残光

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朋樹2

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1991年春。
光介に出会ってから週イチの体育の講義が待ち遠しくて仕方なかった。
気が付くと光介を目で追ってた。
(今日こそ声かけよう)
その日俺は決心してた。

5月。
ゴールデンウィークも終わって、学内は新入生を迎えた騒然とした雰囲気も一段落したらしく、落ち着いてた。
入学してからのサークル勧誘合戦ももう収まってた頃だ。
(大学生ならサークル入んなきゃ)と気張ってた俺は、体験入部という名目で仮入部した所は3つあったけど、見た目に反して内気で人見知りな俺は、どれも長くは続かなかった。
いちご世代とか言われてる俺たち世代だ。
いわゆる団塊ジュニア世代だ。
このKS大も新入生は優に千人は超えてた。
福岡の郊外近いFランクのこの大学に学部の関係もあってか女の子はあまりいない。
大学のウリの一つが芸術学部で、それ系の短大も構内に付設されてる。
芸術学部以外は経済学部や工学部なんで男子学生がほとんどだ。
だから俺にとっては逆に居心地良かった。

(あ、いる)
光介本人に気付かれないよう、そっと対面側に行く。
俺の取った体育実技Bは前期日程はバドミントンなので、前の講義で何気ない振りしながら光介の近くに陣取ってたら、あんまり光介が見れない事に気が付いた。
バドミントンなのでコートのこちら側とあちら側に別れて対面で打ち合い、講師の先生の合図でシャトルを打ち合ったりするのだ。
コートの同じ側にいると、コートの対面にいるのと違い、あんまりジッと見てるのが不自然なのに気が付いてから、なるべく対面にいるようにした。
(今日もカッコいいなあ)
手足は長いし、手と足は大きいし、体に対して顔は小さいし、きっと全体的なバランスが良くて俺の目を引くんだと思った。
ほとんどの学生は持参した自前のジャージやスウェット姿だが、中には高校の体操服と覚しき強者もいる。
光介も俺もジャージ姿だが何故か俺には光介のジャージ姿が光って見えた。
最初何かの見間違いかと思ったがどうも俺の目には光介の体の周りのボンヤリとしたオーラみたいな物が見えるのだ。
胸のドキドキと何か関連してるんだろうと無理矢理結論づけて深く考えないようにした。

講義が始まる前の男子大学生達は女子とそう変わらない。
隙あらばつるんで、知り合や顔見知りと他愛もない会話をして笑い合う。
(あ、またあいつと一緒にいる)
毎回光介の近くにいて親しげに話してる可愛い男の子だ。
大柄な光介と違って華奢で、身長も20センチくらい違う。
並んだ感じもカップルみたいだった。
楽しそうに笑い合う二人を見て、嫉妬というより、何かお似合いの二人をいつまでも見ていたい気になったんだ。

俺は中高生の頃からゲイかもしれない自分に悩んでた。
言っとくが、中学生の時に同級生の女の子に手紙もらって何通か文通したり、高校生の時には別の女の子とデートして初キスしたりした。
自分が男が好きなんて認めたくなくて、女の子と付き合ってみたんだ。
でも、目が追ってしまうのはどうしても男の子ばかりだった。
小学生の頃から通ってる貸本屋や、少し遠くのレンタルコミック屋さんで借りて来るのは、最初こそ周りの目を憚って少年マンガばかり借りてたが、他の客がいないのを見計らって、次第に少女マンガまで広がってた。
中高生の時の俺は、すっかり男同士の恋愛を扱ったマンガばかり読むようになった。
少女マンガ雑誌の一部では連載中の作品のほとんどが男性同士の恋愛物という雑誌も登場し、俺の性癖に拍車をかけた。
一方で図書館好きの俺は小説でも同性愛物を読むようになった。
インターネットなんて無い時代だ。
どこかの雑誌の小さな紹介記事で同性愛関連の記事を見て一瞬で作品名を頭に叩き込んだりしてた。
BLなんて言葉はおろか、やっと「やおい」が知られ始めたくらいの頃だ。
同級生の間で「おかま」とか「ホモ」とかいう単語が出るとすぐ自分の事言われてるんじゃないかと思って聞き耳をたてた。
大体は気のせいだったけど、周りに知られる訳にはいかなかった。
自分がどんどん同性に惹かれていくのを止められなかった。
でも、自分のセクシャリティを自分で認めたくなかった。
だから必死で隠した。
特に自分が好んで家族に隠れて読んでる物を知られたら、家を出て働くか、自分が消えるしかないと思い詰めてた。
正直、大学生で一人暮らしを始められる事になった時、大げさでなく心から「助かった」と思った。
そこで光介に出会ったんだ。
でも、女の子から手紙もらったりとかデートしたりしたのは全部女の子の方から誘われたものだった。
俺に自分から告白する勇気はない。

(よし「お友達から始めましょう作戦」だ)
しかし、講義中に短い言葉を交わす事はあってもなかなか光介に話しかけるきっかけは掴めなかった。
例のいつも光介の近くにいる可愛い男の子に、その時初めてイラついた。
(今日こそは┅)
そう思ってたけど、講義が終わり更衣室に急いだが、もう光介の姿はなかった。
俺は更衣室を出て光介の後を追った。

(見つけた)
光介は体育館前の喫煙所にいた。
いつもの男の子はいない。
(一人だ)
ドキドキしていた。
(ナンパってやった事ないけどこんな感じかな)
顔が火照ってるのが分かる。
ただでさえ今日は初夏らしい、いい陽気だ。
体育館前には講義後の汗を流す為、洗い場に行列ができてる。
中には後ろの行列を無視して、自前の洗顔料で悠然と顔を洗ってるやつもいる。
俺は洗い場の行列に辟易してる、って体を装って喫煙所に向かう。
(あと目算10メートル)
なんかアイドル歌手のキスまで後何センチとかの歌詞みたいだ。
そう思いながら不自然な動きにならないよう注意しながら光介の前まで来た。
握った掌は汗でぐちゃぐちゃ。
喉はカラカラだ。
突然目の前に現れた俺に、光介は少し驚いた様子だった。
「┅人、多いねえ」
緊張で声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。
「うん、まあね」
170センチの俺が少し見上げる角度になる光介が戸惑ったままの表情で言う。
「あ、ほら、さっき講義で一緒だった佐藤だよ」
「ああ」
思い当たったのか、納得したように光介は笑って頷いた。
「今日暑いから、俺も汗だくで┅顔洗おうと思ったけど、これじゃあね」
やれやれ、という感じで俺は言った。
我ながら名演技だと思った。
「俺は井田┅」
「だよね、知ってる。何回か話したよね」
最初の体育実技の講義で光介に見惚れてから、少しずつ距離を縮めようと、なるべく同じコートに入れるようにしてた。
「井田も、だよね」
光介のリュックに巻いてるタオルを指差して俺は言った。
「うん、まあ┅」
光介は、同じ講義で顔見知りではあるけど、そう親しくもない相手から話しかけられて戸惑ってる様子だ。
(そりゃそうだろうな)
しかし、俺は何とかしてこの機会を逃すまいと頑張った。
ドキドキする心臓に意識が向かないように何とか頭をフル回転させて、何でもない振りをしながら、また声が裏返らないように気をつけながら言った。
「ね、うち来ない?」
「┅え?」
「あ、俺一人暮らしなんだけどここから近いんだ。洗い場くらいあるし、お茶くらい出すよ」
俺の提案に光介は驚いたらしく、目を丸くして言った。
「でも、迷惑じゃ」
「そんな事ないよ。あ、それとも次の講義始まっちゃうとか?それか、あの┅いつも一緒にいるやつと何か約束あるとか?」
「え?┅いや。次の講義は今日はもうないし、あいつはこの講義しか一緒にならんし、名前もよく分かんないけど┅」
俺はなるべく冷静に自然な感じで話そうと思ってるが、緊張で、つい捲し立てるように早口になってしまう。
「┅じゃ、行ってみるか」
(やった)
内心の嬉しさを出さないように、注意深く何でもないない振りをして俺は言った。
「うん、遠慮なく」
胸のドキドキは最高潮になった。

いつもは何気なく歩く道も、後ろに光介の視線を感じながら歩くと、何故かいつもと違う道に感じた。
「こっち」
時々光介に声をかけながら構内を突っ切る。

福住荘は築30年を越える木造モルタル造りの外階段、外廊下の安アパートだ。
木造モルタル造りのアパートなんて刑事ドラマでしか見た事なかったが、自分で住む事になる日が来るとは思わなかった。
一階の一番奥の部屋が俺の部屋、106号室だ。
「ここか」
「うん、そうだよ。どうぞ」
ドアの鍵を開けながら言う。
手汗で滑りそうになるのを、不自然にならないように集中して何とか1回で鍵を開けた。
何なら少し小刻みに震えてる手をなるべく意識しないように、少しでも自然に見えるように。
「シンクでも風呂場でもどうぞ」
ドアを開けたらすぐ左側がすぐ台所で、右側がトイレと風呂場だ。
外から見るのと違い、割りとゆったりとした造りだ。
ガス台もシンクも実家とそう変わらない広さだ。
正面の引戸を開けると畳の和室の6畳間。
バイブベッドと家具調コタツのテーブルとテレビとラジカセと本棚。
引っ越したばかりってのもあって、物も少ないから、何かガランとしてる気がする。
ああ、と言いながらメガネを外し、光介はシンクで顔を洗い始めた。
(へえ。メガネはずすとこういう顔なんだ)
メタフレームのメガネをかけた印象の方が表情が柔らかくなるような気がした。
タオルで顔を拭く光介を尻目に俺は言う。
「何ならシャワーもどうぞ」
茶目っ気たっぷりに俺が言うと光介は「そこまではいい」と笑いながら言った。
「じゃあ、こっち来て」
部屋の方に誘うと光介はゆっくりとした動きで部屋に入って来た。
鴨居で頭をぶつけそうになるので、少し屈んだ光介を見て、目が蕩けそうになるのを堪えた。
「アハハ、背が高いね。何センチ?」
「┅186」
「そうなんだ。鴨居、気を付けて」
「┅割りと低いんだな」
「そう?俺は170だけど余裕だけど」
俺は部屋との境目に立った。
光希を見ながら自分の指で何センチ余裕があるか測る。
「┅思ったより余裕ないや」
顔を見合わせて光希と笑う。

家具調コタツのテーブルのテレビに近い場所に光希を座らせた。
この部屋では特等席だ。
但し背中はすぐバイブベッドが当たる場所でもある。
胡座をかいて座った光介は、長い手足をもて余してるようで何だか手持ち無沙汰のようだった。
俺はテキパキとまだ新品のケトルで湯を沸かし、急須でお茶を淹れ、マグカップに注いだ。
「あ、タバコね。灰皿どうぞ」
100円均一で買った、タバコが通るくらいの穴がたくさん開いた、蓋付きの缶の灰皿をテーブルの上に置いた。
「┅どうも」
「どう致しまして」
会話の間が空くのが怖くて、俺は何気ない振りをしてテレビを点けた。
テレビではいつもの昼のワイドショーをやってた。
「あ、俺も」
そう言って、自分のタバコに火を点ける。
実家だとできなかった一つが喫煙だ。
隠れて吸う事も出来たけど、高校生だと金銭的にも肩身が狭い。
一人暮らしを機にタバコを始めた。
大人の男への憧れもあったと思う。
一方で高校はヤンキーとか不良全盛の時代でもあったので「二十歳になったらタバコやめる」というのもあったけど、俺は高校の時はオタクの真面目君だったので、聞き流していた。
副流煙も嫌煙権も知ってたけど、JRの在来線の各座席に一つずつ灰皿が付いてた時代でもある。
「へえ、タバコ吸うんだ」
「ん、まあね」
「結構、友達とか来るの?」
「うん、まあ学校から近いし、一番近い出入口から構内に入るまで直線距離50メートル以内くらいだしね」
俺は高校からの友達や、入学してから知り合った人が、急な休講で暇潰しによくやって来るのだと光介に言った。
福住荘の前には舗装してない駐車スペースがあるが、住人以外もよくとめてるみたいだと、説明した。
「┅あー、じゃあ悪いんだけど」
申し訳なさそうに光介が言った。
「俺、スクーターで通学してるんだけど」
「うん?」
「駐輪場、遠くて狭くてすぐ一杯になるから、ここにとめさせてもらえないかな」
「┅」
俺は少し考えこんだ。
(これは┅もしかして仲良くなれるチャンスじゃね?)
俺は、ついこの間、この福住荘担当の駅前の不動産屋さんに聞いた事を光介に伝えた。
「じゃあ、基本的に駐車場は住民の自治に任せてると┅」
「うん、その場で大家さんに電話で確認してもらった」
俺が確認した理由は、実家の兄が車で福住荘に寄った際に駐車場にとめられるか確認するよう言われたからだった。
俺と光希は部屋を出て駐車場を確認した。
舗装してない土むき出しの所もあるが半分以上の面積で玉砂利を敷いてある。
頭から突っ込む感じでフロントが来る場所にブロックに部屋番か名前が書いてある。
今も二台とまったままだ。
ブロックを置いてない場所もある。
「空いてるスペースもあるから、うちの前辺りにとめたらいいんじゃない?」
「┅いいのか?」
「うん、どうせ使ってないし┅あー、でも一つお願いがあるかな」
「┅何?」
さっき思いついた事を、さも今思いついたように俺は自然さを装って言った。
「少し早目に来て、俺が寝てたら起こしてくれると助かるな」
一年生の一般教養でほぼ同じ講義を取ってるのはこの一ヶ月で分かってる

因みに寝起きはいい方で、実家では兄や姉みたいに親から起こされた事はあまりない。
「┅なんだ。金でも取るのかと思った」
少し笑いながら光介が言う。
「ハハハ、それいいかも」
笑いながら俺も返す。
「ああ、そろそろバイトの時間だから行くわ。」
自分の腕時計を見て光介は言った。
「うん、じゃあ明日からよろしく」
「おう。じゃあ」
学校の方に歩いて行く光介を見て、また俺は(カッコいいなあ)と思いながら見送った。
見上げると5月の空は青く澄みきって、どこまでも行けそうな気がした。



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