追いかけて

皆中明

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あの場所で

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◆◇◆

 配信デビューから一年が過ぎた。孝哉が大学三年になったことで、その後の道をどうするかと思い悩む日々を迎えている。事務所は孝哉を手放す様子も無く、メンバーもこれから先もともにやっていくものだと思っている。
 孝哉本人も色々な選択肢を考えていると言ってはいるものの、今最も生きている実感が持てるというチルカを辞める理由を、積極的に探そうとはしていなかった。

「以前立ち消えになっていたツアーなのですが、小規模でもいいので今のうちにやっておこうと条野さんから言われています。孝哉さんが秋になると就職活動が始まると思うので、それまでには今後どうしたいのかを決めていただかないといけなくて……。就職されるのでしたら、チルカは四人に戻すか、別のメインボーカルを探すことになります。隼人さんはそのまま残っていただいて……」

 ミーティングでの仁木さんの発言に、俺は違和感を覚えた。孝哉は元々音楽の仕事をするつもりではいたが、それがたまたまミュージシャンになったようなものなので、今後どうするかは慎重に話し合わないといけない。それはわかっている。ただ、どうして俺の去就がついでのような言い回しになっているのかと、少々寂しい思いをさせられていた。

「ねえ仁木さん、その言い方じゃあ俺は孝哉のついでに雇ってもらってるみたいなんだけど。俺の扱い悪くない?」

 いい大人が拗ねた調子で訴えると、仁木さんは両手を振り回しながら慌ててそれを否定した。

「え、そんなふうに聞こえましたか? それは失礼しました。でも、あの、孝哉さんがいないと、あなたはベストパフォーマンスを行えないのではないかと思いまして。そうなると、もしかしたら孝哉さんと一緒にチルカを抜けるという選択をされるのでは無いかと少々勘繰っておりました。不快にさせたのでしたら、申し訳ありません」

本当はそんな風には少しも思っていないのだけれど、たまには仁木さんを慌てさせたい。密かにそう思って楽しんでいると、それを見抜いた純がさっと間に入り、仁木さんを守るように俺の前に立ちはだかった。

「ちょっと隼人! 真面目なマネージャー揶揄っちゃダメだろう? ほら、気にしないで大丈夫だよ、仁木さん。隼人なんて、一度抜けてもしれっと戻って来れるようなやつだからさ。孝哉がいない間にベストパフォーマンスが出来なくても、しぶとく居残るに決まってるよ。なあ、そうだろう?」

 純が、仁木さんに甘えるように腕を組みながら言う。まるで猫がじゃれつくように仁木さんにまとわりつきながらも、その目は俺をじっと見据えていて、執拗に何かを伺っているようだった。

「何だよ、純。何が言いたいわけ……」

 純はいつもこうやって人に絡んでくるけれど、それにしては言い回しに熱が入っていることに気がついた。その言葉の中にあるものが一体何であるのかを、俺はきちんと知らなければならない。いつも思いが溢れているくせに言葉を尽くさず、察して欲しがるその瞳をじっと覗き込んでみた。
 そして、それが何であるのかが伝わると、俺は申し訳なさに身を切られるような思いをすることになった。

「純、俺はあの時、弾けなくなったから辞めたんだ。今はもう大丈夫だから。孝哉が自分の道を歩くために抜けるだけなら、俺に影響は無いよ」

 純は、俺がまたいなくなってしまうのかもしれないという不安な思いを抱えていた。あの頃の俺たちは、色々な問題を抱えていた。それが解決した今となっては、まるでそれが無かったことのように感じていて、俺がチルカを抜けた理由が他のものにすり替わっていく可能性だってあった。そして、純は安心からくる記憶のすり替えの罠に嵌ってしまっているらしい。

 再結成当時であれば、孝哉がいることでのみ成り立っていたコミュニケーションも、今となっては誰とでも円滑に行えるようになっている。あの頃のような問題は、もう絶対に起こり得ない事だということを、どうにかして伝えてあげなくてはならない。

 そして、孝哉と俺の縁が切れるわけでは無いのだから、たとえチルカでの活動が思うように行かなくても、家に帰れば孝俺は自分を取り戻すことが出来る。それがあるだけで、信じられないほどに強くなれることも明白だ。ベースが固まれば、人はブレることがない。俺にとっては、それが孝哉と一緒に歌う時間だ。その時間を奪われない限り、他に影響を与えるものは何も無いと言える。

 そのことを三人に正確に伝えなくてはならない。俺がいなかった間の三人の苦労は、計り知れないものがあるのだ。少しでも不安を払拭し、安心させてやれる方法があるのなら、それをしないという手は取れない。

「……本当だな? あの時やめたのは、俺たちとじゃつまらないとかいう思いは、全くなかったと思っていいんだな? 俺はずっとそれが怖かったんだ。それ以外の色々がなくなったとしても、孝哉がいなくなったら俺たちのこと簡単に捨てていくんじゃ無いかと思って……。俺たちと一緒にまだやってくれるんだよな?」

 そう訊ねる純の顔は、怯えの色に染まっていた。耀と色田はそんな純を見ながら、苦笑いを貼り付けている。おそらくそれに関しての説明は、二人がしてくれているのだろう。
 俺は怪我をして、そのトラウマから弾けなくなり、回復する時間を貰えなかったことで仕方なく脱退しただけであって、彼らが嫌いになったことは一度も無い。ましてや、彼らの演奏が嫌いになったことなどある訳が無かった。

 しかし、それは俺しか知り得ないことだ。それを伝えることすら禁じられていて、俺たちはそれを頑なに守って来た。だから、三人はずっと俺の気持ちを知る事が出来ず、その思いに苛まれていたのかも知れない。疑いながら信じて、信じては疑ってを繰り返し、疲弊させていたことは事実だろう。

 俺は純の肩を掴んだ。小さくて儚げな見た目に反して、分厚い音を出すために鍛え上げられた体が、自分の音楽への本気度を表している。その肩から腕の筋肉を手でバチンと叩きながら、三人の顔を交互に見つめた。

「そんなの当たり前だろう? 俺がお前たちと演るのがつまんねえって言った事があったか? 絶対無いはずだぞ。そもそもチルカへの復帰の時も、最初は色田に会うギタリストは俺しかいないって事で俺に声をかけたんだろう? その時は孝哉を入れるって話なんて無かったじゃないか。ただ、ブースで一緒に歌った時に色田が孝哉を気に入って、一緒にやりたいって言うからこうなっただけだろ? 俺は、チルカはお前たちさえいれば成立すると思ってる。そこで演るのはめちゃくちゃ楽しい。そこに孝哉がいたら、もっと楽しかったってだけだよ」
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