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第三章
雑用係 友人と互いの推しを応援する
しおりを挟む俺が妖幻のレイナールと初めて会ったのはもう大分前になる。前の職場に居た頃だから……もう何年前だったかな? ちょっとど忘れした。マーサの少し後くらいじゃなかったか?
ある時、俺を雇っていた国の部隊が正体不明の敵に襲われるという事件が発生した。昼間だというのに相手の姿も何も不明な状態でだ。これはどうしたことかと乗り込んでみたら、そこではリーチャー新進気鋭の幹部としてこいつが暴れまわっていたわけだ。なので、
『ぎゃああっ!? なんで君私の幻影が効かないんだよっ!?』
『効いてるよっ! 自分でも何殴ってるか分かんねえっ! 何となく違和感のある場所を直感で殴ってたら当たっただけだっ!』
『なっ!? 普通はその違和感すら感じないって言うのに。化け物かこの人!?』
『誰が化け物だこの野郎っ!』
今じゃ全力の幻影を見破るのは難しいが、まあ当時はコイツのそれも完璧じゃ無かったしな。一応だがどうにか相手を見破り、それ以来コイツ専用のカウンターとしてちょくちょく呼び出される始末。
おまけに同時期マーサともよくやり合っていたから、我ながら実に大変だった。
俺がこの組織に入ってからもコイツは着実に功績を立て続け、遂には組織の全職員を束ねる6人の上級幹部の一人にまで上り詰めた。そんな奴だが、
「行け~! そこだ~! もっと邪因子を上げるんだハニーっ! ……よ~し良いぞ!」
今じゃこれである。惚れた相手の活躍に興奮し、一つ終えるごとに立ち上がって喝采を上げるような喜びっぷり。これが上級幹部とは何とも言えない。
「だからうるさいっての!? ……OK。そのまま高レベルを維持だクソガキ。調子に乗ってポカさえしなきゃお前に勝てる奴は居ない……ああバカっ!? 違うそうじゃないっての!?」
「……ケン君。君も人の事は言えないんじゃないかな?」
「俺は声を抑えて応援しているから良いんだ」
これはアレだ。ネルのやり方があまりにも邪因子任せの力任せだからつい声を上げたくなっただけだ。これじゃあテストに受かるのは確実でも無駄が多すぎる。その点もっとガーベラ嬢やピーター君を見習え。
こうして俺達は、体力テストが終わるまで(良い意味でも悪い意味でも)気になる相手に声援を送り続けた。
「く~っ! さっきのマイハニーの活躍を見たかいケン君。あの緻密かつ高速の邪因子制御術。まだ正確には分からないけど、間違いなく歴代ランキングに刻まれるレベルだとも!」
「あ~ハイハイ。それはもう3度は聞いたぞレイ」
テストの観戦も一段落し、俺達は食堂で昼食を摂りながら先ほどまでの感想を言い合っていた。
ちなみに今のコイツは上級幹部のレイナールではなくただのレイ。俺の友人だ。さっきは注意する為に敬語だったが、公の場ならまだしもプライベートの時はいつもこうしてタメ口だ。
「いや~流石マイハニー! あれなら体力テスト突破は間違いなし! 筆記テストも問題ないだろうし、これなら今日はもう余裕だね!」
「まあ流石というのは分かるけどな。あのガーベラ嬢がよくまあここまで来たもんだ」
何を隠そう。俺もガーベラ嬢がリーチャーに入るきっかけとなった件の当事者だ。と言っても丁度そのタイミングで、偶然レイの所に手伝いに来ていたというだけの話だけどな。
当時侵略予定だったある国。その国の中枢に潜り込むべく、とある有力貴族の長女だったガーベラにレイは目を付けた。
こっそりと邪因子適性を測った所、生まれついての才能はかなりのもの。家庭内では訳あって冷遇されていたが、それでも周囲への影響力がある事には変わりない。
まずガーベラを堕とし、そこから徐々に切り崩していく算段だったのだろう。だが、
『是非私の協力者になってください』
『お断りですわっ!』
『ぶべらっ!?』
まあ物凄く簡略化するとこんな感じにビンタを喰らって失敗した。勿論実際はもっと手練手管が動きまくった誘惑等があったのだろう。甘味で堕ちたネルとは比ぶべくもないが、ガーベラ嬢の意思の強さがあってこそ誘惑を跳ねのけたのは想像に難くない。
だがレイとしては堕ちなかったのは予想外だったのだろう。結果として、
『じゃあ貴女が堕ちるまで口説きますっ!』
『何でそうなるんですのっ!?』
『へぶしっ!?』
これまたかなり簡略化したがこんな感じに落ち着いた。この辺りは俺は又聞きなので詳しくはない。だがこれが元で二人(実質かなり一方的な)の交際が始まり、何度か似たようなやり取りの後最終的に。
『国の中枢を大体掌握してきましたっ! 結婚してくださいっ!』
『いやホントに何でですのっ!?』
『あうちっ!?』
こうして、元々国を侵略する為にガーベラに近づいた筈なのに、いつの間にか逆転してガーベラに近づく為に国を陥落させたという馬鹿な伝説が出来てしまい、それを知った首領様が珍しく爆笑したとかしないとか。
一応長い交際の中でガーベラ嬢もレイの事を憎からず思い、自分が手綱を取っていないと何かやらかすという気持ちもあって婚約に応じ、今こうして幹部候補生まで上ってきたという訳だ。
何せガーベラ嬢も気位は高い方だから『仮にも妻が一般職員では幹部の面目が立たないでしょう。レイは黙って私も幹部になるまで待っていなさいな。オ~ッホッホッホ!』とやる気充分。実はお揃いに憧れていたらしい。まあその後すぐレイは上級幹部に任じられたが。
「しかし、今日は後個人面談か。これに関してはあのクソガキちょっと不安なんだよな」
「何だい? 個人面談と言っても、下手に嘘を吐かず普通に受け答えすれば特に問題はない筈だ。何が心配なんだい?」
レイの言い分はもっともだ。個人面談で聞かれるのは、どれも個人の考え方を知る為のもの。最初から完全な正解も何もない。
あからさまに組織に媚びを売って、心にもない事を言ったりすると減点対象だが、それ以外は特に大外れと言った回答もない。
強いて言えば最後の問。組織への忠誠と自分の命のどちらを優先するかというのが毎回恒例だが、ここはむしろ組織への忠誠と答えた奴の方が問題だ。
勿論ある程度の忠誠心は必要だろう。だが幹部に必要な資質の一つとして、危機管理能力というのが重要になってくる。
要するに、自分の命を組織の為と言って平然と投げ捨てるような奴に、部下の命を預かる事になる幹部職をホイホイ任せられないという事だ。
一言で表すなら、(味方の)いのちだいじにという奴である。目的の為なら破壊活動も辞さない悪の組織には似合わない標語だが、これを疎かにする組織は大抵すぐ壊滅するからな。
以上の事からまあ問題はないと思うのだが、
「何となくだ。だってあのクソガキだぞ? 俺の予期しない何かしらをやらかしそうで怖いんだよな」
いくら何でも回答拒否とか、試験官にメチャクチャ無礼な態度をとるとかしなければ大丈夫だろうが、ず~っと嫌な予感がしっぱなしだ。こういう時の勘は良く当たるんだよな。
「こんな事なら面接の練習もしときゃ良かったか? 身体の調子を万全にするのに構い過ぎて、少々その辺りが少なめだったかもしれん」
「心配し過ぎじゃないかい? それよりもケン君。テスト終わりのマイハニーにサプライズとして登場するのはどんな場面が良いと思う? 内緒にしてたけど今日と明日は有休を取ってきたんだ!」
「……お前本当にブレないな」
こうして他愛ない話をしながらのんびり食事をしていたのだが、
「おやっ!? あれってケン君の推しのネル嬢じゃないかい?」
「誰が推しだ!? それにまだ予定では昼食休憩には早……えっ!?」
レイの声に食堂の入口へ視線を向ければ、そこにはピーターを引っ張って元気にやってくるネルの姿があった。いや何で?
◇◆◇◆◇◆
という訳で、ケンが友人とただ駄弁りながら食事をするという話でした。ちなみにケンがレイの認識阻害を見破ったのは直感が半分と、多くの経験からごく僅かな違和感を感じ取った為が半分です。
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