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第三章

閑話 “煙華”は“謀操”と対峙する

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 ◇◆◇◆◇◆

だって?」

 アンドリュー率いる三十人のチームの全滅と言うやや大きいアクシデントはあったものの、今回の幹部昇進試験は滞りなく進んでいたはずだった。

 だが、ミツバからの思わぬ報告にマーサはその顔を険しくする。

「はい。反応が消えたのは三名。ピーター君をリーダーとするチームです」
「ちょっと待ちな……ふぅ~」

 マーサは自らを落ち着かせるため一服し、そのまま考えられることを幾つか列挙していく。

「単にタメールが壊れたってことは?」
「三人共扉に入った瞬間同時にというのは考えづらいですねぇ」
「じゃあ扉の誤作動で、予期せぬ場所に跳ばされたかい? 別の訓練用シミュレーションとか」
「現在、その可能性を踏まえて全シミュレーション内を捜索中です。しかし……この通り」

 そっとミツバが部屋に備え付けられた大型スクリーンを指し示すも、そこに映るのは捜索中という冷たい文字のみ。

 そして周囲に居る他の職員達が先ほどよりも慌ただしく動く様を見て、どうにもこれは芳しくないとマーサは軽いため息を吐く。

「私の端末で扉に入った瞬間の反応も解析していますが、そっちはもう少し時間がかかりそうです。?」

 ミツバの言ったこのどうとは、どの程度の人員を捜索に割くか? 場合によっては試験そのものの進行に関わることになるがどうするのか? という意味も含まれていたが、

「……OK。じゃあ各自

 マーサは一瞬考えそう決断する。

「おやぁ? 何名かを捜索に回さなくても良いのですか?」
「一チームだけの為にそう何人も人手を割けるかい。だから……この件はさね。アンタなら移動先の解析も他の奴より早いだろう?」
「まあ当然ですね。ですけどあの変な匂いの子かぁ。イマイチやる気が起きないんですよね」

 ミツバは自分の席に着くも、両腕を頭に組んで椅子にもたれかかる。そこへ、

「……ふぅ~。じゃあ仕方ない。他の奴に頼むとするかい。ケンのお気に入りを助けたとあれば、義理堅いアイツの事さ。大抵のは聞いてくれるんじゃないかと思うんだけどねぇ」
「さあちゃっちゃと見つけちゃいましょうか! ケンさんに恩を売りつつ……フヒッ! 何をお願いしちゃいましょうかねぇ!」

 素知らぬ顔でマーサが言い放った言葉を聞き、ミツバは不気味な笑みをこぼしながら猛然とキーを叩き始める。

 かくして運営本部はまたある程度の落ち着きを取り戻し、

「……さてと、アンタが不在だったから勝手に決めたけど、何か変更はあるかい? 殿?」







 瞬間、その部屋に居るほぼ全ての職員が反射的にその人に対して一礼をした。単純に圧倒的邪因子差による強制によって。

 そうしなかったのはマーサやミツバと言った大小あれど幹部級のみ。しかし一拍をおいてそちらも静かに一礼する。純粋にに対する態度を示すために。

 部屋に入ってきたのは、金の長髪を靡かせる美丈夫だった。青い礼服を身に纏い、きびきびとした動作で歩く様子はどことなく軍人や政治家といった雰囲気を漂わせる。

「諸君。少々予想外の事が起きているようだが、我々のやるべき事は変わらぬ。正しく試験を進行させ、ゆくゆくは幹部と成り得る者を選抜する」

 男はまるで演説するかのように部屋中の者に語り掛ける。

 張りのあるその声、やや大仰なその仕草の一つ一つが、男の放つ邪因子と共にまるで染み入るように職員達に響いていく。

「そのためにも、我らはどんな状況であろうとも冷静に対処しなくてはならない。それを踏まえ先ほどのマーサの対応は正しい。一チームの事だけに人手を割き、全体の流れを見誤ってはならない。各員通常業務に戻り、これからに備えるように。以上っ!」
「「「はっ!」」」

 先ほどよりさらに機敏に業務に取り組み始める職員達を見て(ミツバは元々凄いやる気だったが)、男はゆっくりと空席だった自分の席に座る。そこへ、

「……ふぅ~。言うねぇ。たった一チームがピンチになった程度じゃ動かない? 先にワタシが言った事とはいえ、えらく冷たいもんだ」

 相変わらず煙草の煙を漂わせながら、マーサはどこか皮肉めいた態度を取りつつ歩み寄る。たとえ上司の前であっても煙草を外す気はないようだ。

「お前か。その態度は頂けないが、特別に許すとしよう。お前のこれまでの功績と、今もなお組織にそれなりの利益をもたらしている故にだ。……それで何用かね?」

 男は眼光鋭くマーサを見据える。並の職員ならそれだけで邪因子差によって膝を折るのだが、マーサは軽く一息煙草を吸うだけでそれを流す。


「いや何。簡単な質問さね。居なくなった一チーム……それがでも同じ事が言えんのかい? 上級幹部の一人“謀操ぼうそう”のフェルナンド様。……いや、“”さん?」
。それがどうかしたかね?」


 即答だった。

 まるで朝食のメニューでも尋ねられたかのように自然に、迷いも悩みもなく、男……フェルナンドはそう答えた。そしてカマをかけたマーサの方が軽く舌打ちする。

「……チッ。やはりこっちが掴んでいるのを知っていたかい」
「当然だ。まあ予想より深い所まで探り、その痕跡も簡単には掴ませなかったその能力は評価している。ただの羽虫如きならしている所だが、多少潰すには惜しいと考える程度にはな」
「へぇ。名高き上級幹部にそこまで言われるとは光栄なことで」
「私は使える者はその分評価する。ただそれだけの事だ」

 マーサは言葉とは裏腹に嬉しくもなんともないという顔をし、フェルナンドはニコリともせずに続ける。そして、

「重ねて言おう。私はお前の能力を評価している。潜入能力、情報収集能力、戦闘能力もだ。多少のはねっ返りを許容する程度にはな。だが、それを超えるようなことがあれば……分かっているな?」

 それは脅迫に近い忠告。

 今はまだ使い道があるから見逃してやる。ただしこれ以上嗅ぎまわるようであれば容赦はしない。

 そう言外に述べるフェルナンドに対し、

「……まあね。正直ワタシはケンやうちの支部の連中。要するにワタシの知り合いにさえ手を出されなきゃ良いんだ。内情を探ったのだってちょいと気になったからだけだったしね」

 マーサはどこか遠い目をしながらそう口にする。

 実際マーサは自身を人でなしの部類だと考えていた。ケンや支部長を始めとする第9支部の悪の組織にしてはお人好しな馬鹿共。自分のような者がそんな中に居るのは、全体のバランスを取るためだと。だが、

「ただね……ワタシよりはねっ返りの奴がアンタの娘に世話を焼きまくっているんでね。こっちとしても黙って見てるってぇ訳にもいかない」

 マーサは一歩踏み出し、敢えて漂う煙を自身の身体に纏わせる様にしてフェルナンドに対峙する。



「こっちはこれ以上動くつもりはない。だがそっちもせめてあの子に対して父親としての姿ぐらいとりな。……



「あのぉ。火花バチバチの所悪いんですけど、見つかりましたよ。ピーター君達のチーム」

 フェルナンドとマーサが静かに睨み合う中、どこかのほほんとした声が場の空気をぶった切った。

 マーサは素早くちょっと失礼と言い残して呼びかけたミツバの方に向かう。

「見つかったのかい? 場所は?」
「それがそのぉ……妙な所に跳んでます」

 モニターに映るそこを一目見て、

「これは……ちょっとケンに連絡した方が良さそうさね。アンタの昔の同僚がクソガキちゃんに色々やらかしてるよってさ。だけど、見つかって良かった」

 マーサは苦笑いしながら、無事発見できたことにホッと胸を撫で下ろすのだった。
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