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俺を救う人
10_2_その顔と、その声で。2
しおりを挟む引き倒してしまった俺の手を、左手で思い切り殴りつけてきた。握力が子供並みであっても、腕力は成人男子のそれだ。俺の腕は、ジンジンと痺れ始めた。
「っつ!」
俺は孝哉の豹変ぶりが心配になった。こちらを見た顔は、まるで殺人鬼のように恐ろしいものだったからだ。何をしてでも俺を痛めつけてやろうとしているのが伝わる。
でも、俺も腕は商売道具だ。大きな怪我をするわけにはいかず、なんとか体勢を整えると、後ろから孝哉を抱きしめた。
「離せっ!」
「お前……もしかして、襲われたことがあるのか? 今俺が倒したから、パニック起こしてるのか?」
瞳孔が狭まるほどに怒り狂う孝哉を、後ろから抱きしめたまま途方に暮れた。奪い合いされるほどの存在が、触れられるのを嫌がってパニックを起こしている。確認していないから、決めつけてはいけないのだろうけれど、襲われたのだろうと言うのは、容易に伝わった。
俺も鍛えているから、力は強い方だと思う。それでも、この状態の孝哉を力づくで大人しくさせるのは逆効果のような気がしていた。
——ミュージシャンなら、音に導かせるのが一番か?
そう思って、俺はスワングダッシュのイントロを弾いた。
ただし、それは簡単じゃ無かった。殴られながら、脇腹を肘でうたれながらも、弾く手を止めないようにしなければならない。演奏にブレがないようにするだけで、必死だった。
『ちょっとつまんなくなって来たって 結局どこかに潜んでる
そこに流れるエネルギーと ここで持て余してる力を
ちょっとうんざりしてきて もういらないからって言ってみて
後悔しては 傷つく
丸くて 光って 優しくて 冷たい雨たち
降ってくる
濡らしてく
集まって 大きくなって 流して 消し去っていけ』
ついさっき、孝哉が歌ったその曲を、今度は俺が弾きながら歌った。俺も元々はギターボーカルをやっていた。右目が無様に潰されてしまうまでは、売れるのは間違いないと言われていた。
「知ってるだろ? 俺だって、絶望したことあるからな。だから、こうやってパニックを起こすのも理解できる。だから、俺は逃げないからな。好きなだけ暴れろ。それですっきりしたら、また歌うぞ。それに……」
孝哉は俺の左手に噛みついた。
「ってえ!」
ギリギリと歯を立てていく。指先に痛みが走ってくる。それでも、今は演奏を止めるわけにはいかない。
「俺、全く歌えなかったんだからな! お前よりもっと長い期間歌ってなかったんだ。その俺に歌わせてんだ、ギターも歌えてる。二人でやんぞ! 俺となら出来るだろ? ぜってー楽しいに決まってんだろ? さっさと正気に戻れ!」
噛みついたままの孝哉の口に横から指を差し込んだ。少し力が緩んだところを見計らって、その体ごとグッと自分の方へと引き寄せる。それでもまだ俺を敵だと思って離れようとしないから、腹が立って横からキスをした。
「っ!」
驚いて孝哉が口を離した隙を狙い、傷だらけになった左手を開放した。そして、孝哉の体をまっすぐに正して座らせる。
「歌え! その顔とその声で」
それまでのゆるいアルペジオから一転して、激しいストロークの続くアレンジでチルカモーショナの曲を弾き続けた。最初は驚いて固まったままの孝哉を、音がだんだんと正気に戻していく。
ライブに足を運んでいたのなら、俺のアレンジを何パターンも聞いているはずだ。それはきっと、強烈な記憶になっているはず。あの頃の俺たちは、同じ曲をいろんなアレンジで楽しむことに夢中だったから。
「わかってくれない奴の呪いに縛られんな! わかるやつは絶対いんだよ。そいつらと楽しむために、お前のために、俺のために、歌え!」
音の檻に囲まれた手負の獣のようだった孝哉は、いつの間にか音のベールに癒されるように落ち着いていった。だんだんと目に正気が戻る。
そして、その口が戸惑いながらもゆっくりと開かれていくのが、目の端に見えた。
——そのままだ、そのままこっちに帰って来い。
「体を鳴らせ、孝哉。お前の全てをこの音の中に溶かしてしまえ! 俺とならお前は自由だ」
タイミングを合わせるために、ボディを二回叩いた。その音に反応して、躊躇いををなくした唇が大きく開かれた。
——俺と、一つになれ。
そして、その想いが通じたのか、孝哉は勢いよく息を吸い込むと、恐れの全てを吐き出すようなシャウトを放った。
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