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俺を救う人
8_3_スワングダッシュ3
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「お前が弾き語りを出来ないのは、左手が使えないからなんだよな? だから、俺がお前の左手になってやるよ。右手は自分でやれ。手持ち無沙汰だろうから、俺の手首を押さえてポジショニングしてろよ」
「は!? そんなの、どっちもやりにくいに決まってる……」
「お前、死のうとしてただろ?」
そう返してきた隼人さんの声は、さっきまでより少しだけ冷たかった。いや、冷たいというよりは、厳しかった。ただ、そこには間違いなく深い愛情の存在も感じられる。
それに、多分初めてだった。あの日の俺のことを、まっすぐ聞かれたことはなかったように思う。
こんなにはっきりと「死のうとしていた」という言葉を使った。そのことで、この提案が安易なものでは無いことはわかった。
「あの日……でしょ?」
「おう。俺たちが出会った日な」
そう言いながら、左手でコードを押さえ続けている。C、F、G……基本のスリーコード。ゆっくり何度も繰り返されるその動作は、ギターを始めて練習した日のことを思い出しているようだった。
「この格好で弾くのがどんなにやりにくくてもさ、生きがいなくして死にたくなるほど辛いのに比べたら、楽じゃねえか? これでお前が歌えるなら、やってみる価値はあるだろう? 俺の骨折療養生活のお返しだとでも思ってさ。あなたのために協力致しますよ」
そう言って少しだけおどけて笑ってくれた時、この人は神様なのかと思った。死のうとしていた俺を助け、自分が怪我をしたのに、俺のことは一切責める事はなかった。その上、俺のトラウマの克服を手伝うという。
「なんでそこまでしてくれるの……」
どう考えても、めんどくさいことだろう。あれだけ自由に弾けるのに、俺の左手だけをやるなんて。右と左で別の人間がやれば、タイミングだって合わせられるかどうかわからない。
「お前がスワングダッシュが好きだって言ってくれたからだよ」
「え? どういうこと?」
隼人さんは悲しそうに笑うと、Tシャツの襟元をぐいっと引っ張って胸元を見せてくれた。そこには、夥しい量の火傷の跡があった。
「何それ……」
「お前、チルカモーショナのファンだったんだろ? じゃあ聴いた事ないか? デビュー直前にギターボーカルの交代があった事。その交代の理由が、バンド内での暴力沙汰だったこと。ギターボーカルが、右目の眼球破裂で人前に立てなくなったこと」
そう言って、人差し指でトントンと右目を見るように促してきた。
「こ、これ……義眼?」
「そう、義眼」
もう一ヶ月以上一緒にいるのに、今まで全然気が付かなかった。隼人さんの右目は、義眼だった。右にかけて長くなっているアシンメトリーの前髪で、わかりにくくしてあるようだ。
俺はその目の近くの傷跡に手を触れた。縫ったような跡がいくつかある。それにすら、気がついていなかった自分に、正直なところ驚いていた。
「……眼球破裂って、何されたの?」
「普段から俺に火傷させるようなやつだったんだけど、激昂した時にマイクぶん投げられた。それが少しだけ当たって、それだけで眼球破裂。破裂って言ってもパーンって飛び散ったとかじゃないぞ? 治療は出来たんだよ。これ、コンタクトみたいなやつだからな。でも、ほとんど見えてないし、暗闇だと全く見えない。だから、ライブに出られなくなったんだ」
チルカモーショナはデビュー直前に、メインギターとコーラスを担当していたハヤトが脱退していた。期待の大型新人だと言われていたバンドだったけれど、デビュー前に作られていた曲しか売れず、今はほとんどランキングにも登ってこない。
時折、スワングダッシュが誰かの紹介でバズってランクインしたりするけれど、それはハヤトが作った曲だった……。
「隼人さんて、あの、ハヤトなの? チルカモーショナの?」
「そうだよ。ファンなら早く気づけ。……まあ、俺当時金髪だったしな。メイクもしてたし。気づきようがないだろうけど……」
「でも、さっき音でもしかしてって思ったんだ! だって、ライブで聴いたそのままだった。音源も同じ熱量だった。でも、まさか本物だとは思わないだろ……嘘だろ、俺、あのハヤトの世話してんのか……」
困惑している俺を見て、隼人さんはまた楽しそうに笑った。すごく愉快そうに笑うから、俺もそれを見て嬉しくなった。
「ファンだった男の腕の中で、ギター一緒に弾きながら歌えんだぞ? 幸せじゃねーか?」
そう言ってニヤリと笑った。少しカッコつけすぎたのか、照れが現れていて、それが俺には可愛らしく見えた。
「ぷっ! 何照れてんの……。そうだね、本当に幸せだよ。うん、練習しよう!」
「うし、じゃあまずはイントロの……」
思いがけず出会った人が、憧れのミュージシャンだった。その人が、自分の生きがいを取り戻す手伝いをしてくれるという。
——なんて幸せなんだ。
俺は、心底そう思った。
今から鳴らすワンコードに、これからの人生が素晴らしいものになるという期待を、乗せずにはいられなかった。
「は!? そんなの、どっちもやりにくいに決まってる……」
「お前、死のうとしてただろ?」
そう返してきた隼人さんの声は、さっきまでより少しだけ冷たかった。いや、冷たいというよりは、厳しかった。ただ、そこには間違いなく深い愛情の存在も感じられる。
それに、多分初めてだった。あの日の俺のことを、まっすぐ聞かれたことはなかったように思う。
こんなにはっきりと「死のうとしていた」という言葉を使った。そのことで、この提案が安易なものでは無いことはわかった。
「あの日……でしょ?」
「おう。俺たちが出会った日な」
そう言いながら、左手でコードを押さえ続けている。C、F、G……基本のスリーコード。ゆっくり何度も繰り返されるその動作は、ギターを始めて練習した日のことを思い出しているようだった。
「この格好で弾くのがどんなにやりにくくてもさ、生きがいなくして死にたくなるほど辛いのに比べたら、楽じゃねえか? これでお前が歌えるなら、やってみる価値はあるだろう? 俺の骨折療養生活のお返しだとでも思ってさ。あなたのために協力致しますよ」
そう言って少しだけおどけて笑ってくれた時、この人は神様なのかと思った。死のうとしていた俺を助け、自分が怪我をしたのに、俺のことは一切責める事はなかった。その上、俺のトラウマの克服を手伝うという。
「なんでそこまでしてくれるの……」
どう考えても、めんどくさいことだろう。あれだけ自由に弾けるのに、俺の左手だけをやるなんて。右と左で別の人間がやれば、タイミングだって合わせられるかどうかわからない。
「お前がスワングダッシュが好きだって言ってくれたからだよ」
「え? どういうこと?」
隼人さんは悲しそうに笑うと、Tシャツの襟元をぐいっと引っ張って胸元を見せてくれた。そこには、夥しい量の火傷の跡があった。
「何それ……」
「お前、チルカモーショナのファンだったんだろ? じゃあ聴いた事ないか? デビュー直前にギターボーカルの交代があった事。その交代の理由が、バンド内での暴力沙汰だったこと。ギターボーカルが、右目の眼球破裂で人前に立てなくなったこと」
そう言って、人差し指でトントンと右目を見るように促してきた。
「こ、これ……義眼?」
「そう、義眼」
もう一ヶ月以上一緒にいるのに、今まで全然気が付かなかった。隼人さんの右目は、義眼だった。右にかけて長くなっているアシンメトリーの前髪で、わかりにくくしてあるようだ。
俺はその目の近くの傷跡に手を触れた。縫ったような跡がいくつかある。それにすら、気がついていなかった自分に、正直なところ驚いていた。
「……眼球破裂って、何されたの?」
「普段から俺に火傷させるようなやつだったんだけど、激昂した時にマイクぶん投げられた。それが少しだけ当たって、それだけで眼球破裂。破裂って言ってもパーンって飛び散ったとかじゃないぞ? 治療は出来たんだよ。これ、コンタクトみたいなやつだからな。でも、ほとんど見えてないし、暗闇だと全く見えない。だから、ライブに出られなくなったんだ」
チルカモーショナはデビュー直前に、メインギターとコーラスを担当していたハヤトが脱退していた。期待の大型新人だと言われていたバンドだったけれど、デビュー前に作られていた曲しか売れず、今はほとんどランキングにも登ってこない。
時折、スワングダッシュが誰かの紹介でバズってランクインしたりするけれど、それはハヤトが作った曲だった……。
「隼人さんて、あの、ハヤトなの? チルカモーショナの?」
「そうだよ。ファンなら早く気づけ。……まあ、俺当時金髪だったしな。メイクもしてたし。気づきようがないだろうけど……」
「でも、さっき音でもしかしてって思ったんだ! だって、ライブで聴いたそのままだった。音源も同じ熱量だった。でも、まさか本物だとは思わないだろ……嘘だろ、俺、あのハヤトの世話してんのか……」
困惑している俺を見て、隼人さんはまた楽しそうに笑った。すごく愉快そうに笑うから、俺もそれを見て嬉しくなった。
「ファンだった男の腕の中で、ギター一緒に弾きながら歌えんだぞ? 幸せじゃねーか?」
そう言ってニヤリと笑った。少しカッコつけすぎたのか、照れが現れていて、それが俺には可愛らしく見えた。
「ぷっ! 何照れてんの……。そうだね、本当に幸せだよ。うん、練習しよう!」
「うし、じゃあまずはイントロの……」
思いがけず出会った人が、憧れのミュージシャンだった。その人が、自分の生きがいを取り戻す手伝いをしてくれるという。
——なんて幸せなんだ。
俺は、心底そう思った。
今から鳴らすワンコードに、これからの人生が素晴らしいものになるという期待を、乗せずにはいられなかった。
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