上 下
18 / 31

悪心迎撃戦 変身

しおりを挟む

「コムギィっっ!?」

 直接逢う事は避けようと、遠目に見るだけに留めようと思っていたのに。

 血まみれのその姿を見た時、それまで色々と考えていた事が吹き飛んだ。

 ワタシは急いでそこに駆け寄ろうと走り出し……すぐ脇から死が迫ってくるのを悟る。

『グルアアアっ!』

 それは一体の野犬型悪心。瓦礫の陰になっていた死角から、ワタシに向けて牙をむき出しにして飛び掛かってきた。

 犬型にも種類があるけどこの悪心は小型。強さはさほどでもない。

 普段のワタシなら気づけていた。魔法少女のワタシなら防げていた。

 でも力を失い、コムギの方に気持ちが向いていたワタシにはどうする事も出来なくて。

 犬型悪心の牙がワタシを捉える……筈だった。


「危ないっ!?」
「えっ!?」


 

「~っ!? ……このおっ!?」

 ザンっ!

 ピーターさんは右腕だけを鱗に覆われた姿に変え、そのかぎ爪で一閃。犬型悪心を消滅させる。

「……ふぅ。無事だったかいアズキちゃん? ……イタタタっ!?」
「ピーターさんっ!? しっかりっ!?」

 脇腹を抑えて膝を突くピーターさんに駆け寄ると、彼は明らかに痛みをこらえる様子で無理して笑って見せる。

「咄嗟だったから邪因子による防御が間に合わなかった。結構痛いけど、見た目より傷は浅いよ。これくらいなら安静にしていればすぐ治るさ」
「でもこんなに血が……ごめんなさい。ワタシのせいでこんな事に」
「まあこの状況で勝手に逃げ出したのはお説教ものだけどね。理由は……ここに来て何となく察しがついたけど」

 今も血が流れ続けているというのに、ピーターさんは離れた所で今も戦っているコムギを見て軽く頷く。だけど、ワタシはそんな状況でもこう口にする。

「お願いっ! あの子を」
「……ダメだ。今は君を無事連れ帰るのが最優先。かわいそうだけど、他の魔法少女に関わっている暇はない」
「そんなっ!?」

 ピーターさんは一瞬だけ迷ったものの首をはっきりと横に振り、ワタシはもう一度コムギの方を見る。

 さっき映像には他の魔法少女を庇う様子が映っていたけど、今は他に魔法少女の姿はない。死体も見えないし、コムギの性格を考えると自分が囮になって皆を逃がしたのだろう。

 だけどそうやって一人で戦った結果がアレだ。

 身体はふらつき、視線からどうやら目もまともに視えていない。それでも微かに感じる息遣いや動きの音を頼りに、襲い掛かってくる悪心達に立ち向かっている。

「さあ。こんな所で押し問答してる場合じゃない。予定時間までもう10分ほどしかないからね。悪いけどボクが運んで支部まで……下がってっ!?」

 急に、ピーターさんが前に出て叫んだ。すると、

『グルルルル』
『グウゥゥ』

 唸り声を上げながら、周囲から数体の犬型悪心が現れる。

(いけないっ!? まさか群れっ!?)

 悪心は基本群れを作らない。だけど一部の小型種等は稀に何体かで行動する事がある。

 そして今は悪心の大量発生中。何が起きてもおかしくない。

「マズいね。時間がないってのに……アズキちゃんはそこの瓦礫の陰に隠れていて」
『グルアアアっ!』
「チィっ!? 早く下がってっ! はぁっ!」

 飛び掛かってきた悪心をいなすピーターさんに背を押され、ワタシは瓦礫の陰に押し込まれる。

「せいっ!」
『ギャウっ!』

 また飛び掛かってきた一体をカウンターで引き裂くピーターさんだが、その場からほとんど動くことなく立ち回っている。

 それを悪心も本能的に感じ取ったのか、グルルと威嚇しながらじりじりと同時に飛び掛かれるよう間合いを詰めていく。

(どうして? ……傷を気にしてカウンターを狙うにしても、もっと良い位置取りがある筈……あっ!?)

 気づいてしまった。

 ピーターさんはワタシの方に行かせないのと同じく、位置取りを常に保っている事に。

『グワゥっ!』
「くっ!? んなろっ!」

 そして、今も二体同時に襲われ片方に爪でひっかかれても、ピーターさんはその位置取りを崩さない。

 変身している方の腕でガードしているから傷はついていないけど、怪我から流れる血で着実に体力を消耗していく。そして、

『グオオオっ!』
「……はぁ……まだ……これくらいっ!」

 離れた所では、今もコムギが必死に戦っていた。

 鹿型悪心の角で持っていた剣を弾かれ、牛型悪心の突進を躱したものの砂埃で目をやられ、それでもステッキから放つビームで牽制している。おそらくは逃げた仲間を追わせないように。


(ワタシ……なんて無力なのっ!? 親友も守れず、ピーターさんには迷惑をかけて、これじゃあどうしようもないじゃないっ!?)


 聖石が砕けていなければ。魔法少女の力がもう一度だけでも使えれば。

 終わった後拒絶反応で死ぬような目に遭ったって構わない。痛みに耐えてでもコムギの……そしてピーターさんの助太刀に行けるのにっ!

 悔しさからぎゅっと拳を握り……ふと手首に巻いたままのタメールに目が留まる。

 発信機としてつけたままのそれを見て、ふと以前支部内を見て回っていた時に職員の一人から聞いた話を思い出す。それは、



?』
『ああ! 普段からタメールは起動の際に、持ち主の邪因子を吸って動力源にしているんだけどよ。それとは別にほんのちょっぴりずつ非常用の分を溜めているのさ。それを使ってタメールを邪因子のない奴でも使えるようにしたり、もしくは滅多にない事だが……』



「“貯蓄した分を身体に取り込む事で”……だったよね」

 ワタシは、そっとタメールに指を伸ばす。

「ハアアッ! ……アズキちゃん? 一体何を……まさかっ!? 待て。待って!? それをしたら君はっ!?」

 こちらに気が付いたピーターさんが慌てて止めようとするけど、間の悪い事に残りの悪心達がまとめて飛び掛かってきてそちらの対処で手いっぱい。

(ごめんなさい。これからやろうとしている事は、ピーターさんやジェシーさんの厚意を無駄にする事。後で思いっきり謝ります)

 それは一度踏み出したら後戻りできない道。たぶん誰も幸せにならない選択。だけど、

「だとしても、このまま無力な身で終わるくらいなら、命の恩人の足手まといになるくらいなら! そして、あの子がこれ以上傷つくのを見るくらいならっ!」

 ワタシはタメールの画面から、のボタンを押す。

 その瞬間タメールの内側から針が伸び、そのまま手首の血管に突き刺さって邪因子を流し込んでいく。


 ドクンっ!


 活性化した身体の中の邪因子が、拒絶反応の強烈な痛みごと聖石を侵食していく感覚。もう正義の魔法少女に戻る可能性はこれで万に一つも消える。

 それでも尚、その時のようにワタシはこの言葉を叫ぶんだ。


「悪にだって、堕ちてやろうじゃない。……っ!」


 ワタシの身体を、この身から吹き上がる邪因子が包み込んだ。




 ◇◆◇◆◇◆

 こうして、正義の魔法少女は友の為に悪に堕ちる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

レズビアン短編小説(R18)

hosimure
恋愛
ユリとアン、二人の女性のアダルトグッズを使った甘い一夜を書いています。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

(R18) 女子水泳部の恋愛事情(水中エッチ)

花音
恋愛
この春、高校生になり水泳部に入部した1年生の岡田彩香(おかだあやか) 3年生で部長の天野佳澄(あまのかすみ) 水泳部に入部したことで出会った2人は日々濃密な時間を過ごしていくことになる。 登場人物 彩香(あやか)…おっとりした性格のゆるふわ系1年生。部活が終わった後の練習に参加し、部長の佳澄に指導してもらっている内にかっこよさに惹かれて告白して付き合い始める。 佳澄(かすみ)…3年生で水泳部の部長。長めの黒髪と凛とした佇まいが特徴。部活中は厳しいが面倒見はいい。普段からは想像できないが女の子が悶えている姿に興奮する。 絵里(えり)…彩香の幼馴染でショートカットの活発な女の子。身体能力が高く泳ぎが早くて肺活量も高い。女子にモテるが、自分と真逆の詩織のことが気になり、話しかけ続け最終的に付き合い始める。虐められるのが大好きなドM少女。 詩織(しおり)…おっとりとした性格で、水泳部内では大人しい1年生の少女。これといって特徴が無かった自分のことを好きと言ってくれた絵里に答え付き合い始める。大好きな絵里がドMだったため、それに付き合っている内にSに目覚める。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

母乳カフェ 引っ越し先のママ友に紹介されたのはエッチなお仕事でした

オロテンH太郎
恋愛
知らない土地で、ママ友ができるか不安だった私に、お隣の香織さんはとてもやさしくしてくれて、仕事まで紹介してくれました。 けれど、その仕事がすごくエッチなお仕事だったんです。 私は藤波亜美25歳、専業主婦でS県に引っ越してきたのは夫の転勤についてきたからだったのですが、やっぱり不安がありました。 ……知り合ったお隣の香織さんに、狂わされていくなんて思ってもいませんでした。

処理中です...