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第三章

ネル チームを離れて単独行動する

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 暴走しかけた候補生への処置は、大体数分ほどで終わった。

 今はどうにかタメールの方に無理やり活性化した邪因子を流し込む事で、暴走が抑制できたのかまた眠りについている。

「ふぅっ。何とか上手く行きましたわね」
「助かりました。ガーベラさんが居なかったら、多分この人も暴走状態になっていたと思います」

 達成感と疲労の混じったような顔で軽くため息を吐くガーベラを、ピーターが汗だくになりながらも労わる。

 そんな中、一緒に部屋に入っていた試験官が二人に近づくと、

「二人共。先ほどの事に加え、今回の事も重ね重ね感謝する」

 がしっと二人の手を取ってぶんぶんと振った。ちょっとオーバーだけど、二人を評価してるって言うのは間違いなく伝わってくる。

 ……確かにあたしよりかはガーベラの方が少しだけこういった邪因子の制御は得意だろうし、ピーターも珍しく凄い所を見せたけどさぁ。なんか自分だけ蚊帳の外って感じでモヤモヤする。

「彼女が今にも暴走しそうな体内の邪因子を外側から操作したのも見事だったが……特に君」
「えっ!? ボクが何か?」
「他の候補生に聞く所によると、君は少し見ただけでその候補生が暴走しかけていると見抜いたそうじゃないか? それは何故かね?」
「あのっ!? ボクは少し珍しい体質だそうで、何となく相手の邪因子の流れが視えるんです。それで明らかにその人の邪因子が乱れているなって思って、気になって寄ってみたら急に。……の人は見慣れてますから」

 何故か少し興奮気味の試験官に、ピーターは軽く引き気味にだけど、一瞬チラリとこちらを見てからそう答えた。何よあたしの事をチラチラ見て。すると、

「なるほど。それは確かに珍しい才能だ。……本来こんな事を頼むのは試験官としてどうかと思うのだが、もし良ければ他の怪我人も確認してもらえないだろうか?」
「それは……」
「ちょっと待ちなさいよっ!?」

 試験官はそう前置きをすると、とんでもない事を言い出した。何か考え込むような素振りを見せるピーターだったけど、それは流石に黙ってはいられないとあたしは急いで割って入る。

「いくら試験官でもそれはないんじゃない? あたし達はもうここの課題はクリアしている。ここに戻ったのは、たまたま途中で怪我人と躾のなっていないワンチャンを見つけたから加点狙いで引き渡しに来ただけ。何? 試験官なのに試験の邪魔すんの?」
「珍しくネルにしては正論ですわね。残り時間から考えるに……また何人か今みたいなことになって対処に時間を取られれば、ちょっと余裕がなくなってきますわよ」

 ここからゴールだろう管理センターの扉までの距離を考えると、イザスタ……お姉さんの所の時間を差し引けば、ここに残って何かやるにしても大分余裕が出来る。

 でもどうせなら、正規の時間内に余裕をもってクリアした方が周りからいちゃもんをつけられる事もないだろう。ガーベラも時間を確認しながらそう補足する。

「もちろんこれは強制ではない。時間や体力的に余裕がないと判断したのなら、このまま出発してもらって一向に構わない。しかし今は暴走個体の大量発生という非常事態。おまけに先ほどのように、で暴走する者も居る。素早く対処できる人員は多い方が良い。先ほどの活躍に加え、大幅な加点は間違いなしだ」

 そう。さっきの人は薬のせいで暴走しかけたんじゃない。単純に負荷がかかり過ぎて、邪因子が異常活性を起こしたんだ。これはさっきそこの人が意識を失う前にピーターが質問して確認した。

 そういう相手でも普通に反応できるピーターが居れば、確かに暴走の被害はぐっと少なくなるだろう。でもそれはあたし達には関係がないよね。薬によるイレギュラーでもないんなら評価はまた別になるだろうし。

「加点ならさっきの奴で充分でしょ? ほらっ! ピーターもガーベラもさっさと行くよ」
「どうしましたのネル? 普段のアナタなら、ギリギリまで加点を狙った上でリーダーさんを背負って全力で走るくらいの事は言い出しそうですのに」
「……別に」

 ガーベラは不思議そうな顔をするけど、今は本当にそんな事をする気がないってだけ。またあたしだけのけ者って言うのも気分が悪いしね。だからさっさとゴールまでひた走ろうとした時、

「試験官さん。その申し出、受けさせてもらおうと思います」
「おお! 引き受けてくれるかっ!」
「ピーターっ!?」

 ピーターが勝手に仕事を受けてしまったのを見て、なんか無性に腹が立ってピーターの襟元を掴んで軽く睨む。

「あんた何言ってんの。これ以上ここで時間を食ってる暇ないわ。さっさと行くのっ!」
「ネルさんこそ何を言ってるんですか? ? ネルさん自身が言った事です」

 ほんの少し身体ごと視線を下げて、ピーターはあたしの目を見ながら静かにそう語り掛ける。ガーベラ始めここに居る奴らは皆、口を挟む事なくあたし達を見つめていた。

「正直……ボクは自分が幹部になれるだなんて思っていませんでした。この試験を受けたのだって、半分は候補生の義務としてです。やるからにはそれなりに頑張って、それなりに後に幹部になる誰かに評価されれば良いなってだけで。……でもっ! ボクにも欲が出来ました」

 そこでピーターはぎゅっとあたしの手を握り、いつになく熱の入った声を上げる。

「ボクだって、なれるのなら幹部になりたいっ! ……いえ、お二人に劣っているのは百も承知だけど、ネルさんと、ガーベラさんと、! そのために、少しでも自分に出来る事で評価を稼ぎたいと思うのは……いけない事でしょうか?」

 それは、紛れもなく本気の言葉だった。

 どこかヘタレで、いつもこっちの顔色を伺うようなビビりで、時々は役に立つけど邪因子はそれほどでもなくて、どこか事なかれ主義のピーターが、あたしの凄みを手をプルプルさせて必死に堪えながらもそう堂々と返したんだ。

 そのまま、少しの間この場に沈黙が流れて、

「すぅ…………ふんっ!」
「痛っ!? 何するんですかっ!?」

 あたしの頭突き(威力弱め)が額に直撃し、ピーターは涙目になって手で押さえる。

「ピーターのくせに生意気なのよっ! ……良いわ。あんたはそこで存分に怪我人を視て、試験官様にた~っぷり加点を貰っておけば。あたしはさっさと先にゴールに行くから」
「ネルさんっ!?」

 呼び止めようとするピーター達を置いて、あたしは一人さっさと詰所を出た。

 さてと。これまではピーターに合わせて速度を抑えていたけど、久々に全力で突っ走るとしますか。

「……何?」

 一人追ってきたガーベラに、あたしは軽く身体を伸ばしながら振り向く事無く尋ねる。

「ネル。仮にもチームリーダーから勝手に離れるというのは感心しませんわね」
「別にリーダーから離れようが失格にも減点にもならないよ。なるんだったらアンドリューとやり合いそうになった時、こっちに道案内をつけるなんて事は言わなかった筈だしね」
「いえそうではなく、きちんと説明をしないで行くなと言っているのです。……どのみちリーダー様でしかゴールの扉は開けない。なのに一人で先走ろうとする時点で、事ぐらいお見通しですわ」
「そのくらい……言わなくても分かるでしょ? 言うだけ時間の無駄だよ」

 どれだけこっちで時間が掛かるかは分からないけど、その間あたしだけぽつねんと突っ立っているというのも落ち着かない。

 ならあたしだけ先行し、道中の罠とまだ居るかもしれない暴走個体を一掃すれば、それだけタイムロスもなくなるって寸法よ。

「アンタはピーターの傍についていてあげて。もしまた暴走しそうな人が居ても、アンタならさっきと同じ要領で抑え込めるでしょ? ……あたしも自分に出来る事をするから」

 あたしには敵を倒す事しか出来ない。なら、邪魔になりそうなものを片っ端からこの拳で黙らせるくらいの事はしないとね。珍しく頑張っている下僕二号ピーターのためにも。

「……確かに引き受けましたわ。精々後から追いかける私達が進みやすいように道を慣らしておいてくださいな」
「そっちこそ。あんまり遅かったら、着くまでに無理やりにでも何でも扉を見つけて入っちゃうから! ……じゃ。行ってくるね」

 あたしは最後にガーベラに向けてニヤッと笑ってみせると、そのまま力強く一歩を踏み出した。





 これは、強い輝きの近くで人知れず、脳を焼かれていたある男の叫び。

 よくウザ絡みされて、無茶ぶりされて、失言するとしばかれる。

 あっちこっちに引っ張りまわされ、いつもお姫様の下働き。

 ……でも、その輝きに知らず知らずの内に魅せられていた。

 けっして張り合えはしないけれど、どうにか近くで着いていけるように、彼は自分の欲を曝け出す。




 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。

 お気に入り、評価、感想等は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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