27 / 58
音の中へ
15_1_チアークレグロ1
しおりを挟む
『隼人さーん、最初に二人で演奏しませんか? データは送ってるけど、生で聞いてもらった方が伝わるものはあると思うんで、せっかくですから、今ここでチルカの皆さんに聞いてもらいましょうよ』
孝哉がブースからこちらへ手を振りながら言う。そのことで、俺はフェーダーをあげっぱなしだった事に気がついた。慌ててそれを下げようとすると仁木さんが間に割って入り、トークバックで孝哉へ「いいですね。ぜひ聴かせていただきたいです」と答えてしまった。
『是非是非ー』と言ってニコニコと笑っている孝哉を見ながら、俺は内心やりたく無いんだけどな……と、その流れを歓迎しない気持ちになっていた。理由は単純だ。孝哉と二人だけでベストな演奏をしている時の俺を、人に見られるのがただ単に恥ずかしいからだ。
普通に演奏するのであれば、全く問題は無い。でも、おそらく孝哉は、あのスタイルをここで披露しようとしているはずだ。それはつまり、俺たちの不自由を補い合って生まれた、あの二人羽織のようなスタイルを披露するという事になる。二人だけでやるならまだしも、チルカの関係者の前であれをやるのは、俺にはやや気恥ずかしいものがあった。
「孝哉、俺は嫌だぞ。あれやるつもりだろ?」
俺が孝哉へ反論すると、なぜか色田が目を丸くして俺の方を見ていた。隣を見てみると、仁木さんも同じような顔をしている。
『えー、なんでですか? やろうよ、俺たちのベスト。さすがにステージとかでは嫌だけど、ここでならいいじゃない。音を追いかける人たちしかいないんだからさあ。ね、お願い!』
そう言って手を合わせた孝哉は、まるで小型犬が餌を欲しがっているかのように、うるうるとした瞳を俺の方へと向けている。マイクからは離れているけれども、小さく「お願い、お願い、お願い……」と言っている声がバッチリのってしまっていて、コントロールルームのスタッフが思わず笑みを漏らしていた。
「ハヤト、なんでそんなに嫌がんの? なんか変な格好とかさせられるの? ギター弾くだけなんだろ?」
耀も純も色田でさえも、俺がただギターを弾くだけのことをなぜそこまで嫌がるのかと訝しんでいた。バックミュージシャンとして依頼を受ければ、どんなに嫌いなジャンルであっても職人のように弾きこなすという評価をもらっている俺が、演りたい相手と演ることを躊躇う理由がわからないのだろう。
「チルカの関係者ばっかりなんだぞ。だらしない顔なんて見せられないだろう?」
孝哉へそう問いかけると、なんと色田がこちらへと向き直り、ブースとこちらを仕切っているガラスへと張り付きながら「ぜってー笑わねえから、演ってくれよ。孝哉くんとお前がやるベストを、俺も聞きたい!」と、小さな子供のように目を輝かせて懇願してきた。
「は、はあ? まじで言ってんの? 結構衝撃的に恥ずかしいものを見る事になるんだぞ? いいのか?」
これまでのしがらみも考えずに、珍しく俺の目をまっすぐ見ながら懇願する色田の姿に驚いていると、周囲からの期待の圧力を感じて身が押されるような思いをした。
仁木さんも、ディレクターさんやアシスタントのスタッフさんでさえ、キラキラと輝く目を俺に向けている。いつも働きすぎて濁った目をしているスタッフさんたちのその目の輝きを見ていると、このまま渋り続けて期待値を上げてしまうのも、後を考えると恐ろしいような気がしてきた。
「わ、わかったよ。じゃあ、latchkeyを作った時のやり方でやるから。……俺があいつを後ろから抱き抱えるみたいにして、二人で弾き語りするから、驚くなよ!」
そう言い捨ててブースへの扉を開ける。入れ違いに色田は俺の隣をすり抜け、コントロールルームへと向かった。そのすれ違いの刹那、小さな声で「ありがとう」と呟き、耳を真っ赤にして走って出ていった。
孝哉の存在があるだけで、チルカの蟠りは全て溶けて無くなってしまった。ブース内にある椅子を引きずって来て「やろうよ、隼人さん!」と笑う孝哉を見ていると、胸の中になんとも言えない温もりが灯った。
「……latchkey、結構テンポ速いけどまだ手が温まってないから、抑えめでいいか?」
そう問いかけながら椅子に座り、右手にギターを持って左の膝を叩いた。孝哉はそれを合図に、まるで飼い犬のように俺の膝の上にストンと収まる。俺は孝哉の体の前にボディを置くと、ストラップを自分の肩から背中へと通した。
孝哉は右手をホールの上あたりに置き、俺は左手でネックを握る。その俺の手首を孝哉が握力の弱った左手で握った。
「……本当はね、俺も結構恥ずかしいよ。でも、このスタイルが一番俺が生きてる実感があるから。これで歌うと、どこまででも自由に翔ける気がするんだよ。だから、お願い。復活の一発目は、これで演らせて」
俯いたままそう呟いた孝哉の手は、僅かに揺れていた。
今の孝哉は、俺と二人でいれば、体の接触がなくても一人ですくっと立って歌うことも出来る。カラオケでは、友人の優太くんと二人で言った場合に限り、一人で立って歌えるとも言っていた。
でも、今日は全く知らない人たちの前で、どんな反応をされるのかもわからない状態でのパフォーマンスになる。平気そうな顔をしていたけれど、本当はかなり怯えているようだ。
俺は右手を孝哉の腹に回す。そのままグッと引き寄せるようにして抱きしめた。二人の間にある隙間が、少しでも減っていき、不安が消えてしまうようにと願わずにはいられなかった。
孝哉がブースからこちらへ手を振りながら言う。そのことで、俺はフェーダーをあげっぱなしだった事に気がついた。慌ててそれを下げようとすると仁木さんが間に割って入り、トークバックで孝哉へ「いいですね。ぜひ聴かせていただきたいです」と答えてしまった。
『是非是非ー』と言ってニコニコと笑っている孝哉を見ながら、俺は内心やりたく無いんだけどな……と、その流れを歓迎しない気持ちになっていた。理由は単純だ。孝哉と二人だけでベストな演奏をしている時の俺を、人に見られるのがただ単に恥ずかしいからだ。
普通に演奏するのであれば、全く問題は無い。でも、おそらく孝哉は、あのスタイルをここで披露しようとしているはずだ。それはつまり、俺たちの不自由を補い合って生まれた、あの二人羽織のようなスタイルを披露するという事になる。二人だけでやるならまだしも、チルカの関係者の前であれをやるのは、俺にはやや気恥ずかしいものがあった。
「孝哉、俺は嫌だぞ。あれやるつもりだろ?」
俺が孝哉へ反論すると、なぜか色田が目を丸くして俺の方を見ていた。隣を見てみると、仁木さんも同じような顔をしている。
『えー、なんでですか? やろうよ、俺たちのベスト。さすがにステージとかでは嫌だけど、ここでならいいじゃない。音を追いかける人たちしかいないんだからさあ。ね、お願い!』
そう言って手を合わせた孝哉は、まるで小型犬が餌を欲しがっているかのように、うるうるとした瞳を俺の方へと向けている。マイクからは離れているけれども、小さく「お願い、お願い、お願い……」と言っている声がバッチリのってしまっていて、コントロールルームのスタッフが思わず笑みを漏らしていた。
「ハヤト、なんでそんなに嫌がんの? なんか変な格好とかさせられるの? ギター弾くだけなんだろ?」
耀も純も色田でさえも、俺がただギターを弾くだけのことをなぜそこまで嫌がるのかと訝しんでいた。バックミュージシャンとして依頼を受ければ、どんなに嫌いなジャンルであっても職人のように弾きこなすという評価をもらっている俺が、演りたい相手と演ることを躊躇う理由がわからないのだろう。
「チルカの関係者ばっかりなんだぞ。だらしない顔なんて見せられないだろう?」
孝哉へそう問いかけると、なんと色田がこちらへと向き直り、ブースとこちらを仕切っているガラスへと張り付きながら「ぜってー笑わねえから、演ってくれよ。孝哉くんとお前がやるベストを、俺も聞きたい!」と、小さな子供のように目を輝かせて懇願してきた。
「は、はあ? まじで言ってんの? 結構衝撃的に恥ずかしいものを見る事になるんだぞ? いいのか?」
これまでのしがらみも考えずに、珍しく俺の目をまっすぐ見ながら懇願する色田の姿に驚いていると、周囲からの期待の圧力を感じて身が押されるような思いをした。
仁木さんも、ディレクターさんやアシスタントのスタッフさんでさえ、キラキラと輝く目を俺に向けている。いつも働きすぎて濁った目をしているスタッフさんたちのその目の輝きを見ていると、このまま渋り続けて期待値を上げてしまうのも、後を考えると恐ろしいような気がしてきた。
「わ、わかったよ。じゃあ、latchkeyを作った時のやり方でやるから。……俺があいつを後ろから抱き抱えるみたいにして、二人で弾き語りするから、驚くなよ!」
そう言い捨ててブースへの扉を開ける。入れ違いに色田は俺の隣をすり抜け、コントロールルームへと向かった。そのすれ違いの刹那、小さな声で「ありがとう」と呟き、耳を真っ赤にして走って出ていった。
孝哉の存在があるだけで、チルカの蟠りは全て溶けて無くなってしまった。ブース内にある椅子を引きずって来て「やろうよ、隼人さん!」と笑う孝哉を見ていると、胸の中になんとも言えない温もりが灯った。
「……latchkey、結構テンポ速いけどまだ手が温まってないから、抑えめでいいか?」
そう問いかけながら椅子に座り、右手にギターを持って左の膝を叩いた。孝哉はそれを合図に、まるで飼い犬のように俺の膝の上にストンと収まる。俺は孝哉の体の前にボディを置くと、ストラップを自分の肩から背中へと通した。
孝哉は右手をホールの上あたりに置き、俺は左手でネックを握る。その俺の手首を孝哉が握力の弱った左手で握った。
「……本当はね、俺も結構恥ずかしいよ。でも、このスタイルが一番俺が生きてる実感があるから。これで歌うと、どこまででも自由に翔ける気がするんだよ。だから、お願い。復活の一発目は、これで演らせて」
俯いたままそう呟いた孝哉の手は、僅かに揺れていた。
今の孝哉は、俺と二人でいれば、体の接触がなくても一人ですくっと立って歌うことも出来る。カラオケでは、友人の優太くんと二人で言った場合に限り、一人で立って歌えるとも言っていた。
でも、今日は全く知らない人たちの前で、どんな反応をされるのかもわからない状態でのパフォーマンスになる。平気そうな顔をしていたけれど、本当はかなり怯えているようだ。
俺は右手を孝哉の腹に回す。そのままグッと引き寄せるようにして抱きしめた。二人の間にある隙間が、少しでも減っていき、不安が消えてしまうようにと願わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

Snow Burst~出逢ったのは、大学構内でもなくライブ会場でもなく、雪山だった~
夏目碧央
BL
サークル仲間とスキーにやってきた涼介は、超絶スキーの上手い雪哉と出逢う。雪哉が自分と同じ大学のスキー部員だと分かると、涼介はその場でスキー部に入部する。涼介は、良いのは顔だけで、後は全てにおいて中途半端。断るのが面倒で次々に彼女を取り替えていた。しかし、雪哉と出逢った事で、らしくない自分に気づく。
雪哉はスキーが上手いだけでなく、いつもニコニコ笑っていて、癒やし系男子である。スキー部員の男子からモテモテだった。スキー合宿から帰ってきた後、涼介の所属するアニソンバンドがライブを行ったのだが、そこになんと雪哉の姿が。しかも、雪哉は「今日も良かったよ」と言ったのだ。前にも来たことがあるという。そして、何と雪哉の口から衝撃の「ずっとファンだった」発言が!

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行
うずみどり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。
(あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?)
なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。
甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。
二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。
《人物紹介》
柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。
女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。
ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。
顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。
※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。
俺様騎士は魔法使いがお好き!
神谷レイン
BL
―――それはある日の昼休み。
五人の魔女達に育てられた青年コーディーの前に、突然赤髪の騎士・ドレイクが現れる。
そして彼はなんと「俺と付き合え」と言い放った。
「え、なんで僕が?」
当然困惑するコーディーだったが、ドレイクがそう言ったのには理由があって―――?
俺様騎士×魔法使いのじれじれラブストーリー。
完結保証、毎日投稿予定。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
レプリカント 退廃した世界で君と
( ゚д゚ )
BL
狼獣人×人君がおりなす異種間恋愛物長編
廃墟で目覚めた人の子。そこで出会った、得体の知れない。生き物。狼の頭をした人間。
出会い。そして、共に暮らし。時間を共有する事で、芽生える感情。
それはやがて、お互いにどう作用するのか。その化学反応はきっと予想できなくて。
――そこに幸せがある事を、ただ願った。
(獣要素強め・基本受け視点のみ・CP固定・くっつくまで長いです pixivでも投稿しています)

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる