積年日々チョコレート

ちえ。

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バレンタインのいいわけ(side 尚)

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 夢を見ているのかもしれない。
 甘くて、ふわふわして、幸せな。
 でも、夢だとしたらちょっと欲求不満なのかなぁ。だって、泰知がエッチすぎる。

 吐く息が熱い。全身に巡りすぎた血流に翻弄されて、くったりと力が入らない身体。
 ぼーっとしたまま、ぐるぐると熱が回った思考がおんなじ事ばかり考えて。
 嬉しくて幸せな余韻にずっと浸ってる。
 いつの間にか目の前に現れていた泰知に真っ直ぐ見つめられて、急に恥ずかしさが込み上げた。
 現実感の薄い、さっきの。
 どこまでが本当でどこからが妄想なんだろう、なんて不安が過った刹那、また泰知の唇が降ってくる。

 今日隕石に当たって人生強制終了されたとしても、もう悔いはない。
 泰知の離れて行く顔すら、格好よくて。心臓、よく止まらなかったと思う。
 悶えて思わず顔を覆ってしまった。

 それなのに、泰知は俺を真っ直ぐ見つめたままで。
 緩んだ口元から、いつもより甘い笑いの音を響かせた。
「尚、俺さぁ」
 優しい指先に、髪をかきあげられる。
 いつも、その度に、俺がどれだけ嬉しくてドキドキしてるのかなんて気づかない、鈍感な泰知。
「お前の事、すっげー好きみたい」

 息が止まった。
 どすりと射抜かれた心臓が痛くて、狂おしくて、嬉しすぎて涙が滲む。
 積年。
 一方通行でしかないこの想いに、泰知が気がつく事なんてなくて。応えて貰える日がくるだなんて、考えたこともなくて。

「お前も、俺の事、すっげー好きだよな?」
 尋ね返す声に、脱力した身体で全力で頷いた。


 泰知と出会ったのは、中一の頃。
 いつだって周囲の人間を引き付ける、明るくてフランクな泰知は皆の人気者だった。
 俺はといえば、その頃には引っ込み思案も極度すぎて。
 泰知の存在は知っていたけれど、近づこうと思った事もなかった。

 二年になって、同じクラスになった。学年の初め、俺たちは隣の席だった。
 それから、初めて話した。
 対人緊張が強すぎて、時々吃音まで出てしまう俺を奇異な目で見ることもなく、自分と同じ土台で扱う華やかな泰知。
 憧れた。
 泰知が格好よくて、友達として扱ってくれることが嬉しくて。浮き立った。
 世界中とだって仲良くできるんじゃないかっていうような泰知の隣にいると、俺も普通に他の皆との隔たりなんかなくなってきて。
 人見知りには違いないけれど、緊張しなくなれば普通に接することだってできて。
 一生日陰から出ることはないと思っていたのに、気がつけば泰知と同じ太陽の真下を歩いてて。
 憧れる、と同時に。焦がれて仕方なかった。


 泰知は甘いものが好きだ。
 それを知った女の子たちが、四季折々に手作りのお菓子を手渡す。
「折角作ってくれたんだから」
 そう言って泰知は、何の疑いも持たずに喜んで食べる。

 寒い冬の日。チョコレートの海に沈んだ泰知を見て、心の奥に嫉妬心が生まれてきた。
 俺だって、女の子だったなら。
 泰知にお菓子を作って渡せたのに。そうしたら泰知は、きっとあんなふうに喜んで食べてくれたのに。

 渡せないお菓子を作った。
 泰知が喜んでくれる姿を思い描いては、何度も何度も作った。
 何年もそんなどうしようもない妄想を繰り返しながら、何食わない顔で泰知の友達でいた。
 お菓子作りの腕前だけは着々と成長し、そこらの製菓店のショーケースに劣らない出来のお菓子を作り出せるようになった時に、ふと閃いた。
 お菓子作りの職人になれば、作ることも食べてもらうことも容易なんじゃないかって。


 泰知の隣に居続けた高二の夏、何となくまた泰知を追っかけようかと考えていた進路を変更した。
「お菓子作りにハマってて。製菓の専門学校に通おうかなって」
 ドキドキしながら、泰知に伝えた。
「そっか、何か尚に似合う気がするな。俺にもいつか食わせて」
 屈託なく笑った泰知の笑顔に、心臓が打ち震えて、泰知に何を食べて貰うかで頭がいっぱいになった。

 それから、何度か試作品と銘打って泰知にお菓子を作った。
「尚、コレ、すっげー美味いよ」
 泰知は大げさなくらい、手放しで褒めてくれて、喜んでくれて。
 長年の夢を叶えた俺は、すごく幸せだった。

 泰知が喜んでくれるから。
 お菓子だけじゃなくて他の料理もちょくちょく差し入れるようになった。
 俺が作ったものを、泰知が嬉しそうに食べてくれる。
 これ以上ない幸せだと思って噛みしめていた時に、泰知はさらりと言った。
「尚、俺が大学受かったらさ、一緒に住まねぇ?学校、近いし」
 泰知は家事が苦手らしい。
 願ったり叶ったりの幸運。もちろん飛びつかない筈がない。


 高校卒業を控えたバレンタイン。
 俺は、菓子職人を目指すという言い訳を手に入れて、初めて泰知にチョコレートを渡した。
 シンプルな型の内側には、この数年考え続けたガナッシュやピューレやクリーム。
 素材から配合割合まで、何度も何度も試行錯誤して作り上げた集大成。渾身のチョコレート。
 今まで見たどんな顔よりも、泰知はとても幸せそうに笑って。
 美味い美味いって、たいらげてくれた。

 一緒に暮らすようになってから、毎日、毎日、泰知が俺の作った料理を食べてくれる。泰知が喜んでくれるのが幸せで、俺は毎日料理とデザートを並べる。
 俺は、幸せすぎるくらい幸せだと思ってた。
 この想いが一方通行だとしても。


 身を翻そうとした泰知の腕を、思わず咄嗟に掴む。
 まだ浮ついて思考の鈍った頭の中で、今泰知と離れたら全部夢になってしまうような不安が過った。
 夢だとしても、まだ醒めたくない。

 寄った眉根を指で突っつき、泰知がふっと笑う。
「そこで寝てていいからちょっと休んでろよ」
 それから、一度身を寄せて、耳元に唇を寄せて囁く。
「それともヌく暇すら与えないってほど、鬼畜なの?尚は」
 揶揄かうような声音に、羞恥と共に甘ったるい痺れが身の内側を駆け巡った。
 のぼせて力の入らない身体で視線だけ動かして、確認しようとつい泰知の下半身に向けて。その反応を確かめて、またじんじんと腰の奥が痺れる。
 触りたい、けど。疲れ果てた俺の身体はもう限界で。
 それを察してでもいるかのように、泰知は笑いながら額にキスを落として、浴室へと戻って行った。
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