35 / 58
あの場所で
18_2_新参者2
しおりを挟む俺の言葉で納得してくれたのか、純は涙を拭うと
「わかった。信じる」
と呟いて、耀の方へと走った。純は気持ちを落ち着けるために、耀の力が欠かせない。抱きしめてもらって安心している姿を確認した俺は、仁木さんに
「ミーティングに戻りましょうか」
と言った。
仁木さんはそれに頷いて答えると、一度唇を噛んだ。どうやら面白くない話をしないといけないらしい。
「では、始めましょうか。ただし、今日お知らせすることは、あまり面白い話では無いのです。まずはこれを見ていただけますか」
仁木さんはそう言うと、タブレットに幾つかのSNSの一部を撮影したものを表示した。メンバーは皆、仁木さんの近くへと集まり、その画面の中へと注意を向ける。そこに写っていたのは、衝撃的な言葉の数々だった。
「なんだこれ……」
「今現在起きている、チルカの問題です。正確にはバンド外の事ですので、そう呼ばれたくはありませんが、事務所はこれに対する対処を急ごうとしています」
俺たちは、既に起きているという『チルカの問題』を、俄には信じられなかった。
「これは、事務所へ寄せられている苦情の一部です。最近、一部のファンの間で衝突が起きているという報告がありました。それがこのデータなのですが、どうやら今のチルカの体制に関しての不満が原因のようです」
そこに書いてある内容は、チルカがダブルボーカルになった事と、俺が戻って来た事への不満が殆どだった。
四人の時からのファンが、孝哉の存在を疎ましく思っているという内容の恨み事が一つ。そして、俺に見捨てられて辛い時期を過ごした三人の元へ、恋人の孝哉を連れて勝手に戻って来た俺が身勝手過ぎると批判されていた。
そういったことが、ありとあらゆるSNSに書き込まれていた。公式のアカウントには、ほぼ連日のように
『チルカモーショナは四人』
『孝哉はいらない』
『色田がかわいそう。一人でも十分上手いのに、ダブルボーカルにするなんて酷い』
『裏切り者の隼人はいらない』
『五人になってからの音が嫌い』
様々な角度から、俺たちへの不満がぶつけられていた。その中で、最も動揺が走ったのが、
『隼人、色ボケも大概にしろ。公私混同するな。ずっと頑張って来た三人に謝れ』
というものだった。
「隼人さんと孝哉さんがお付き合いをしていることに、ファンの皆様が気が付かれたようなんです。ただの同居でしたらそこまで勘繰られなかったかもしれないのですが、和哉さんと同じお宅で暮らしていると、やはりそれ相応の間柄なのだろうと思われたようでして……」
latchkeyがリリースされてからの俺たちは、禁止されている場所での出待ちや付き纏いという問題行動を起こすファンに困らされていた。ただ、それも人気や知名度があってこそだと割り切って、ある程度は見ないふりをして来た。そのうちに、孝哉と俺が孝哉の実家で同居していることを突き止められてしまったのだ。古参のファンには、どうやらそれが許せなかったらしい。
「そっか、父さんが有名だから、あの家が俺の実家だってわかっちゃったんですね。そりゃ実家で一緒に暮らしてたら、ただの同居とは思わないだろうな」
孝哉はそう言って、画面をじっと見据えたまま黙り込んでしまった。
言葉を失くしたまま、幾つかのデータをスワイプして、誹謗中傷の内容をチェックしていく。険しい表情と共に動いていたその手が、ある文面を前にピタリと止まった。その視線の先には、画面の中で、あいつが歌を奪われるほどに苦しめられた経験を思い出させるような言葉が、冷たく光を放っていた。
『孝哉ってさ、歌ってるとめちゃくちゃエロいよな。あいつならヤれそう。もしかして、そのためにいるんじゃないの?』
そのスレッドには、他にもそいつに賛同する意見が多く見られた。驚くほど多くのコメントが書き込まれており、中には試しに襲ってみようかという馬鹿げたものまであった。それを見ている孝哉の手は、絶えず震えていた。放心したようにじっと先を見つめたまま、その震えは次第に身体中へと広がっていった。
「俺……、まだこんなことを言われないといけないの?」
絶望に襲われ、パニックの淵へと落ちそうになっていく。でも、あいつに何の非があるというのだろう。ただ真摯に音楽と向き合い、ひたすらにいいパフォーマンスを目指している孝哉を、ただ楽しんで悪く言う人間が貶めるなんてことは、あってはならないことだ。例え他のものが許したとしても、俺にはそれを許すことは到底出来ない。
「孝哉」
俺は孝哉の後ろに周り、いつもギターを弾く時のようにそっと抱きしめた。俺が触れた瞬間、その体はぴくりと弾かれたように反応した。軽い拒絶反応だ。それでも、今その体に触れているのが俺だと理解すると、だんだんそれは弛緩されていく。
「隼人さん。俺、やっぱり……」
俺は孝哉の言葉を遮るようにして、震えている彼の肩に額をつけた。そして、
「大丈夫だ。俺がずっと一緒にいるから。誰にもお前に触らせたりしない。傷つけさせたりしないからな」
と囁いた。
そのまま震える体に、自分の体温が移るまで抱きしめていた。孝哉はそれを受け取ることに身を委ねると、緊張が解けていく速度に合わせて次第に力を失っていった。
「孝哉、大丈夫?」
孝哉のただならなぬ様子を見て、純が今にも泣きそうな顔をして近づく。耀も色田も似たような顔をしていたので、俺は改めて孝哉が抱えている問題について説明することにした。
「ちょっと聞いてもらってもいいか?」
俺がメンバーにする説明を聞きながら、孝哉はそのストレスに耐えるために、小さくスワングダッシュを歌い続けていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

Snow Burst~出逢ったのは、大学構内でもなくライブ会場でもなく、雪山だった~
夏目碧央
BL
サークル仲間とスキーにやってきた涼介は、超絶スキーの上手い雪哉と出逢う。雪哉が自分と同じ大学のスキー部員だと分かると、涼介はその場でスキー部に入部する。涼介は、良いのは顔だけで、後は全てにおいて中途半端。断るのが面倒で次々に彼女を取り替えていた。しかし、雪哉と出逢った事で、らしくない自分に気づく。
雪哉はスキーが上手いだけでなく、いつもニコニコ笑っていて、癒やし系男子である。スキー部員の男子からモテモテだった。スキー合宿から帰ってきた後、涼介の所属するアニソンバンドがライブを行ったのだが、そこになんと雪哉の姿が。しかも、雪哉は「今日も良かったよ」と言ったのだ。前にも来たことがあるという。そして、何と雪哉の口から衝撃の「ずっとファンだった」発言が!

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行
うずみどり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。
(あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?)
なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。
甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。
二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。
《人物紹介》
柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。
女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。
ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。
顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。
※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
レプリカント 退廃した世界で君と
( ゚д゚ )
BL
狼獣人×人君がおりなす異種間恋愛物長編
廃墟で目覚めた人の子。そこで出会った、得体の知れない。生き物。狼の頭をした人間。
出会い。そして、共に暮らし。時間を共有する事で、芽生える感情。
それはやがて、お互いにどう作用するのか。その化学反応はきっと予想できなくて。
――そこに幸せがある事を、ただ願った。
(獣要素強め・基本受け視点のみ・CP固定・くっつくまで長いです pixivでも投稿しています)

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる