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第三章

ネル お姉さんに力の差を分からせられる

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 注意! 今回ネルが割と精神的に酷い目に遭います。





 ああ。空が見える。

 あたしの視界には、世界が閉じられているとは思えないほど広い空があった。

 あれっ!? 何であたし……

 ……そうだ。確かさっきイザスタに勝負を挑んで、



 ◇◆◇◆◇◆

『もう。いきなり殴りかかってくるなんて危ないわよん』

 そうまったく危なげのない態度で言ったイザスタには、あたしの攻撃は届いていなかった。

 先ほどのドロドロがまたもやあたしの腕に絡みつき、イザスタに届く直前で受け止めていたからだ。

『それにしても……うふふっ! 慕われてるわねぇケンちゃんってば。こ~んな小さな子に嫉妬されるっていうのも中々新鮮』
『なっ!?』

 絡みつくドロドロを振り払おうと注意を向けたその一瞬。いつの間にか背後を取っていたイザスタに抱きしめられるような形になる。おまけに、

 ペロっ!

『う~ん美味しっ! この絶妙なチョコレートソースとクリームの配分。食べかすからでも分かるケンちゃんお得意のホットケーキの味付けね! そう言えばアタシも最近食べてないわねぇ』
『ななっ!? この……離れなさいよっ!?』

 今、頬を舐められたっ!? コイツミツバと同じ変態だっ!? 慌てて全身から邪因子を放出し、ドロドロごとイザスタを引き剥がして距離を取る。

『それでえ~っと……なんだったかしら? 勝負?』
『そうだよっ! ここでアンタをボコボコにして、もうオジサンに近づかせたりしないんだからっ!』
『あら可愛い。嫉妬に加えて独占欲もばっちり。それはそれで好きよ!』

 そう言って微笑ましい者を見るような眼をするイザスタに、ますますイライラが募っていく。

『だけど勝負って言ってもねぇ。アタシはただ扉が直るまで皆をおもてなししたいだけだから、勝負を受ける必要ないんだけどなぁ。それにアタシ好みの子を傷つけるのも嫌だし……じゃあこうしましょう!』

 そう言ってイザスタは、ゆらりと両手を広げてまるで迎え入れるような構えを取る。

『今から十分間、。その間に一撃でも有効打を当てる事が出来たらアナタの勝ち。……これでどう?』

 一撃でもって……馬鹿にしてっ!? あたしがそんな簡単な事出来ないとでも思ってるのっ!?

『……良いよ。だけどその時になってやっぱ無しなんて言い訳しないでよねっ!』


 だけど、イザスタの実力は本物だった。


『“液体操作”。どこかの世界ではとも言われているアタシのちょっとした特技でね、近くにある液体なら大体自由自在に操れちゃうのよ』

 どうやらあのドロドロは、元々そこら中にある水を一部操った物らしい。

 その言葉通り、こっちの拳も、蹴りも、時には邪因子を触れるほどに放出しても、全てあのドロドロに邪魔されてイザスタに届かない。

 しかもドロドロの厄介な点は、動きだけじゃなく濃度や性質まで変えられるという所だ。だから、

 ぶにょん! ガキンッ!

『ぐっ!? 関節が……』
『どう? 液体なら簡単に振りほどけても、固まってしまえば結構大変でしょ? その間に』
『ひゃんっ!?』
『なるほどなるほど。良い身体してるわぁ。もうピーターちゃんと言いガーベラちゃんと言い、触り甲斐のある子達で困っちゃう!』

 一撃貰ったら負けだというのに、自分からこっちに近づいてきてあたしの腕や足を服ごしに触れて微笑んでいる。

 ならばと掴もうとしても、水でも掴むみたいにゆらりと躱される。……おもいっきり遊ばれていた。

『まだ……まだだよっ! あたしは、こんな所で、負けたりなんてしないっ!』

 もっとだ。もっと。もっと力を、邪因子を昂らせないと。

 心臓から全身に邪因子が行き渡る感覚。身体中がカッカと熱くなり、イザスタだけにより集中を深めていく。

 いつの間にか、自分の身体から邪因子に混じり、薄い黒と紫の混じったような靄が出始めていた。

『……もっと……もっと……モットッ!』
『あ~らら。……これはちょ~っとマズいわねぇ』

 ここにきて、少しだけイザスタが困ったような表情になる。

 ふん。今更勝負を無しにしようったってもう遅いんだからっ!


『―――っ!?』
『――――っ!』


 誰かの声が聞こえたような気がした。

 だけど、今はそんなのどうでもいい。

 こいつに勝つんだ。勝って、何も持って行かせたりなんかしないっ! 何も、あたしから奪わせたりしないっ!

 ダンッ!

 足に限界まで邪因子を溜めこみ、それを一気に解き放つ。

『ウルアアアァッ!』

 それなりにあった距離が一気に縮まり、ドロドロがまた受け止める前にあたしはイザスタの目前まで潜り込む。

『これでも……喰らええぇっ!』

 並の戦闘員なら怪我じゃすまないだろうけど、コイツなら死にはしないでしょ。

 あたしは右腕に邪因子を纏わせ、本気の一撃をイザスタの胸めがけて振り抜き、



『しょうがないわねぇ』

 パシッ!

『…………えっ!?』



 

 これまでのドロドロによるものじゃなく、イザスタ自身の手によって。

 どこまでも気楽に。まるで衝撃までかき消されたみたいに。

『こんな……こんな事って』
『今のは結構良かったわよん! でも、理性が飛びかけるのはちょ~っと問題ね』

 そう言っていたずら気味に笑うイザスタに、ピンっと指で額を弾かれる。

 それは攻撃とすらいえないもの。事前に言ったルールに抵触もしていない。だけど、


 


 そう脳裏によぎった瞬間、ふっと身体の力が抜ける。

『……あっ』

 気の抜けたような声が出て、あたしはそのまま仰向けに倒れこんだ。




 ◇◆◇◆◇◆

 そうだ。あたし……勝てなかったんだ。

 勿論これまで組織の色んな人に会って、同じように勝てないと思った人は居た。

 だけどそれは、例えばこのくらいまで邪因子を高められたら勝てるようになるというビジョンが一緒に浮かぶのが大半だった。それが浮かばなかったのは知ってる限りお父様ぐらい。

 なのに、この女からもまるで勝てるビジョンが浮かばない。

 イザスタはそんなあたしを見て軽くため息を吐くと、勝者の余裕かゆっくりと歩いてくる。

「う~ん。惜しい。惜しいわねん。間違いなく邪因子の量も質も一級品。身体との相性もばっちり。なのに……今のネルちゃんはてんでチグハグ。邪因子を使うんじゃなくて、使って感じ」
「あたしが……使われてるって、何をバカな」


「じゃあ勝負の間、?」


 その言葉に、あたしは倒れたまま首を後ろに向ける。そこには、

「ネル……」
「ネルさん」

 険しい顔をするガーベラと、明らかにおろおろしているピーターの姿があった。

「あの二人、勝負の間ずっとネルちゃんに声をかけていたのよん。一対一の勝負だから割っては入れない。でも応援だけは出来るから。……だけどネルちゃんったら、アタシに勝つために邪因子を上げる事ばかり考えてま~るで聞いていないんだもの。最後の方なんか半暴走状態になってたし。それじゃあ二人が可哀そうじゃない」
「……う、ううぅ~」

 悔しい。いつの間にか目から涙が溢れていた。

 何が何も奪わせたりしないだ。あたし、自分から背を向けてたんじゃん。

 負けた事もそうだけど、何よりあたしが、この次期幹部のあたしが、仮とはいえチームメンバーに心配されるような姿を晒したのが何より腹が立つ。

 だけど、さっきから身体が動かない。そこら中に邪因子が満ちているから普段よりやりやすい筈なのに、まるで火が消えてしまったみたいに自身の邪因子が昂らない。

「あと三分あるけど邪因子切れ……というより心が折れたって感じかしらねぇ。いくら邪因子量が凄くても、それを昂らせる精神が疲れちゃうと色々反動が来るのよねん。特に今みたいに邪因子が暴走しかけた時なんかね」

 イザスタはどこかつまらなさそうにそう言って、胸から提げた赤い砂時計の飾りを弄ぶ。

「それでどうする? もう降参しちゃう? 勝負を始めたのはネルちゃんだから、そこはネルちゃんの口から聞きたいな」
「……そう……だよね」

 どのみちこのままじゃ勝ち目はない。もう負けを認めてしまおう。そうすれば、楽になれる。

 あたしは上手く動かない口で降参を宣言しようとし、



「オ~ッホッホッホっ! ざまあないですわね」



 トンっと軽くステップを踏んで、そんなあたしの前にガーベラが躍り出る。

「どうしました我がライバル? もう立てませんの? 情けない姿ですわねぇ」

 何か言い返してやろうとしたが、情けない姿なのは間違っていないのでそのまま力なく頷く。

「……がっかりですわね。仮にもライバルとした者がこんな体たらく。こんな調子では幹部になんてとてもとても」

 ガーベラは大げさにため息を吐くと、そのまま今度はイザスタに向き直る。そして持っていた扇子を力強くつきつけて言ったのだ。




「ねぇイザスタさん。残り時間三分で、そこに倒れてるライバルに代わり、



 ◇◆◇◆◇◆

 いかがでしたでしょうか?

 どうもたま~に少女の心をバッキバキにへし折りたくなる今日この頃です。

 何故って? 可哀そうは可愛い。




 そして、心折れて尚立ち上がる姿はさらに輝かしいのだから。
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