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第三章

暴君の進撃 そして迫る第三者

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 ダッダッダッダッ!

 ネルは一人、草原エリアのチェックポイントから管理センターまでの道を駆けていた。

 その踏み込みは力強く、誰かが傍から見れば一歩ごとに地鳴りが起きているように錯覚させるほど。……いや。

 ゴゴゴゴゴッ! バシュッ! ダンッ!

 本当に地面は揺れていた。正確に言えば、本部までの道に仕掛けられていた罠が次々に作動していたのだ。

 道の脇に仕掛けられていた鳥もち弾が乱射され、一拍遅れて強烈な勢いで丸太が射出される。

 さらにそれを越えて一息つこうとすれば、急に地面が割れて上を通る者を飲み込もうとする仕掛けまであった。

 どれも一つ一つは大した事のない罠だが、けっして直撃を無視できるものでもない……のだが、どれもこれも暴君の足を止めるには力不足に過ぎた。

 ネルは走りながら近くにまばらに生えていた木の一本に手をかけ、まるで花でも手折るように。そして、

「うりゃりゃりゃりゃっ!」

 前進しながらまるで扇風機のように木を振り回す。鳥もち弾は受け止められ、飛んでくる丸太は弾き飛ばされる始末。その上、落とし穴は簡単に飛び越えられた。

 そしてご丁寧にも、すれ違いざまにネルは罠の射出口を粉砕し、わざわざ落とし穴に掴んでいた木を差し込んで開閉できなくする始末。

 自分が進むだけならあまり意味のない行為だが、というネルなりの露払いであった。

 それからも暴君の進撃は、仕掛けられていたどんな罠でも止める事は出来なかった。

 直接的な刃物などの凶器は普通に弾かれるし、催涙ガスなどは噴霧されて吸い込むまでに駆け抜けられて終わり。そもそも少しでも危険な物であれば、周囲の地面ごとえぐり取る様にして破壊していくのだから効く筈もない。

 唯一僅かにでもネルが足を止めたものと言ったら、

「……誰かぁ。助けてくれぇっ!?」
「お~いっ!? チーム全員絡まっちゃって動けないんだぁっ!?」

 罠ではなく、罠に引っかかって動けなくなっていた候補生達の助けを呼ぶ声だった。

 なにせこの試験会場はイレギュラーの真っ最中。本来回収に来る筈の職員も人手が足りない。危険性の少ない罠に引っかかったままの候補生や、体力や邪因子が尽きてそこらに倒れている候補生はほったらかしにされていたのだ。

 地面から網で巻き上げられ、空中で身動きできないほどチームごと雁字搦めにされた候補生が口々に声を上げる。しかし、

「……邪魔っ! あとは勝手に逃げれば?」
「へぶっ!?」

 そこは流石の暴君。足を止めたのは一瞬だけでさっさと先を急ぐ。……すれ違いざまに吊り下げられた部分を手刀で切り飛ばし、チームごと地面に落として動けるようにしただけまだ有情かもしれない。




 そうして突き進む事しばらく、ネルは遂に目的地である管理センターに辿り着いたが、

「……何よこれ?」

 管理センターの有った場所は、

 ネルが煙に手を伸ばすと、ただの気体の筈なのにどこか押し返してくる感覚がある。

(無理やりに入れなくはない。でもちょっと手こずりそう。これだけので建物を覆えるとなると……アイツか)

 ネルが思いついたのはあの煙草臭い女マーサ。今回の試験にも噛んでいるアイツなら出来るだろうと考え、同時にどうしてこんな事をしたのかにもすぐに思い当たる。そう。

 グルルルル。

(こいつらが管理センターに入らないようにしたって訳ね)

 煙に阻まれ、周囲をうろうろしていた暴走個体達が、ネルに気が付いて唸り声をあげる。さらに、

『グウウッ……オレガ……カツンダ……ナントシテモ』
『アトスコシ……アト……スコシデ……カンブ二』
『コンナハズ……コンナハズジャ』

(どいつもこいつも、ガーベラはともかくピーターじゃあちょっと厳しい相手。一体でも取りこぼしたらマズいわね)

 ネルが一目で察したように、そこに溜まっていたのはただの暴走個体ではなかった。

 ゴール間近まで辿り着くも、そこで遂に限界を迎えて暴走状態に入った者。暴走しても尚本能を越えた執念でここまでやってきた者。邪因子こそ低かったものの、諦めきれない願いと意地で僅かに理性を残した者。

 つまり、暴走個体の中でも上澄みの者達であった。

 そんな無念の声を上げる者達を前にして、


「くだらないわね」


 暴君は無慈悲にバッサリと切って捨てる。

「要するに、アンタ達はゴール手前で進めないからって、あとから来る奴に八つ当たりしたいだけじゃないの。ハッ! バッカじゃないの? そんな暇があるんだったら、一丸となって煙を散らすくらいの事はやんなさいよ! ……あっ!? ごっめ~ん!」

 そう言うとネルは、敢えて煽る様にくすくすと嗤いながらさらに続ける。

「たとえ煙を散らせても、中にある扉に触れても、もうタメールが壊れてるから意味ないんだよねぇ? それじゃあこんな所でうじうじたむろってるのも仕方ないよねぇ?」

 グウウッ。

 暴走個体達から明らかに怒気を感じる。理性が完全に飛んでいるならまだしも、ほんの僅かに残っているのなら馬鹿にされているのは分かるのだ。

 それを見たネルはニヤリと笑い、ちょいちょいと指で手招きする。それは、自分へとヘイトを集める行為にして、彼女なりのここまで来た者達への激励。

「せっかくここまで来たんでしょ? ……ならここでうじうじしてないで、溜まった鬱憤全部ぶちまける気持ちでまとめてかかってきなさいよ。その方がここで止まってるよりず~っとマシだよっ!」

 グルアアアアアっ!

(お父様。見ていてくださいね!)

 殺到する暴走個体達を前にして、片手で腰のホルダーから棒付きキャンディーを取り出し、大きく口を開けて齧り付くように口に放り込むネル。

 それはネルにとっての大切な繋がり。負けられない戦いの時や、沈みそうな自分の気持ちを高めたい時に舐めると、お父様の事を思い出せて気合が入る特別な品。

 いつものように食べた瞬間、じんわりと胸の奥が温かくなるような感覚に包まれ、同時に邪因子が強く昂る。

「さあっ! 来なさいっ!」

 ネルは暴走個体達を迎え撃つべく、大きく息を吸って構えを取る。そして、


 ドックンっ!


 内側から感じる一際大きな鼓動に一瞬違和感を感じながら、戦闘状態へと移行した。




 ◇◆◇◆◇◆

 一方その頃。

 山岳エリアのチェックポイントにて。

 草原、森林エリアと同様、このチェックポイントも暴走個体の襲撃を受けていたのだが、ここは立地が上手く働いていた。

 早々に崖下の職員は緊急用通路を使い、まともに動けない候補生達と共に崖上まで退避。登ってこようとする暴走個体を試験用の罠で押し留めながら、逃げてくる候補生を収容していた。

 勿論暴走個体もぞくぞくやってくるが、防衛のみなら職員だけで充分。あとは時間を掛けて事態の収拾を待てば良い。その筈だった。

「何だ……何なんだこれは!?」

 山岳エリアの試験官は、眼下で起きている出来事に目を疑っていた。そこに見えるのは、

 その何者かは、突然ふらりと現れて暴走個体達に襲い掛かった。

 変身している様子もなく、使うのは己の邪因子と肉体のみ。身に纏ったフード付きのローブで顔も体型も分からず正体不明。しかしタメールを着けていない事から、試験の参加者ではない。

 その拳を、脚を振るう度に、的確に暴走個体を打ち据え沈黙させていくその様は、どこか合理的過ぎて機械のようにも見えて。

「……むっ!?」

 そこで試験官はふと気づく。

 近くで見ればさらに気が付いただろう。倒れている者達は限りなく0に近い域まで邪因子が減少し、逆にその何者かから感じる邪因子が跳ね上がっている事に。

 そして、ついに最後の暴走個体が沈黙した後、何者かは倒れている者達を一瞥し、

「……無力化及び。現邪因子量は作戦遂行に十分と判断。これより……試験体に接触する」

 そのまま管理センターの方に向けて疾風のように駆け出した。



 そのフードの横から一瞬、薄い水色の髪をたなびかせながら。




 ◇◆◇◆◇◆

 それを一口食べる度、確かに少女は繋がりを感じていた。

 力が湧き、気分が高揚するのは、大切な人からの贈り物だからだと信じ、無邪気に喜んだ。

 それは間違いではないのだろう。確かに繋がりではあるのだろう。

 ただ、当たり前の愛情に飢えるばかりで、その贈り物に込められた何かに気づこうとしなかっただけの事。

 積もり積もった何かが顔を出すまで、あと……。
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