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第三章

ネル ライバルを分からせるべく立ち上がる

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 急にあたしに代わって戦うと言ったかと思うと、ガーベラはイザスタに戦いを挑んだ。だけど、

「はああああっ!」
「ふっ……ほっと! 中々良いわねん!」
「お褒めに預かり光栄ですわね……せいっ!」

 分からない。何故ガーベラは、あそこまであの女に向かっていけるのか?

 今もガーベラの髪はまるで蛇のように伸び、幾重にも分かれて多方面からイザスタに襲い掛かる。

 そしてイザスタもそれに応じてあのドロドロを分裂させ、一つ一つ弾いたり受け止めていく。

 それは一見すると普通に打ち合っているよう。でも、

「邪因子を同時にこれだけ、しかも個別に制御するのはお見事。でも……ほ~ら! 脇が甘いわよ!」
「くぅっ!? なんのっ!」

 二人の力量差は歴然としていた。いくらガーベラが手数を増やしても、それに応じて同じに増やせるくらいに向こうには余裕がある。

 今も髪の弾幕をするりと抜け、ガーベラはイザスタに脇腹をスッと撫で上げられた。

 すぐに反応してガーベラが中段蹴りを見舞うも、イザスタはフフッと笑ってまた距離を取る。


 やっぱり勝てない。


 ガーベラも馬鹿じゃない。それくらいは分かってる筈……なのに、

「何で……諦めないの? 何で勝てないのに立ち向かっていけるの?」

 少し離れた所でどうにか身体を起こし、あたしはそうぽつりと漏らす。すると、

「確かに状況は不利ですわね。向こうの方が圧倒的に格上で、おまけに時間も残り僅かですわ」

 その言葉を耳聡く捉えたのか、ガーベラがそうこちらに背を向けながら返してきた。

 邪因子の連続多数制御は消耗が激しいのだろう。反撃を受けていないのに既に満身創痍。息も荒く僅かに身体もふらついている。だというのに、


「でも、たかがこのくらいの逆境で諦められるほど、私行儀の良い方ではありませんので」


 その背中はまだ闘志を失っていなかった。

「たかがって言われちゃうと、ちょっぴりアタシも傷ついちゃうわねん」

 大して傷ついてもいなさそうなイザスタに対し、ガーベラは静かに言葉を紡ぐ。

「あらごめんあそばせ。ですが私、これでも幹部になろうとしている身。そして、。こんな所で立ち止まっている暇はありませんの。……アナタもそうではないのですか?」


 その最後の言葉は、あたしに向けられた気がした。


 ……あたし、こんな所で何をしているんだろう?

 あたしはネル。ネル・プロティ。お父様の娘で次期幹部筆頭。なのに何で今こんな砂浜で力なく倒れたままでいるの?

「良いわねぇ良いわねぇっ! 誰か大切な人の為にも負けられない。そういうモノがある人って好きよん! 応援したくなっちゃうっ! それがアタシ好みの子なら尚更ね。……でも勝負は勝負。わざと負けてあげても喜びはしないでしょう?」
「当然ですわね。それに、実力差があるからと言って勝てないというのは早計でしてよ。私が……だと思いまして?」

 ガーベラのその言葉に、何故か身体を抑えてニマニマしながら身悶えていたイザスタが顔色を変える。次の瞬間、


 ドドドドッ!


 ガーベラがが、突如砂の中からイザスタの周囲に展開した。

 地面から伸びる髪によって、イザスタはまるで髪の檻に閉じ込められたような形になる。

「あららららっ!?」
「やっと虚が突けましたわね。少々悔しいですが、実力で勝てない相手には奇襲奇策が一番。ここが柔らかい砂浜で助かりましたわ」

 効いてる。殺到する髪はまだ当てられてはいないけど、さっきまでの余裕ある避け方とは違いイザスタの顔からは僅かに焦りが見える。

 ドロドロの迎撃をすり抜けた髪の一束がイザスタの目前まで迫り、

「よっと!」

 パシンっ!

 遂に躱しきれず自分の手で弾き始めた。対処が追いつかなくなってきた証拠だ。そして、

「さあ。このまま押し切らせてもらいますわよっ!」

 髪の大半を地面に潜り込ませたまま、ガーベラ自身が突貫する。

 砂浜をザッザッと駆け、押し留めようとするドロドロを手に持った扇で振り払いながら、自身も髪の檻に入って今もなお髪に対処しているイザスタに迫る。

「貰いましたわっ!」
「おっとっ!? やるじゃない!」

 ガーベラが扇を振りぬいて一閃すると、イザスタは身体を大きく反らしてそれを回避。そのままドロドロでガーベラを絡め捕ろうとするも、同じようにガーベラも髪で絡め捕ろうとしていたので髪の方を相殺。

 そのままイザスタは距離を取ろうとするけど、包囲している髪がそれを許さず自然とガーベラとの白兵戦に持ち込まれる。

「……行け……行けえええっ!」

 どうしてか分からないけれど、自然とそう口をついて出てきた。

 おかしいな。あたし……自分が幹部になること以外どうでも良いと思っていた筈なのに。

 そのままで数分間、ガーベラの攻めをイザスタがいなしていく展開が続き、



「……あっ!?」
「……ここまで、ですわね」
「そうみたいね。残念」



 

「邪因子切れ……ですか。もう身体がまともに動きませんわね」

 周囲に伸びた髪がシュルシュルと戻っていき、ガーベラは大きく息を吐いてその場に座り込む。

 普通ならガーベラが邪因子切れを起こすなんてまずない。だけどイザスタを相手取るには常に髪に邪因子を流したまま全力を出し続ける必要があって、なおかつ自分自身も攻撃に参加していた、その負担は相当なものだっただろう。

「残り時間一分って所かしら。ガーベラちゃんの邪因子制御技術は群を抜いていたけど、その分ペース配分を間違えると一気に消耗が激しくなる。残り時間いっぱいまで続けられたならまだ可能性はあったけど……惜しかったわね」
「よく言いますわ。配分を考えていたらそもそも焦らせることすらできなかったでしょうに。ハンディ有りでここまで差を見せつけられるとはとても……と~っても悔しいですが、良い経験になりましたわ」

 ガーベラは本当に悔しそうだった。

 全力を出し切り、あと一歩の所まで追い詰めたというのにその手は届かない。

 あたし……本当に何をやっているんだろう? ぐっと拳を痛いほど握りしめる。

 身体をまともに動かせなくなったのはあたしも同じ。でも、正しく全力を出したガーベラとは違う。

 あたしは先に心が折れた。全力を出し切るでもなく、実力差によって諦め、膝を突いた。そしてあまつさえ、そんな状態でガーベラに戦いを代わってもらった。

 ……ふざけないでよ。

 ドクンっ!

 ああ腹立たしい。負けた事も、チームメンバーに情けない姿を晒した事も、相手が強いってだけで心が折れかけた事もっ! そして、

 ドクンっ! ドクンっ!


「ガーベラに諸々気づかされた上、最後まで戦った顔された事が思いっきり腹立つっ!」


「……ぁぁぁああああっ!」

 いつまでも怠けてないで、とっとと動きなさいよあたしの身体っ! 叫びと共に、動かない身体に無理やり邪因子で喝を入れる。

 一度動き出すと、さっきまでの調子が嘘のように身体の重みが取れた。あたしは一度トンっと跳ねて調子を確かめると、何か良い感じに握手して終わろうとしている二人の間に割って入る。

「やっと、立ってきましたか。ライバル」
「……チッ。その来るって分かってたわよって態度も腹立つのよガーベラっ!」

 座り込んだままニヤッと笑うガーベラに、軽く舌打ちしてあたしはイザスタと向き合う。

「あら? ちょっと予想外ね。もうしばらく放心状態かと思ってたけど」
「馬鹿にしないでよ。あれは……軽く休憩してたのよ。その間コイツが勝手に勝負に乱入してただけ。あたしが戻った以上やっぱりあたしが戦うのは当然でしょ?」
「……成程。確かにネルちゃんは降参宣言はまだしていないし、時間もまだ残ってるわよねん。だけど良いの? 今はタイマーをストップしてるけど、もうあと一分くらいしかないわよ?」

 確かめるように聞いてくるイザスタに対し、


「クスクス。一分もあるの間違いでしょ? ねぇ。イザスタ?」


 あたしは敢えて挑発混じりに薄く笑ってそう返す。

 実はさっきの戦いで邪因子量自体かなり減ってるから、逆に数分と言われてもキツイのは内緒ね。

「だからお姉さんだって……そういえばまだこの勝負。アタシが勝った時の内容を決めてなかったわよね! 決めたわっ! アタシが勝ったらお姉さんと呼んで頂戴な!」
「それで良いよ。だって、勝つのはあたしだから」

 呼び名を変えてもらうなんて単純な……はっ!? あたしもオジサンに似たようなこと頼んでるんだった。う~ん真似された。

 あたしはそこでふと気が付いて、座り込んだままのガーベラの方に歩み寄る。そして、

「ほら。邪魔だからさっさと退いてあっちで見てなさいよ。……ああ! 自力で動けないんだ? 何なら向こうまで運んでってあげようか? 元ライバルのよしみで」
「オ~ッホッホッホっ! 御冗談を。これくらい……やっ! 自分で歩けますわ」

 ガーベラはよろよろしながら高笑いしつつどうにか立ち上がる。無理しちゃって。足プルプルじゃん。

「そちらこそ、お一人で大丈夫ですの? 何ならまた代わりに戦ってあげましょうか?」
「ふんっ! ちょっぴりあたしより頑張ったからって調子に乗らないでよ。これは要するにアレね! やることは何にも変わらない」

 ボロボロなのに軽口を叩くガーベラに対し、あたしは腕を大きく上げて人差し指を伸ばす。

「あの女に一発喰らわせて、ついでにアンタにも分からせてやるわ。だって事をねっ!」
「……それでこそ我がライバル。では、戦いの前にちょっとしたを。耳を貸してくださいまし」

 そう言うとガーベラは、あたしの耳元に顔を寄せてその激励を語り始めた。





 ◇◆◇◆◇◆

 なお、その頃のピーター君。

「ふぬぬぬっ…………あ~目が痛い。目薬持って来れば良かったっ! ……だけど、やっと見つけたぞ! 中継点っ!」




 何か裏でこっそり動いているピーター君でした。
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