追いかけて

皆中明

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あの場所で

18_2_新参者2

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 俺の言葉で納得してくれたのか、純は涙を拭うと

「わかった。信じる」

 と呟いて、耀の方へと走った。純は気持ちを落ち着けるために、耀の力が欠かせない。抱きしめてもらって安心している姿を確認した俺は、仁木さんに

「ミーティングに戻りましょうか」

 と言った。
 仁木さんはそれに頷いて答えると、一度唇を噛んだ。どうやら面白くない話をしないといけないらしい。

「では、始めましょうか。ただし、今日お知らせすることは、あまり面白い話では無いのです。まずはこれを見ていただけますか」

 仁木さんはそう言うと、タブレットに幾つかのSNSの一部を撮影したものを表示した。メンバーは皆、仁木さんの近くへと集まり、その画面の中へと注意を向ける。そこに写っていたのは、衝撃的な言葉の数々だった。

「なんだこれ……」

「今現在起きている、チルカの問題です。正確にはバンド外の事ですので、そう呼ばれたくはありませんが、事務所はこれに対する対処を急ごうとしています」

 俺たちは、既に起きているという『チルカの問題』を、俄には信じられなかった。

「これは、事務所へ寄せられている苦情の一部です。最近、一部のファンの間で衝突が起きているという報告がありました。それがこのデータなのですが、どうやら今のチルカの体制に関しての不満が原因のようです」

 そこに書いてある内容は、チルカがダブルボーカルになった事と、俺が戻って来た事への不満が殆どだった。
 四人の時からのファンが、孝哉の存在を疎ましく思っているという内容の恨み事が一つ。そして、俺に見捨てられて辛い時期を過ごした三人の元へ、恋人の孝哉を連れて勝手に戻って来た俺が身勝手過ぎると批判されていた。

 そういったことが、ありとあらゆるSNSに書き込まれていた。公式のアカウントには、ほぼ連日のように

『チルカモーショナは四人』
『孝哉はいらない』
『色田がかわいそう。一人でも十分上手いのに、ダブルボーカルにするなんて酷い』
『裏切り者の隼人はいらない』
『五人になってからの音が嫌い』

 様々な角度から、俺たちへの不満がぶつけられていた。その中で、最も動揺が走ったのが、

『隼人、色ボケも大概にしろ。公私混同するな。ずっと頑張って来た三人に謝れ』

 というものだった。

「隼人さんと孝哉さんがお付き合いをしていることに、ファンの皆様が気が付かれたようなんです。ただの同居でしたらそこまで勘繰られなかったかもしれないのですが、和哉さんと同じお宅で暮らしていると、やはりそれ相応の間柄なのだろうと思われたようでして……」

 latchkeyがリリースされてからの俺たちは、禁止されている場所での出待ちや付き纏いという問題行動を起こすファンに困らされていた。ただ、それも人気や知名度があってこそだと割り切って、ある程度は見ないふりをして来た。そのうちに、孝哉と俺が孝哉の実家で同居していることを突き止められてしまったのだ。古参のファンには、どうやらそれが許せなかったらしい。

「そっか、父さんが有名だから、あの家が俺の実家だってわかっちゃったんですね。そりゃ実家で一緒に暮らしてたら、ただの同居とは思わないだろうな」

 孝哉はそう言って、画面をじっと見据えたまま黙り込んでしまった。
 言葉を失くしたまま、幾つかのデータをスワイプして、誹謗中傷の内容をチェックしていく。険しい表情と共に動いていたその手が、ある文面を前にピタリと止まった。その視線の先には、画面の中で、あいつが歌を奪われるほどに苦しめられた経験を思い出させるような言葉が、冷たく光を放っていた。

『孝哉ってさ、歌ってるとめちゃくちゃエロいよな。あいつならヤれそう。もしかして、そのためにいるんじゃないの?』

 そのスレッドには、他にもそいつに賛同する意見が多く見られた。驚くほど多くのコメントが書き込まれており、中には試しに襲ってみようかという馬鹿げたものまであった。それを見ている孝哉の手は、絶えず震えていた。放心したようにじっと先を見つめたまま、その震えは次第に身体中へと広がっていった。

「俺……、まだこんなことを言われないといけないの?」

 絶望に襲われ、パニックの淵へと落ちそうになっていく。でも、あいつに何の非があるというのだろう。ただ真摯に音楽と向き合い、ひたすらにいいパフォーマンスを目指している孝哉を、ただ楽しんで悪く言う人間が貶めるなんてことは、あってはならないことだ。例え他のものが許したとしても、俺にはそれを許すことは到底出来ない。

「孝哉」

 俺は孝哉の後ろに周り、いつもギターを弾く時のようにそっと抱きしめた。俺が触れた瞬間、その体はぴくりと弾かれたように反応した。軽い拒絶反応だ。それでも、今その体に触れているのが俺だと理解すると、だんだんそれは弛緩されていく。

「隼人さん。俺、やっぱり……」

 俺は孝哉の言葉を遮るようにして、震えている彼の肩に額をつけた。そして、

「大丈夫だ。俺がずっと一緒にいるから。誰にもお前に触らせたりしない。傷つけさせたりしないからな」

 と囁いた。
 そのまま震える体に、自分の体温が移るまで抱きしめていた。孝哉はそれを受け取ることに身を委ねると、緊張が解けていく速度に合わせて次第に力を失っていった。

「孝哉、大丈夫?」

 孝哉のただならなぬ様子を見て、純が今にも泣きそうな顔をして近づく。耀も色田も似たような顔をしていたので、俺は改めて孝哉が抱えている問題について説明することにした。

「ちょっと聞いてもらってもいいか?」

 俺がメンバーにする説明を聞きながら、孝哉はそのストレスに耐えるために、小さくスワングダッシュを歌い続けていた。
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