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第三章

閑話 雑用係は少し昔を振り返る 前編

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 ネル達が扉に入り、イザスタの所に跳んでから経つことしばらく。

「よ~しよ~し。良いぞ。そのまま邪因子を一定に保ちながら……ああ違う!? そうではないそうでは……あっ!? 落ちたぞ」
「ここのチームはチームリーダーの発想力は中々。まさか道に仕掛けられていた罠を回収して、小道具として再利用するとは思わなかったよ」
「だが全体的に邪因子のコントロール自体はやや難ありだ。時々タメールへの配分を間違えて必要以上に消耗している。チェックポイントを周り切る前に邪因子切れになりかねないぞ」

 イザスタの所までは流石に映像も繋がらず、一番の注目株が観れないとはいえ他にも幹部候補生は多い。

 俺達はテレビをザッピングするように映像をちょくちょく移動させ、あちらこちらの動向を見守っては野次を飛ばすという事をやっていた。いやまあここで観戦している幹部連中は大体そんな感じだが。

 試験も時間的にはもうすぐ終盤。それなりに脱落者も多くなり、また評価はともかくチェックポイントを二つ、三つ周って扉探しを始めるチームも出始めた頃。

「しかし……あれだねぇ。考えてみたんだけど、やはりどうにも気になるというか」

 丁度見ていたチームの一つが崖登り中、途中ネルが空けた岩肌の穴で一休みしている時、レイが急にそんな事を言い出した。

「何がだ?」
「さっきのイザスタという人の話さ。断片的に聞いた話をまとめてみると、君の幼馴染で昔の職場の同僚。っていう事はつまり……あの“始まりの夢”のメンバーってことだよね?」
「ああ。その通りだ」
「それっ! それがまずおかしいんだよ」

 俺が頷くと、レイはビシッとこちらに指を突き付ける。急に人を指さすんじゃねえよ。驚くだろ。

「かつてと呼ばれた組織始まりの夢。今でこそ協定を結んでいるけれど、かつてはバッチバチに火花散る関係だった筈だ。そのメンバーを捕まえたなんて事になったら大問題だよ。最悪抗争勃発かも」
「あ~……その事か」

 レイはおどろおどろしく両手を前に出して見せる。確かに字面だけ見ると結構な問題なんだよな。懸念するのももっともだ。

 だが、よく見ればレイの表情はそこまで暗いものでもないのに気が付く。

「ハハっ! 冗談さ! もしそんな大事になっているなら君が動かない筈がない。なら今の所は問題のない内容って事だ。ただそれはそれとして私は悲しいよケン君。これでも一番の新人とはいえ上級幹部だよ? それなのに知らされていないなんて。およよ」

 レイはどこかいじけたように泣き真似をする。子供ならともかく男の泣き真似は一体誰に需要が? 俺は呆れたように頬杖を突く。

「まあ実際アイツの事を知っているのはリーチャーでもほとんど居ないし、捕まえたっていうか本人からすればちょいと長いバカンスっていうか。……ちょっとここに来た経緯が複雑なんだよな」

 どうやって説明したもんかと悩んでいると、


。始まりの夢側とは既に話が付いている。何か問題でも?」


 そこにモニターを眺めて楽しんでいた首領様が口を出してくる。ああもう余計話がややこしく!?

「首領様が!? ああいえいえ。そういう事なら問題などありませんですはい……本当かいケン君」
「本当だ。この首領様ときたらあろうことか、戦っている最中の相手を力ずくでスカウトしやがったんだ。

 もう大分昔になるが、あの時の事は今でも忘れない。



 ◇◆◇◆◇◆

 ??年前。

 とある荒野にて争う三人の男女が居た。

 片や右手に赤い砂時計の飾りがついたグローブをはめ、黒いジャケットを着てロッドを構える青年。

 そして、そこに並び立つのは青と白を基調としたラフなシャツとズボンを身に付け、首から同じ砂時計付きのネックレスを提げた一人の女性。こちらは身の丈ほどある十字槍を構えている。

 それに向かい合うは、腰まで届く長い青磁色の髪を靡かせ、どこか軍服のような格好をした威圧感のある女性。

「……はぁ……はぁ」
「……ふぅ。まいっちゃうわね」

 青年と槍使いの女性は、全身傷だらけで息も荒く満身創痍。

 だが対する軍服の女性は全くの無傷。そして他の二人とは違い、構えるでもなくどこまでも自然体だった。


 そう。構えなど必要ない。これは彼女にとって争いなどではなく、ただのなのだから。


「ふんっ」
「がはぁっ!?」

 軍服の女性の剛拳が、構えていた筈の青年のガードをたやすく抜いてボディに突き刺さる。

 けっして青年は武術の素人と言う訳ではない。才能こそどちらかと言えば平凡寄りであったが、むしろその愚直なまでに鍛え上げられた技は努力だけで天才の領域に限りなく近づいていた。

 しかし、軍服の女性の身体から放たれる圧倒的な邪因子。それによって強化された肉体は、ただの天才の領域を歯牙にもかけなかった。

「ケンちゃんっ!? このおっ!」

 仲間がそのまま吹き飛ばされて砂埃を上げるのを横目で見ながら、槍使いの女性は追撃させまいと十字槍を大きく薙ぎ払うように振るう。

 それは鋭いが力任せの単調な一撃。一目見て分かったのだろう。軍服の女性は軽く指で摘まんでやろうと片手をあげ、

 グンっ!

「……ムッ?」

 突如刃先を咄嗟に首を反らせて回避する。

 それはよく見れば水の刃。使い手の手から槍を伝って放たれた水が、振るわれた瞬間刃先から飛び出したのだ。

「ほう。小細工を」
「まだ終わってないわよん!」

 躱したと思った水刃はそのまま弾け、軍服の女性に付着した。そして槍使いの女性が軽く指を振ると、そのままドロドロと粘性を帯びて絡みつき動きを封じていく。

「今よケンちゃん!」
「おうよっ!」

 そこへ砂埃の中から弾丸のように飛び出した青年が、軍服の女性に突撃した。

「小癪な。だが無駄なことだ」

 しかしドロドロによる拘束も一瞬の事。全身から噴き出す邪因子はすぐに拘束を振り払い、そのまま指向性のある衝撃波として青年を迎撃しにかかる。

 まともに喰らえばただでは済まないそれを、

「どおりゃああっ!」

 青年は走りながらロッドを地面に突き立て、棒高跳びの要領で高く飛び上がって回避した。

 ロッドは衝撃で弾き飛ばされるも、青年はそのまま空中で態勢を整える。

「飛び上がってその後どうする? 格好の的だ。撃ち落としてくれよう」
「させないわよっ!」

 ゆらりと片手をあげて邪因子を放出しようとする軍服の女性に、槍使いの女性の振るう槍が襲い掛かった。

 当然その程度のことでは軍服の女性は焦りもしない。今度こそ槍を掴み取り、そのままねじり取ってやろうと力を込めたその時、

「よいしょっと!」

 ねじったその方向やタイミングと全く同じに、槍使いの女性は自分からくるりとその身を躍らせる。それはまるで、

「ふん。触れた槍ごしにワタシのか。器用な事を」
「感心してもらえるのは嬉しいけど、うふふっ! 頭上注意よ!」

 それは本当に僅かな隙。

 手を放すでもなく、取られるでもなく、予想外のやり方で返してきた事へと向いた感心によるもの。だからこそ、


「せいやああああっ!」


 空中からの青年の跳び蹴りが僅かにとはいえ頬を掠めたのは、奇跡のようなものだったのだろう。




 ◇◆◇◆◇◆

 という訳で、ちょっと昔のお話です。

 まとめて書くと普段よりやや長めになりそうなので、今回前後編に分けさせていただきます。
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