追いかけて

皆中明

文字の大きさ
上 下
24 / 58
音の中へ

13_2_怖がり2

しおりを挟む
「……チアークレグロ(cheerclegloat)だよ。チルカモーショナ(chillcamotiona)はチル、カーム、エモーショナルだろ? 穏やかだけど感情的。チアークレグロは、チアー、クレバー、グローティング。全部小気味よいって意味。音の小気味良さを楽しんでいこうって意味にした」

「へえ、いいな。それに、確かにチルカのマインド感じるね」

「うん。なんか嬉しいね。孝哉くんは俺たちのことを純粋に好きでいてくれてるんだもんな。今や貴重なファンだよ」

 二人の笑顔の向こうで、色田は彼も成長したという耀の話を象徴するような行動をとっていた。大きく深呼吸をして、自分の感情をコントロールしたかと思うと、孝哉に背を向けて発声を続けた。

「色田ね、パニックのコントロールを身につけるために色々勉強してるみたい。メンタルトレーニングやったり、病院通ったりって色々やっててさ。おかげでバンド内での衝突は、もうほとんどないよ。ギタリストだけなんだよね、うまくいかないの」

「そうか。俺もあいつが望んでることってあんまりよくわからなかったからなあ。あいつ自身はちゃんとわかってんのかね。もし自分が何を欲しがってるかわかってないなら、人とうまくやるのはずっと無理かもしれないよな」

「あの頃はそうだったかもしれないな」

 耀はブースの中をじっと見つめたまま、そう呟いた。純もそれに頷いている。色田の背中を見つめたまま眩しそうに目を細めると、「俺たちは、あいつが欲しいものはもうわかってるよ」と言った。

「色田はあの頃、お前のギターは合わせにくいとよく言ってただろ? でも、その言葉の本当の意味は、色田自身にお前のギターに合わせるだけの実力が無い、それで焦ってたってことみたいなんだよ。それだけお前の演奏に惚れ込んでたらしいんだよね。俺たちもそれは最近知った。わかりにくすぎるだろって色田には言ったよ」

「そうそう。さっきも言ったけど、色田の葛藤を俺たちが気づいてあげられてたら、あんな爆発することも無かっただろうと思ってるんだ。だからどうしてもハヤトに謝りたかったし」

 孝哉が一通り声出しを終えると、色田の背中に声をかける。その声に一瞬表情をこわばらせたが、次第にその表情が和らいでいくのがわかった。

——あ、笑った。

「それにね、色田が気にしてた不足しているものって、多分経験と共に身についていってると思うんだよ。だってあいつは、理想に近づくためにずっと努力する人だからさ。五年もプロでフロント張ってるんだもん、成長は凄まじいものがあると思うんだよね」

 色田は孝哉に何か声をかけられて、とても柔らかく笑っている。相手が孝哉だからそうなるという部分もあるだろう。でも、俺たちには見せたことのないその顔に、あいつが変わろうとしてやって来たであろう努力が垣間見えるような気がした。

「つまりお前たちは、色田は俺に戻って来て欲しいって思ってると言いたいわけ?」

 楽しそうに談笑し始めた二人の姿を見ながら、隣の二人へと問う。すると、二人は俺の目の前に立ち、視界を遮った。そして、二人揃って頭を下げる。直角に腰が折れる、最敬礼の状態だ。

「都合いいのはわかってる。お前の人生の邪魔はしないようにする。ハヤト、もう一度俺たちと一緒にやってくれないか」

「お願いします」

 気がつくとコントロールルームには誰もいなくなっていた。この話をするために、スタッフさんに出払ってもらったのだろうか。それとも彼らが自主的にそうしてくれたのだろうか。

 どちらにせよ、レコーディング前にこんなことをしようとしているのに、それに付き合ってくれるということは、それだけこいつらにそうしてもらえるだけの人徳があるということなのだろう。

 僅かな情報から一方的に悪者にされ、歯噛みしながらの五年間を過ごしただろう。その中でも腐らずに頑張ってきた三人の気持ちを思うと、むしろ自分がここで固辞する意味がわからない。

 俺は正直、どっちでもいいと思っている。今の仕事も嫌いではないが、音楽で生きていけるのなら、それはそうしたいのが本音だ。

 これまで問題だった部分は、孝哉のおかげでほぼ解消している。以前のように感情が乗ったギターが弾けるようになったし、それに合わせれば歌うことも可能だ。

 右目が見えないことは、演奏する上では俺には大した問題では無い。そのあたりは、おそらく耀がサポート出来るだろう。

 孝哉も今は俺がそばにいなくても歌えるようになっている。だから、もしチルカに戻って仕事をしても、きっと文句は言わないはずだ。

 俺が孝哉と音を鳴らすのは、別に仕事でなくてもいい。休みの日に、二人であの形でギターを鳴らして歌えれば、それだけで心は満たされるのだから。俺たちの音は、俺たちだけが知っていればいい。

 それでも、そこはミュージシャンだ。まずは音を合わせてからの話だろう。

「即答してやりたいところだけど、そんなに急には決められねーよ。取り敢えず、今からのレコーディング頼むわ。孝哉が生きていくための指針になる大事な曲だ。頼んだぞ」

 二人の肩に手を置き、そう言い残して椅子へと座る。二人が合わせて歌っている姿が目に入り、俺はフェーダーを上げてその音に浸る事にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

まだ、言えない

怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL XXXXXXXXX あらすじ 高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。 “TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。 吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。 「まだ、言えない」気持ちが交差する。 “全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか” 注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m 注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...