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第三章
ネル 試験開始前に失格しそうになる
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昇進試験二日目。
午前9時。本部第三特別演習場。
本部と銘打ってはいるけれど、本部のゲートからしか行けないという意味で実際はどこにあるんだか分からない場所の一つ。
分かるのはどこかの島らしいという事だけ。草原に森、果ては小さいとはいえ山まであり、動植物もてんこ盛りの自然豊かな場所。
そして島の中央にある管理センター。試験会場という事であたし達幹部候補生が集められたのはそんな場所の前だった。
「……ふぅ~。あ~っと、全員居るかい? この時点で居ない奴はもう失格扱いにした方がこっちとしては楽で助かるんだけど……残念。全員居るね」
建物の上部に設置された大きなスクリーンに映るのは、私達の前でいかにも面倒くさそうに手にあるタブレットを操作するマーサ。候補生全員に見えるようにスクリーンに映しているんだろうけど、首を上にあげるの疲れるから直接本人を見る。
でも本気で残念がらないでよこの煙草女っ!? まあそんなザコザコしい奴が居るとは思えないし、仮に試験の内容が候補生同士で殴り合えとかだったらそんな奴は面倒なだけだから居ない方が助かるけどさ。
「そんじゃまずは軽い説明から行こうかね。まず今日の試験は総合力、つまりは昨日やった知識や体力、邪因子等に加え、他にも幾つかをまとめて見させてもらう。……実戦形式でね」
「実戦……ですか。これは厄介ですわね」
少し離れた所に居たガーベラが、そう難しい顔をしてぽつりと呟くのが聞こえた。昨日あんなに自信満々だったから、不得意ってわけじゃなさそうなんだけどどうしたのかな?
だけど、これはやはり候補者同士の戦闘かな? いきなり乱闘とかだったら、とりあえず……隣に居るピーターを周りに当てないように振り回しつつスペースを確保して、
「あ~……実戦形式といっても、たとえばいきなりここで大乱闘をしろって話じゃないからね。下手にこんな所でやられちゃ建物が壊れるし……ふぅ~。第一審査するのが面倒さね」
えっ!? そうなの? な~んだ。運が良かったねピーター!
「うわっ!? 今なんか背筋がゾクってしたんですけど」
「大丈夫? ピーターへっぽこなんだから風邪でも引いたんじゃない?」
「なんかどっちかというと虫の知らせ的な感じだったんですが……気のせいかな?」
首をかしげるピーターだったけど、すぐにマーサの説明が再開する。
「これからアンタらにやってもらうのは、まあ特殊な任務という設定の試験さ。各自ここに来る前に、受付から貰ったもんがある筈だね?」
これか。あたしは受付で貰って左手首に付けた物。ちょっとゴツめの腕時計を見る。
幾つかボタンがあったからさっき押してみたけど、どれを押しても反応しなかった。壊れてんじゃないの?
「今着けていない奴は早速左右どっちかの腕に着けな。それは設定でいう重要物資であり、参加者のモニターも兼ねてるからね。壊したり身体から長く離した時点で失格になるから注意だよ」
それを聞いて慌てて何人かが腕に着け始める。貰った時点で着けなかったのは慎重さからかな? あたしはすぐ着けちゃったけど。
「さ~て。それじゃあ本題に入ろうか。これからアンタらにやってもらう試験の内容はズバリ……オリエンテーリングさ」
オリエン……何?
「ちょっとピーター。オリエンテーリングって何?」
「え~っと、簡単に言うと、地図を見ながらチェックポイントを巡って、ゴールまでのタイムを競うスポーツ……だったかな」
「ふ~ん。要するに参加者同士のレースってわけか」
総合力を試すって割には思いっきり体力面のテストっぽいね。実際他の候補者達の一部は、微妙に拍子抜けしたようなそんな感じだ。
「やる事はシンプルさね。三か所のチェックポイントを巡り、そこの係員が出すお題をクリアしてゴールまで辿り着くこと。制限時間は午後5時まで……ちょうど今からきっかり8時間ってとこだね」
8時間か。やけに長く感じるけど、この島ってそんなに広いのかな?
「ああ。単純にポイントを巡るだけなら邪因子無しの一般人でもなんとかなるし、お題込みでも将来有望な幹部候補生達なら余裕だろうさ。ただ……ふぅ~。それだけじゃ簡単だろうから、ちょっとした縛りを用意させてもらう。……ここからは説明よろしくさね」
「ハイハ~イ! ようやく私の出番ですねぇ~。フヒヒっ!」
マーサはそこまで言うと、ゆっくりと自分の立ち位置を横にずれる。そして、その後ろから歩いてきたのは、
「あ~っ!? アンタっ!? オジサンにくっついてくる匂いフェチのヘンタイっ!?」
「ヘンタイとは失礼なっ!? 私は脳を蕩かしてくれる極上の香りを追い求める女。そう。パヒューム・ハンターとかアロマ・コレクターと呼んでくださいっ! ……って、よく見ればこの前の素材は良いのにひっどい匂いの子じゃないですか! 少しはしっちゃかめっちゃかな匂いは整いましたか?」
薄汚れた白衣にグルグル眼鏡。薄桃色の髪を肩まで伸ばしたヘンタイ女。ミツバ・ミツハシが、こちらを見て手をヒラヒラさせた。
「ミツバ・ミツハシ……あの幹部就任最年少記録保持者かよ!?」
「たった一人で本部兵器課の兵器開発を数年分も引き上げたっていうあの天才か」
「夜な夜なむりやり一般職員をさらっては、自分の作品の実験台にしてるっていう噂の」
「ちょっと!? 最後のはデマですよそれっ!? 私はちゃんと本人の了承を得て実験台にします」
ミツバを見てひそひそと話す幹部候補生達。なんだかんだヘンタイだけど有名なんだよねコイツ。いや、それよりもまず、
「な、なんでアンタがここに居んのっ!?」
「何でって、それはその腕時計型多機能モニターが私の作品……まあ正確に言うと、私の作品の量産型だからですよ」
げっ!? これこの女が作ったのっ!? なんか急に着けてるのが嫌になるなぁ。でも外したら試験失格だし。
「ミツバ……お喋りは結構だけどさぁ、段取りがあるんで早いとこ進めちゃくれないかい?」
「おっと。そうでした。失敬失敬! という訳で、ここからはしばらく私が皆さんの腕にある腕時計……通称タメール君(量産型)の説明を行いますね」
「タメール君? なんか変な名前だね?」
「ふふん! 言いやすいでしょ? あっ!? タメールだけで君はなくても結構ですよ」
ミツバはニコニコ笑いながら、自分の腕にも着けられているそれを高く掲げる。
「このタメール君。普段はただの腕時計。ですがこの通り……むんっ!」
「何をっ!?」
急にミツバが邪因子を高め始め、周囲の幹部候補生達がざわつく。だけど別に驚くことでもない。幹部ならこの程度の邪因子量はあって当然だし。すると、
キュイ~ン。
変な作動音と共に、ミツバの着けていたタメールが急に光りだした。
「このように、タメール君は持ち主の邪因子活性化に反応して起動します。まあここまで邪因子を高めずともほどほどで良いんですけどね。じゃあ皆さん。試しに皆さんのタメール君も起動してみましょう。……あっ!? それなりに頑丈に作ってありますから、ちょっとやそっと邪因子を高めた程度じゃ壊れませんのでご安心を」
その言葉に、あっちこっちで邪因子を高めてタメールを起動させる音が聞こえる。
「やああっ! ……光った! 光りましたよネルさん!」
「……成程。これくらいですか。余裕ですわね」
見るとピーターやガーベラも普通に起動させていた。特にガーベラなんか、力を入れた様子もなく本当に自然にだった。相変わらずコントロール技術だけは……うん。あたしよりちょび~っとだけ上かもしれない。
負けてらんない。じゃあ早速あたしも、
「はああああっ!」
「ちょ、ちょっとネルさんっ!? ボクの邪因子量でも行けるぐらいですから軽く。軽くで良いですからねっ!?」
「大丈夫だって! ミツバも頑丈だって言ってたし! だけど、どうもこの所身体の調子が良すぎて加減が難し」
ピキッ!?
何か嫌~な音が聞こえて、あたしはおそるおそるタメールを見る。すると、
「……ねぇ。ピーター」
「……何ですか?」
「これってさ。予備……あるかな?」
起動したけど液晶にヒビが入ったタメールを見て、あたしとピーターは大きくため息を吐いた。
幸い予備はあったけど、次やったら失格にするぞと煙草女とヘンタイに怒られた。次はもっと頑丈に作っておいてほしいな。
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