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第三章
雑用係 持ってるクソガキに感心する
しおりを挟むさて。山岳エリアの課題を突破したネル達だったが、次に向かうは一番近い森林エリアのチェックポイント。……なのだが、
『あのぉ……ネルさん?』
『……何よ』
『もしかしてですけど……ボク達道に迷ってません?』
『迷ってないっ! ただちょっと道から逸れた所をあてどなくぶらついていただけだもんっ!』
『いやそれ……迷ってるってことですわよね』
絶賛森の中で迷子になっていた。
「まったく……何やってんだアイツら」
「う~ん。迷子になる人のお手本みたいな迷い方したね。特にネル嬢が」
折角地図があるのにあのクソガキときたら、
『コースに沿って行ったらずいぶん遠回りだよね。それに途中また罠もありそう。なら地図上では近いんだから、このまま森を突っ切って真っすぐ行けば早いんじゃない?』
『あっ!? ちょっとネルさんっ!?』
という理論で森に突撃。厄介なことにガーベラも、
『コース外にまで罠を仕掛けるのは労力が掛かるでしょうから少ないのは確かですわね。成功すれば大幅なショートカット。最悪失敗しても先ほど予想より早くクリア出来た分で帳消し。……勝負に出るのも悪くないかもしれませんわね』
『ガーベラさんまでっ!?』
とネルに追随。こうなってはピーター君もついていくしかない。というかリーダーなのに我の強い二人に引っ張られている調子だ。
そうして森を彷徨う事既に一時間近く。
これにはレイも苦笑い。あと首領様は周囲にバレないよう声を抑えてニヤニヤ笑っていた。
先頭のネルが落ちていた木の枝で道を切り開き、ピーターがすぐ後ろから念のため罠等を確認。ガーベラが最後尾で周囲の警戒。そうやって進んでいたのだが、
『大体この地図が分かりづらいのよっ!? もっと解像度の高い画像に出来なかったのっ!?』
『その辺りは敢えてぼかしているんでしょうね。 それを探すことも試験の内……とかありそうじゃないですか?』
『……ってことは、なんだっ! やっぱり迷ったのはあたしのせいじゃないじゃんっ!』
『いやそこはネルさんのせいじゃないですか? ……あと迷ったって認めちゃうんですね』
森を長く彷徨って、少しだがピーターの言葉に棘がある。ネルも言い返そうとするが、自覚があるのかぶすっとした顔で何も言わない。
ややチームの雰囲気が悪くなり始めていたのだが、
『コホン。お二人共。ケンカするのは結構ですが、歩きながらで良いので今は先ほど貰ったヒントについて考えてみませんこと?』
『そう……ですね。良いかもしれません』
さりげなくガーベラが話題を逸らして雰囲気を変える。上手いぞ。ガーベラが雰囲気を変えようとしたのが分かったのか、ピーターもすぐに矛を収める。
『ああ。さっきの奴ね。確か“森林 課題 自身の兵の数”だったっけ?』
『はい。渡されたデータにはそうありました。どうですの我がライバル? この情報から何か読み取れることは?』
『へっ!? そ、そうねぇ』
ネルが枝を振るいながら、もう片方の手を顎に当てて考える。……本当に考えているよな? 考えている振りじゃないよな?
『変だなって思ったのは、なんで山岳エリアのヒントに森林エリアの言葉が出てきたのかって事かな?』
『そうですわね。リーダーさんはどうですの?』
『ボクですかっ!? ……兵の数って所が気になりますね。例えば森林エリアの課題は一般職員の何人かに協力してもらう形式……とか?』
『確かに。それもありえますわね。つまりこれは正解の扉のヒントであると同時に、他の課題のヒントでもある訳です。まあ心構え程度かもしれませんが、しておくに越したことはありませんわよ』
一つずつヒントを解読していくガーベラ嬢。性格と言動が破天荒なだけで、実際はかなり冷静かつ論理的な性格してんだよな。
『次に兵の数という言葉。これは実際何人なのかは分かりませんが、数字で扉に関係するものと言ったら……多分番号のことでしょうね』
『あっ!? そういえば管理センターにあった扉に、5って番号が振ってあった!』
『もちろん番号だけで特定できるというものでもないでしょうから、他にも何かしらの特徴がヒントとして出るのでしょう。だから三つのチェックポイントを全て回る必要がある訳ですわね』
「すんばらしいっ! 流石マイハニーっ! もう略して流ハニ! こんな状況でも要点をしっかりまとめている知性溢れる姿に私はもうメロメロだよ!」
「わっ!? 急に奇声を上げるなよ。周りがこっちを見てるだろうがっ!?」
急に叫びだすレイに周囲は何事かと見てくる。これでも上級幹部だからな。一挙手一投足が注目の的だ。なので周囲から見えないように軽く肘で小突いて抑える。そんな時、
「……ふむ。雑用係よ。何か動きがあるようだぞ」
頬杖をついて微笑みながら画面を見ていた首領様が、急に何かに気づいたように声を上げる。おっ!? 遂にネル達が森を抜けたとかかな?
画面に映っていたのは、
『ネルさん。これって……』
『うん。真っ黒いね』
『影になっているとかそういう事でもなく、普通に黒いですわね』
ネル達の前にしっかりと立つ、真っ黒な扉の姿だった。
黒い扉。事前に説明がされたがチャレンジ要素だ。試験の本筋とは関係がないが、入って中の強敵と戦うことで追加評価のチャンスとなる。これは毎回多少の違いはあれど、試験の度に似たような物が出る。
だが勿論リスクもある。中に居るのはシミュレーションで言うと少なく見積もってもエキスパート級。幹部しか挑めないレベルの仮想敵性体だ。つまりはそれだけの戦闘力が求められる。
この時点で戦闘向きでない幹部候補生には厳しい上、今は試験の真っ最中。勝とうが負けようが大きく邪因子を消費するのは間違いなく、チャレンジした結果試験を脱落する羽目になった候補生も多い。
おまけに毎回これは試験中どこにあるか地図に表示されない。意図的に見つけるのも難しく、見つけてもやるかどうかで悩むという厄介な代物なのだ。
「まさかショートカットしようとして道に迷った結果これにぶち当たるとは」
「これは……ある意味で持っているって奴かな?」
レイが呆気にとられたようにそう呟く。まあ普通道には迷わないし、それで偶然見つけたんなら確かに持っていると言えなくもない。そういう運も大事と言えば大事だ。
『へ、へへ~ん! どうよ! 迷っただのなんだの散々言ってたけど、実はあたしはこれを探していたんだよ~だっ!』
『嘘おっしゃい。適当に歩き回っていた時、偶然リーダーさんが察知しただけじゃありませんの。この場合称賛されるべきはピーターさんですわ』
『えへへ! 褒められるとなんだか照れますね! 明らかに森にあるには似つかわしくない強烈な力の流れが視えたから、何だろうなぁって伝えただけなんですけど。……でも、どうしましょうコレ?』
『どうしましょうって……当然入るでしょ?』
何言ってるのという感じのネルを、ピーターは必死に引き留める。
『ただでさえ道に迷って体力と時間をかなり食ってしまったんですよ? 次の課題がどんなものかも分からないですし、今はチェックポイントを優先した方が良いですってっ!』
『時間を消費したからこそここで評価を稼いでおくんじゃないっ! 折角見つけたチャンスなのよ? ここは勝負でしょ?』
これはどちらにも理がある。試験をクリアするだけならピーターの方が正しいし、リスク承知で上を目指そうというネルの考えも間違ってはいない。
悩ましい所だが、こういう時の判断もまた評価対象だ。じっくり話し合って決めてもらおう。そう思って見守っていると、
『またケンカ……っ!? 皆様っ! 警戒をっ!?』
突然のガーベラ嬢の緊迫した声に、ネルはスッと意識を切り替えてピーターを背にして構える。
ワンテンポ遅れてピーターも周囲を探り、ひぇっ!? と小さく叫んで顔を青くした。
『嘘でしょっ!? いつの間にか囲まれてるっ!? ……5人……10人……いやもっとっ!? 少なくとも20人は居ますっ!?』
『油断しましたわね。知らず知らずの内に私も、思わぬ展開に胸躍って警戒を怠っていたようですわ』
ガーベラ嬢が口元に扇子を当てつつ、シュルリと髪の一部を伸ばして臨戦態勢を取る。
気づかれた以上隠れても無駄だと判断したのか、あちらこちらの木の陰から誰かが姿を現していく。その数ピーターが睨んだように少なくとも20人以上。だが、
『クスクス……こ~んなか弱い女の子とその下僕。あと悪役令嬢相手に大勢で寄って集ってなんて、大人げないんだぁ。……けどね』
ドクンっ!
ネルがメスガキムーブから一転。一歩前に出て全身から邪因子を漲らせるのを見て、取り囲む何者か達は僅かに後ずさりする。
『たかだか20人程度であたし達をどうこう出来るって思ってるなら……実力って奴をきちんと分からせてあげないとね!』
まさに一触即発。このまま大乱闘開始かと思われたその時、
『待ってほしいっ!』
その言葉と共に、謎の集団の中から一人の青年が歩み出る。それこそが、
『こちらに戦うつもりはない。まずは話し合いをさせてもらえないだろうか?』
アンドリュー・ミスラック。
以前首領様と対談した時、ガーベラ嬢と同じく昇進できるかもしれないと語った幹部候補生である。
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