43 / 89
第三章
雑用係 クソガキの暴れっぷりを観戦する
しおりを挟むさて。とびきり手のかかるクソガキを送り出した俺だったが、
「……暇だな」
すぐにやる事が無くなった。
日々の日課となっていた家事も大体終わったし、昼食は今日は久々に食堂で摂る予定だから作らなくても良い。その分夕食の仕込みは気合を入れたがそれも済み、以前本屋で買った本も読み終えた。
第9支部ではほぼ常時仕事を受けていたから暇潰しをする必要もあまりなかったし、つまり今非常に珍しい退屈を味わっている訳だ。
「そろそろ筆記テストが終わった頃か」
時計を見ておおよその当たりを付ける。正直初日の内容は全然心配していない。筆記テストは普通に勉強していればまず落ちないし、体力テストに至ってはスペックだけは間違いなく天才のネルが落ちる様が想像出来ない。
強いて言えば個人面談が少しだけ不安だが、基本的に幹部としての心構えを見ているから余程滅茶苦茶な受け答えをしない限りは通る。流石のアイツも面談でバカはやらかさないだろう。回答拒否でもしない限りは大丈夫だ。
しかしやる事もないし、たまにはゆったりと昼寝でもするかと思い始めた時、
プルルルル。プルルルル。
急に軽快な音を立てて、持っている通信機が鳴り響いた。
ここで話は変わるが、幹部昇進試験というのは実の所発表会に近い。自分の実力を見せつけアピールする場と言えば分かりやすいだろうか?
特に体力テストはその傾向が強い。邪因子を全開にするのではっきり見て分かるしな。なので、
『いっけえぇぇっ!』
『……ひゃ、101m23っ!? これは凄いっ! 100m越えは歴代幹部候補生でも数名しか出した事ないんですよ! それを怪人化も無しに』
『ふふ~ん! まっ! ざっとこんなもんよ!』
こうして普通にライブ中継されていたりする。
場所は試験会場の一画。先ほどまで筆記テストを候補者達が受けていた部屋。そこに用意されたスクリーンに、候補者達が競い合っている様子がバッチリ映し出されていた。
「へ~。あのネルって候補生。中々やるじゃないか」
「ああ。あの齢でここまでやれるなら将来有望だな」
「だが、やや力押しの邪因子任せなのが少し気になるな。あれでは集団行動には向かんだろ」
と言っても中継を見ているのは基本的に試験関係者か、場合によっては今の内に唾をつけておこうと考えている幹部級の奴ら。一般には中継の事はあまり知られていないからな。そんな中、
「……やっぱ来るんじゃなかったか?」
そう俺がぼやいたとしてもなんら不思議じゃないだろう。
何せ右を見ても左を見ても幹部級ばかり。ヒーローからすれば悪夢以外の何物でもないだろう。そんな中ただの雑用係の俺は完全に浮いている。
「はぁ。ジン支部長も何でわざわざあんな事を言うかねぇ」
先ほどの通信。それはジン支部長からの、自分の代わりにこの中継を見てきてほしいという依頼だった。ご丁寧に幹部用のパスまで送信してだ。
誰か有能そうな人が居たら見繕っておいてくれという話だったがそれは建前。ジン支部長が何故かネルに甘いのは良く知っているので、おそらくネルの様子を見てきてくれという事だろう。
まあ丁度暇だったし、仕事とあれば断る理由もない。建前上他の候補生達の視察も兼ねて、あのクソガキの奮闘っぷりを見て笑ってやろうと軽い気持ちで来たのだが、現場はこの通りだ。
とりあえず適当な席に腰掛け、備え付けられたパソコンを起動させて映像を出す。部屋のスクリーンはランダムに画面が切り替わるからな。全体を見るならともかく個人ならこっちの方が良い。しかし、
『うららららぁっ!』
予想通りと言うか何と言うか、ネルはまさに大暴れとしか言いようがない動きっぷりだった。
反復横跳びでは残像が出来るレベルでステップを決め、モグラ叩きでは台が壊れるレベルでモグラを乱打し、握力測定では測定器をぶっ壊す始末。体力バカにもほどがあるだろっ!? しかし、
「予想よりピーター君はよくやっているな。無理やりとは言え引っ張られているのが大きいか」
ネルにどうやら無理やり付き合わされているピーター。その様子に俺は地味に感心していた。
最初に見た時は、邪因子のスペックや肉体の強さで言えば候補生の中でも平均かそれ以下だった。しかしここ数日ネルに付き合わされ、そして今もネルに引っ張られることで殻を破りつつある。上手く行けば化けるかもな。そして、もう一人。
『ムキ~っ!?』
『あ~ららみっともない。それでも我がライバルですの? ……仕方ありませんわね。ではこの私が多少教授致しましょう』
最初からずっとネルと一緒の競技に挑み、張り合い続けている候補生。邪因子の量こそネルに劣るものの、非常に高い邪因子コントロールと創意工夫で食らいついている女性。
彼女こそ俺が以前首領との会話の中で、ワンチャン昇進できる見込みのある人物と話した一人。ガーベラ・グリーン。
「あのガーベラという候補生。奴も中々良いな」
「横のネルに比べればやや見劣りするが、あくまで見劣りするだけで非常に優秀だ。それに技術という点では勝っている。集団戦で光るタイプだ」
周囲の幹部連中からもかなり高評価。候補生は幹部に昇進できなくとも、こうして幹部に引き抜かれて副官などになる場合もあるので高評価なのは悪い話ではない。
しかし唾をつけようとしている幹部連中には残念な話だが、ガーベラ嬢とっくにアイツにロックオンされているんだよなぁ。
「良いぞ~っ! さっすがマイハニーっ! その調子だっ!」
……むっ!? 噂をすれば影。部屋中に周りの迷惑を顧みない興奮した歓声が響き渡る。
発信源は部屋の隅に陣取る一人の男。今もまた意中の人の活躍にエキサイトしっぱなし。だというのに、この部屋に居る大半がその存在を認識できない。
姿は確かに見える。しかしそれは形を成さない陽炎のようにぼやけている。
声も確かに聞こえる。しかしそれはややデカい環境音として脳は処理してしまう。
アイツ自身が見せようと、聞かせようとしない限り、ごく僅かの例外を除いて幹部級ですら何となくしか存在を感じ取れない。
……仕方ない。ちょっと注意してくるか。
トントン。
「良いぞハニーっ! ……ちょっと後にしてくれないか? とても良い所なんだ。今麗しのマイハニーが目にも止まらぬ早業と細かな邪因子操作で爆弾解体をだね……んっ!? ガチではなかったとはいえ私の認識阻害を見破るって事は……げぇっ!?」
肩を軽く叩くと、そいつはゆっくりとこちらを振り向き表情を青ざめさせる。失礼な。そんなヤバい奴に会ったみたいな顔をしないでほしい。
「や、やあ! ケン君じゃないか! 久しぶりだね」
「お久しぶりです。最後に会ったのは一年ほど前でしたか。……ところで、人に認識されないのを良いことに、エキサイトし過ぎて喧しい傍迷惑な人なんてご存じじゃないですよねぇ? レイナール様?」
「や、やだなぁ。そんな人居る訳ないじゃないかハッハッハ!」
任務の為と嘯きながら実の所、たった一人の惚れた女の為にあらゆる手を使って一国を侵略してみせた男。
その功績を持って数年前、リーチャーに六人しか居ない上級幹部の一人に任じられた男。
最も新しい上級幹部。“妖幻”のレイナールは、俺の問いかけに冷や汗を流しながら乾いた笑いを返した。
◇◆◇◆◇◆
という訳でネルが頑張っている裏側の出来事です。レイことレイナールとの関係はまた次回。一応ケンはガーベラとも面識があります。
ちなみに余談ですが、ケンは仮にジン支部長の依頼が無かったとしても、昼寝の後で適当に自分に言い訳をして様子を見に行っていました。甘いのはお互い様です。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる