カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~

みつなつ

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お仕事編

旧校舎の霊

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 ずいぶん長い間使われていなかった旧校舎は、学生の間で色んな噂話や怪談話のネタにされていた。木造校舎はあちこち白蟻にでも喰われているのか柱はぼろぼろ、蜘蛛の巣も張っていてかなり不気味だ。確かに肝試しのコースにはぴったりだった。

 隣を歩く店長は心なしか顔色も悪く、辛そうだ。きっと悪霊かなにかの影響を受けているのだろう。もちろん俺は、寒気もしなければ頭痛も起こらず、肩が重くなることもないのだが……。
 
「店長、聞いていいですか?」

「なに?」

 沈黙に耐え切れず、俺は気になっていたことを質問してみることにした。

「店長って……霊能力者、陰陽師、エクソシスト、霊幻道士……どれなんですか?」

「……っぷ」

 店長が小さくふき出す。俺、そんな変な質問しただろうか……。
 俺たちは廊下突き当りの階段を上ってゆく。さっき店長が睨んでいたのは三階だったな。

「まず、エクソシストはカトリックの司祭以上でないとなれない。そして、陰陽師としての能力は遺伝的な部分が多いんだ、ゆかりある血脈に属さない者はなれない」

「へぇ~……」

 知らないことばっかりだ。店長、さすがその筋の人……詳しいんだな。

「それから、霊幻道士っていうのは古い中国映画に出てくるネクロマンサーみたいなものじゃなかったかな……会ったことないから詳しくは知らないけど」

 エクソシストと陰陽師には会ったことあるのか……。

「つまり、店長はそれ以外の……?」

「僕はどこかの寺で修行したこともないし、除霊方法も全部自己流。どこの流派でもない。だから、何ものかと聞かれても困る……」

「あー、じゃあ野良霊能力者ですね!」

「……野良……もうちょっと、言い方……」

 話しながら階段を上がってゆく、二階はスルーしてそのまま三階へ。
 俺は店長についていくだけだ。
 先を行く店長の足取りがどんどん重くなっていくのが分かる。

 三階に着くと、店長はいったん立ち止まり大きく一つ深呼吸した。俺も一応マネしておく。店長が歩き出す。ギシ……ギシ……、木の床が軋む。店長はきゅっと口を引き結び、厳しい表情かおをしている。
 もう話しかけられる雰囲気ではなかった。

「……ここだな」

 一番奥の部屋の前で店長が足を止める。店長はドアに手をかけ、ゆっくりと慎重に開いた。しかし中には入らない。俺は店長の横から室内を覗き込んだ。

「一ノ瀬!! 二宮さんも、みんなっ!!」

 部屋の奥に数人の人間が横たわっている。見つけた!

「女の霊がいます! その子たちの生気を吸い取っている……っ、……」

「えぇっ~!? す、吸い取ってるっ!?」

 店長にはどんな恐ろしい光景が見えているのだろう。何やら印を結び、またしても謎の呪文のようなものを唱えはじめた。ひどく苦し気な表情、息も荒い。

 除霊しようとしているのか。俺は……えぇと、俺は何をすればいいんだ?
 店長と一ノ瀬たちを見比べる。

 店長が急に横へ飛んだ。鋭利な刃物にでも切られたかのように店長の服の袖がぱっくりと裂ける。なんか分からんが、かなり危ない攻撃っぽい。

「――…くっ、……強いっ!」

 しかし霊が見えてない俺には、店長が今どんな恐ろしいものと対峙してるのかも分からない。祓い屋のアシスタントだというのに……時給も倍もらってるっていうのに! 何か、何か手伝えることはないのかっ!?

「店長っ! そいつは、どんな奴なんですかっ!?」

「元はそれほど強い地縛霊ではないけど、その子たちの生気を糧に力を強めてしまったようだ……っ、……今は僕が生気を吸い取るのをやめさせてるけど、どれくらいもつか……」

 地縛霊ってことは、この場所に憑いてるってことだよな……だったら、一ノ瀬たちをこの建物から連れ出せば霊と引き離すことができるんじゃないか?

 前に店長から教えてもらったように、普通の人間なら霊から何らかの影響を受けてしまうんだろう。一ノ瀬たちのように気を失ったり……でも、俺は……俺なら!!

「店長! 俺が一ノ瀬たちを連れ出しますっ!」

「都築くんっ?」

 俺は皆の元へ駆け寄り、とりあえず一ノ瀬の体をガクガク揺さぶってみる。

「一ノ瀬っ! おいっ! しっかりしろ! 起きろってばっ!!」

 しかし一ノ瀬の四肢は力なくダランと垂れたままピクリとも動かない。……仕方ない、パパパパーンッ! と平手で往復ビンタしてみた。しかし反応なし……一ノ瀬の両頬が赤く腫れあがっただけだった。やっぱり起こすのは無理か。一人ずつ引きずってでも外へ運び出すしかない。

 俺は一ノ瀬の体を持ち上げようと力を込めるが、……重い!!
 そういえば、町内会の消防訓練で、意識のない人間の体は重くて運ぶのが大変だと習ったな。俺はムキムキの力自慢じゃない、一介のインドア派大学生なのだ。一ノ瀬の体を起こし、背中側から両脇の下に腕を差し込むと、引きずるようにして廊下へと引っ張り出す。
 これならいけるかも! 俺はそのまま一ノ瀬の体を階段まで引きずっていった。

「……階段っ」

 少し迷ったが非力な俺にはこの運び方しかできない。
 俺は一ノ瀬の体を引きずりながら階段を下りだした。俺が上体を持ち上げてるから頭を打つことはないが、足腰は階段にぶつけまくりだ。
 こりゃ、打ち身だらけになるなぁ……すまん、一ノ瀬!

 一ノ瀬の体を引きずって階段を下りきった時には、俺は汗びっしょりだった。かなりの重労働だ。しかし休んでる暇はない。俺は一階の廊下も必死で一ノ瀬の体を引きずり、なんとか旧校舎の入り口まで運んだ。

「はぁ、はぁ……ふぅ……っ……」

 見ると、旧校舎に入ったすぐのところで五十嵐が意識を失って倒れている。中の様子を伺おうとちょっと入って来てしまい、霊の影響を受けたに違いない。

「お前……俺と店長が戻らなかったら、どっかに連絡するって超重要任務があるんじゃないのか? こんなとこで倒れててどーする!」

 聞こえてないと分かってはいるが、俺は五十嵐を叱りつけ、一ノ瀬に続いて五十嵐の体も校舎の外へと引きずり出したのだった。

 俺はそのまま取って返し、三階へと階段を駆け上がる。
 さっきの部屋では、店長が霊との戦いの真っ最中だった。見えない俺にどちらが優勢かは分からないが、とにかく頑張れ! 店長!! 俺はゼーゼー荒い息を整える間もなく、二宮さんの体を運び始めたのだった。

 全部で九人。後半、全く見ず知らずの男を運ぶ時には、もういっそのこと窓から放り出してしまいたい衝動に駆られた。
 しかし俺はやりきった!
 最後の一人を校舎から運び出すと同時に俺はその場に倒れ込む。全身から噴き出す汗、体中の筋肉が悲鳴を上げ、息を吸うのも苦しい。指一本動かせる状態じゃなかった。五年分は働いた気がする。

 店長、……後は頼みます…………。

 静かに目を閉じる、できることは全てやった。俺はゆっくりと意識を手放した。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 目覚めると病院だった。
 店長が警備員を呼び、俺は行方不明者たちと一緒に救急車で病院へ運ばれたらしい。

「お友達の皆、衰弱はしてるけど命に別状はないらしいよ。良かったね」

「……はい」

 病室のベッドで横になったまま、俺は店長を見上げる。見舞客用の椅子に腰かけた店長は、いつもの穏やかな笑顔だ。その様子から無事に除霊できたのが分かる。

「あの霊って、いったいどういう……?」

「ずいぶん前から旧校舎にいたようだね。学生が一人や二人だったら、少し怖がらせるくらいで済んだかも知れない。でも今回は人数が多かった。騒がしくして怒りをかってしまったんじゃないかな……」

「俺たちが行かなかったら?」

「死ぬまで生気を吸い取られていただろうね……」

「…………」

 窓から柔らかい風が流れ込み、白いカーテンがふわりと揺れた。

「店長……皆を助けてくれて、ありがとうございます」

「都築くんこそ、あれだけの人数を運び出すのは大変だっただろう? よく頑張ったね、お疲れ様」

 労いの言葉が心に染みる。全身筋肉痛でしばらく辛いかもしれないが、そんなのは些細なことだ。
 俺は心地よい疲れに身を任せ、再び目を閉じようとした……その時、

「それで除霊の代金なんだけど……請求書、ここへ置いておくよ」

「…――は???」

 信じられない言葉に慌てて目を開くと、店長が請求書らしい紙をサイドテーブルへと置く。

「……お金、取るんですか……?」

「もちろん、ボランティアで祓い屋をやってるわけじゃないから。今回は都築くんからのお仕事ということで、社員割引として通常料金の7割にしておいたよ。一括払いが難しいようなら、毎月のバイト代から天引きの分割払いという形でも大丈夫」

 仏様のような笑顔で鬼のようなことを抜かす店長に、俺は酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。

 ……辛い。
 俺は就職するより前に、バイトで世間の厳しさを学んだのだった。
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