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音の中へ
13_2_怖がり2
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「……チアークレグロ(cheerclegloat)だよ。チルカモーショナ(chillcamotiona)はチル、カーム、エモーショナルだろ? 穏やかだけど感情的。チアークレグロは、チアー、クレバー、グローティング。全部小気味よいって意味。音の小気味良さを楽しんでいこうって意味にした」
「へえ、いいな。それに、確かにチルカのマインド感じるね」
「うん。なんか嬉しいね。孝哉くんは俺たちのことを純粋に好きでいてくれてるんだもんな。今や貴重なファンだよ」
二人の笑顔の向こうで、色田は彼も成長したという耀の話を象徴するような行動をとっていた。大きく深呼吸をして、自分の感情をコントロールしたかと思うと、孝哉に背を向けて発声を続けた。
「色田ね、パニックのコントロールを身につけるために色々勉強してるみたい。メンタルトレーニングやったり、病院通ったりって色々やっててさ。おかげでバンド内での衝突は、もうほとんどないよ。ギタリストだけなんだよね、うまくいかないの」
「そうか。俺もあいつが望んでることってあんまりよくわからなかったからなあ。あいつ自身はちゃんとわかってんのかね。もし自分が何を欲しがってるかわかってないなら、人とうまくやるのはずっと無理かもしれないよな」
「あの頃はそうだったかもしれないな」
耀はブースの中をじっと見つめたまま、そう呟いた。純もそれに頷いている。色田の背中を見つめたまま眩しそうに目を細めると、「俺たちは、あいつが欲しいものはもうわかってるよ」と言った。
「色田はあの頃、お前のギターは合わせにくいとよく言ってただろ? でも、その言葉の本当の意味は、色田自身にお前のギターに合わせるだけの実力が無い、それで焦ってたってことみたいなんだよ。それだけお前の演奏に惚れ込んでたらしいんだよね。俺たちもそれは最近知った。わかりにくすぎるだろって色田には言ったよ」
「そうそう。さっきも言ったけど、色田の葛藤を俺たちが気づいてあげられてたら、あんな爆発することも無かっただろうと思ってるんだ。だからどうしてもハヤトに謝りたかったし」
孝哉が一通り声出しを終えると、色田の背中に声をかける。その声に一瞬表情をこわばらせたが、次第にその表情が和らいでいくのがわかった。
——あ、笑った。
「それにね、色田が気にしてた不足しているものって、多分経験と共に身についていってると思うんだよ。だってあいつは、理想に近づくためにずっと努力する人だからさ。五年もプロでフロント張ってるんだもん、成長は凄まじいものがあると思うんだよね」
色田は孝哉に何か声をかけられて、とても柔らかく笑っている。相手が孝哉だからそうなるという部分もあるだろう。でも、俺たちには見せたことのないその顔に、あいつが変わろうとしてやって来たであろう努力が垣間見えるような気がした。
「つまりお前たちは、色田は俺に戻って来て欲しいって思ってると言いたいわけ?」
楽しそうに談笑し始めた二人の姿を見ながら、隣の二人へと問う。すると、二人は俺の目の前に立ち、視界を遮った。そして、二人揃って頭を下げる。直角に腰が折れる、最敬礼の状態だ。
「都合いいのはわかってる。お前の人生の邪魔はしないようにする。ハヤト、もう一度俺たちと一緒にやってくれないか」
「お願いします」
気がつくとコントロールルームには誰もいなくなっていた。この話をするために、スタッフさんに出払ってもらったのだろうか。それとも彼らが自主的にそうしてくれたのだろうか。
どちらにせよ、レコーディング前にこんなことをしようとしているのに、それに付き合ってくれるということは、それだけこいつらにそうしてもらえるだけの人徳があるということなのだろう。
僅かな情報から一方的に悪者にされ、歯噛みしながらの五年間を過ごしただろう。その中でも腐らずに頑張ってきた三人の気持ちを思うと、むしろ自分がここで固辞する意味がわからない。
俺は正直、どっちでもいいと思っている。今の仕事も嫌いではないが、音楽で生きていけるのなら、それはそうしたいのが本音だ。
これまで問題だった部分は、孝哉のおかげでほぼ解消している。以前のように感情が乗ったギターが弾けるようになったし、それに合わせれば歌うことも可能だ。
右目が見えないことは、演奏する上では俺には大した問題では無い。そのあたりは、おそらく耀がサポート出来るだろう。
孝哉も今は俺がそばにいなくても歌えるようになっている。だから、もしチルカに戻って仕事をしても、きっと文句は言わないはずだ。
俺が孝哉と音を鳴らすのは、別に仕事でなくてもいい。休みの日に、二人であの形でギターを鳴らして歌えれば、それだけで心は満たされるのだから。俺たちの音は、俺たちだけが知っていればいい。
それでも、そこはミュージシャンだ。まずは音を合わせてからの話だろう。
「即答してやりたいところだけど、そんなに急には決められねーよ。取り敢えず、今からのレコーディング頼むわ。孝哉が生きていくための指針になる大事な曲だ。頼んだぞ」
二人の肩に手を置き、そう言い残して椅子へと座る。二人が合わせて歌っている姿が目に入り、俺はフェーダーを上げてその音に浸る事にした。
「へえ、いいな。それに、確かにチルカのマインド感じるね」
「うん。なんか嬉しいね。孝哉くんは俺たちのことを純粋に好きでいてくれてるんだもんな。今や貴重なファンだよ」
二人の笑顔の向こうで、色田は彼も成長したという耀の話を象徴するような行動をとっていた。大きく深呼吸をして、自分の感情をコントロールしたかと思うと、孝哉に背を向けて発声を続けた。
「色田ね、パニックのコントロールを身につけるために色々勉強してるみたい。メンタルトレーニングやったり、病院通ったりって色々やっててさ。おかげでバンド内での衝突は、もうほとんどないよ。ギタリストだけなんだよね、うまくいかないの」
「そうか。俺もあいつが望んでることってあんまりよくわからなかったからなあ。あいつ自身はちゃんとわかってんのかね。もし自分が何を欲しがってるかわかってないなら、人とうまくやるのはずっと無理かもしれないよな」
「あの頃はそうだったかもしれないな」
耀はブースの中をじっと見つめたまま、そう呟いた。純もそれに頷いている。色田の背中を見つめたまま眩しそうに目を細めると、「俺たちは、あいつが欲しいものはもうわかってるよ」と言った。
「色田はあの頃、お前のギターは合わせにくいとよく言ってただろ? でも、その言葉の本当の意味は、色田自身にお前のギターに合わせるだけの実力が無い、それで焦ってたってことみたいなんだよ。それだけお前の演奏に惚れ込んでたらしいんだよね。俺たちもそれは最近知った。わかりにくすぎるだろって色田には言ったよ」
「そうそう。さっきも言ったけど、色田の葛藤を俺たちが気づいてあげられてたら、あんな爆発することも無かっただろうと思ってるんだ。だからどうしてもハヤトに謝りたかったし」
孝哉が一通り声出しを終えると、色田の背中に声をかける。その声に一瞬表情をこわばらせたが、次第にその表情が和らいでいくのがわかった。
——あ、笑った。
「それにね、色田が気にしてた不足しているものって、多分経験と共に身についていってると思うんだよ。だってあいつは、理想に近づくためにずっと努力する人だからさ。五年もプロでフロント張ってるんだもん、成長は凄まじいものがあると思うんだよね」
色田は孝哉に何か声をかけられて、とても柔らかく笑っている。相手が孝哉だからそうなるという部分もあるだろう。でも、俺たちには見せたことのないその顔に、あいつが変わろうとしてやって来たであろう努力が垣間見えるような気がした。
「つまりお前たちは、色田は俺に戻って来て欲しいって思ってると言いたいわけ?」
楽しそうに談笑し始めた二人の姿を見ながら、隣の二人へと問う。すると、二人は俺の目の前に立ち、視界を遮った。そして、二人揃って頭を下げる。直角に腰が折れる、最敬礼の状態だ。
「都合いいのはわかってる。お前の人生の邪魔はしないようにする。ハヤト、もう一度俺たちと一緒にやってくれないか」
「お願いします」
気がつくとコントロールルームには誰もいなくなっていた。この話をするために、スタッフさんに出払ってもらったのだろうか。それとも彼らが自主的にそうしてくれたのだろうか。
どちらにせよ、レコーディング前にこんなことをしようとしているのに、それに付き合ってくれるということは、それだけこいつらにそうしてもらえるだけの人徳があるということなのだろう。
僅かな情報から一方的に悪者にされ、歯噛みしながらの五年間を過ごしただろう。その中でも腐らずに頑張ってきた三人の気持ちを思うと、むしろ自分がここで固辞する意味がわからない。
俺は正直、どっちでもいいと思っている。今の仕事も嫌いではないが、音楽で生きていけるのなら、それはそうしたいのが本音だ。
これまで問題だった部分は、孝哉のおかげでほぼ解消している。以前のように感情が乗ったギターが弾けるようになったし、それに合わせれば歌うことも可能だ。
右目が見えないことは、演奏する上では俺には大した問題では無い。そのあたりは、おそらく耀がサポート出来るだろう。
孝哉も今は俺がそばにいなくても歌えるようになっている。だから、もしチルカに戻って仕事をしても、きっと文句は言わないはずだ。
俺が孝哉と音を鳴らすのは、別に仕事でなくてもいい。休みの日に、二人であの形でギターを鳴らして歌えれば、それだけで心は満たされるのだから。俺たちの音は、俺たちだけが知っていればいい。
それでも、そこはミュージシャンだ。まずは音を合わせてからの話だろう。
「即答してやりたいところだけど、そんなに急には決められねーよ。取り敢えず、今からのレコーディング頼むわ。孝哉が生きていくための指針になる大事な曲だ。頼んだぞ」
二人の肩に手を置き、そう言い残して椅子へと座る。二人が合わせて歌っている姿が目に入り、俺はフェーダーを上げてその音に浸る事にした。
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