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第三章
ネルはお姉さんに挑み、雑用係はお姉さんに頼む
しおりを挟む「おっ!? おおおっ! なんかすっごく身体が軽いですよっ!」
「うふふっ! ちょこっと骨と筋と血管を正してあげただけよ。邪因子にせよなんにせよ、力が滞りなく身体を巡るにはそれに応じた経路が必要だもの。ほ~ら! この腰回りなんか明らかに分かるくらいシュッとして」
「ひぇっ!?」
マッサージが終わり、軽く飛び跳ねて身体の調子を確かめるピーターだけど、イザスタに優しく腰の辺りを撫でられて小さく悲鳴を上げる。
ああ。イライラする。微妙に顔を赤らめているピーターの事もそうだけど、あの女オジサンの幼馴染って何よ。それ以上の関係もOKって何よっ!?
「は~いお待たせ! 次はガーベラちゃんねん。こっちへどうぞ! 流石に服を脱いだ状態をピーターちゃんに見られるとまずいから、簡単だけど仕切りを用意したわ」
そうガーベラを呼ぶイザスタの後ろには、いつの間にか簡易的なテントみたいな物が出来ていた。ならピーターの時から出せば……まあピーターは見られても良いか。
「オ~ッホッホッホっ! よろしくお願いいたしますわっ! ……ちなみに私、明らかな施術以外のおさわりには反撃いたしますのでそのおつもりで」
「あ~ら怖い。それじゃあ真面目に施術しないとねん!」
「えっ!? じゃあボクの時は真面目じゃなかったんですか?」
「勿論真面目にやったわよん! ちょっとそれ以外にも触っただけで。さあどうぞ中へ」
「分かりましたわ。ではネル。折角の申し出ですし、ちょっと行ってきますわね」
そう言って笑いながら、ガーベラはイザスタと一緒にテントの中に入っていく。完全には警戒を解いてはいなさそうだけど、その顔はどこか落ち着いていた。
……何よガーベラの奴。あれだけあたしの事をライバルだのなんだの言っておいてさ。あんな女にホイホイ着いて行っちゃうなんて。
「ネルさん! イザスタさんのマッサージとっても効きますよ! もうここまでの疲れなんか吹っ飛んじゃって! 今だったら体力テストをまたやっても前より良い線行きそうです」
「……あっそ。良かったね」
あたしの手はいつの間にか腰のホルダーに伸びていた。そこからお気に入りの棒付きキャンディーを掴み取ると口に放り込む。
ドクンっ!
そうして口の中で転がすのだけど、それでもこの胸の内のモヤモヤは収まってくれない。お父様の事を思い出して力が湧いてくる気はするけど。モヤモヤは何で収まんないのっ!?
思わずキャンディーをガリっと噛み砕き、棒の部分を捨てようとして思い直し、ホルダーの棒入れに押し込む。
「……っと……ネルさん?」
そうだ。こういう時は甘い物だ! 本当は試験が終わってから食べようと少しとっておいた、オジサンのホットケーキを取り出してかぶりつく。
大体オジサンもオジサンだよ。ただでさえあの煙草女や変態がしょっちゅう寄ってくるのに、今度はまた別の女っ!? 一体何人居るのよっ!? これが大人の関係って奴なのっ!?
そりゃああの性格だから色んな人にお節介を焼くのは分かるけどさ、でもオジサンはあたしの下僕なのっ! あたしを一番に見てくれなきゃダメなんだもんっ!
ドクンっ! ドクンっ!
さっきからやけに鼓動の音がうるさい。なのに周囲の音は少しずつ消えていくような感覚があった。
「……さん? ……ルさ……ってば!?」
それにピーターもあたしのなんだ! 邪因子はあんまりだけどそこそこ使えるしちょっぴり……ちょっぴり面白いあたしの下僕二号なんだよ。
ガーベラだって、珍しくあたしに突っかかってきてくれる奴なんだ。やっと少しだけ楽しいと思えるようになってきたんだ。
それを……それを皆持って行こうとしないでよっ!? あたしから……取らないでよ。
「……はぁ……はぁ……は、謀りましたわね?」
「え~? ちゃ~んとアタシは施術に必要な場所以外触れてないわよん! ただその分ちょ~っと念入りに身体をほぐしただけ。うふふっ!」
「くぅ~。確かに全身の疲れが取れているのがなんか悔しいですわ」
そこへ、テントの中から何故か少し顔を赤らめたガーベラと、さっきより心なしか顔がつやつやしているイザスタが出てきた。それを見た瞬間周囲の音が戻り、あたしの頭に冴えたやり方が浮かんでくる。
ああ。そうだ。簡単な事じゃないか。
つまりはあたしから諸々取っていこうとする奴。コイツをぶっ飛ばせば大体解決だ。
「はいは~い! じゃあ今度はネルちゃん! お待た」
「オバサンっ! あたしと勝負よっ! 幼馴染だか何だか知んないけど、オジサンはあたしの下僕一号なんだものっ! ぜ~ったい渡したりなんかしないんだからっ!」
またさっきのドロドロが出てきても、それごと吹き飛ばすだけの力があれば良い。
あたしは身体から溢れんばかりの邪因子を放ちながら、イザスタに向けて突撃した。
◇◆◇◆◇◆
「……ホント頼むぞ。くれぐれも張り切り過ぎないように。……ああ。またその内な。じゃあな」
俺はイザスタへの通話を切ると、ふぅ~と大きくため息を吐く。
「ククッ。手を焼いているようだな。自由気ままな所は実に奴らしい」
「笑い事じゃないですよ。まったくこっちは頭が痛い。……アイツここしばらく見ない内に無茶苦茶しやがって」
首領様が愉快そうに笑うのを見て、俺は頭をガシガシと掻く。
「妙な事になったねケン君。そのイザスタって人が扉の誤作動の原因なのかい?」
「……ああ。勿論意図してやったって訳じゃないけどな」
レイが不思議がっているのを見て、俺は一つずつ事の経緯を説明していく。
まず事の次第を知ったのは、俺の方にミツバから連絡を受けた時だった。
『はぁっ!? あいつらがイザスタの所に跳ばされたっ!? 一体どうしてそんな事に!?』
『それがですねぇ。どうもあの方内側からこっそり空間内を侵食してたみたいで、ロックが外見の薄皮一枚残して中身がガッタガタにされてました。それこそ本人の意思一つで気楽に外に出られるレベルですね。その際本来扉で跳ぶ筈の場所の座標が近かったのもあってエラーを起こしたみたいで』
嘘だろっ!? アイツ何やってんだよっ!?
無茶苦茶厳重なロックを誰にも気づかれずに壊していたのは驚かない。イザスタだしな。どうせ制約で自分が外へ出られない代わりにその内誰かを引き込もうとか考えていたんだろう。
だがそこに何でネル達がピンポイントで直撃するんだ!? ……いや待て!? まさか砂時計同士で引き合ったか? だとしたら俺にも責任がある。
『分かった。イザスタにはこっちから言っておく。苦労をかけてすまんな。いずれ埋め合わせはするよ』
『埋め合わせだなんてそんな……期待してます! ひゃっほ~い!』
そうしてミツバとの通話を終え、今度はイザスタの方に連絡。時間もないので説教は短めにした後、扉の復旧が終わるまでネル達の事を頼むとキツく言い含めた。
ついでにネルの身体を診てくれと言っておいたから、これ以上何かをやらかすという事はひとまず落ち着くだろう。アイツ基本は自由人だが仕事は真面目にこなすからな。
という事を説明すると、レイは分かったような分からないようなと微妙な反応をする。まあ口で言っただけじゃイザスタのやらかしっぷりはピンとこないだろうしな。
「しかし復旧までの時間はノーカウントとしても、折角のチャレンジ要素がフイになったんだ。マイハニーやピーター君はともかくとしてネル嬢は怒るんじゃないかなぁ? そのイザスタって人は大丈夫かい? 暴れるネル嬢にやられたりしない?」
「……ふっ。ハッハッハッハ!」
その言葉を聞き、首領様が珍しく大笑いする。当然声を抑えてだが。
「首領様?」
「ッハッハ……いやすまん。奴が心配されるなどという珍事を見てついな! ……クククッ」
「ああ。イザスタなら心配いらない。むしろネルが返り討ちにあうシーンしか想像できないな」
首領様が腹を抱えて笑うっていう方が珍事だと思いますけどね。レイがそれを見て目を白黒させている所に、俺が軽く補足説明を入れる。
「ロックなんか最初から只の気休め。イザスタが本気を出したら……そうだな。上級幹部が出張らないとどうしようもないレベルだな。それも相性によっては押し負けるぞ」
それを聞いたレイは、ひどく引きつった顔をして笑った。
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