追いかけて

皆中明

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追いかけて

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「そうですね。ツアー中に連絡をしないのは、以前からそうでしたから仕方がないのかもしれません。でも、だからと言って連絡すると言われていているのに、半年も放置されるのは辛いですね」

 ここ最近ハの字に下がりっぱなしの仁木さんの眉が、さらに角度をつけながら下がっていく。心配をかけているなという自覚はあるものの、それに対して申し訳無いという気持ちすら、もう持てなくなっていた。

 そんな俺を、周囲は腫れ物のように扱う者と気遣う者に分かれ、有難いことに身近な人たちは俺を守ろうとしてくれていた。ただ、その優しさを頭では理解出来ても、心がそれについていかない。突然失った温もりは、俺の中に大きな穴を残してしまった。今でもそれをどうしても埋められずにいる。

——労ってくれるなら、孝哉がいい。

 ぼんやりとしか考えられない頭で、思わずいつもそう思ってしまう。
 他の人の気遣いなどいくら集めても、孝哉の笑顔には敵わない。空いた穴は塞がらない。そう叫びそうになるほどに、俺は孤独に蝕まれていた。

 歪んだ思考は人の善意すら苦痛として捉えるようになり、こうやって誰かの優しさを無碍にするようなことを考えては、その罪悪感に胃の奥の方がズキリと痛む。この半年間は、ずっとそれを繰り返していた。

「色田、俺は先に上がるな。耀と純によろしく。仁木さん、お願いします」

 俺はそう言って軽く手を上げてコントロールルームへと戻っていく色田に挨拶をすると、心配そうに俺の後ろをついて来る仁木さんと共に家路についた。

 和哉さんは、孝哉がいなくなってからも俺をあの家に住まわせてくれている。出て行こうとした俺を引き留め、事務所には自分が世話をするから任せて欲しいと言っていたと仁木さんから聞いた。
 つまり、俺と和哉さんは今、息子が出ていったにも関わらず、その恋人をそのまま住まわせてくれているという、妙な同居関係にあるのだが、一つだけ約束させられていることがある。それは、この問題が片付くまでは、俺は絶対に引っ越さないというものだった。

 和哉さんも事務所も、孝哉の居場所を知っているらしい。だからこそ、所属アーティストが仕事をしていないにも関わらず、誰もその行方を追おうともしないのだと気がついた。孝哉は火傷をした手の治療のために休んでいることになっているらしい。
 ただ、そのためにどこに行っているのか、それがいつまでになるのかについては、和哉さんと仁木さん以外は知らないらしい。そんなことが許されているのは、数十年に渡り事務所に最高利益をもたらし続けている和哉さんだからこそだろう。

『孝哉のためにも、自分を労ってくれ』

 連絡をくれるたびにそう言ってくれる和哉さんの言葉が、何よりも深く俺を傷つけていた。

「隼人さん、これ」

 仁木さんからおにぎりやゼリー飲料、栄養ドリンクの類が詰まった袋を手渡される。あの日以来、俺は人が手作りしたものが食べられなくなってしまった。
 誰かの温もりや優しさを感じることを、体が拒絶してしまう。そうされる度に、頭の中に孝哉の声が響くようになってしまっていた。

——俺の居場所を奪ったくせに、自分は優しくされていいと思ってんの?

 あの屋上で激しいキスを交わしたあの日、俺が応急処置用のセットを持って屋上に戻ると、孝哉は既にいなくなっていた。
 最初は状況が飲み込めず、孝哉には身の危険が迫っていたこともあって、俺はビルの中を探し回った。会議室のドアを気にしたのかと思って戻ってみても孝哉はいなかった。ケガの治療が待てなくて事務所へ向かったのかと思い顔を出したが、そこにもいなかった。
 そして、もう一度あの場所へ戻ってみると、変わらず誰もいないその場所に絶望した。

「孝哉、どこに行ったんだよ……」

 そう呟いて途方に暮れていると、ポケットの中でスマホが震え始めた。孝哉だと思い、ディスプレイを確認せずに応答した。すると、そこから聞こえてきたのは、出来れば二度と聞きたく無いと思っている条野の声だった。

「……はい」

 歓迎していないという意図を最大に示したかった俺は、出来るだけ愛想を捨てた不快な声で通話を始めた。すると、条野はそんな俺の反応を楽しむように、クッと喉を鳴らす。

『あいついなくなったみたいだな。俺には、自分が抜ければ、チルカの往年のファンは黙ってくれるだろうって言ってたぞ。隼人だけが戻るなら、きっと歓迎されるだろうってな。居場所を教えるとどうしても戻りたくなるから、言わないでくれって頼まれた。しばらくはそっとしておいてやれ』

 それが条野の言い分だった。

「そんなわけねえだろう。あいつがお前にそんな話をするわけがない」

 俺はそう呟きながらも、通話を終了した。

——どうにかして条野を会社の中で失脚させねーとな。

 何度も俺の音楽人生を潰してきた男に、言いようのない強烈な不快感を感じた。そして、これまで黙って負け続けていたことを、ひどく悔やんでいた。
 俺が一度でも正面から立ち向かっていれば、孝哉は辛い思いをせずに済んだのかもしれない。闇バイトを雇ってまで孝哉を追い込んだあいつが、何を狙っているのかが俺にはわからないのだ。
 ただ、間違いなくわかっていることは、条野に潰されたバンドはいくつもあって、つつかなくても誇りは大量に出そうだと言うこと。

——やろうと思えば簡単だろう。腹括るしかねえな。

 そう思ってはみたものの、過去一番売れたバンドのギタリストというだけで常務取締役にまでなった強運の持ち主を、俺のような普通の人間が追い落とすには無理がある。もう少し反撃する材料を揃えてから対峙しようと決めた。

 ただ、その直前までの時間があまりにも楽しかったからか、その時生まれた殺意めいた思いさえも、なんの前触れもなく大切なものを失った衝撃に侵食され、だんだんと薄れていき、終には消えてしまった。
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