたいなのを呼び寄せるための――…。描いた本人が亡くなってしまってるから本当のところは分からないが、悪魔によって目くらましが施されていたくらいだ。俺は警告してくれていたと思いたいな」

「そっか……うん、そうだな」

 店長が何やら思い出したように立ち上がると、カウンターの奥から紙袋を手に戻って来た。

「結界を張るのに借りた物、もう使えないから新しいのを用意したよ。アレクにはロザリオ、橘くんには念珠、都築くんにはトランプ」

 店長は紙袋から一つずつ取り出し、それぞれに渡してくれる。
 まるでプレゼントのように綺麗な包装紙で包まれたそれを受け取り、俺はちょっと感動してしまう。

「気にしなくていいのに……」

 なんて言いつつも、アレクは嬉しそうに包装紙を剥がして箱を開けた。気に入ったようで、さっそく手に巻いてみたりしている。

「僕にまで……ありがとうございます」

 橘が開いた箱には、透明な珠が綺麗に並んだ数珠のようなものが入っていた。それを箱から取り出した橘は店長にぺこりと頭を下げた。

「大切に使わせていただきます」
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