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美味しい日常
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「おかえり、泰知。今日は昨日のを少し改良してみたんだけど」
玄関のドアをくぐれば、腹の虫が騒ぎだすような、小洒落たレストランのような匂い。その中に漂う、甘く芳ばしい焼けたバターと小麦粉、そしてチョコレートの甘さ。
俺の足音に気づいて、ダイニングキッチンから顔を覗かせて出迎えたエプロン姿の同居人は、今日もキラキラとした顔で笑う。
「ただいま、尚。今日も美味そうな匂い。楽しみだな」
普段は跳ね放題の癖毛をきっちりまとめあげた、エプロンとお揃いの深緑色の三角巾の上をぽんと撫でて、一緒に室内へと向かう。
小柄な尚の頭は、背が高い俺よりも顔半分くらい低い場所にあり撫でやすい。
尚がそういう扱いを嫌がらないのもあるけど。
上原 尚と俺は、中学の時からつるんでる友達だ。
同じ高校に進み、俺は大学進学、尚は専門学校と進路が別れたものの、通う先の距離は近くルームシェアをしている。
尚が通っているのは製菓の専門学校だ。
尚と暮らしてもう二年目。毎日家に帰ると、最高の夕食とデザートが待っている。お菓子作りだけでなく、尚は料理が全般的に上手だった。
三月に卒業を控えている尚だが、今は二月のバレンタインコンクールに向けてのデザート開発に励んでいる。
毎日チョコのデザートが食卓に乗るのだが、それがまた美味しくて飽きることがない。
尚が専門学校に進む前、高校三年の頃から、俺にとってバレンタインは尚のチョコレート菓子を食べるイベント期間だった。
お陰で溜まるカロリーを消化すべく、俺は運送屋の倉庫でアルバイトをしている。肉体労働の後の尚の食事は、一日のご褒美のようですらある。
正直、誰にともなく申し訳ないほどの厚遇。これだけのものを毎日提供されている俺の強運はハンパないと思う。
「どう?濃厚なのもいいけど、この時期チョコレートってちょっと飽きるかなぁっていう思いもあってね。ガナッシュ風のクリームとフルーツソース、ココアスポンジはだいぶ軽くしてね…」
口も腹も大満足の夕食後、コーヒーと共に差し出されたのはケーキが三つ乗ったお皿。どれもが店頭のショーケースに入っていてもおかしくないような、むしろその中でも目を引くであろう見た目をしている。
薄紅のハート型のムースに、シンプルなチョコ色の正方形の上に縁だけ赤いハートのホワイトチョコで薔薇を描いたもの、艶やかな小さな円形の上にハートのマカロンとたくさんの飾りが乗ったもの。
尚の試作品は、俺からするといつだってどれも完成品としか思えない。それでも尚は二人で一緒につっついて試食し、参考にもならないだろう俺の適当な意見を聞くのが良いのだという。
嬉々として自分の作品を説明する尚は、俺がケーキを口に含む姿を見て蕩けるような幸せそうな笑みを浮かべる。
本当にお菓子作りが天職なんだろうなと疑えない。この辺りでは有名な製菓店への就職先も決まっていて、春からは晴れてプロだもんな。
尚と俺の日常は、いつの間にか当たり前のようにいつもこんな形だった。
それを疑問に思ったこともなかったし、どこか当然のようにも思っていた。
少しも深く考えることもなく。
玄関のドアをくぐれば、腹の虫が騒ぎだすような、小洒落たレストランのような匂い。その中に漂う、甘く芳ばしい焼けたバターと小麦粉、そしてチョコレートの甘さ。
俺の足音に気づいて、ダイニングキッチンから顔を覗かせて出迎えたエプロン姿の同居人は、今日もキラキラとした顔で笑う。
「ただいま、尚。今日も美味そうな匂い。楽しみだな」
普段は跳ね放題の癖毛をきっちりまとめあげた、エプロンとお揃いの深緑色の三角巾の上をぽんと撫でて、一緒に室内へと向かう。
小柄な尚の頭は、背が高い俺よりも顔半分くらい低い場所にあり撫でやすい。
尚がそういう扱いを嫌がらないのもあるけど。
上原 尚と俺は、中学の時からつるんでる友達だ。
同じ高校に進み、俺は大学進学、尚は専門学校と進路が別れたものの、通う先の距離は近くルームシェアをしている。
尚が通っているのは製菓の専門学校だ。
尚と暮らしてもう二年目。毎日家に帰ると、最高の夕食とデザートが待っている。お菓子作りだけでなく、尚は料理が全般的に上手だった。
三月に卒業を控えている尚だが、今は二月のバレンタインコンクールに向けてのデザート開発に励んでいる。
毎日チョコのデザートが食卓に乗るのだが、それがまた美味しくて飽きることがない。
尚が専門学校に進む前、高校三年の頃から、俺にとってバレンタインは尚のチョコレート菓子を食べるイベント期間だった。
お陰で溜まるカロリーを消化すべく、俺は運送屋の倉庫でアルバイトをしている。肉体労働の後の尚の食事は、一日のご褒美のようですらある。
正直、誰にともなく申し訳ないほどの厚遇。これだけのものを毎日提供されている俺の強運はハンパないと思う。
「どう?濃厚なのもいいけど、この時期チョコレートってちょっと飽きるかなぁっていう思いもあってね。ガナッシュ風のクリームとフルーツソース、ココアスポンジはだいぶ軽くしてね…」
口も腹も大満足の夕食後、コーヒーと共に差し出されたのはケーキが三つ乗ったお皿。どれもが店頭のショーケースに入っていてもおかしくないような、むしろその中でも目を引くであろう見た目をしている。
薄紅のハート型のムースに、シンプルなチョコ色の正方形の上に縁だけ赤いハートのホワイトチョコで薔薇を描いたもの、艶やかな小さな円形の上にハートのマカロンとたくさんの飾りが乗ったもの。
尚の試作品は、俺からするといつだってどれも完成品としか思えない。それでも尚は二人で一緒につっついて試食し、参考にもならないだろう俺の適当な意見を聞くのが良いのだという。
嬉々として自分の作品を説明する尚は、俺がケーキを口に含む姿を見て蕩けるような幸せそうな笑みを浮かべる。
本当にお菓子作りが天職なんだろうなと疑えない。この辺りでは有名な製菓店への就職先も決まっていて、春からは晴れてプロだもんな。
尚と俺の日常は、いつの間にか当たり前のようにいつもこんな形だった。
それを疑問に思ったこともなかったし、どこか当然のようにも思っていた。
少しも深く考えることもなく。
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