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第二章

ネル 部屋に友達を連れ込む

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 昇進試験まであと3日。



「有りっ! 無しっ! ……アハハっ! 結構楽しいねこれ!」
「ひええぇっ!? おた、お助けぇっ!?」
「逃げるなピーター君。大丈夫だ。素早く見極めながらガードすれば只のボールだ。落ち着いて」

 訓練室にて、あたしとピーターは部屋中を飛び交う球体を相手にしていた。操作盤から球体を操るオジサンがピーターに声をかける。

「そうだよピーター! こんなの楽勝だって! オジサ~ン。ちょっと物足りなくなってきたから数増やして」
「……この調子ならまあ良いだろう。ではもう一種類追加だっ!」
「あんたらおかしいでしょっ!? これに関してはボクが普通ですからねっ!?」

 なんでこうなったのか。それは一時間くらい前に遡る。




「ちょっと逃げないでよピーターっ!」

 講義の終わった後、ジタバタ逃げ出そうとするピーターをあたしはがっちりと服を掴んで離さない。

「ダメですってっ!? もう邪因子を均等にしてもネルさんにボロ負けばっかりじゃないですかっ!?」
「だって他の奴はあたしが声をかけても皆逃げるんだもの! さあ諦めて訓練に付き合ってよ! 大丈夫手加減するから」

 と言ってはみたものの、実際ピーター相手だと物足りなくなってきたのも事実だ。邪因子が均等だから最初は良かったのだけど、だんだんあたしが慣れてピーターの動きを読めるようになってきた。

 この調子だと次かその次には腕か足を縛ってやらないと訓練にならなくなるかも。なので、


「ただいま~! オジサ~ン! また訓練に付き合って~!」
「おうおかえり。早かったな。あと一対一の訓練はもうキツイから嫌……っ!?」


 一度帰ってオジサンに相談すると、オジサンは何故かあたしの後ろの方を見て驚いている。

「お、お邪魔します。あの、ボクピーターって言います。どうぞよろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。俺はこのクソガキにこき使われているしがない雑用係のケンという者だ。こちらこそよろしく。……おいクソガキ。友達を連れてくるなら早めに連絡しろよ! どうぞ上がって上がって。昨日のドーナツの余りはあったかな?」
「ちょっ!? ちょっとオジサンっ!? 何そのにこやかな態度っ!? それとここあたしの部屋っ!」

 普段のあたし相手とはまるで違う穏やかさで、オジサンは一礼するピーターを迎える。何か釈然としない。

 あと……? ピーターは丁度良い訓練相手なだけだけど。

「そりゃあクソガキと初対面にきちっと挨拶する相手じゃ態度も変わるさ。お前もこういう態度を取ってほしけりゃ普段の生活態度を見直しな」
「ふぐぐっ……それは何か負けた気がするから嫌」

 お父様相手ならともかく、オジサン相手じゃねえ。

 そういう訳でひとまず皆で部屋に上がり、昨日の余りのドーナツを齧っていたのだけど、

「しかしピーター君。君の事はこのクソガキから聞いてるよ。よく訓練に付き合ってくれた。コイツの相手は非常に疲れると思うが、出来ればこれからもなるべく時間を掛けて付き合ってやってほしい。……いやホント。切実に」
「それは…………もしかして貴方もっ!?」

 互いに疲れたような表情を僅かに見せたかと思うと、その瞬間何か通じ合ったかのようにがっしりと握手をしていた。

 なんか悔しい。初対面で仲良くなっちゃってさ。

「それでオジサン。これまでみたいに一対一で対人戦を鍛えるのは良いんだけど、ピーターじゃもうすぐ物足りなくなると思うの。何か良い案ないかなぁ?」
「良い案ねぇ。お前の場合数回戦っただけで何となく相手の技を自分の物にするレベルで筋が良いから、このまま対人戦を続けていけば相当伸びると思うんだが……本当に他にやる相手は居ないのか?」
「皆声かけると逃げちゃうんだよ」

 前々からそうだったけど最近は特に酷い。そのくせ何人かで集まってはこっちを見てぼそぼそ喋ってるし。言いたい事があるんなら直接言えば良いのに。

「もうすぐ昇進試験だからな。
「根回し?」
「ああ。何でもない。……仕方ない。それじゃあ今回は普通に戦うのとは趣向を変えるとすっか」

 そう言って億劫そうに立ち上がるオジサン。そのままキッチンの方に行って何か仕込みをしたかと思うと、昨日の訓練室に行くぞと言って上着を羽織る。

「あのぉ……僕はどうしたら?」
「折角だから一緒にどうだい? もうすぐ試験なのは君も一緒だろう? 直接戦う訳ではないけど、コイツも誰かが一緒の方が張り合いがあると思うし」
「はぁ。そんなもんですかね」

 なんかやる気のなさそうなピーターも引き連れて、あたし達は訓練室に向かった。




 そうして今の状況になるって訳。

「本当にこんなのが訓練なんですかぁっ!?」
「勿論だ。高ランクの邪因子持ちはちょっとした重火器程度ならびくともしないが、それはきちんと邪因子を制御できていればの事。これはゲーム感覚で邪因子制御を練習する画期的な方法なんだぞ」

 訓練室中を飛び回る幾つものボール。2種類あるそれにはそれぞれ仕掛けがあって、赤色の球は活性化した邪因子に反応して衝撃を放つ。そして黄色の球は逆に邪因子を抑えている状態で触れると衝撃を放つ。

 衝撃と言っても痛みはなく、せいぜい軽い振動が来るくらい。だけどボールはそこそこ早いし、止めるには触れてボタンを押さなきゃいけない。

 触れる一瞬でどっちか見極め、素早く邪因子のオンオフを切り替えるのは結構難しい。おまけに何個も飛んでくるから同時に当たったらどっちかは衝撃が来る。あくまで1つずつ触れる状況に持ち込まないといけない。

 だけど、割とこういうのも楽しい。

「今度は青色も追加だ。青は邪因子は関係なく、手と腕以外で触れると衝撃だ。ガードする時は気を付けろ!」
「つまり足で蹴り飛ばして防ぐのは無しってことね。了解~!」
「いや難しいですってっ!? 鬼っ! 悪魔っ! 鬼畜っ!」
「ハッハッハ。俺なんか大分優しい方だ。俺の友人にオリバーって奴が居るが、アイツ笑いながら常に鍛える相手の限界ギリギリを見極めて追い込んでくドSだからな。大丈夫。設定でピーター君の方には青色は行かないようにしてある。まずは存分に2色で練習してくれ。最終的には7色まで増やす予定だが」

 ピーターはうげって顔をしているけど、それならまだまだ楽しめそう。あとオリバーって誰?




 結局その後1時間くらい飛び交うボールと戯れ続け、4色目の緑(基本は黄色と同じだけど、身体の邪因子の強い場所に向かって行く。例えば右腕だけ邪因子を高めるとそちらに寄ってくる)を攻略した辺りでオジサンからストップがかかり、晩御飯となった。

「いや。やっぱり悪いですよ」
「遠慮することは無い。ここまで来たら2人も3人も大差はないし、念の為多めに食材を買ってある。どんどん食べてくれ」

 今日のメニューはカレーライス。オジサン曰く好みの分からない相手でも大体これが鉄板なんだとか。確かに前1回食べたけど美味しいよね!

「そうだよ。オジサンの料理は美味しいからピーターも1回食べたら病みつきになるよ~。……あっ!? そこの卵焼きはあたしのだからね。

 皿をさりげなくこちらへ移動させ、軽くピーターに注意を促しておく。……良かった。ちょっと顔を強張らせながらうんうんと頷いてくれた……痛っ!? チョップされたっ!?

「こらっ! 独り占めすんじゃないよクソガキ。……すまないな。おかずもまだまだあるので遠慮なく取ってくれ。そこの卵焼きなんか自信作だぞ」
「ダメっ! ダ~メ~な~の~っ!」

 結局卵焼きを一切れずつ2人に取られてしまった。良いもんね。まだ残りの八切れはあたしのだもんね!

 その後カレーを皆で食べ、お腹もすっかり満たされた後ピーターは1人部屋まで帰っていった。

 オジサンが送って行こうとしたけど、ピーターは「流石に二十過ぎにもなって1人で帰れないなんて事ありませんよ。本日はどうもありがとうございました」と言って去っていった。

 ピーターあれで二十歳過ぎだったのっ!? オジサンも「……精々高校生くらいだと思ってた」と驚いていた。




「それにしても、お前が友達を連れて帰ってくるとはな。少々年上だったみたいだが」

 カチャカチャと食器を洗いながら、オジサンは背中越しにそう声をかけてくる。

「……友達じゃないよ。ピーターはただ都合の良い訓練相手だったってだけ。もしくは子分かも。ピーターだけじゃない。他の幹部候補生は皆競争相手なの」
「そうか? それにしては、一緒に訓練している時のお前は少しだけいつもよりご機嫌そうに見えたぞ」
「違うもん。そんなわけないじゃん」

 友達……か。

 あたしは少し頬を膨らませながら、あんまり聞きなれないその言葉にちょっとだけ想いを馳せた。




 ◇◆◇◆◇◆

 友達って何なんでしょうね? 傍から見るとそれっぽいのですが、ネルから見れば子分だしピーターから見てもまだ微妙な所です。
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