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◆◇◆
チルカモーショナが五人体制に変わって半年が経った頃、条野からアルバムを発表するように言われた。その話は俺たちとしては大歓迎ではあったのだが、耀・隼也・純の三人にとっては、かなりのプレッシャーとなったようだ。毎日ブースから真っ青な顔をして出てくる姿を見るようになっていた。
三人でチルカをやっていた時には、ヒットらしいヒットが出ておらず、その事で曲作りに対する自信を失ってしまったらしい。
ただ、商業音楽がヒットしなかったのであれば、それはメンバーだけの責任ではなく、プロデューサーやディレクターが彼らの魅力を引き出すことが出来なかったことにも原因はあるはずだと俺は思っている。
特にプロデューサーである条野は、昔から色田に色々と嘘を吹き込んでは、バンド内の不仲を引き起こし、それを楽しんでいるようなところがあった。特に俺に対しての嫌悪が酷いらしく、色田と俺の関係を壊すことに異常なほどの執着を示していた。
俺が色田をクビにしたがっているというデマを吹き込んでは、それに怒った色田と共謀して嫌がらせをしてばかりいた。正直なところ、色田の俺への妬みのほとんどは、条野に吹き込まれた話が元になっている。およそプロデューサーのすることとは思えない悪行だ。
俺にだけ大事な連絡が伝わら無かったり、俺のマイクや楽器を壊したり、レコーディング中の飲み物に強い酸性のものを混ぜたりと、およそ音楽を生業にしている人間とは思えない幼稚な真似を繰り返していた。
そうして一つのバンドを壊しておきながら、その残骸を自分の傀儡だけで成り立つものへと作り変えようとしたが、当然そんな事が上手くいくほど世の中は甘く出来ていない。結局チルカはほぼ活動休止状態へと追い込まれ、その後条野は稼げる他のバンドへと興味を移し、中途半端な状態で放置されたチルカは、さらに迷走することになってしまった。
メンバー同士が連絡を取り合うことで、自分のしてきた事が発覚するのを恐れた条野は、もっともらしい理由をつけて俺たちに接触禁止を言い渡していたらしい。
「条野さんは、自分の過去の栄光を何よりも大切にしています。それを素直に崇めてくれた色田さんが可愛くて、自分を知りもしなかった隼人さんが憎かったようなんです。しかもそれをおくびにも出さずにいたので、誰も気がつけませんでした。色田さんだけは知っていたみたいで、チルカの再結成を決めた後に、そのことを私に教えて下さったんです」
半年前の再結成の際に過去の問題点を洗い始めた仁木さんが、その調査結果を俺たちに話してくれた。
「以前は巧妙に隠していたようなのですけれど、もはや求心力を失って久しいので、皆すぐに話してくれました。聞いていると、なんだか哀れでしたよ」
条野の身勝手な行動に振り回されていたバンドが、この一年あまりに複数解散してしまった。この事務所でこれまで最も収益を上げたバンドのギタリストだったとしても、その後の損失の方が上回りそうになっているらしい。そのため、社内には条野の味方は既に無く、勝手な振る舞いはもう看過してもらえなくなっているのだそうだ。
「再生チルカは、出来れば条野さんからは離したかったのですが、私の力が及びませんでした……。申し訳ありません」
仁木さんは、そう言って俺たちを相手に土下座して謝罪した。
「仁木さん、あなたは悪くないじゃないですか。あの頃の俺たちがあいつの言いなりだったのって、俺たちがコミュニケーション不足だったことも大きな原因なんですよ。それに、俺がいたらヒットするんでしょう? じゃあ心配しないで任せてください。五人それぞれが制作して、アレンジラフまでやります。あとは五人で話し合いながらまとめて、チルカとしてのベストを尽くします。条野には最終確認だけ求めれば大丈夫でしょう? 俺も社会人経験積んで来ましたし、うまくやれるように頑張りますよ」
俺がそう声をかけながら仁木さんの手を引くと、彼は涙の光る目を俺たちに向けながら、「そうですね、あなた方は以前とは違うんでした」と言い、自分に言い聞かせるようにうんうんと口に出しながら、何度も頷いた。
チルカモーショナが五人体制に変わって半年が経った頃、条野からアルバムを発表するように言われた。その話は俺たちとしては大歓迎ではあったのだが、耀・隼也・純の三人にとっては、かなりのプレッシャーとなったようだ。毎日ブースから真っ青な顔をして出てくる姿を見るようになっていた。
三人でチルカをやっていた時には、ヒットらしいヒットが出ておらず、その事で曲作りに対する自信を失ってしまったらしい。
ただ、商業音楽がヒットしなかったのであれば、それはメンバーだけの責任ではなく、プロデューサーやディレクターが彼らの魅力を引き出すことが出来なかったことにも原因はあるはずだと俺は思っている。
特にプロデューサーである条野は、昔から色田に色々と嘘を吹き込んでは、バンド内の不仲を引き起こし、それを楽しんでいるようなところがあった。特に俺に対しての嫌悪が酷いらしく、色田と俺の関係を壊すことに異常なほどの執着を示していた。
俺が色田をクビにしたがっているというデマを吹き込んでは、それに怒った色田と共謀して嫌がらせをしてばかりいた。正直なところ、色田の俺への妬みのほとんどは、条野に吹き込まれた話が元になっている。およそプロデューサーのすることとは思えない悪行だ。
俺にだけ大事な連絡が伝わら無かったり、俺のマイクや楽器を壊したり、レコーディング中の飲み物に強い酸性のものを混ぜたりと、およそ音楽を生業にしている人間とは思えない幼稚な真似を繰り返していた。
そうして一つのバンドを壊しておきながら、その残骸を自分の傀儡だけで成り立つものへと作り変えようとしたが、当然そんな事が上手くいくほど世の中は甘く出来ていない。結局チルカはほぼ活動休止状態へと追い込まれ、その後条野は稼げる他のバンドへと興味を移し、中途半端な状態で放置されたチルカは、さらに迷走することになってしまった。
メンバー同士が連絡を取り合うことで、自分のしてきた事が発覚するのを恐れた条野は、もっともらしい理由をつけて俺たちに接触禁止を言い渡していたらしい。
「条野さんは、自分の過去の栄光を何よりも大切にしています。それを素直に崇めてくれた色田さんが可愛くて、自分を知りもしなかった隼人さんが憎かったようなんです。しかもそれをおくびにも出さずにいたので、誰も気がつけませんでした。色田さんだけは知っていたみたいで、チルカの再結成を決めた後に、そのことを私に教えて下さったんです」
半年前の再結成の際に過去の問題点を洗い始めた仁木さんが、その調査結果を俺たちに話してくれた。
「以前は巧妙に隠していたようなのですけれど、もはや求心力を失って久しいので、皆すぐに話してくれました。聞いていると、なんだか哀れでしたよ」
条野の身勝手な行動に振り回されていたバンドが、この一年あまりに複数解散してしまった。この事務所でこれまで最も収益を上げたバンドのギタリストだったとしても、その後の損失の方が上回りそうになっているらしい。そのため、社内には条野の味方は既に無く、勝手な振る舞いはもう看過してもらえなくなっているのだそうだ。
「再生チルカは、出来れば条野さんからは離したかったのですが、私の力が及びませんでした……。申し訳ありません」
仁木さんは、そう言って俺たちを相手に土下座して謝罪した。
「仁木さん、あなたは悪くないじゃないですか。あの頃の俺たちがあいつの言いなりだったのって、俺たちがコミュニケーション不足だったことも大きな原因なんですよ。それに、俺がいたらヒットするんでしょう? じゃあ心配しないで任せてください。五人それぞれが制作して、アレンジラフまでやります。あとは五人で話し合いながらまとめて、チルカとしてのベストを尽くします。条野には最終確認だけ求めれば大丈夫でしょう? 俺も社会人経験積んで来ましたし、うまくやれるように頑張りますよ」
俺がそう声をかけながら仁木さんの手を引くと、彼は涙の光る目を俺たちに向けながら、「そうですね、あなた方は以前とは違うんでした」と言い、自分に言い聞かせるようにうんうんと口に出しながら、何度も頷いた。
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