積年日々チョコレート

ちえ。

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スウィート、スウィート、バレンタイン

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 赤らんだ顔にうっすらと汗を滲ませたまま、尚は眠っていた。
 その前髪をかきあげ、額を撫でてみると湿った肌はまだ熱い。
 しっかりとシャワーを浴び直し、着替えて戻ってきた俺の体温の方がまだ幾分冷えている。
 寝苦しそうに眉根を寄せている尚を起こすべきか、寝かしてやるべきか。
 冷蔵庫に常備しているスポーツドリンクのペットボトルを片手に、尚の髪を何度も撫でていると、身じろいだ頬が掌に擦り寄って、しばらくぐずって瞼が開いた。

「ほら、尚。水分摂って」
 冷たいペットボトルを頬に押し当てると、尚は驚いたようにぱちりと瞬いてから慌てて受け取った。
「あ、…ありがとう、泰知」
 普段通りに向けられた視線が俺と絡むと、尚は照れたように俯いて唇を緩ませる。
 浮ついた意識が垣間見えたみたいで、ぶっちゃけかなり可愛い。

 うん、可愛い。
 尚は最初から可愛かった気もするし、今目の前で格別な気もしてる。
 鈍感力が振りきれているだなんて言われる事が多々ある俺だけれど。
 俺が尚とずっと一緒に居続けていたのは、それが尚だったからだと今更に認識した。
 つい頭を撫でたくなるのも。一緒に暮らしたくなったのも。尚以外のチョコレートを受け取らなくなったのも。
 多分、無意識に、尚が可愛いと思ってたからで。


 ゆっくりと上半身を起こして、もぞもぞとスポーツドリンクを飲む尚の姿を見つめる。
 音を立てて上下する喉仏。はらりとずり落ちたバスタオルから覗いた、薄く筋肉の乗った腕と胸元。投げ出した脚も、柔らかそうというよりはすっと引き締まっていて。
 どこから見たって俺と同じ男なのに。
 気付いてしまえば、その一つ一つが、ひどく扇情的に見えた。
 男前にぐいぐいとペットボトルの中身を減らしていく尚の鳴らす喉の音すら、心の深くに潜んでいる熱情をちりちりと煽る。

 乾いた身体を潤して、深く息を吐き出した濡れた唇を衝動的に奪う。
 ちゅっと啜った冷たい唇からは、僅かな塩味を含んだ味と香り。
 きっと口の中も、なんて。
 欲張って止まらなくなりそうなのは、仕方ない。
 今まで尚をそんな目で見たことなんてなかったから。
 こんなに甘くて美味しそうな事を知ってしまえば、止められない。
 というよりも、止めたくない。


 ベッドに片膝を乗り上げて、尚の唇を何度も啄む。
 尚が照れながら瞼を閉ざして俺の唇を啄み返す。
 重なった瞬間に捕えて食んで。舐め上げて。時折深くなるキスに、不規則に混ざる濡れた音と乱れた吐息。
 戯れる間に零れる笑い。夢中で追い、追われる内に気づけば崩れるように身体が重なって。
 とろりと熱っぽく蕩けた尚が呟く。

「……泰知、好き。……ずっと、ずっと、大好き」
 触れ合う肌に新しい鼓動が芽生えたみたいに、尚の想いが伝わってくる。
「………夢、みたい」
 切なげに笑んだ目じりにキスを落として、至近から尚の顔を覗きこむ。

「そっか。俺も、多分。ずっと、尚が好きだった」
 多分、自分でも思いも寄らなかっただけで。
 この特別を、そう言葉にするとしっくりと心に馴染んだ。
「それを今日、自覚したらさ……」
 全部目の当たりにして、自覚して、理解したら。溢れだした色々なものがあまりにも愛しすぎて。
 尚の背を片手で抱き寄せて、身を寄せる。
 混ざり合った体温はもう同じだけ熱くて、切ない。
 香る、甘い甘い尚の匂い。五感の全部で尚が痺れそうな程に甘くて。
「……尚が一番、美味しそうだって気づいた」


 思う存分、尚の甘い肌を味わって。
 馴染むほどに舌を絡めあって。
 少しぎこちなくいちいち照れてしまう尚と、初めての恋人生活に乗り出して。
 初めて一緒のベッドで寝起きした。
 正直、下心なんてものは制御するのにも多大な忍耐を要するほどに膨れ上がってるものの。
 今まで考えた事がなかったから、どうしていいかわからなかったのだ。
 不純な純愛も悪くないと、今日の所はまだ納得する事にした。
 ムズムズと心が疼いて、そう尚に伝えると真っ赤になって挙動不審になっていたけど。

 それがまた可愛くて、俺の日々の幸運は格段にレベルアップしたと思う。
 もうこの世の誰にだって負けないんじゃないかな。


 初めて尚の寝顔を隣で見つめながら迎えた、最高に甘いバレンタイン。
 冷蔵庫には尚の作った絶品ののチョコレート。
 そして、チョコレートより甘い尚が、肌を寄せて無防備に眠っている。

 格段に美味しい俺と尚の日常は、きっとこれからも当たり前のように続いていく。
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